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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
廃墟と掃除と亡霊と

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廃墟と掃除と亡霊と その13

 巨大化したニンニクの怪物達が、呪いの塊に襲いかかる。

 その数は四体。

 本来の単位は体ではないのかも知れないが、怪物のように蠢くそれを普通のニンニクの単位で呼ぶのも、どこかおかしい。

 最初に襲いかかったニンニクの怪物が呪いの塊の放った不可視で凶悪な念動力により爆散する。

 欠片となり辺りに飛び散るのだが、その欠片から、即座に根と芽が生え出てきて、呪いの塊にまた襲いかかる。

 ニンニクの怪物達は呪いの塊に深く根を降ろし、その力を吸い奪う。

 古老樹の杖に与えられた、その生命力もまた恐ろしいほどの物だ。

「なんなんですかぁ、これは……」

 まるで何も理解できないかのようにアビゲイルが呟く。

 理解できるわけもない。

 急にニンニクが巨大化し、動き出し、敵に襲いかかり根を降ろし始めたのだ。

 そんなもの誰も理解できるわけもない。

「流石、朽木様です!」

 だが、ミアは喜ぶ。

 あの呪いの塊が今やニンニクの怪物に取り押さえられて、身動きが出来ないでいる。

 恐るべきは古老樹の力と言ったところだろうか。

 だが、それだけで終わる様な相手でもない。

 濃度が濃くなる。

 瘴気が、どす黒い赤が、呪いそのものが。

 辺りを埋め尽くすように、その濃度を濃くしていく。

「相手も本気みたいですねぇ。つまり底が見えたという訳ですが……」

 呪いの塊のその本気を目の当たりにしてアビゲイルは実感する。

 やはりアビゲイルに、いや、人間に出来ることなどない、と。

 それを再認識できただけだった。

 ニンニクの怪物に、呪いの塊が取り押さえられたことで、周囲の呪いが濃くなっていく。

 恐らく荷物持ち君の結界の外にいるだけで、人間は、いや、生物には死を意味する。

 それほど濃縮された呪いが周囲に満ちていく。

 その中で生きていけるのは、鰐でありほぼ完全に近い呪術への耐性を持つ白竜丸くらいだろうか。

 白竜丸は満身創痍ながらも、呪いの塊に襲いかかり、その具現化した血肉に喰らいついている。

 先ほどまでアビゲイルがかけた呪い斬りの刃の魔術で青白く見えてたいた白竜丸の牙が見えづらくなってきている。

 呪い斬りの刃の力が衰えたわけではない。

 呪いの塊が発する気が、瘴気が、その破滅的な意識が、物凄い勢いで濃くなってきていて、辺りをより一層、赤く染めてきているせいだ。

 そのせいで呪い斬りの刃の青く輝く光ですらも、赤く染められ見え難くなってきているのだ。

 もはや、呪いの塊は赤黒く輝いているかのようにすら思える。

 荷物持ち君がもう一度両手を床に付き直す。

 より強固な結界が瞬時に張り直される。

 まるで今までの結界では、もう防ぎきれないと、そう言うかのようだ。

 それに合わせて、強大な力がゆっくりと動き出す。

 それは不可視の触手を振るい、周囲の館の壁ごと、ニンニクの怪物ごと、そのすべてを薙ぎ払った。

 ミアに憑く大精霊の一撃だ。

 呪いの塊がその触手を受け、その半分以上の身体がはじけ飛ぶ。

 その中には呪いの塊に取り込まれた数々の呪物も一緒にはじけ飛ぶ。

「これは…… まだ完全には呪物と融合できていない? だから、呪いで肉体を作りそれらを物理的に取り込んでいた? これなら…… でも、どうやって?」

 その様子を見たアビゲイルは瞬時に分析し、理解する。

 今吹き飛ばされた物の中に数多くの呪物がそのままの姿で確認できたからだ。

