廃墟と掃除と亡霊と その9
アビゲイルがいつになく真剣な表情で祭壇の上の魔法陣を少しずつ弄っていく。
一文字消しては別の場所の文字を一文字消し、また別の場所の文字を。
そうやって一文字ずつ魔法陣から文字を消していく。
そうやって少しずつ陣を無力化していく。
アビゲイルの話では、文字を消す順番を間違えれば、大変なことになるという話だ。
消す文字を間違えれば、残った単語が別の意味になり別の効果を持つようになる。そして、大変なことになる、そうアビゲイルは眉をひそめながら言っていた。
具体的に、どう大変なことが起きるかまではミア達は聞かされてないが。
ジュリーの目も大分落ち着きはしたものの、しばらくは目を閉じ安静にしていた方が良いと、ミアの手を取り今は床に座り込んでいる。
そのミアも床に座り込み、片手でジュリーと手をつなぎ、もう片方の手と膝で器用に魔術書を支え、その魔術書を読みふけっている。
スティフィもやれることがないので、その魔導書を横目で見ているのだが、とんでもない内容が書かれている。
マーちゃんことマーカスは紙、ミアが持ち込んでいた雑記帳に、試作ではあるが死者を送り出す魔法陣を描くための練習をしている。
難航はしているが、それは仕方がないことだ。
死者を冥府に送る陣など普通は考えもしない。
「幽霊さん達をジュリーも闇の中では見れたんですよね?」
視線は魔導書の方に向いているままなのだが、ミアはジュリーに話しかける。
ただミアが魔導書を読んだままなことは目を閉じ、包帯も上から巻かれているジュリーは気づきもしない。
「え? はい、確かに完全な闇の中では見えました。本当に淡く光を発しているのかもしれませんね」
ジュリーは聞かれたことを正直に話す。
暗闇の中では確かにジュリーは幽霊達の姿を見ていた。
そのことでアビゲイルともすり合わせをしたが、ジュリーの見た姿はアビゲイルの見た姿と同じ物だった。
間違いなくジュリーは暗闇の中で幽霊達の姿を見たのだ。
「魔力発光現象かしらね」
スティフィがそんな言葉をポツリと言う。
「なんですか、それ」
魔導書を読みながら、それにミアは食いつく。
「講義では…… まだ触れてない? 力を持った魔力。魔法陣を起動するときにグルグルと回したりするでしょう? 魔力を力を持った状態。その時、魔力は弱い光を発しているっていう現象ね」
弱い光でも光は光だ。
潜入任務などをしていたスティフィからすれば死活問題でもある。
ただ本当に淡い光なので、大概は講義でも触れられないような、そんな程度の話だ。
昼であれば、まず確認できない程度の、本当に弱い発光現象だ。
それだけにジュリーの証言とも合っている。
「なら、幽霊さん達も魔力で動いているんですか?」
だが、その言葉はミアに新しい疑問を抱かせる。
幽霊達の動力源も魔力の可能性もあるのではないかと。
「魔力って言っても、元は神の御力でしょう? 神に作られた人の魂も、大元はその御力で創られたのだから、そうなんじゃない?」
どっかの教授が、人間の魂の本質は神から拝借される魔力、それに近い物だという研究成果を発表した話がある。
その研究成果は学会と呼ばれる魔術学院の上位組織により否定されてはいる。
だが、それでも、その研究成果に根強い支持をしている者も多いという話だ。
「そうなんですか? 私達も神様の使い魔って感じなんですか?」
その話を知らないミアは、スティフィの話を、人間の魂が、神の御力に近い物だという事を素直に信じる。
信じた結果、人間は神々の使い魔のような存在ではないかという結論を導き出したのだ。
「意外とそうなのかもしれませんね」
それにジュリーが同意する。
荷物持ち君のような意志ある使い魔を見ていると、特にそう思えるのかもしれない。
「講義じゃ聞かない話ですね」
ミアがそう言って、魔導書からやっと目を離す。
そして、何とも言えない表情を見せる。
ミアがそんな表情をしているのは魔導書の内容が酷かったからだ。
「神霊学の範疇と言えば範疇だけど、不確定な話だからね。ダーウィック大神官様の講義では、わざわざ講義で話たりはしないからね」
「なるほど」
と、スティフィの話にミアも納得する。
たしかにダーウィック教授の講義は基本的に不確かな内容の話を省く。
ちょっとした豆知識的な内容の話すらない。
徹頭徹尾、事実に基づいた講義をみっちりとやるのだ。
