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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
廃墟と掃除と亡霊と

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廃墟と掃除と亡霊と その8

 ミア達一行はアビゲイルの作り出した光源だけを頼りに暗い地下の廊下を進む。

 唯一幽霊を見ることが出来るアビゲイルは、地下の廊下を歩ぎながら幽霊達を観察する。

 幽霊達は今、ミアの持つ古老樹の杖に興味津々だ。

 ミアの近くに集まり古老樹の杖に手を伸ばそうとしては、引っ込めてを繰り返している。

 アビゲイルはそれを見て不可解に思う。

 なぜ幽霊達は自分達に害をなすはずの古老樹の杖を手にしようとしているのかを。

 恐らく幽霊といえど、ミアの持つ古老樹の杖を持てばただでは済まない。

 それが幽霊達もわかるからこそ、完全には手を出していない。

 手を伸ばし、触る寸前に手を引っ込める。そんなことを繰り返している。

 下手をすれば消滅してしまうかもしれない。

 古老樹は呪物などに強い耐性を持ち、その力を吸収し無力化することが出来る。

 ある意味、古老樹は幽霊の天敵でもあるのだ。

 人間の呪物、その慣れ果てともいえる幽霊がそんな古老樹に手を出せばどうなるかなど、アビゲイルの姉妹弟子達である幽霊達はわかっているはずなのだ。

 だからこそ、幽霊達は荷物持ち君を恐れていたのだ。

 もしかしたら、幽霊達はそうなりたいのかもしれない。

 幽霊と言う不自然な状態を終わらせたいのかもしれない。

 それに荷物持ち君を恐れていたのも昼の間だけだ。日が暮れて夜になりやっと幽霊達の本質が現れだしたのかもしれない。

 アビゲイルは少し面白そうに笑い、幽霊を見ながら首を傾ける。

 そうしていると、地下の廊下の道が枝分かれしている。

「ジュリーちゃんがいるのば、恐らくまっすぐの方の道ですねぇ。そっちの枝別れしている道は…… 今は行かないほうがいいですよぉ」

 アビゲイルはそう言って儀式場に続く、まっすくの廊下の方を指さす。

 枝分かれしている方の廊下は宝物庫へと続く廊下だ。

 危険な呪物が山ほど溜め込まれた宝物庫だ。

 それは現状宝物庫がどうなってるかわからない現状では迂闊に近づくだけでも危険なほどだ。

 アビゲイルとしても、この館がここまで放置されていることは驚きではあった。

 それ故に放置された呪物がどうなっているかなど、アビゲイルでも考えたくはない。

 少なくとも今は、幽霊達の件が解決するまでは宝物庫には関わらない方が良い事だけは確かだ。

 恐らくここまで放置されていると、呪物と呪物が取り込み合ってより混沌とした新しい強力な呪物が出来上がっていても不思議ではない。

 それを幽霊達を相手しながら取り扱うのはアビゲイルでも骨の折れる話だ。

「何があるのよ?」

 アビゲイルのちょっとした違和感にスティフィが目ざとく気づき聞いてくる。

 アビゲイルは少し迷いはしたが隠さずに教えてやる。

 隠して逆にそれに触れられでもしたら、取り返しのつかない大惨事になりうる。

「うーん、今どうなってるかまではわからないですが…… そっちの道は師匠の宝物庫ですねぇ…… 危険な呪物が山ほどあって放置されてるので、私としても余り近づきたくはないんですよぉ」

 と、笑顔でアビゲイルは伝える。

「それは…… 近づきたくはないわね」

 スティフィも何か感じ取っていたのか、すぐに納得してくれる。

 少なくとも今は行くべき場所ではない。

「幽霊さん達はなんと?」

 ミアがそう確認してくる。

 アビゲイルが周りの幽霊を確認すると、儀式場の方の廊下で手招きしている。

「まっすぐの方ですね、やっぱり儀式場へ案内したいようですねぇ」

「ジュリーもそこなんですよね? なら急ぎましょう」

 ミアは素直にそう言って意気込んだ。

 