 まだ完全にそれらの呪物が呪いの塊に取り込まれ、溶け合っているわけではない。

 ならば、その呪物さえ呪いの塊の内部から取り出せれば、その力の源を削いでいくことはできる。

「どういうことですか?」

 そこまで理解できていないミアがアビゲイルに聞き返す。

「さっきの一撃のようにあの呪いの塊の体内から呪物を取り出せれば、それだけ呪いの塊の力を削げるということですよ!」

 それにアビゲイルが答える。

 何らかの方法で呪いの塊から数々の強力な呪具を取り出せれば、取り出した分だけ呪いの塊を弱体化させることが出来る。

 だが、ミアにもアビゲイルにもその方法が、どうやって取り出したら良いのかわからない。

 相手は人間が近づくどころか直視することもできないような相手なのだ。

 だが、わからないからこそ、ミアには頼むしかないのだ。

 ミアはそのことを既に知っている。

「白竜丸さん! あと、ニンニクさん達! そのよくわからない肉塊の中から呪物をできる限り取り出してください!」

 ミアがそう叫ぶと、白竜丸とニンニクの怪物は即座に行動を起こし始めた。

 大きなニンニクの怪物が呪いの塊を抑え、白竜丸がその肉を裂き、更に小さく砕かれたニンニクの怪物達が裂かれた場所から呪物を自らの芽と根を使い取り出す。

 そんな連携を見せ始めた。

「ミアちゃんの手下達、凄いですねぇ」

 半ば呆れながらアビゲイルはその言葉を口にする。

「白竜丸はマーカスさんのですよ! マーカスさんとジュリーさん、無事でしょうか……」

 ミアはマーカスのことを口にしたことで、再びマーカス達のことを思い出す。

 確かに自分達も危険なことはわかってはいるが、それでもミアはマーカス達のことが気がかりだ。

「どちらにせよ、あれを倒した後でないと、それを確認しに行くこともできないですよねぇ?」

 アビゲイルはミアに生まれたその迷いを断ち切らせるために、その言葉を投げかける。

 いつ来るかもわからないディアナの到着を待たずとも、この調子ならどうにかできるかも知れない。

 そんな希望すら見えてきている。

「それはそうです! 倒しますよ!」

 ミアもアビゲイルの言葉に納得する。

 この呪いの塊をどうにかしなければ、マーカスやジュリーの安否も確認しに行くことも出来ない。

 気を失ったスティフィもこのままにしておけない。

 ミアは決心と共に白と緑に輝く古老樹の杖を呪いの塊に向ける。

 そうすると、白い閃光が呪いの塊にむかい伸びていく。

 赤黒く染められた世界を切り裂いて、白い閃光は呪いの塊に当たり爆発を起こす。

 その爆発でもいくつかの呪具が呪いの塊から吹き飛ばされたのをアビゲイルは確認する。

 特にアビゲイルの眼を奪ったのは一つの壺と宝珠だ。

「あれば、アンチネソスの壺に、ゲデルマガデの宝珠ですかねぇ!? どっちも恐ろしい呪物ですよ! あんなものまで飲み込んでいたんですねぇ」

 今、呪いの塊から飛び出して来た呪物にアビゲイルは驚く。

 どちらも伝説の呪物だ。

 マリユとはいえ、どちらもそう簡単に手にできるものではない。

「なんですか、それは?」

「どちらも一つで、一つの領地を呪い落とせるほどの呪物ですよぉ…… 後どれだけ貯えているんだか……」

 その二つを呪いの塊から取り出せたことは大きい。

 まず間違いなく取り込んだ呪物の中でも最大級の力を持っている呪物のはずだ。

 後、どれくらいの呪物が取り込まれているのかわからないが、それらを少しづつでも取り出していければ、本当にどうにかなるかもしれない。

 そんな淡い期待をアビゲイルが持った時だ。

 だが、ここで呪いの塊も本気になる。

 このままでは自分に貯えた呪物を全て奪われる、そうその呪いの塊は判断した。