だからと言って、ダーウィック教授の講義で、話がそれることはないかと言われるとそうでもない。
ミアが来てからという物、割と講義の内容が、別の内容にそれることは多い。
それは今まで質問や疑問をダーウィック教授に聞く者はいなかったせいだが、ミアは遠慮なく質問をぶつけていくからだ。
それで講義にの質が落ちているとはダーウィック教授も考えてはいない。
むしろ喜ばしい事と考えている。
それは魔術学院の講義として、神霊学の講義として、必要な事でもある。
「ミアは…… よくその魔導書を読みながら話せるわね」
スティフィが感心したようにそう言って来た。
魔導書を読みながらもミアはちゃんと会話をし続けているのだ。
その内容は、スティフィが横目で見ながらでは内容を正確に把握できないほど複雑な物だ。
しかも、今しがたミアが読んでいた頁は酷い内容が書かれている。
だからこそ、ミアはジュリーに話しかけたのだが、スティフィもそこまでは理解できていない。
「いや、今、ちょうど実際にされた拷問の場所なので、気を紛らわしながら読みたいんですよ」
先ほどミアが魔導書を読んで何とも言えない表情を見せたのはこのせいだ。
禁忌を犯した者だけでなく、それを黙っていた者にも酷い拷問をマリユ教授自ら儀式の一つとして行ったと、その事実が事細かに書き記されている。
その内容はミアでも目をそむけたくなるものだ。
この館の内部にまで虫種が大量に入り込んでいて、それを放置している理由も、その部分を読んでミアも理解できた。
虫種も拷問の一部に組み込んでいたのだ。
「もうそこまで読み進めたんですか?」
ジュリーはそちらの方に驚く。
自分が読んでいた時は、もっと時間をかけてそこまで読み進めていたはずだと。
「呪われていないので、簡単に読み進められますよ」
と、ミアはそう言って、一旦魔導書を閉じた。
虫種を使った拷問が事細かに書かれている部分はミアでも気が滅入るのかもしれない。
「それにしても早いですね」
共通語ではあるが、かなり難しい言い回しや文体で書かれている。
呪いがなくともジュリーは読むのに難儀していた。
それをミアはすらすらと読み解いている。
「あんたもよくあの呪詛を受けながら読んでいられたわね」
スティフィが珍しくジュリーをほめる。
この魔導書に幽霊達が書き込んだ呪詛は相当な恨みの念が込められたものだ。
その呪詛を受けながらも読み進められたジュリーも相当なものだ。
「生まれが暗黒大陸の境にある領地ですからね。呪いに耐性でもあるのかもしれないです。だから私が攫われたのかもしれないですね」
ジュリーは客観的にそう答えた。
鰐という生物は、神々の戦いの末に神々の呪いで汚染された大陸に適応して、ほぼ完全に近い呪術への免疫を獲得したのだという。
ならば、人間でも多少なりとも抵抗力を付けれていてもおかしくはない話だ。
「そろそろ夕食の時間ですが、ここからしばらく帰れそうにもないですね」
唐突にミアはそんなことを言ってお腹を押さえた。
スティフィは、罪人達を生きたまま少しづつ虫種に喰わせた拷問が書かれた魔導書を読んでいたあとで、よくそんなことが言えるものだとミアにも感心する。
実は気が滅入ったから魔導書を読むのを辞めたのではなく、おなかが空いたから、だったのかもしれない。
「ミア…… あんたとことん呑気ね……」
スティフィからすればそんな言葉しか出てこない。
だが、ミアは幽霊達に囲まれているこの状況下で、という意味にスティフィの言葉を捕らえる。
「私には見えませんからね。それに古老樹の杖もニンニク棒もありますよ。最悪このニンニクをみんなでかじりましょう」
そう言って、古老樹の杖と並べて床に投げ置かれているニンニク棒を手に取る。
紐に括られたニンンクがゆらゆらと揺れている。
「え? 生のニンニクをですか?」
とジュリーが声を上げる。
火を通した物なら、そのままでも食べるが生のニンニクをそのままかぶりつくのは色々ときついものがある。
「火ならそこにあるじゃないですか」
そう言って、まだ燃えて光を作り出しているジュリーの精霊をニンニク棒を持った手で指さす。
何もない空中に炎だけが今も燃え盛っている。
ちゃんと熱も感じられる炎だ。
この熱量であれば、ニンニクに火を通すくらい訳もないだろう。
「ああ、まだ精霊ががんばってくれているんですね。ミアさんの魔力の水薬は凄いですね」
目が今は見えない、そして、魔導書を読むことに集中しすぎていたジュリーは、自分の精霊が未だに火を灯し続けていることに驚いた。