 そうして行きついた先は一つの大きな石造りの扉だった。

 人の力では到底開きそうにないほどだ。

「これ、どうやって開けるの?」

 スティフィが呆れたように聞き返してきた。

 かなり分厚い扉で人間の力では開けることは不可能だ。

「こっちに操作するための仕掛けが…… あれ…… 壊れていますねぇ」

 アビゲイルはそう言って、この扉を開けるための操作棒を見る。

 自然に腐り落ちたわけではなく、人為的に壊されたあとが見て取れる壊され方をしていた。

 儀式場の外から壊されているところを見ると、何かを閉じ込めておくためにこうしたのかもしれない。

「開かないんですか?」

 と、ミアが少し心配そうに聞いてくる。

「仕方がないですねぇ、扉を破壊しますので少し離れていてください」

 アビゲイルは一応、扉に魔術がかけられていないか確認する。

 いくつかの扉の強度を上げる魔術や耐腐食の魔術は掛けられてはいるが、扉を開いたり壊したりしたときに発動する類の魔術は掛けられていない。

 壊しても問題無いのをアビゲイルはしっかりと確かめた後、石の扉に右手で触る。

 左手で見えないように指で印を結ぶ。

 そして、使徒魔術を発動させるためのきっかけとなる呪文を唱える。

「闇の奥底で破壊を楽しむ者よ。汝の力で右手に破壊をもたらさん」

 アビゲイルの右手から破壊的な衝撃波が扉に走る。

 その衝撃波はアビゲイルが右手で触れた扉だけを、小石のように粉砕してガラガラと音を立てて崩壊させた。

 衝撃波自体に音はない。あくまで粉々にされて、それが落ち音が鳴っただけだ。

「それ指輪が触媒なの?」

 とても恐ろしく使い勝手の良さそうな使徒魔術だ、とスティフィは密かに感嘆しながらも、さっきは見抜けなかった使徒魔術の触媒を見極めた。

 それはアビゲイルが身に着けている指輪の一つだ。

 普通、指輪などを使徒魔術の触媒にはしない。

 契約を御使い側から破棄された時、触媒は周囲を巻き込んで破壊をもたらすからだ。

 だから、杖の先端などに触媒をまとめておいて、少しでも自分の体から遠ざけるのが使徒魔術の触媒の基本なのだ。

「あらー、バレちゃいましたか。流石スティフィちゃんですねぇ」

 そう言ってアビゲイルは軽く頭を掻いた。

 この指輪だけがアビゲイルの持つ触媒ではないが、この短時間で見抜かれたことにはアビゲイルも驚く。

「そんな物を触媒にして…… 体に刻み込むのとそう違わないじゃない」

 スティフィはそう言ってはいるが、体の一部を触媒にするのと装飾品を触媒にするのとではかなりの差がある。

 なんなら契約破棄目的で無理やり使用して敵に投げつけることも装飾品であれば可能だ。

 そんな使い方をすればその御使いには嫌われ、もう二度とその御使いとは契約できなくなるだろうが。

「いえいえ、取り外しが容易ですからねぇ。ついでに私が着けてる装飾品のほとんどが触媒ですよぉ」

 アビゲイルはそう言って笑って見せる。

 だが、アビゲイルが触媒にしているのは装飾品だけではない。

 使徒魔術の契約書ともいえる触媒は様々な物を利用できる。

 スティフィのように自分の体を使用することも出来れば、低負荷の魔術であれば紙といった脆い物を触媒にすることも可能なのだ。

 それこそ、マーカスに貸しているアビゲイルの服や下着すらも実は触媒の一つだったりする。

「凄いですね!」

 と、ミアは驚いて尊敬の眼差しをアビゲイルに向ける。

「凄いというか、命知らずというか……」

 スティフィはアビゲイルにむかいそんなことを言っているが、自分の体を今も触媒にしているスティフィにだけはアビゲイルも言われたくはないだろう。

 だが、スティフィの言っていることも確かな事で、触媒の数が多ければ数々の使徒魔術を扱えるのは確かだが、それと同時に誤作動の危険性も増加する。

 唱える呪文や指で印を結ぶのはその誤作動を予防する効果だが、保有している使徒魔術の数が多ければそれだけ誤作動も多くなるという事だ。