 そうなってしまったら、もう呪えない、誰も呪えない、全てを呪えない、あの憎き魔女を呪い殺すことはできない。

 呪いの塊は、ちりじりになり、溶け合った意識の中、明確な殺意の欠片だけを集め、それを主とする目的とする。

 あの魔女を殺す、それを邪魔する者を殺す、目につくもの全てを呪い殺す。

 呪いの塊は今までなかった明確な殺意と目的を持つ。

 その殺意は真っ赤な閃光となって対象に向けられる。

 まずは自分を拘束するこのよくわからない怪物にだ。

 赤い閃光が向けられた瞬間、一体のニンニクの怪物の株部分が吹き飛ぶ。

 はじけ飛んだ根や葉も強力な呪いの光にあてられ枯れていく。

 そして、明確な意思を持った呪いの塊はその形を変える。

 今まではただ数々の呪物を抱え込むだけの役割を持った肉塊だったが、自身を脅かす敵と戦うために形を取る。

 それは虫の姿だった。

 様々な虫をより集め無造作にくっつけたような、そんな無茶苦茶な姿をしている。

 自分を、呪いの塊となった三人の人間を死ぬまで、いや、死んだ後すらも苦しめた、自身の肉体を生きながらにして、死んだ後も食い漁っていく、恐怖の対象。

 その姿を形取ったのだ。

 百足、甲虫、蛆虫、飛蝗、蛭、蜘蛛、蠍、更に様々な虫種の、それらの虫がごっちゃになったような、そんな不気味で訳の分からない姿を取る。

 ぶよぶよな肉塊ではなく、硬い外骨格に覆われ、数々の複眼でより多くの敵を捉え、そして、それらを砕き喰らうための強靭な顎を、それらを仕留めるために強力な毒を持った。

 それだけではない、野山を駆けまわり飛び回るための脚を何本も生やし、捕獲するための大きな鋏や鎌を持つ腕を何本も生やした。

 周囲に明確な殺意が満ちる。恐ろしい呪いが満ちる。激しい怒りが満ち溢れる。

 虫の化物となったそれは、ニンニクの怪物達に襲いかかる。

 硬い外骨格を持ったことでニンニクの根は呪いの塊の体内から追い出され、明確な意思を持ったことで、されるがままになっていた巻き付いてきている根を引きちぎる。

 それでもニンニクの怪物達は果敢にも虫の化物となった呪いの塊に立ち向かう。

 白竜丸も果敢に噛みつくが、もう容易くその肉体を噛み千切ることが出来ない。

 たとえ、外殻を噛み砕いても、その中に残る強靭な筋が残り、容易に噛み千切らせてもくれない。

 それに悠長に噛みついていると、大きな鋏に捕獲されてしまう。

 たが、その姿は、逆に呪いの塊に弱点を与えた。

 呪いの濃度を濃くしその肉体を強化したため、より物質的になり、その重さも影響を受ける。

 元々愚鈍だった呪いの塊は虫の化物となり、更にその動きは遅いものとなってしまっている。

 その為、せっかく数々の虫の脚を生やしたのだが、バタバタとさせるだけで移動自体が出来ていない。

 呪いの塊が、攻撃よりも呪物を奪われないことを優先した結果なのかもしれない。

「呪いがさらなる進化を……? いえ、これは逆に? それだけ呪いの力を消費しているという事ですよねぇ……」

 アビゲイルは呪いの塊をまともに見れない中、分析をする。

 動けなくなったあの状態なら、この場所から離脱し、一旦逃げだすことが出来るかもしれない。

 距離と時間を得れれば、アビゲイルにもできることは格段に増える。

「だ、ダメです、ニンニクさん達が細かくされて行きます! 高かったのに! あれ、高かったのに!」

 ミアが、まだそんなことを言っている。

 まるですべてのことが終わった後、細かく砕かれなければ、あのニンニクを食べるかのような言いようだ。

「そんなこと気にしていられるとは、ミアちゃんはやっぱり大物ですねぇ…… もう呪い斬りの刃の力があっても切り裂けませんか…… 無茶苦茶すぎますよぉ……」

 アビゲイルは噛みついてはいるが、既に白竜丸では呪い斬りの刃の補助があっても呪いの塊を食い千切れなくなっている事を確認する。

