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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
廃墟と掃除と亡霊と

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114/187

廃墟と掃除と亡霊と その4

 アビゲイルは借りた使い魔を同時に複数体も操り、せっせせっせと庭の草刈りをしている。

 マーちゃんことマーカスは防虫陣などがあった小屋の土台の上に天幕を立てて仮拠点を作っている。

 その天幕の中でミアは事前にアビゲイルに渡された防虫陣と殺虫陣の訳を見て頷きながら勉強している。

 そのすぐ近くにジュリーがおびえながら膝を抱えて座り込んでいる。

 スティフィはそれらを見て深いため息を吐いた。

 マリユ教授が描いたという防虫陣と殺虫陣の効果は凄まじく効果範囲内なら羽虫一匹見ることはない。

 あれだけいた虫たちが嘘のようだ。

 念のためにと着てきたデミアス教の特殊任務用の全身を覆う革鎧も今はただ暑いだけだ。

 それとは別に天幕の中央にある机の上には、各々幽霊になにかしらの効果があるという物が持ち込まれている。

 ただ、どれも民間の間で流行っている迷信的な物なので効果がありそうなものは少なそうだ。

 神与権益でばか高いニンニクや、少し時期が早いのだが既に赤く熟れたホオズキ、香草の精油、聖水、銀製の武器、清められた塩など、様々な物が持ち込まれている。

 エリック談で、幽霊は春画に弱いという話もあったので、春画まで持ち込まれている。

 スティフィもダーウィック教授に相談はしたものの、対抗策はあるがそれを無月の女神の領域でやるのは自殺行為に等しい、と言われてしまっている。

 頼りになるのは、マリユ教授に色々教わったアビゲイルくらいだが、それがスティフィ的には一番信用ならないし、なんならエリックの話を信じ春画を持ち込んだのはアビゲイルだ。

