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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
廃墟と掃除と亡霊と

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廃墟と掃除と亡霊と その14

 アンチネソスの壺からでた、おどろおどろしい黒い液体が地を這いながら虫の化け物と化した呪いの塊へと向かう。

 形を変えたことで、まともに動けなくなった呪いの塊はそれから逃れる術がない。

 結局のところ、この混沌とした虫の姿へ変化し、機動力がなくなったことが、呪いの塊が誰一人として人を呪い殺せなかった一番の要因だ。

 この呪いの塊が何もかも無視して、学院の向かえば、確かにカリナと言う存在に滅ぼされていただろうが、それでも何十人もの犠牲者を出せていたことだろう。

 それくらいの力は十分にあったはずだ。

 そんな仮定の話は置いておいて、黒いドロドロの液体は呪いの塊に到達し飛び着く。

 激しくも凶悪な呪い同士が反応し合い、そして、相殺し合う。

 ゾゾゾゾゾゾッと、強い火力で沸かしすぎた湯のような音を立てて双方が消耗していく。

「成功ですよぉ!」

 と、アビゲイルが目を輝かせる。

 それと同時に呪いの塊が叫び声をあげる。

 その叫び声か鳴き声かわからない声は周囲に人が即死するほどの呪いをばら撒く。

 だが、それも荷物持ち君が張りなおした結界の内部には届かない。

「次、行きますか?」

 ミアから見ても凄まじく効果があるように思える。

 その様子を見てミアがそう聞くが、

「それはやめておいた方が良さそうですねぇ、すでに変化が始まってますよぉ。今のは相当こたえたようですねぇ」

 アビゲイルは真顔になりそう答える。

 生身の目でその姿を直接見ることは危険なのでアビゲイルは左目を閉じ、右目の義眼だけで呪いの塊を観察する。

 アビゲイルの義眼は姿形は変わらないが虫の姿となった呪いの塊の内部が激しく変化しているのを捉えている。

 自身への脅威に対して即座に進化していく。

 それだけ、アンチネソスの壺の呪力が大きく、相殺された呪力の量が大きかったのだろう。

 だが、呪いの塊は本当に恐ろしい化け物だ。

 同じ手はもう通じない。同じことをもう一度やっても今度は確実に呪いの塊に吸収されるだけに終わるのがアビゲイルには明確に見えている。

 古老樹の杖はまだ有効のようだが、この調子ではいつ古老樹の杖の力すら効かなくなるかもわからない。

 いや、そもそも古老樹の杖が白く輝いているのは、対象を攻撃するためではない。

 恐らくミアを守るために白く輝いているのだ。

 攻撃の力ではなく守護の力なのだろう。

 だから、攻撃として使う分には火力不足なのだ。

 その為、呪いの塊も、まだ古老樹の杖にはさほど対応していない。

 二度目の古老樹の杖による攻撃が当たり所が良く、幸運にも二つの強力な呪物がはじき出されただけの話だ。

 いや、古老樹のことだ。そうなるように仕向けたのだろう。

「なら、どうしますか?」

 ミアがアビゲイルに指示を仰ぐ。

「しばし、ミアちゃんの精霊と呪いの塊の戦いの様子を見ましょう。ミアちゃんも大精霊がやりすぎだと感じたら、止める準備をしていてください」

 余りこちらが攻撃して、呪いの塊の気を引き過ぎても問題なのだ。

 呪いの塊の意識は大精霊に向けられていなければならない。

 それに、大精霊自体危険なことも変わりはない。

 大精霊が暴走すれば、この辺りが水ですべて押し流されてもおかしくはないのだ。

 呪いの塊も確かに脅威だが、ミアの大精霊が一歩間違えれば学院共々水没させ大洪水を起こしかねない、そんな力を秘めているのだ。

 その為、ミアには大精霊を見ていて欲しいという気持ちもアビゲイルにはある。

「は、はい!」

 それに呪いの塊の力を大分削げたのも事実だ。

 後は大精霊に任せていればいい。

 大精霊の起こした水に流され白竜丸の姿が見えないが、既に満身創痍であったため一旦引いたのかもしれない。

 大精霊がミアの命令を受けて、やっと出てきたのだ。

 後は大精霊に任せておけばいい、白竜丸もそのことを理解しているはずだ。

 ただ大精霊と言えど、自然の力を操る精霊では呪いの塊に対して有効な攻撃方法はない。

 だが、それは呪いの塊からしてもそうだ。

 この二体の戦いは単なる消耗戦に過ぎない。

 そして、呪いの塊の力は膨大ではあるが有限であり、対する大精霊は死の概念を持たない不死の存在だ。

 このままであればだが、時間はかかるが大精霊が勝つのはわかりきったことだ。


 消耗戦と言えど、その戦いはやはり一方的だった。

 呪いの塊がすべての呪物を完全に取り込んでいたらまた話は別なのだろうが、今は呪物を取り込んでその力を借りている状況に過ぎない。