「どうしますか!?」

 ミアがすり潰されていくニンニクの怪物を見ながら慌てだす。

 時間の問題だ。

 ニンニク達がやられれば、白竜丸ももう耐えられまい。

 そうなれば、ミア達の方にも呪いの塊の凄まじい殺意が向けられてしまう。

 それを荷物持ち君の結界で防げたとしても、もう身動き一つできなくなってしまうことだろう。

 やはり下手に手出しをする相手ではなかったのだ。

「ディアナちゃんを待っている余裕もなさそうですね…… ここはミアちゃんの大精霊に頼むしかないのでは?」

 もういつ来るかわからないディアナを悠長に、待っている時間はない。

 こうなってはミアに憑いている護衛者、大精霊の力に頼るしかない。

「へ?」

 と、ミアは少しな抜けな表情を見せる。

 その力は台風と同等とまで称されている大精霊に頼るなど、自殺行為でしかない。

 ミアは未だに大精霊と上手く意思疎通ができていないのだ。

 人間と精霊では精神構造が、特に大きく成長した精霊では、精神構造そのものが違ってくるのだ。

 精霊王となり、人の姿を得た精霊ではまた別であるのだが、今の大精霊では人の意志を正確に理解できない。

 ミアの命令にどんなに従順であっても、その命令を正確に理解できないのだ。

 だから、カリナも大精霊に反撃しかできないように言い聞かせたのだ。

 そうしなければ、その力で大災害を引き起こしてしまいかねない。

「いや、今は反撃しかできない大精霊ですが、ミアちゃんが命令すれば動いてくれるんですよねぇ?」

「そうですが、下手したらこの辺り一帯が水没したり、押し流されたりしますよ?」

 台風が意志を持って対象を攻撃するような物だ。

 何が起こるか予想などできるわけもない。

「目の前の、虫の化物になったアレも同じくらいの危険度ですよぉ、あんなの止められるのディアナちゃんか、カリナさんくらいのものですよぉ」

 人間に対する危険度では、呪いの塊の方が格段に上だ。

 それこそ、上位種と呼ばれる様な種族でなければ、対抗できないほどだ。

「え、ええ、うーん、わ、わかりました、や、やってみます……」

 ただミアもこのままでは、自分も自部では済まないし、周囲も大変なことになる、それだけは理解できている。

 なら、大精霊に助力を乞うのも仕方のないことだと、悩みながらも決心する。

 呪いの塊と大精霊、どちらが暴れても大変な事にはなるが、まだ大精霊の方が、ミア自身で、どうにかできる気がしていることもある。

「はい、できるだけ早くお願いしますぅ。あのニンニクも白竜丸ちゃんも、もう持ちませんよ!」

 ミアは急かされて自らが名付けた精霊の名を、心の中だけで呼ぶ。

 ロロカカ神からあやかったその名を、心の中で、ミアが名付けたその名を、ロロンの名を呼ぶ。

 その呼びかけに大精霊の巨大な力が呼応する。

「大精霊さん、その力を貸してください。あまりやりすぎない感じでお貸しください! あの呪いをどうにかしてください!」

 ミアの願いに応えるように、周囲に振らせていた豪雨が集まり形を成す。

 それはミアがティンチルの海洋館という海洋生物の研究施設で見た蛸と言う生物を思わせる姿をしている。

 その大きさは段違いだが。

 水により物理的な肉体を得たミアの精霊は、その触手の一本を、強大な水の質量と圧力を伴った触手の一撃を、虫の化物と化した呪いの塊へと叩き込む。

 打ちすえられたその場所に巨大な水柱が生成され、この建物自体、無月の館自体を半壊させてすべてを押し流す。

 更に、それにより生じた水が、その勢いを反転させ濁流となり虫の化物へと襲いかかる。

 それでも、ミア達のところにまで押し寄せる波を荷物持ち君の張っている結界が押し戻す。

 ミアの大精霊ロロンと呪いの塊との本格的な戦いが始まる。