 当てにできるわけもない。

 今日もディアナはミアについてこないところを見ると、やはり魔術の神の使徒は無月の女神と関り合うことを避けているようだ。

 そんなわけでスティフィ自身、幽霊相手に何の対抗手段もない。

 エリックから無理やり竜鱗の剣でも借りてくれば良かったと思うほどだ。

 ただ、流石のエリックも竜鱗の剣をそう簡単に貸してはくれないだろうが。


 今日もいい天気だ。

 眩しいくらいの日差しが熱く、蒸し暑い風が南側、遠くの海より吹いてくる。

 ミアは繊細に描かれている魔方陣を見て感激していた。

 天幕の中にいるので日差しは平気だが、その分、風はなく蒸し暑い、かと思いきや、ここは無月の女神の領域で少し肌寒い位だ。

 それでも湿度はやたらと高く不快な環境になっている。

 だが、そんな環境はミアにとって些細な事でしかない。

 魔方陣と翻訳されたものを見比べて、ミアは感心するしかない。

 陣を構成する神与文字、その文法ともいうべきものが、恐ろしく効率的で整然としていて綺麗なのだ。

 基本的に魔方陣は神に見てもらい、そこに書かれていることを神に実行してもらう。

 と、考えられている。

 つまり魔方陣は神にささげるものでもあるのだ。。

 それ故に陣を見れば、それを描いた者の信仰心がわかるとさえ言われている。

 ではこの魔方陣はどうなのか。

 マリユ教授の神への信仰心の高さに、ミアも感服するほどだ。

 そして、自分もこんな陣をいつかは書けるようになりたいとミアは心に決める。

 ミアもこれほど神への敬愛が込められた陣を見たことがない。

 ミアが感動していると、スティフィがやってくる。

「ミアは結局、幽霊対策はどうするの?」

「んー、ここではロロカカ様のお力も頼れませんしね…… 幽霊に効くと言われた干しニンニクは持ってきましたが」

 ミアが育ったリッケルト村では、干しニンニクが魔除けになる、そう言われている。

 ただニンニクは神与権益で鬼のように値段が跳ね上がっている。

 その神与権益も届かないリッケルト村では、それほど高い物ではなかっただけにミアもその値段に驚いている。

 それらを干したものを紐でいくつか結んで持ってきている。

 首から下げたり、長い棒に括りつけたりして振り回して使うものだ。

「あれはミアが持って来てたのね、高かったでしょう?」

 スティフィが知っている知識でもニンニクは魔除けになると言われている。

 ただ、やはり民間信仰的なもので、効果があるとはやはり思えない。

「物凄い高かったです。でも、食べてよし、薬にしてよし、魔除けにしてよし、です! スティフィはなに持って来たんですか?」

 ミアはそう言って、これが終わったらニンニクを薬の素材にするか、食べるかしてしまおうと思っている。

 恐らくは食べる方だ。

「銀製の短剣。一応、ダーウィック大神官様に祝福してもらった物よ」

 スティフィはそう言うが、ダーウィック教授が関わっているのに、いつものように得意そうな顔は見せない。

「おおー、なら効果がありそうですね」

 と、言いつつ、ミアもスティフィに違和感を感じる。

 スティフィがダーウィック教授のことを話すなら、もっと得意げに話すはずだ。

「ないって」

 スティフィはそう答える。

 ミアの違和感の答えはすぐに分かった。

「え?」

「暗黒神様は冥界や冥府の神ではないので、祝福したくらいでは特に効果がないって仰ってたわ」

 それでも、ないよりはましという事で持ってきてはいるが、ダーウィック教授により大して効果は望めない、と既に言われてしまっている。

 無月の女神の領域で使うなら、この程度が限界という事らしい。

「そうなんですね、じゃあ、聖水も効果なしですか?」

 ミアが机の上に置かれている物を見て、ミア的に一番効果がありそうなものを上げる。

「いや、あれはマー…… マーちゃんが持ってきたものでしょう? 冥府の神の祝福がかかっているのであれば効果があるんじゃないかしらね」

 スティフィが事前に調べた限りでは、幽霊に効果があるものは、死後の世界を司る神々の力が宿ったものだそうだ。

 それ以外は、強い力を宿していない限りあまり効果がない、という話だ。

 だが、その強い力を宿しているものだと、今度は無月の女神の領域であるこの館周辺で使うこと自体が危険となってくる。