「ちゃんと管理できれば安全ですよぉ、そうでしょう?」

 アビゲイルはスティフィを笑顔で見ながらも煽るようにそう言った。

「まあ…… そうだけど……」

 そう言われてしまうとスティフィも言い返せない。

 スティフィは管理できなかった結果、左手を失ったのだ。

「さあ、行きますよぉ。儀式場は広いですので私のそばを離れないでください、と、ここにも幽霊達が……? 別の?」

 恐らくおおよそ百年ぶりにアビゲイルが訪れた儀式場は、アビゲイルの記憶の中にある儀式場とは大分様子が変わっていた。

 アビゲイルの記憶では儀式場はいくつかの小部屋に区切られていたはずだ。

 だが、今は一つの大きな広間となっている。

 床に何らかの超巨大な陣が、それが魔法陣だとは気づけないほど巨大な陣が描かれている。

 巨大すぎてアビゲイルでもその全貌を確認できず、陣を読み取ることすらできない。

 それに、ここに自分達を招き入れた幽霊達は、また違う幽霊達が数体存在している。

 ジュリーを攫ったのはこの儀式場に巣くうこの幽霊達だろう。

 ここの幽霊達は明らかにアビゲイルへと敵意を向けている。

 だが、その悪意を向ける幽霊達に、ここまで先導してきた幽霊達が立ちはだかるように位置どる。

 幽霊同士で対立しているようにも見える。

「どうしたの?」

 スティフィの質問に、すぐにはアビゲイルも答えれない。

 アビゲイルも一瞬では状況を飲み込めなかった。

 そもそも徒党を組む幽霊が信じられなかったのに、派閥を作り幽霊同士で争い合うことなど、アビゲイルには理解できるものではない。

 いや、ある程度、先入観の知識があったからこそ、アビゲイルは思い違いをしていたのかもしれない。

「ここの、元々儀式場にいた幽霊達は私達を、いえ、私をですね。完全に敵視してますねぇ、幽霊にも派閥があるようで」

 その言葉通りに、今も敵意を向ける幽霊達の邪魔をするように、ここまで導いてきた幽霊達はアビゲイルを守るように動いている。

 だが、それを見れるのはアビゲイルだけで、他の者にはその姿を見えることはできない。

 だからか、ミアの警戒心は薄い。

 儀式場の中を頭だけ出して既に覗き込んでいたりする。

「見てください、向こうに明かりが見えます!」

 ミアが赤い煌々と燃えるような光を見つけて指さす。

「ジュリーね、なんか本を読んでるようだけど」

 スティフィが目を細めて確認する。

 スティフィの眼には祭壇の前で一心不乱に本を読むジュリーの姿を確認することが出来た。

 当のジュリーは読書に夢中なのか、こちらにはまるで気づいた様子はない。

「不味いですね、急ぎますよ」

 スティフィの言葉を聞いたアビゲイルは焦りだす。

 もしジュリーがこの魔法陣を無力化してしまったら、無月の女神の怒りに触れかねない。

 恐らくその怒りはこの場にいる者すべてに死をもたらすだけでは足りなく、魔術学院を飲み込むほどの祟りを起こすはずだ。

 それは阻止しなければならない。

「敵対している幽霊は?」

 スティフィが銀の短剣をそのまま持つか、冥府の神の聖水を使うか迷いながら確認してくる。

 アビゲイルは片手では大変だろうに、と思いつつももう一度周囲を確認してから答える。

 ここまで導いてくれた幽霊達は元々ここにいる幽霊達と今は完全に敵対しているようだ。

 今は、アビゲイルを守るように動いている。

 この様子なら、ジュリーを止める時間くらいは稼いでくれるはずだ。

「気にしている暇はありませんよぉ、あの魔法陣を破壊されたら学院ごと、この辺りは呪いの地になってしまいますよぉ」

 そう言って、アビゲイルはジュリーめがけて走り出す。

 ミアもそれに続く。

 そのミアを追いかける様にスティフィとマーちゃんが後に続く。

「本当に厄介な……」

「急ぎましょう」




「ジュリー!」

 と、ミアが駆け寄り、ジュリーに声をかける。

「あ、ミアさん……」

 そうすると魔導書を夢中で読んでいたジュリーが気づき、顔を上げる。