 呪いの塊が虫の形を取ってしまったことは、結果から見れば悪手だった。

 虫の鋏も、虫の毒も大精霊には意味がない。

 また強固な肉体を得たことで、動きも鈍重となり大精霊の攻撃をかわすことも出来ない。

 ただ一方的に水の触手により打ちすえられている。

 放たれる呪いを大量の水で押し流し、霧散させ周囲に呪いの影響すら与えていない。

 何よりも失敗だったのは、様々な虫が入り混じった形を取ってしまった為、移動が困難になってしまったことだ。

 なので、大精霊と呪いの塊の戦いは、一方的とさえ思えた。

 ただ、それは結果から見れば、の話だ。

 呪いの塊の目的は、自分の抱え込んだ呪物をこれ以上奪われない事だ。

 そして、それらはこの硬い外骨格を持つ虫の姿になった時から果たされている。

 多少、外から攻撃を受けようが、呪いの塊は呪いの塊であり生物ではない。

 突き詰めれば、ただの呪詛の塊でしかないのだ。

 呪詛の塊を、呪いの塊を、どんなに強い力で打ちすえたとしても大した影響はない。

 たとえ、それが大精霊の台風の如き、圧倒的な力で行われていても、呪いの塊からすれば脅威でない。

 外皮が壊されても、あふれ出る呪力で復元すればいいだけだ。

 体内に抱え込んだ数々の呪物こそが力の源なのだ。

 それさえ無事ならば、それさえ奪われなければ、呪いの塊はその意味の通り、呪いの塊であり続けられるのだ。

「ミアちゃん、ミアちゃん!」

 そのことはアビゲイルにも、わかっている。

 大精霊が水で肉体を作ったことで、白竜丸が例えやられても次の呪いの塊の目標は大精霊へと向かうはずだ。

 大精霊もそのことが分かっていて、水の肉体をわざわざ作ったのだろう。

 そのことで、アビゲイルにも余裕ができ始める。

 今までは白竜丸がやられたら終わりであり、綱渡りでしかなかった。アビゲイルも内心焦りまくっていたのだが、心に余裕が生じる。

 あの大精霊がやられるわけもない。

 そもそも、精霊は不死であり不滅なのだ。

 そのことが、アビゲイルに一定の安心感を与える。

 それによりアビゲイルは本来の賢さを、ずる賢さを、狡猾さを、取り戻しつつある。

「な、なんですか、アビィちゃん?」

 大精霊と呪いの塊の戦いの行方に目を奪われていたミアは急に呼ばれ、驚きながらアビゲイルの方に向きを返る。

「ニンニク達に言ってあの壺を取って来てもらえませんか?」

 そう言って、アビゲイルは中庭に転がっている一つの壺を指さす。

 先ほど、古老樹の杖の一撃で呪いの塊から飛び出した呪物の一つだ。

 特徴的な模様であり、その壺自体が放つ圧倒的な呪力は間違いない。あれは、伝説の大喰らいの壺、アンチネソスの壺だ。

「壺? あ、なんか領地全部を呪えるとか言う壺ですか?」

 ミアも暗い、いや、赤暗い視界の中、その壺を見つける。

「そうです。アンチネソスの壺です。大都市の住人をすべてあの壺一つに詰めたと言われている壺です」

 アンチソネスの壺。

 アンチソネスとはとある都市の名だった。

 それもかなり大きな、北の地にある都市の名だったものだ。

 だが、その名は今や一つの壺を指す言葉になっている。

 都市すべてを、そこに住む住人全員を、その小さな壺に詰めたのだ。

 そんなことが出来るのか。

 物理的には絶対に無理だ。

 だが、その壺が湛える呪力はそのことが本当であると、物言わずとも物語っているのだ。

「え? なんですか、それ。そんなことできるんですか?」

「普通はできませんよぉ。だから、あの壺は神器級の呪物なんですよ。別名、大喰らいの壺です。あの壺はなんでも食べてくれるんです」

 元からそう言う神器だったのか、いや、伝承では元はただの壺だったと言われる。

 それでも、あの壺は壺に入れた物をなんでも飲み込み食べてしまう。

 あの壺はいつでも空で飢えている。