 仮初の力で対抗できるほど、大精霊の力は弱くはない。

 また相性もある。

 呪いの塊がどんなに強力な念動力を放とうと、水の肉体を依り代としているだけの大精霊には意味がない。

 限りなく不死に近い精霊には呪殺なども意味がない。

 大精霊は水の触手で呪いの塊を、打ち据え、大量の水で覆い押しつぶし、激流で押し流す。

 その力はすさまじく無月の女神の館は既に半壊どころか倒壊寸前まで来ている。

 この建物は魔術で強力に補強されていたようだが、それを圧倒的に上回る力で破壊しつくされている。

 こうなっては修復するより新しい建物を立てた方が早い。

 アビゲイルが密かに、マリユが満足するような新築の豪邸を作るのにいくらくらいかかるか、それを考え始めていたくらいだ。

 呪いの塊は大精霊の触手により打ち上げられ、空中に投げ出され、それを触手で再度掴まれ搾り上げられるように捻りつぶされている。

 搾り上げられ、そのまま呪物を吐き出させれば、更なる弱体化も可能だろう。

 必死に耐えてはいるが、物理的な力でも大精霊に分があるようだが。

 ただ呪いの塊も必死に抵抗している。

 呪いの塊もねじ切られた端から再生を繰り返しているので、ただでさえいびつな容姿だったのに、さらにいびつに、それこそ本当に混沌とした姿へと変わっていく。

 ねじ切ることができないと大精霊が悟ると、今度触手で呪いの塊を持ち上げ、それを強く地面に叩きつけた。

 周囲の大地が割れ、その衝撃で地震のように大きく揺れ大きな波を作り出す。

 それでも呪いの塊は体内に貯め込んだ呪物を吐き出しはしない。

 それどころか、呪いの塊も呪力を束ね、それを赤黒い閃光として大精霊へと放つ。

 赤黒い閃光を受けた大精霊の体が破裂するが、その体は水で作ったただの依り代に過ぎない。これもまた意味がない。

 すぐに元の形をかたどり直すだけの話だ。

 どっちも決定的な攻撃を与えられない、やはりそんな泥沼な消耗戦になっていく。

 不死の精霊とは違い、呪いの塊は着実にその身に貯め込んだ呪力を失っていくことだけが希望だ。

 ミアとアビゲイルは荷物持ち君の張った結界の中でその戦いをただ見守っている。

 見るからにミアの大精霊が有利ではあるので、今やミアは大精霊がやりすぎないかどうか、そっちのほうが気がかりだった。


 だが、アビゲイルは気が気じゃない。

 今は大精霊の方が有利なのは確かだが、呪いの塊の貯め込んでいる呪力は未だ底が見えない。

 湯水のように呪力がいくらでも湧いて出てくるように思える。

 そして、呪いの塊は今まで見せてきたように急激に進化することができる。

 決定打がないからこそ、大精霊と消耗戦をしてはいるが、いつ大精霊をどうにかできるように進化するかもわからない。

 それだけの呪力を呪いの塊は、まだその体内に貯め込んでいる。

 あの呪いの塊を倒すには、体内に取り込んだ呪物をすべて吐き出させるか、どうしようもないほど強力な一撃で倒すしかない。

 中途半端な攻撃は呪いの塊を進化させるきっかけになりかねないのだ。

 初めはすべてが混じり合い、存在するだけの意思のない呪いだった。

 ただ周囲に呪いをばらまくだけの、すべてを呪うだけの存在だった。

 それが力の源である呪物を奪われ、明確な殺意を持つようになり、呪物を奪われないように進化した。

 呪力で呪力を相殺され、それに対応するように進化した。

 アビゲイルが同じ呪法を使っても同じような結果はもう望めない。

 そして、呪いの塊は今、大精霊に手も足も出ずにやり込められているこの状況で、再び進化しようとしていた。

 この窮地を脱出するように。

 大精霊ですら、どうにかできるように。

 何者にも邪魔されないで、今度こそ、すべてを呪えるように。

 混沌としていた意識がそれに向けて統一されていく。

 外見は未だ様々な虫をくっつけたような、歪な姿でしかないが、その内部は、その歪な姿を蛹のようにして、急激な進化が進んでいく。

 大精霊の攻撃をまったく意図しないほど強大な存在になるように、大精霊すら呪殺できるほどでたらめな呪いを孕めるように。

 だが、その蛹が羽化することはない。

 もし、羽化していたらどんな化け物が生まれて落ちていたのか、アビゲイルは気になるところであったが、その蛹は羽化することはなかった。

 時間切れだ。

 それはふらふらとやってきた。

 自分の頭上に炎に燃える巨大な人型を、いや、赤く熱せられた輝く全身鎧を着た炎を携えてやってきた。

 鎧を着ているから人型に見えるだけで、元がどんな姿をしているか想像もつかない存在。

 使徒だ。

 火から神により作り出された生まれながらにしての戦士、火曜種だ。

 神の御使いだ。

 燃える鎧から、たなびく長い旗のような羽を何本もなびかせて、周囲の呪いを炎で浄化しながら、赤く染まった世界を眩い光で切り裂きながら、神の使徒をその身に宿すディアナが到着したのだ。