 色々と困った話だ。

「ジュリーは何持って来たんですか?」

 ミアは確かにそれなら効果がありそうだ、と思いつつ膝を抱えているジュリーに話を聞く。

「ホウズキと塩と香油です……」

「なんでホウズキなの?」

 と、スティフィが聞く。

「サリー師匠が言うには、ホウズキは死者の角灯っていう意味もあって、もしかしたら死者を導いてくれるかもって」

 サリー教授の力添えで、少し早くホウズキを無理やり赤く熟させてもってきてはいる。

 が、これも民間信仰の域を出ない。

 魔術のように、環境と手順が同じなら同じ効果を発揮する学問ではない。

 言うならば迷信や気休めの類だ。

「もしかしたら……ね」

 と、スティフィがホウズキの鉢植えを見ながら言った。

 これも効果はなさそうだ。

 塩と香油の方は、ミアにもスティフィにもよくわからない。

「サリー教授でも幽霊の対策を知らないんですか?」

 ミアは意外とばかりにジュリーに聞く。

「いえ、場所が悪いと……」

「ああ、そうね。よりにもよって無月の女神の領域じゃあね」

 それを聞いてスティフィもうんざりしたようにため息を吐く。

 幽霊といえど、それが死後の世界の神でなくとも、神の力で退散させることはできる、という話だ。

 ただ、それを祟り神の代表格ともいえる無月の女神の領域でやるのは自殺行為という話だ。

 アビゲイルに幽霊の知識があれば、まるで問題なかったはずなのだが、アビゲイルも幽霊に対する知識を持っていない。

 とはいえ、ダーウィック教授やサリー教授でも幽霊の対しては、それほど正しい知識を持っているわけでもない。

 それほどまでに幽霊という存在自体が珍しい。

 この学院で幽霊に対し正しい知識を持っているのは、カリナかマリユ教授くらいの物だろう。

「とりあえず幽霊さんたちは、マリユ教授の結界で外に出てこれないらしいですね」

「それもどうだかね。一度外から入ると結界が破られちゃう可能性あるし…… 今日は仮拠点の設営と庭の草刈りね」

 確かに今のところ幽霊という存在が庭に出てきている様子はない。

 けれども、幽霊を視覚できるのはアビゲイルだけなのだ。

 スティフィ的には余り当てにできない。

「今日は私達意味なかったですね」

 と、ミアがそう言った。

「やることないというか、人が作業するには危険過ぎるのよ、この庭! さっき聞いた? 悲鳴みたいな声、人根草が生えてたのよ?」

「恋茄子ですね。伝承通り凄い叫び声をあげてましたね」

 ジュリーが人根草という言葉に反応して、別名を上げる。

 人の形をした根を持つ草で、一時期、外道種とも考えられていた草だ。

 引っこ抜くと金切り声をあげて、人を失神させるという。

 実際は金切り声ではなく、無理やり引っこ抜くと防衛本能で周囲に毒素を振りまくのだ。

 その際、根っこに溜め込んでいた毒素を勢いよく放出するので、金切り声の様な音が鳴る、というだけである。

 夜になるとそこらを歩き回るだなんて言われているが、そんなこともない。

 ちょっと変わった植物なだけだ。

 非情に貴重で高価な上、様々な薬の材料にもなる。

「あの叫び声、身近で聞いたら死ぬからね?」

 スティフィはミアに注意を促すように言うが、それをジュリーが訂正する。

「死ぬのは行き過ぎた噂ですよ、せいぜい失神する程度です。あと様々な薬の材料になる貴重な素材ですよ。毒抜きは必要ですが。ある意味、万能薬の一種ですね」

 と、ジュリーは真面目な顔でそう言っているが、内心ではあの人根草、貰えないかと考えている。

 サリー教授に献上すれば心象を良くしてくれるはずだ。

「流石、ジュリー。サリー教授の弟子ですね」

 ミアがそう言って、パチパチパチと拍手する。

「輝く大地の教団のほうはどうなのよ?」

 訂正され、ムッと思ったスティフィがそう聞くと、

「そっちも一応まだ繋がりはありますよ。私がサリー師匠の弟子になっていることまでは知らせてませんが」

 と、そう言ってジュリーは笑った。

 黙っていると言っても、輝く大地の教団的にはジュリーが自然魔術を学ぼうと何も思いはしないだろう。

 特にこの学院の自然魔術の教授は、神嫌いのサリー教授なので、なおの事なにも思わないだろう。