 あの壺の中身は、いついかなる時でも空っぽで飢えているのだ。

「あの呪いの塊も、その壺に食べてもらうんですか?」

 ミアはそう理解した。

 確かにそんな壺であれば、あの呪いの塊も飲み込んでしまえるのでは、と。

 だが、実際は違う。

 呪物として蓄えている呪詛の量が比べ物にならないほど違う。

 アンチソネスの壺も一つの呪物としては物凄い量の呪詛を蓄えた呪物ではあるが、呪いの塊はそんな呪物をいくつも体内に抱え込んだ、まさしく呪いの塊なのだ。

 一つだけの呪物とでは、その呪力の総量は比べるまでもない。

「いえ、例え神器級の呪物でも一つでは、あの呪いの塊には手も足も出ませんよぉ」

「じゃあ、どうして?」

 ならば、呪物などに頼らないほうが良いのでは、ミアにはそう思える。

 呪術。呪物。そういった物には、何らかの副次的な効果がつくものが多い。

 いや、そもそも呪術などと言う分野の魔術は本来はない。

 使用者に副次的な、何かしらの負の反動をもたらす効果をもたらす魔術の総称を呪術と、そう呼んでいるだけだ。

 学問的には自然魔術と同じ分野と言われたりもする。

 人を呪わば穴二つ。

 相手の不幸を願えば、自分にも不幸が降りかかる。

 そんな魔術なのだ。

 それだけに強力な魔術ではあるのだが、ミア的にはあまり頼りたい物でもない。

「呪詛は呪詛同士交じり合い強め合うことも出来ますが、逆に相殺することもできるんですよぉ」

 呪いの塊が呪物を取り込んで呪力の源にしているように、取り込んでその力を強めることはできるのだが、使い方次第では呪力と呪力反発させて相殺することも可能だ。

 特に、アビゲイルはその術に長けている。

「なるほど! 壺の分、あの呪いの塊から力を相殺できるってことですね!」

「はい! 今、ミアちゃんの大精霊ちゃんが相手してくれていますし、きっと隙ができますぅ。そこに仕掛けます」

 アンチソネスの壺は間違いなく最大級の呪物だ。

 その力分を、呪いの塊から更に奪えるのなら、かなりの戦果となる。

 後どれだけ神器級の呪物を抱え込んでいるのかは、アビゲイルにもわからないが、それでも、大きく力を奪えることは間違いがない。

「なら他の物も?」

 と、ミアはその辺に転がり落ちている呪物を見回す。

「いえ、やるにしても一つずつです。一つ一つが超危険な呪物ですので扱いに注意しなければなりません。それにあの呪いの塊には、そう何度も同じ手は通じないでしょうし」

 やるなら最も強力な呪物で一度きりだ。

 恐らく同じ手は通じない。

 それが有効であればあるほど、あの呪いの塊はそれに対応する。

 呪物を奪われないように、虫の化物になったように。

 呪いで呪いを相殺できないように、またなにか変化してくることだろう。

 下手をしたら、相殺しようとしている呪力を吸収されかねない。

 それは、今は場違いではあるのだが、アビゲイルに、それもまたとっても興味深い事でもあるが、流石にそんなことを試している余裕はない。

「また姿を変えると?」

「恐らくは…… ですがぁ」

 姿を変えるかどうかはわからない。

 何も見た目だけが変化ではない。

 どう変化するかアビゲイルにも予想はできていないが、間違いなく今の状態であれば、呪いの相殺は可能だ。

 そして、二度目は恐らくはない。

「とりあえずは壺ですね? ニンニクさん達! 壺を、なんとかの、一番呪力が強そうな壺を一つだけ持ってきてください!」

 ミアが叫ぶと、いくつかの小さなニンニクが壺を運び始める。

「あ、あと荷物持ち君に呪術を、強力な呪術を使ってもこの結界に影響がないかの確認だけお願いしますぅ」

 荷物持ち君が使っている結界の魔術もまた未知の物だ。

 わかるのはミアの身を守るための物というだけで、詳細の効果は不明瞭だ。