 ジュリーは目から血を涙のように流しながら魔導書にかぶりつくように読んでいた。

「ジュリー、あんた目から血が出てるわよ」

 と、スティフィがその様子に驚きながら告げる。

「この魔導書に書き足された血文字の呪詛のせいですね…… 実際に怪我しているわけではないです」

 それに対してジュリーは冷静に答える。

 そして、その血を袖で拭う。流れ出ている血の多さにジュリー自身が少し驚いた。

「大丈夫なんですか?」

 ミアが心配そうに声を掛ける。

 その返事を待つ前に、アビゲイルがジュリーの持っている魔導書を取り上げながら、

「今すぐこれを読むのをやめてくれませんかねぇ?」

 と、息を切らしながら言った。

 取り上げられたジュリーも特に抵抗も、魔導書を取り返そうともしない。

「これはものすごい魔法陣です」

 そのかわりジュリーは祭壇の方を見てそう言った。

「それはそうですよぉ、師匠が作ったものなんですから」

 と、ジュリーが正気そうなので安心して、アビゲイルはその魔法陣を誇らしげする。

「これ…… 神の領域を別の物に作り替えているんですよ! こんなことできる人間がいるだなんて信じられませんよ!」

 ジュリーは興奮するようにそう言った。

 その言葉に今度はアビゲイルの表情が歪む。

 あのマリユが主の領域を別の物に変えるだなんてことをするわけがない。

 ここまで神の領域を放置しているのにも内心驚いているのに、領域そのものを別の物に変えるだなんてことは、アビゲイルの知っているマリユはするわけがない。

 アビゲイルの知るマリユという魔女は、軽口は叩くものの、その本心では決して神への敬愛を失いはしない、そんな魔女のはずだ。

「領域を別の物へ? 師匠がそんなことをするだなんて思えませんが…… 私にも見せてください」

 アビゲイルはジュリーを押しのけて魔法陣を見る。

 確かにこれはすべて師匠の、マリユの描いた陣であることはアビゲイルにはわかる。

 美しく読みやすい、昔ながらの正当な魔法陣の描き方であり、神への愛をしっかりと感じられるものだ。

 そのことにアビゲイルも安心する。

「それより敵対している幽霊はどうなったのよ?」

 アスティフィは周りを警戒しながら、アビゲイルに話しかける。

 だが、そんなことよりもアビゲイルは驚きと納得で、祭壇の上の魔法陣から目を離せないでいる。

「案内してくれている幽霊達が牽制してくれて…… これは…… そういう事ですか」

 アビゲイルはうわ言のようにそう言った後、凄まじい勢いで魔法陣の意味を紐解いていく。

「どういうことよ」

「これは…… この魔法陣は神の罰執行をするための物ですね…… わざわざ主の領域の力を使ってまでそうしているということは、主からの命だったのかもしれないですねぇ」

 アビゲイルもやっと納得する。

 主の領域を、館をここまで放置した理由を、領域を別の物に変えてしまっている理由も、この陣を観ればアビゲイルには理解できる。

 この陣は、無月の女神の領域を主張する物から、禁忌を破った者達を捉え、罰を与え続けるための物に変更されている。

 この陣に捕らえられた幽霊達は死後も、この陣により捉えられ耐えがたい苦痛を今も与え続けられているのだ。

 幽霊達の目的はこの陣の破棄で間違いない。

 幽霊達はどんなことをしても、この苦痛から解放されたいのだ。

「なら、この陣を止めることはできないんですか?」

 ミアが心配そうにそう聞いてくるのだが、それはアビゲイルにも判断がつかない。

 今は罪人に神罰を与えるための陣となってはいるが、その大元は無月の女神の領域を主張するための陣なのだ。無暗に手を出してよい物ではない。

 少なくともこの陣を全て解読しない限りアビゲイルにも何とも言えない。

 だが、ミアの質問に答えのはジュリーだった。

「平気なはずです! アビゲイルさん、この陣はもう役目を終えているんですよ、止めてしまっても問題ないんです」

 顔にまだ血涙のあとを残しながら、ジュリーはそう言った。

「は? 主が領域を放棄するなど……」