 大精霊がそれに気づき、即座に呪いの塊から触手を引っ込める。

 その瞬間だ。赤黒く染まっていた世界が眩いばかりの閃光にすべてかき消される。

 一本の火柱だ。

 天へと届くかと思われるほどの火柱が瞬時に立ち上がる。

 それは瞬時に呪いの塊を内部に内包した数々の呪物ごとすべてを焼き払う。

 御使いは、神が他の神を攻撃するために作り出した生まれついての兵士である。

 御使いの中には戦闘能力だけであれば、神すらも圧倒できる御使いすらも存在する。

 戦うためだけに生み出された種族。

 そんな存在だ。

 火柱が消えた後、そこには何も残って居なかった。

 夜の闇がやっと戻ってくる。

 赤ではなく、黒い闇が。


「凄まじい…… これが御使いの力ですかぁ…… あの呪物の固まりをこうもあっさりすべて焼き尽くすだなんて……」

 アビゲイルがその力に驚きを隠せないでいる。

 御使いと接触するのは容易だ。

 使徒魔術の契約の儀式などで、その名を知っていれば簡単に呼び出せる。

 だが、こうやって直に御使いの姿を見るのは、アビゲイルですら初めてだ。

 その光り輝く姿は神の剣の役割を担うに十分すぎるほど、神秘的で神々しい。

 まさに御使い、と言ったところだ。

「え? 終わったんですか?」

 あまりの出来事で、ミアも完全に呆けている。

 あの訳も分からないほど強大な存在が一瞬にして燃え尽きたのだ。

 信じられるものではない。

 だが、それが事実であるように、ミアの大精霊は水でしていた実体化を解除しているし、荷物持ち君も床に手をついて結界を張る行為をやめている。

 それらだけが、もう終わったのだと、ミアに実感させてくれている。

「終わりました…… やっとディアナちゃんの到着ですよぉ。っと、御使いが消えていきますね」

 光り輝いていた御使いがゆっくりと光度を失い、溶けるようにその姿を消してゆく。

 役割を終え、ディアナの身に戻っていったのだろう。

 ミア達から見えていたのは御使いの姿だけだが、御使いが居た下にディアナもいるのだろう。

「あれが御使いの姿なのですか?」

 ミアも興奮したたようにアビゲイルに聞く。

 使徒魔術での契約の儀式で話したことはあるが、その姿をミアも見たわけではない。

 だが、それはアビゲイルですらもだ。

「完全に顕現した御使いを見るのは私も初めてですよぉ…… 一般的な姿はあのように炎に包まれた鎧に羽を生やした姿と言われてますが、様々な姿の使徒も存在していると言われてますよぉ」