 精々、勉強熱心な生徒だ、と思われるくらいだろうか。

「知らせてないのね。まあ、私には関係ないことだけど」

 スティフィはそう言って強がって見せるが、ジュリーも特に気にした様子はない。

 ただ、ミアは少しだけ険悪な雰囲気を感じ話題を変えようとする。

 ミアも人として成長しているのだ。

「それはそうと、アビィちゃん、すごいですね。使い魔を三体も同時に操ってます」

 アビゲイルは三体の使い魔を同時に操って草刈りをしている。

 人の手でやるにはこの庭の草は危険すぎる。毒虫だけでなく、あまりに毒草の類も多い。

 それらのほとんどは呪術の素材として栽培されていたものだが、こちらも野生化しているようだ。

 毒草と言えど、相手が使い魔であればその毒も意味をなさない。

 戦闘などの難しい作業をさせているわけではないが、それでもどの使い魔も一時たりとも止まる様子なく働いている。

 二体が草を刈り、一体が刈った草をまとめて運んでいる。

 さらに刈り取られた草で、有用なものと、無用なものと仕分けされて行っている。

 それを同時に操作しているアビゲイルは本当に器用なものだ。

「蛇も入れれば四体よ」

 と、アビゲイルの足元にいる白い蛇のような使い魔を見ながらスティフィは言った。

 ただ、白い蛇の使い魔ジンは、荷物持ち君と同じく自分自身の意志を持ち、自動で動く使い魔なので操作は必要ないのだが。

「あの人、本当に天才なんですね」

 と、ジュリーが改めて感心しながらそう言った。

「その天才が幽霊対策に持ってきた物が春画なんだけど?」

 それに対して、スティフィが突っ込みを入れる。

「効くんですか?」

 と、ミアですら懐疑的な顔をしている。

「エリックが言うには効くらしいけど? どうなのよ、マーちゃん」

 と、スティフィがマーカスことマーちゃんに問いかける。

 そのマーちゃんは、天幕を設置し終え、天幕の布に何やら赤い染料で紋様のようなものを書いている。

「わかりません、ですわよ」

 と、マーちゃんは振り向きもしないで答える。

「マーちゃんは今何やっているんですか?」

 ミアが聞くと、

「アビゲイルに言われて、天幕の布に魔除けの印を書いてますよ、わよ」

 とだけ答える。

 今も手ものとの見本と天幕に書いた紋様が正しいかどうか見比べている。

 神与文字ともまた違い、文字とも言えないものなので、恐らくは呪術か自然魔術と呼ばれる類のものだろう。

「効果あるの?」

「さあ? アビゲイルに言われた通りの模様を書き込んでいるだけなので、どんな意味なのかも不明です、わよ」

 アビゲイルの話では幽霊除けの魔除けの類なんだそうだ。

 これが完成すれば、最悪この天幕内に逃げ込むか、館の敷地内から逃げ出せれば、幽霊は追ってこれないとアビゲイルは言っている。

「わよ、って、つければいいもんじゃないでしょうに」

 暇だったのかスティフィがマーちゃんをからかいだす。

「そうは言ってもですね、わよ」

 マーちゃんはマーちゃんで余裕が無いようだ。

 なので、ミアがやはり話題を変える。

「もうそろそろお昼ですね。お弁当でも食べますか?」

 マルタが作ったお弁当に目をやりながらミアはそう言った。

 机の上に人数分の弁当が既に用意されている。

 そこへ草刈りも一段落ついたのか、アビゲイルも天幕に入ってくる。

「天幕の設置はできたようですねぇ」

 そう言ってアビゲイルは天幕内を見回し、満足そうに頷いた。

 アビゲイルは疲れたのか、汗を拭いながら椅子に座り、水筒から水を飲み一息つく。

「あ、アビィちゃん、そろそろお弁当食べようと思ってました」

 ミアは弁当の一つを手に取り、それをアビゲイルに差し出しながらそう言った。

 早く弁当を食べましょう、そうミアの顔には書いてある。

「もうそんな時間ですかぁ、裏口までの草刈りも終わったので、午後からは館に入りますかねぇ」

 アビゲイルはそう言ってミアから弁当を受け取った。

「え?」

 と、スティフィとジュリーが声を上げる。

「はい、とうとう幽霊さんと対面ですね」

 ミアはやる気があるように、というか、夏休みの課題予定の幽霊研究がやっとできると言った感じで意気込んだ。

「対策は? あるんでしょうね?」

 と、スティフィがアビゲイルに詰め寄る。