 そんなことをすればどうなるか、恐らくこの場にいる人間でちゃんと理解できているのはアビゲイルのみだ。

 だが、ジュリーは確信をもって言葉を発する。

「その魔導書を読んでください。ちゃんと書いてあります。無月の女神はこの汚された領域を嫌い既に破棄しています。そのついででここを罪人達の牢獄にしたんです。刑期百年です。もうとっくに過ぎているんですよ」

 ジュリーはそう言って顔を強張らせる。

 恐らく目が痛いのだろう。

 魔導書を読んでいるときは極度の集中で、その痛みを感じなかったのだろうが今はひどく痛みを感じている。

「どれどれ…… おお、凄い呪詛ですねぇ、ジュリーちゃん良く読めましたねぇ」

 魔導書を捲りアビゲイルもその呪詛の強さに驚く。

 相当な恨みの念が籠っている。

 これを読み続けられるということはジュリーも呪詛に対して多少なりとも抵抗力を持っているのかもしれない。

 神々の呪詛が渦巻く暗黒大陸との境の領地が故郷であるジュリーならば、それも頷ける話だ。

「必死でした」

「周りの姉妹弟子さん達、ジュリーちゃんの言葉が本当ならこの陣は私が責任をもって解除しますので、どうか今は大人しくしてもらえますか?」

 数頁ほど魔導書を読んだアビゲイルがその言葉を発する。

 アビゲイル以外見えて居なかったが、幽霊達は一触即発の状態でいつ本格的な争いが怒ってもおかしく状態だった。

 だが、それもアビゲイルの言葉ですべての幽霊達は一旦は落ち着く。

 すべての幽霊達が争うのを止め、アビゲイルをじっと見つめている。

 幽霊達はやはりこの陣から解放されるのが目的で間違いはない。

「敵意が消えた?」

 スティフィはそう言いつつも未だに短剣を構えたまま周囲を伺う。

「ここにいる幽霊達は実行犯ではなく、その罪を黙っていて見逃していた人達で、その罪で百年の間、耐えがたい苦しみを与えられ続けられていたんです」

 魔導書を読み進めていたジュリーが魔導書に書かれていたことを説明する。

「実行犯?」

 と、ミアが聞き返す。

「この領域で情事に及んでしまった人達です。その魔導書には三人いると記されています」

 ジュリーはもう眼を開けているのも限界とばかりに目を閉じ、ミアの手を掴みそのことを告げる。

「確かにそう書いてありますねぇ、なるほどあの三人ですか…… まったく色々巻き込んで」

 アビゲイルには心当たりがあるのか、口を尖らしながらぶつくさとジュリーの言っていることを肯定する。

「で、結論は?」

 スティフィには幽霊も見えなければ、この祭壇の魔法陣のことも理解できない。

 アビゲイルの判断を仰ぐしかない。

「この領域は破棄して問題ないですねぇ。ジュリーちゃんの言う通り刑期を終えていますし、主もこの領域をもう自分の物だと思っていないようですねぇ。ただそれほど単純ではなく、これとは別のものがあるようですが…… 厄介ですね、宝物庫の方ですかねぇ……」

 アビゲイルはそう言って魔導書の頁をめくりながら、少し難しい顔をする。

 できれば、宝物庫の方は今は行きたくなかったのだが、こうなっては仕方がない。

「別の物?」

 スティフィが聞き返し、

「主犯格の三人をより酷い状態で閉じ込めているとこの書には記されてます。ここの陣を無効化したらその三人も解放されるので、その三人をどうにかしないとダメですねぇ」

 アビゲイルは魔導書を流し読みしながら答える。

 流し読みでも、魔導書の上に書かれた恨み辛みの血文字がアビゲイルの目と精神を蝕んでいく。

 かなり強い念が込められている。このまま読み進めるのは自殺行為だ。

 アビゲイルは一旦魔導書から目を離す。

「どういうことです?」

 と、よく理解できていないミアが確認する。

「主の領域内でこともあろうに男とまぐわった三人は別の場所でより酷い罰を受けているらしいですが、ここを開放するとそれらの三人も解放されるで絶対に逃さず処分すること、とこの魔導書には書かれています。恐らく逃したら主の祟りを受けますねぇ」