それほど、ミアの作った魔力の水薬に篭っている魔力の質が良いという事だ。
「まだまだありますよ、もう一本渡しておきますね」
そう言ってミアは褒められたことが嬉しかったのか、陶器の瓶を取り出してジュリーの開いている手にそれを握らせる。
「あ、ありがとうございます?」
渡された瓶を少して惑いながらジュリーは受け取る。
目が見れない状況下で渡されても困るが、精霊がいれば身を守る手段にはできるかもしれない。
「精霊魔術、やっぱり便利よね……」
スティフィはスティフィで今も燃えている炎を見ながら、そんなことを呟いた。
「スティフィは…… 学ばないですよね? やっぱりまだ怖いんですか? もう精霊達には嫌われてはないんですよね?」
以前のスティフィは、今ミアに付いている大精霊を怒らせたため、その影響で下位精霊達にも嫌われていた。
精霊から敵意を向けられるほどだったのだが、今は精霊達からそのような敵意を向けられることもない。
ミアに付いている精霊にも慣れつつある今、精霊魔術を学ぶことも可能だろう。
「もうそれほどでも…… ミアの近くにこれだけいればね」
今となっては、ミアに付いている精霊になぜそこまで恐怖していたのか、わからないほどだ。
「じゃあ、もう学べるんじゃないですか?」
と、ミアは羨ましそうにそう言った。
ミアとしてはこの大精霊が憑いているせいで、精霊魔術の実技の基礎が全く行えないので難儀している。
「それはそれ、これはこれよ。それにこれ以上受ける講義増やしたくはないわよ。ただでさえ多いのに」
ただ、スティフィもミアに付きあって様々な魔術の分野の講義を受けている。
これ以上受ける講義を増やしても、どれも手つかずにになるだけだ。
精霊魔術の講義だけは、なんだかんだ理由をつけて受けていなかったが。
「そうですよね、二年目は大体の生徒は学ぶ系統を絞りますからね。ミアさんのように広く学ばれる方が珍しいですね」
ジュリーが感心したようにそう言った。
ミアのように広く深く学ぶような者は、それこそ魔術学院の教授でも目指す者くらいの物だ。
大概は自分に合った魔術の系統を選び、それを専攻し深く学んでいくものだ。
「ミアは教授にでもなるつもりなの?」
と、スティフィが茶化すように聞く。
その答えはミアが答えるまでもなくわかってはいる。
「いえ、一通り学んだらリッケルト村に帰りますよ」
と、ミアは当然とばかりに答える。
「まあ、そうよね。その時は私もミアに付いていこうかしらね」
それも悪くはない。
スティフィはなんとなくそう思った。
「え? いいんですか!!」
スティフィの言葉にミアが喜ぶ。
ミアにとっても初めてできた友人であるスティフィは代えがたいものがあるのだ。
「ミアが一通り学び終えたころには、流石にダーウィック大神官様の講義も全部受け終わっているだろうしね…… それに私はミアを勧誘しないといけないし」
スティフィも自分にそう言い聞かせる。
ミアをデミアス教徒に勧誘する。そう、ダーウィックに命令されているのだ。
だが、ミアがデミアス教徒に改宗することはない。
そのことはスティフィももう理解できている。
だから、だからこそ、ずっと一緒にいられる、スティフィは心のどこかでそう思うようになって来ている。
「私はサリー師匠の下で助教授を目指します!」
それに応える様に、ジュリーは自分の将来の夢を話す。
故郷に、あの貧乏でどうしょうもない故郷に帰ったところで何もできない。
なら、助教授となりその稼ぎの一部を故郷であるアンバー領に送った方が何倍も建設的だ。
最終的にはアンバー領に帰ることになるかもしれないが、その時はシェルムの木の品種改良をせずに、効率的な栽培方法を確立したときだとジュリーは心に決めている。
「マーちゃんはどうするのよ」
と、スティフィがマーカスに話を振る。
「お…… わ、私は冥府の神の信徒になる決心がつきましたし、その神にミアを守れと使命も貰っています。ミアがリッケルト村へ帰ると言うなら同行しますよ、ですわ」
と、既に決まっているとばかりにそう言った。
死後の神の信徒になるという事は死に近づくという事でもある。
だから、その冥府がある場所から物理的に距離を取るという事はマーカスの寿命にとって意味のあることでもある。
ある意味、良い選択だ。
「リッケルト村は良いところですよ! 大歓迎ですよ!」