「一応は、これを首から下げておいてください」

 午前中、ここら辺の気温は低いとはいえ、ずっと日差しの強い中、使い魔を操作していたアビゲイルは汗を垂らしながら、荷物を漁りいくつかの首飾りを取り出す。

「首飾りですか?」

 それを見たジュリーが目を輝かせる。

 ちゃんと幽霊に対抗できる物を持ってきてくれていたとばかりにだ。

「はい。これで最低限、憑りつかれることはないそうです」

 アビゲイルはそう言って、そのうちの一つを自分の首から下げた。

 そして、首飾りの中で一番大きなものを、弁当の代わりとばかりにミアに渡す。

「マリユ教授が作ったものですか?」

 ミアはそれを受け取る。

 動物の角を加工して作られた首飾りだ。

 それ自体に何か感じるものがある。

 ミアは不思議に思いつつもそれを首から下げる。

「はぁい! 師匠作ですよぉ。ミアちゃんのは特別製らしいですよぉ、帽子対策とかそんなこと言ってましたねぇ」

「ああ、そう言えば、前にサリー教授から貰った首飾りで帽子の力が発動したことがありました」

 ミアは思い出したかのように渋い表情を見せた。

 神から見つかりにくくするという首飾りを身に着けたら、ミアの帽子によりミアに天罰が下ったのを思い出したからだ。

 忘れられているかもしれないが、ミアが被っている帽子はミア以外が被ると天罰が下る危険な神器だ。

 死にはしないが一週間地獄の様な症状が出る。

「そうなんですか? ふむ、少し興味深いはなしですねぇ、まあ、後で聞かしてください」

 その時はまだアビゲイルはいなかったので、それを聞いて少し興味を持つ。

 どういった術式かわからないが、それは神をも誤認させることが出来る方法があると思ったからだ。

 実際は、ミアの帽子を管理しているのはロロカカ神の御使いの一人であるので、また話は違うのだがアビゲイルはそのことまでは知らない。

「はい」

 ミアは快く返事をする。

「では、皆さん、この首飾りを受け取ってちゃんと首から掛けてくださいね。あっ、マーちゃんのも特別製ですよ」

 そう言って、アビゲイルは弁当を近くの机に置き、首飾りを持って、それを配るために立ち上がった。

「はいはい、わよ……」

 と、マーちゃんは首飾りを受け取る。

 他の首飾りは飾りが一つなのにたいして、マーちゃんが受け取った首飾りは飾りが二つ付いている。

 恐らくは男とばれないためのものだろうと予想でき、マーちゃんも安心する。

「勝手口まで草刈りが終わったので、午後は屋敷に突入ですよぉ」

 首飾りを配り終えたアビゲイルは座っていた椅子に戻り、弁当を開きながらそんなこと言っている。

「ほ、本当に行くんですか?」

 あからさまに嫌な顔をしてジュリーが言っているが、自分だけここに取り残されるのも嫌だ、とも思っている。

 頼みの綱は神に愛されているミアだと、ミアのそばに居れば安全だとも、自分に言い聞かせている。

「もちろんですよぉ」

「大丈夫なの? 結界崩れたりしない?」

 スティフィは館に入ることよりも、館に閉じ込められている幽霊を開放してしまわないかの方を心配している。

 どこにいるかもわからないようなものを解き放つのは危険過ぎる。

「あー、正面玄関から入ると結界が崩れるようになってるって言ってましたね。侵入者対策です。それでも、この館の敷地内からは幽霊が出れないようですが」

 そう言って、アビゲイルは張り付いた笑顔をスティフィに向ける。

「勝手口なら館の結界も解けないと?」

 その答えにスティフィも一応は納得するが、まだなにか引っかかるものがある。

「師匠が言うには、そうらしいですよぉ」

 アビゲイルはまるで他人事のように言っている。

「また面倒な結界を……」

「更に師匠が言うには、防虫陣と殺虫陣を止めたのも、侵入者対策って話ですよぉ。それならそうと初めから言ってくれればよかったのにですねぇ」

 と、やはり他人事のようにアビゲイルアは言っているが、スティフィからすればどっちもどっちだ。

 いや、師弟というべきか。

「師弟揃って、後から必要な事をあれこれと言い出すわね」

「まあまあ、スティフィちゃんには…… 恐らく必要ないですが、一応首飾りをかけていてくださいね」

 まだ配った首飾りをかけていないスティフィに向けてそう言った。