 自由意思を持ち地上に悪さをしに来る御使い、魔術的に悪魔と称される御使い達は、自分本来の姿を隠し神々にばれないように仮初の姿で人の世にやってくる。

 その姿は千差万別であり決まった姿はない。

 アビゲイルもそう言った、お忍びで地上に遊びに来ているような悪魔と呼ばれる存在なら何度か目にしたことはある。

 だが、先ほどの御使いは御使い本来の姿であり、その力も本物なのだ。

 そんなもの神代大戦の時代でもなければ、人が目にすることはなく、目にした時は死ぬときである。

 御使いは神の剣であるのだから。

 その役割は、神の敵を排除することなのだから。

 御使いの本来の姿を見て、生き残れている人間はとても貴重なのだ。

 その話を聞いてミアは一通り満足する。

 ロロカカ神の御使いであれば話は別だろうが、今はそれよりも気になっている、いや、気にしなければならないことがミアにはある。

「荷物持ち君、スティフィをお願いします! 私はマーカスさんとジュリーを探してきます!」

 ミアにお願いします、と言われた荷物持ち君はスティフィを抱え上げて、その後、無造作に背負っている籠にスティフィを押し込んだ。

 気を失っているスティフィはそれに抵抗もできず、物のように籠に綺麗に押し込められた。

 とりあえず、ミアもそこならば安全だろうと頷く。

 そんなミアを見たアビゲイルが黙っていたことを口にする。

「恐らく二人は防虫陣や殺虫陣のあった天幕のところです。張ってある結界に反応がありましたので」

 ただ生きているかどうか、それはアビゲイルにもわからない。

 いや、あの濃度の呪いが周囲に撒き散らされていたのだ。

 あの二人が生きているとはアビゲイルには思えない。

「知ってたんですか?」

 と、ミアは驚いてアビゲイルの方に向きかえり、睨みつける。

 知っていたなら、教えてくれたら何か出来ていたのかもしれないと。

「生きてるか死んでるか、判断はできませんけどねぇ。どちらにしてもこちらも身動きできなかったじゃないですかぁ」

 と、アビゲイルはミアに睨まれて、少しだけ慌てながらそう言った。

 もし、呪いの塊が存在しているときにそんなことを言えば、ミアが荷物持ち君の結界を出て助けに行きそうな、そんな気さえしていたからだ。

「それはそうですが……」

 だが、ミアはアビゲイルの言葉に何も言い返すことができなかった。

 たしかに、ミアは何もすることができなかった。

 呪いの塊と言う強大な存在の前に、ミア自身は無力だった。

 その無力さにミアは項垂れる。

 その様子を見たアビゲイルは少し安心し、

「恐らくディアナちゃんも意識を失っていると思うので、そちらの回収もお願いしますねぇ」

 と、指示をする。

 こういう時は何か作業をしていた方が良いし、この辺りに、ニンニクの怪物達によって取り出された危険な呪物がわんさか転がっている。

 ミアに、この辺をうろつかれるのも危険だ。

「アビィちゃんは……?」

「私は、散らばった呪物の回収ですよぉ。あれ一つ一つが一級品の呪物で危険物ですのでぇ。誰かがそう急に対処しないといけないじゃないですかぁ」

 点々と散らばっている呪物を指さしながらアビゲイルはそう言った。

 呪物の大半は御使いに燃やされてしまったが、それでも強力な呪物はまだ散らばっている。

 それをそのままにしておくのも危険だ。

 これ以上の惨事を起こしたら、アビゲイルはマリユに殺される確信がある。

 出来る限り呪物を回収して、マリユの機嫌を取らなければならない。

「わかりました」