スティフィだけでなくマーカスまで来てくれるという話でミアは心から喜ぶ。
そもそもリッケルト村は人口も少ない。
移住希望者が居れば、しかも、スティフィやマーカスのような有能な魔術師であれば大歓迎だろう。
「歓談中のところ申し訳ないんですが、そろそろ次の段階へと行きますので、心の準備をしてくださいねぇ」
そこへ、まさしく水を差すかのようにアビゲイルが声を掛ける。
「心の準備?」
と、スティフィが訝しげな顔を隠しもしないで聞き返す。
「失敗したら死にますねぇ」
と、アビゲイルは答える。
「心の準備も何もないじゃない? なんかできることあるの?」
「ないですねぇ」
アビゲイルは少し考えた後、素直にそのことを伝える。
「じゃあ、そんなこと言わないでよ」
それにスティフィが呆れたように返す。
「スティフィちゃんは言わないと怒るじゃないですかぁ」
と、アビゲイルは言い返す。
何度も何度もそれでアビゲイルはスティフィに文句を言われている。
だから、今回は伝えたのだと、アビゲイルは主張するのだが、スティフィはやはり呆れかえるだけだ。
「必要な時は何も言わない癖に、必要ない時、というか何もできない時はわざわざ言って…… それわざとしてるの?」
と、スティフィに言い返されてしまうだけだった。
「いやー、そんなつもりはないんですけどねぇ」
アビゲイルとしては本当に悪気はないのだ。
だからこそ、アビゲイルはアビゲイルなのだ。
天性の間の悪さを持つ無性の魔女なのだ。
「一応聞いておくけど、次の段階になったらどうなるのよ」
と、スティフィが念のために確認する。
「主の領域が破棄されます。領域から力を得ていた陣も力を失いますねぇ。ただ地脈からも力を得ているので、すぐには効力を失わないはずですよぉ」
アビゲイルは大部分の神与文字を消し去った陣をを見てそう言った。
後一文字、文字を消すだけで、この陣は完全に意味を失う。
つまり、領域の宣言を止めるという事であり、無月の女神の領域ではなくなるのだ。
「ということは普通に魔術を使えるようになるのね?」
スティフィはそれを確認する。
アビゲイルの事だ。大事なことは言わないことが多いのはわかり切っている。
先だって、確認しておかなければならない。
「はい」
と、アビゲイルも頷く。
つまり拝借呪文により、他の神々の魔力を借りられるようになるということであり、他の神の力も行使できるようになるという事だ。
それだけではなく、荷物持ち君が室内にまで入ってくれるかもしれないし、御使い憑きであるディアナも同行してくれるようになるかもしれない。
これから、さらに大仕事の残っているアビゲイルからしても、それらは大変助かることだ。
「やっとですね」
と、ミアは目を輝かせてている。
特に拝借呪文を使う機会はなかったが、それでも使えないのと、使えるのではミアからすると雲泥の差があるのだ。
「そしたら…… 次はマーちゃんにここの幽霊達を、私の姉妹弟子達を送ってもらって。後は、まあ、後日ですねぇ…… 夜の方が幽霊は力を増すみたいですし」
もうかなり時間がたっている。
深夜になる様な時間帯のはずだ。
魔法陣の無力化にアビゲイルでも時間を使いすぎたからだ。
禁忌を犯した三体の幽霊を相手取るにしても、昼の間のほうが良さそうだ。
「本当にあんた一人で後のことはやれんの?」
と、スティフィがアビゲイルを怪しんでそれを確認する。
確認されたアビゲイルは、少し困ったような表情を浮かべる。
「いやー、正直なところディアナちゃんか荷物持ち君のお力は借りたいですねぇ」
そして、正直に話す。
そうでもしないと今回は相手が悪い。
三体の幽霊が、ではない。
それらの幽霊が、宝物庫にあった呪物を全部飲み込んでしまっている可能性があるからだ。
もしそうなっていたら、流石にアビゲイル一人の力ではどうにもならない。
何千年も生きる正真正銘の魔女であるマリユが集めていた呪物なのだ。
どれも神器級と言えるような、そんな呪物がたんまりと溜め込まれていた宝物庫だ。
それが一つの呪物となっていたらアビゲイルでもどうにもできない。
「結局ミアを巻き込むんじゃない!」
と、スティフィはそんなことを言うが、予想はしていたことだ。
ミアが着いていくというのなら、今度こそ、エリックに竜鱗の剣でも借りて来なければならない。
竜鱗の剣が幽霊に効くかどうかはわからないが、取り込んだ呪物の方を破壊なら容易にできるはずだ。