「だそうですけど、荷物持ち君、あ、大丈夫って顔をしてます」

 ミアが荷物持ち君に聞こうとすると、荷物持ち君は顔だけで振り返り、頷いて見せる。

「表情あるんですか? 荷物持ち君」

 アビゲイルには特に表情などがあったようには見えない。

「なんとなくです」

 と、ミアは力強く答える。

 だか、ミアにはそれがわかるらしい。

「まあ、ミアちゃんが許可してくれるなら、平気ですよねぇ」

 と、アビゲイルも深くは考えない。

 アビゲイルは元ニンニク棒、ニンニクを括りつけてあった、今はただの棒を拾い上げる。

 それで、荷物持ち君が張っている結界の外に魔法陣を描き始める。

 幸いというかなんというか、館の床は既にすべて剥がれ落ち、ミアの精霊が水を流してくれたおかげで、周りは泥に覆われている。

 強度に問題はあるが、魔方陣を書くだけであるならば、描き易くはなっている。

 棒を使ってできるだけ遠くに、泥の地面に描いているため、あまり大きくなく出来の良い陣ではない。

 それでも、その陣はとてつもなく高度な物だ。

 そうしているうちに壺が運び込まれてくる。

 とてつもない呪力を秘めた壺をを。

「ミアちゃん! ニンニク達にそこの陣の近くに土を盛ってその上に壺を置くように指示をお願いします」

「だそうです! ニンニクさん達!」

 面倒だが一度ミアを介さなければ、白竜丸もニンニクの怪物も言うことを聞いてはくれない。

 ニンニクの怪物はアビゲイルの意図している通りに、魔法陣の近くに泥を盛りその上に壺を置き、ニンニクの怪物はさらに壺を支える。

 これから行う魔術は複合的な魔術だ。

 神霊術、使徒魔術。その両方を行使して行う高等魔術魔術だ。

 無月の女神の力は力や癖が強すぎな上に、単一でないと使えない。

 今回の魔術は、いくつもの神々の力を借り、それを束ね合わせ、それを使徒魔術で制御しなければならないので、無月の女神の力は魔力を借りるだけに留める。

 スティフィが見たら泡を吹くほど高等な魔術。

 そんな魔法陣があっという間に描き終わる。

 そこへ透かさず、無月の女神から拝借呪文で拝借した凶悪な魔力を陣に流し込む。

 アビゲイルの魔力制御は、触れるだけで崩れてしまいそうな、泥の上に描かれた魔方陣を全く壊さずにその上に円を描き魔力を回す。

 陣に意味と力が宿る。

 同時に、その魔術を制御するための使徒魔術を発動する。

「光と闇の狭間の使徒よ。管理、制御をする者よ。今一度汝の理を我に貸し与えたまえ」

 人間の意識では、処理できない複雑で高度な魔術の情報を、神の御使いに押し付けて制御させる。

 アンチソネスの壺の呪力を全て、呪いの塊に敵意としてぶつけ相殺すると言う魔方陣がアビゲイルの手により、簡単につくり上げられる。

 その魔術があっという間に完成し、そして、実行される。

 アビゲイルは使徒魔術を発動した瞬間、アンチソネスの壺から、黒い液体が際限なく溢れ始める。

 都市一つ分、詰め込まれた壺。そして、アンチソネスの壺となった後、その中へ詰め込まれたすべてが、今、呪いとなって吐き出される。

 その敵意は呪いの塊へと向けられる。

 壺からあふれ出た真っ黒な液体は、呪いの塊が発する赤い光にも照らされず、ただ黒くあり続ける。

 そして、呪いの塊へと向かい、いや、それを求めるように、そのすべてを奪うかのように、求め飛び掛かる。

 虫の姿を取り動けなくなった呪いの塊へと襲いかかる。






あとがき

 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!


 誤字脱字をご報告してくださっている方、いつも本当にありがとうございます。


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