 ミアがなにか腑に落ちない感じで、その返事をした時だ。

 大精霊が暴れまわったため、至る所が泥沼のようになっていたのだが、そこから炎が噴き出るようにそれが現れる。

 炎の中心には三つの頭蓋骨。

 その頭蓋骨を中心に人三人をこねくり回したような赤く黒い燃えるような半透明の存在がミアにも見えるように現れたのだ。

「まだ生きていた? しぶと過ぎじゃ……」

 アビゲイルの義眼からすらも逃れていた三人の幽霊が、御使いの攻撃から逃げ延びていた存在が、その姿を再び現したのだ。

 それは、三人の、呪いの塊の核となっていた幽霊だ。

 御使いの攻撃をも、しのいで見せたのだ。

 だが、ほぼすべての呪力を使い今はただの、いや、それでも、まだ強力な混じり合った三人の幽霊となっている。

「これが幽霊……」

 ミアがその姿を見てポツリとその言葉を漏らす。

 呪いの塊の時は幽霊と言う言葉は出てこなかったが、今、存在するそれを目にした時、ミアから自然とその言葉が溢れ出てきた。

 その赤く燃えるような幽霊がアビゲイルとミアに気づき、空中を滑るように音もなく移動して距離を詰めてくる。

 力尽きようとしてもなお、すべてを呪うがために。

 荷物持ち君が身構える。

 恐らくだが、大精霊も臨戦態勢を取る。

 最初の位置から半分ほど距離を詰めたところでだ。

 泥の中に潜んでいたそれが大きな口を開き、三つの髑髏を纏う炎ごと丸呑みにする。

 白竜丸だ。

 燃える炎のような姿を、そのまま一口で飲み込んだ。

 そして、白竜丸は、これが食べたかったとばかりに満足そうな顔を浮かべる。

 ミアもアビゲイルもその様子を呆然と見ていた。

 今度こそ、本当に終わったのだ。


 ミアが天幕のところまで走っていくと、そこに天幕はなかった。

 あったのは巨大なホウズキだ。

 ジュリーが幽霊対策にと持ち込んだホウズキが大きく育っている。

 草というよりはすでに大樹という感じだが、そこまで育ったホウズキがその実を橙色に光を灯らせて存在していた。

「これは…… 朽木様のおかげですよね? ありがとうございます」

 ミアは古老樹の杖に向かい礼を言って頭を下げる。

 そのホウズキを見た時からミアはマーカスとジュリーの無事を確信している。

 実際、マーカスとジュリーの二人は巨大ホウズキの根元に保護されるように倒れ込んでいた。

 二人の前に黒次郎が二人を守るように座り込んでいたが、ミアを見ると幽霊犬の黒次郎はマーカスの影へと入り込んでいった。

 二人をホウズキの根元まで運んだのは黒次郎だったのかもしれない。

 ちゃんと二人とも息があり生きていることが確認できる。

 ミアはスティフィ同様に二人を荷物持ち君の籠に無理やり押し込める。

 荷物持ち君が背負っている籠がミシミシと音を立てているが問題はない。

 古老樹が背負っている籠がただの籠であり続けるわけもない。

 こんなことでこの籠が壊れることなどない。

 ミアと荷物持ち君は続いてディアナの回収へと向かう。


 アビゲイルは呪物を一つ一つを泥の中から回収し、まだ無事な館の床の上へと並べていく。

 とりあえずどの呪物も力を吸われ、今すぐに悪さをするような物はないところは安心出来ることだ。

 それでも危険な物には違いないし、マリユの私物ではある。

 アビゲイルが必死に拾い集めていると、

「酷い有様ね」

 と、マリユに声をかけられる。

 アビゲイルが声の方向に視線を向けると、笑みをたたえたマリユ教授としかめっ面のカリナが並んで立っていた。

「師匠ぉ…… 余りにも酷いですよぉ、あれは人間にどうこうできるモノじゃないですよぉ」