 アビゲイルはいつもの張り付いた笑顔ではなく、間抜けな半笑いでそう言った。

 そして、アビゲイルもここにきてやっと気づく。

 これは師匠が自分課した試練なのだと。

 無月の女神の巫女になるのに相応しいかどうか、それを判断するための試練なのだと。

「死ぬって事じゃん」

 無月の女神の祟りは死と同意義だ。

 未だに解呪できたという話は聞いたことはない。

 スティフィはその言葉を簡単に口にする。

「まあ、そうですねぇ」

 それをアビゲイルも認める。

「ん? じゃあ、ここの幽霊さん達は一体なんだったんですか?」

 ミアはそう言って周りを見回す。

 異様な気配は感じれるものの、その姿をミアは見ることはできない。

「恐らくは我を失っていますねぇ、特にこの儀式場に居た幽霊はかなり錯乱しているかと。長年苦しみを与え続けられ、記憶も何も曖昧なんでしょうか? なのでとりあえず師匠の愛弟子である私を嫌っているんですねぇ」

 しみじみとアビゲイルは言って、背筋をゾクゾクと震わせる。

 百年もの間、耐えがたい苦痛を与え続けられるなど、どんな気持ちなのか、アビゲイルは想像しただけで涎を垂らしそうになる。

「まあ、そのあたりの話は後で良いわよ。結局、今はどうしなければならないのよ?」

 スティフィはそう言って辺りを未だに警戒している。

「待ってください、とりあえずこの魔導書を全部読んでから答えます。あっ、幽霊の皆さんは邪魔しないでくださいね、この陣を無効化することは決定してますのでその点は安心してください」