「流石に私一人じゃ無理ですよぉ、ここの宝物庫にどれだけの呪物が溜め込まれていたと思っているんですかぁ!」
泣きそうな顔でアビゲイルはそう言った。
「私で良ければお手伝いしますよ? まだ掃除も終わってないですしね」
そして、ミアはそれを掃除の手伝いのついでとばかりに安請け合いする。
「ミア…… 余計なことに顔を突っ込まないでよ、このアビゲイルが慌てている程の相手なのよ?」
アビゲイルは稀代の天才魔術師であることは事実だ。
そのアビゲイルが自分の手には負えないと嘆いているのだ。
それがどれほどの事か、ミアにはわからなくとも、スティフィにはわかりすぎるほどわかる。
のだが、
「なら余計に手伝ってあげないとダメじゃないですか」
と、ミアは真顔でそう言った。
そう言うだろうと、スティフィも予想はしていたが。
ミアは、ロロカカ神のことが絡まなければ、だが、とても善良な人間なのだ。
「ミアちゃん、いい子ですねぇ」
そう言ってアビゲイルはミアの頭を撫でた。
ミアもミアで満更でもない顔をする。
「ああ、もう…… 私もとは言いたいけど、魔術を使えたところで私にできることはないわよね」
スティフィは、呪物のような塊に自分が何ができるかと考える。
アビゲイルが手に負えないような呪物になにができるか想像もできない。
「まあまあ、そんなこと言わずに、ミアちゃんの護衛をしててくださいよぉ」
アビゲイルはスティフィならそれなりに役立ってくれると、ミアの為の肉壁にはなってくれると、その言葉を発する。
そのことをスティフィも分かっていて、睨み返しながら、
「あー、はいはい…… 報酬、部屋を冷やす魔術だけじゃ割に合わないからね?」
と、それを承諾する。
どちらにせよ、一度言い出したミアを止めることはできないし、ミアを守るのもスティフィの使命でもあるのだ。
「はい…… 何かご希望の魔術をいくつかお教えしますので…… それでご勘弁を……」
と、アビゲイルは笑顔で頭を低く下げる。
これで、アビゲイルもミアを気にすることなく、三体の幽霊だけに集中できる。
一旦、話はついたようなので、そこにマーちゃんがアビゲイルに声を掛ける。
「次の段階という物に行く前に、試しに描いた陣の設計図を見てもらってもいいですか?」
次の段階に行ってしまったら、時間がないかもしれない。
今のうちにでも確認してもらった方が良いと、マーカスはそう判断したからだ。
そして、それは結果的に、とても正しかった。
「はいはい、ふむぅ…… うーん、こことここは、神に不敬に当たるので必ず修正してください。あと、こちらも出来れば別の表現で。ここは単語自体が間違ってますねぇ。でも、初めてにしては中々良い出来ですよぉ」
と、いくつかに分けられて書かれている魔法陣を見てアビゲイルはすぐに修正箇所を指摘する。
無月の女神の領域ではなくなった後なら、マーカスが描く魔法陣で姉妹弟子たちを冥府へと送り届けられると、アビゲイルも確信する。
「冥府の神の神与文字も理解できるの?」
スティフィは少し驚いたようにアビゲイルに声を掛ける。
祟り神もだが、死を司る様な神の神与文字を学ぼうとする者は少ない。
縁を持てば持つだけ、死へ引っ張られる様なものだ。
「まあ、一応は地元の神様の一柱ですからねぇ…… 自慢できるほどではなく、ある程度はですが」
だが、アビゲイルは地元の神様だから、それだけの理由だけで冥府の神の神与文字も学んだのだ。
「本当に何者なのよ、あんた……」
呆れたようにスティフィがその言葉を口にする。
「私としては、その言葉をミアちゃんに返したいですねぇ」
「それもそうね……」
アビゲイルの言葉に、スティフィも納得せざる得ない。
といっても、ミアの正体はこの領地の貴族であると分かってもいるのだが。
「なんで私ですか?」
「ミアもだけど、ミアの神様は謎すぎるのよ」
と、スティフィは本当にそう思いながら言う。
ミアの信じる神、ロロカカ神はまるで記録がない。
本当に謎の神なのだ。
「本当に謎すぎるんですよねぇ……」
アビゲイルですら、その師匠であるマリユですら、知らない神だ。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
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誤字脱字をご報告してくださっている方、いつも本当にありがとうございます。