 アビゲイルは本当に泣きながら、涙を流しながら泣き言をいう。

「結界が有効なら、貴女ならどうにかできたでしょう? それを…… どうせ、めんどくさいとか思って後回しにしようとしたからでしょう?」

 と、マリユ教授は言い当てる。

「うぅ……」

 アビゲイルからは反論の声はでない。

 まったくもってその通りだからだ。

「図星か…… しかし、よくこれだけの被害で済んだものだな」

 カリナが辺りの様子を見てため息交じりに言った。

 カリナからしても凄まじい呪いの総量だった。

 あれが学院まで行っていたら、かなりの死者が出ていたことだろう。

「私の宝物と家が全部消えたわ」

 マリユ教授がアビゲイルに殺気を向けてその言葉を口にする。

「す、すいません」

 そう言ってアビゲイルは即座に泥の大地に額をこすりつけた。

「まあ、お金はあるからいいんだけど。この地で働いてくれる建築業者を探す方が骨が折れるわね」

 曰くつきの土地である。

 元とはいえ無月の女神の領域であり、幽霊が住んでいた館であり、凄まじい呪いと大精霊が戦った土地であり、御使いが直接その力を行使した土地でもある。

 ついでにだが、巨大なニンニクとホオズキが根を下ろす訳の分からない場所でもある。

 そんな曰くつきの場所の工事を請け負ってくれる業者がいるのかどうか、それはマリユ教授にすら不安にさせることだ。

「で、あれを合格にしてやるのか?」

 カリナは未だに地面に土下座しているアビゲイルを指さして、マリユ教授に聞く。

「及第点ね。あれを解き放ってよく無事で生きていたことには驚きだわ」

 例え古老樹が居ようと、大精霊が居ようと、あの呪いの塊を解き放って、誰一人欠けることなく無事だったことにマリユ教授も驚いている。

 ミア以外全員死ぬと、そうマリユ教授も考えていただけに、その点だけは本当に驚いている。

 それだけの存在だったのだ。

 特に人を呪うことを特化した呪いだったのだ。

 なのに、誰一人として殺すことなく対処できたのはマリユからしても驚愕に値する。

 ただ、これで廃墟の修繕も幽霊もすべて片付いた。ついでに掃除の必要ももうない。


 マリユからしてもあの呪いの塊は、危険すぎる厄介な存在だった。

 無月の女神に関係する存在だったため、カリナから手を出すわけにもいなかった、本当に厄介な存在だったのだ。

 本来は長い年月をかけて呪いを徐々に薄めていくしかないほどの存在だった。

 神を裏切った三人への怒りを、無月の女神が収めるにはそうするしかなかったのだ。

 呪いの塊を作ってその中に散々苦痛を与えた三人の魂を投げ込むしか、マリユにも選択肢はなかったのだ。

 それを一気にすべて解決できたのだ。

 マリユの内心は割と晴れ晴れとした気持ちなのだが、そのことを弟子に悟らせるほどマリユは優しくはない。






あとがき

 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!


 誤字脱字をご報告してくださっている方、いつも本当にありがとうございます。




 館内には幽霊を捉える結界がはってあるという設定だったため、幽霊犬の黒次郎の出番がほとんどありません。

 せっかくの活躍できそうなお話だったのに。

 しかも、お話の中でそんな設定を明かしてないので、何で出てこないかよくわからない状態に。

 まあ、ええか…… そう言うときもある。






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