 無月の女神が自分の領域と主張していない領域ならば、逆に破棄しなければならない。

 今までは罪人達に罰を与えるために存在していてが、その刑期ももう終わっている。

 ならば、領域を主張する陣は破棄すべきだ。

 だが、この陣は、罪人に領域の力を使って罰を与える為にマリユの手により様々な改造が施されている。

 アビゲイルでもそう簡単に解けるものではない。

 安全にこの陣を破棄するには、この説明書ともいえる魔導書をまずは読まないといけない。

「そんな約束していいの?」

 スティフィが確認してくる。

 スティフィ的には無月の女神の領域を破棄することに不安を感じているのかもしれない。

「そうしないと大人しく読む時間も与えてくれるかどうかわからないじゃないですかぁ」

 祭壇の陣を破棄する、破棄しない、どちらにせよ、この魔導書を読む時間は欲しい。

 それにこの儀式場を覆う超巨大な魔法陣のこともアビゲイルには気になる。

 巨大すぎて見て回るのにも時間がかかるし、これほど巨大な陣だ。

 相当な出力で効果を発し起動しているはずだ。

「それもそうか」

 と、スティフィもやっと構えを解く。

 とりあえず今は幽霊達から向けられる敵意は感じられないのも事実だ。

「さてさて、この魔導書にはまだ何を書かれているか…… その前にジンちゃん。この魔導書の呪詛を食べちゃってくださいな」

 首に巻き付いていた白蛇の使い魔がその視線を魔導書の頁へと向ける。

 そして、その口を大きく開く。

 まるで何かを吸い込んでいるかのように見える。

 いや、実際に魔導書に書き込まれた呪詛を吸い込んでいるのだ。

「え? その使い魔そんなことできるの?」

 呪詛を食べると言えば、白竜丸もそうだが、それも通常ではあまり考えられないことだ。

 呪術にほぼ完全な免疫を持つという鰐ならまだしも、呪詛を取り込むという事は、その体にその呪詛を蓄えていくという事だ。

 それは新しくも複雑に絡み合った強力な呪詛の誕生となる。

 混ざり合う事で別の属性を持つようになるのでその管理はとても難しいものだ。

「元が神がつくった呪いですからねぇ、この程度の呪詛ならオヤツですよぉ。っと、しばらく私は読書に専念しますので大人しくしておいてくださいねぇ」

 だが、アビゲイルの使い魔となったオージンの魂も神がかけた強力な呪いなのだ。

 アビゲイルの言う通り、人間の恨み程度の呪詛では揺るぎもしないだろう。

「スティフィ、ジュリーの目は大丈夫でしょうか?」

 そこでジュリーを見ていたミアが心配そうにスティフィに助けを求める。

 魔術を使えないこの場所ではミアに出来ることはない。

 相談を受けたスティフィも少し考えこむ。

「幽霊の呪詛か…… この聖水が効果あるかも? マーちゃん、これ人に、生きている人に使っても平気よね?」

 普通の神の聖水でれば、人が身を清めるために使っても問題はない。

 ただ、この聖水は冥府の神の力により清められている。

 それに触れるという事は、冥府の神と縁を持つことにもなる。

「え? えーと、まあ、平気かと。その程度の縁で冥府に引っ張る神でもないですので、わ」

 マーちゃんは自信なさそうにそう答えた。

 マーちゃんことマーカスにはそんなことをする神には思えない。

 だが、冥府の神は冥府の神だ。

 人を冥府へと導くのがその役割なのも事実だ。

 なので、マーカスもそれほど自信が持てないでいる。

「死後の神も神で厄介なのよね…… ミア、私の腰にさしてある瓶に聖水が入ってるから、それでジュリーの目を洗って。ミアは聖水に触れちゃダメよ? 目を洗うのはジュリー自身にやらせなさい」

 そう言われたミアはスティフィの腰に刺してある瓶を取り、それをジュリーに手渡す。

 スティフィ自身は、構えは解いたものの、まだ手に銀の短剣を持っている。

「はい、ジュリー大丈夫ですか、見えますか? この瓶の…… 蓋を今開けますから」

 手渡したは良いがジュリーは既に目をぎゅっと閉じている。

 今はもう目すら開けていられない様だ。

 なので、ミアが瓶の蓋を開けてやる。

「ありがとうございます」

 とジュリーはお礼を言った後、瓶の中の聖水を手で掬い目を洗う。

 それまでは酷い痛みだったが、スッと痛みが引いていく。

 物理的な傷ではないので、それですぐに出血も止まる。

「結構強い呪詛なので、その聖水でよく眼球を洗うようにしたほうがいいです、わ。後はこの包帯で眼を……」

 その様子を見ていたマーちゃんはジュリーに掛かっている呪いの強さに驚きながら、懐から包帯を取り出し、それをジュリーの頭部に巻く準備を始める。

 ミアがジュリーの髪の毛を上げて、包帯を巻きやすくする。

「す、すいません……」

 とジュリーは謝り、自分で包帯を巻こうと手を上げる。

「ああ、俺が…… わ、わたしがしますので、ジュリーはじっとしていてください、わ」

 それをマーちゃんは止めて丁寧にジュリーの頭に包帯を巻いていく。


 ジュリーの手当てが終わりしばらくしてからだ。

「ふぅ、読み終わりました……」

 アビゲイルは魔導書を読み終え満足そうに息を吐き出した。

「で、これからどうすんのよ」

 スティフィが周りの様子を見てからアビゲイルに尋ねる。

「まあ、この陣を無効化するのは変わりないです。その後で、です。マーちゃん、ここにいる方たちを冥府へと送ってはくれませんか?」

 アビゲイルの問いに、マーカスは自信がなさそうだ。

「わ、わたしにできるでしょうか? わ?」

 死者を冥府の神の元に送る、それは理解できる。

 だが、それを魔術で行うとなるとマーちゃんでは自信がない。

 そもそも、死者を導くのは神の仕事であり、人間が関与する話ではないし、死者が死後の世界へ行かずに、幽霊としてうろついていること自体が珍しいのだ。

 死者を死後の世界へと導く魔術などマーちゃんことマーカスもは聞いたこともない。

 おおよその見当はつくが、マーカスではそこまでが限界でもある。

「姉妹弟子達です。私もお手伝いさせていただきますので」

 と、珍しくアビゲイルが真面目な顔でそう言った。

 それでマーちゃんも何も言えなくなる。

「三人の幽霊の方は?」

 スティフィは確認するように聞く。

 確かにここにいる幽霊をほって置くのも危険だが、別の場所にいる三人の幽霊をどうにかしないと祟り神の祟りにあう。

 その祟りは間違いなく死を約束する物だ。

「また別の結界もある様なので、すぐには対処する必要はないですねぇ。それにそっちをどうにかするならば、本格的に準備をしないといけないかもですねぇ」

 そう言ってアビゲイルは険しい表情を見せる。

 儀式場のこの超巨大な魔法陣がどうも宝物庫にいる三人の霊とやらを封じ込めている物だ。

 ここまで巨大な魔法陣で封じ込めているとなると、かなり強力な霊なのだろう。

 恐らく宝物庫の数々の呪物と交じり合ってしまっている、少なくともマリユはそれを想定してこの超巨大な魔法陣を描いたはずだ。

 それをどうにかしないといけない。

 まさしく無月の女神の巫女のなるために相応しい試験ともいえる。

 それを考えると、アビゲイルでもどうしても険しい表情となる。

 スティフィもアビゲイルの顔つきを見て驚く。

 あのアビゲイルが真剣になるほどのことなのだと。

「本格的?」

 と、スティフィは顔を引きつらせて聞き返した。

 この、性格は破綻してはいるが魔術師として超一流のアビゲイルが、本格的に用意をしないとまずいと言っているのだ。

 それが、どれほど危険なことかスティフィには簡単に想像がつく。

「はい、まあ、そちらは私一人でやりますよぉ」

 そう言ってアビゲイルは軽いため息を吐いた。

 というか、恐らく中途半端な魔術師は邪魔にしかならない。

 色々と神の加護があるミアや戦い慣れているスティフィはともかく、ジュリーはもちろんマーカスも足手纏いでしかない。

 恐らく、宝物庫にいる三人の幽霊は宝物庫にある数々の呪物を吸収し一つの大きな呪物と化している。

 本来なら人の手に余るほどの物だ。

 アビゲイルとしても、神の領域をさっさと解除し、ディアナか荷物持ち君にでも助けを求めたい気分だ。

「あら、殊勝じゃない?」

 と、スティフィが珍しくアビゲイルをほめる。

「いや、恐らくこれは私に課せられた試練なので」

 ディアナに助けを求めても恐らく反応はない。

 ディアナにしろ、荷物持ち君にしろ、助けを乞うなら、まずミアにお願いしないといけない。

 人の良いミアなら二つ返事で頷いてくれることはアビゲイルにはわかっている。

 その為にもまずは領域を宣言しているこの陣を破棄しなければならない。まずはそこからだ。

「あんたがそう言うならいいけども」

 アビゲイルが、一人でやると言いつつもミアに助力を乞うと考えているとは、思いもしないでスティフィはアビゲイルを少しだけ見直している。

 まあ、それもこれもとりあえずはこの場所にいる幽霊達を解放した後の話だ。

「まずは祭壇の陣を無効化ですねぇ。その後で姉弟子たちを送る陣をマーちゃんに描いてもらいますよぉ。最後にこの儀式場の超巨大陣の無効化ですがそれは…… また後日ですねぇ」

 アビゲイルはそう言って、深いため息をついた。

 大きな魔法陣を無効化するのを除いても、大仕事だ。

 アビゲイルとて、死者を死後の世界に送るための陣など考えたこともない。

 それだけでなく、その後にとんでもない事になってそうな幽霊をどうにかしないといけない。

 流石にアビゲイルでも手に余る大仕事だ。

「わかりました、わ」

 と、マーちゃんことマーカスもやる気を見せた。

 そして、マーカスもここでやっと冥府の神の本格的な信者になることも決意する。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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