「うーん」

 スティフィはスティフィで受け取った首飾りを手に持ったまま悩んでいる。

「大丈夫ですよ、これは呪術ではなく影響を受けにくい自然魔術で構成されていますので、スティフィちゃんの術とかち合ったりしませんよぉ」

 まるで悩んでいるスティフィを見透かすようにアビゲイルは言った。

 そして、アビゲイルの言葉通りなのだ。

「そう、なら一応貰っておくわ」

 スティフィの肉体は呪術や魔術により様々な改造が施されている。

 スティフィの肉体自体が一種の結界の様な物で、傍から見てもそのことはわからないのだが、アビゲイルの義眼にはそれすらもお見通しのようだ。

「スティフィの術ってなんですか?」

 ミアが興味あるようにスティフィに向かって聞く。

 それに対して、スティフィはあからさまに嫌な表情を見せた。

「スティフィちゃんは様々な術で肉体改造しているので、一部の呪術の護符なんかと相性が悪いんですよぉ」

 と、アビゲイルはペラペラとそんなことを喋る。

 それをスティフィは憎々し気に見つめている。

「そうなんですね。肉体改造って何やっているんですか?」

 ただミアの興味はそんな遠回しな言い方では引っ込みはしない。

「色々よ。その辺は秘密だから聞かないでよ」

 スティフィは軽くため息をついて、ミアから視線をそらした。

 それで、ミアも深くは聞きはしない。

 もうデミアス教上の理由という事はミアにも分かっているからだ。

「わかりました。代わりにお弁当をどうぞ、食べましょう!」

 そして、その代わりとばかりに、ミアは弁当をスティフィに差し出して来る。

「ミアが早く食べたいだけでしょうに」

 スティフィは少し呆れながらもそれを受け取る。

 それを見ていたマーちゃんも動く。

「先に白竜丸にも餌を上げてきます」

 そう言って、荷物置き場から羽を抜かれた鶏が入っている袋を取り出す。

 中身を確認し、マーちゃんは天幕の外へと出ていった。

「白竜丸は出番あるんですか?」

 それを見たミアはアビゲイルに聞く。

 昨日の話では、白竜丸に幽霊を食べさせるとかそんな話だったはずだ。

 まあ、それはアビゲイルの冗談だが。

「少なくとも白竜丸ちゃんはお勝手口からははいれませんから、今日はただの荷物持ちですねぇ。師匠からいくつか薬草を持ってこいとも言われているので助かりますが」

 結構な量の薬草が採取できた。

 指定されている薬草の目録も大部分が埋まっている。

 目録に記されていなかったが、人根草まで確保できている。マリユ教授も喜ぶはずだ。

 なにせ、人根草は別名が恋茄子とも言われるように媚薬の材料にもなる。

「この首飾りの対価?」

 スティフィはまだ首飾りを着けずに手で持っている。

「ですですぅ。目標には少し足りないですが、目録にはなかった人根草も採取できたので、師匠も喜んでくれるでしょうし」

 と、アビゲイルが上機嫌でそう言っていると、我慢しきれずに弁当を開けたミアが目を輝かせて報告してくる。

「あっ、見てください、おっきなお肉入ってますよ! パンに色々挟まっていますね、これはなんですかね? 美味しそうです!」

 そう言ってミアは大きな肉の挟まったパンを見せつけて来る。

 パンには肉と香草が挟まれ、香ばしい香りのするタレがかけられている。

 確かに美味しそうだ。

「ミアちゃんは食いしん坊ですねぇ」

 そう言ってアビゲイルも弁当を開ける作業を再開した。

「食べられるときに食べないとですよ!」

 ミアは興奮して答える。

「ミアは最近良い物たくさん食べてるのに体型まるで変わらないわね」

 ミアはよく食べる。

 特にこの領地の貴族という事が判明して以降、お金に余裕が出来て毎食かなりの量を食べているのだが、ミアは華奢なままだ。

 発育具合で言えば、妹かもしれないルイーズにかなり劣っている。

「なんだかんだで、裏山に足を運んでますからね」

 裏山の立ち入りが解禁されてからは、日課だった薬草取りも再開している。

 週一くらいで、スティフィもロロカカ神に捧げ物を捧げるために狩りに駆り出されているくらいだ。

 恐らく、この弁当で使われている肉もスティフィが仕留め、ミアがロロカカ神に捧げた物だろう。

「私も裏山によく行くようになったんですが……」

 ジュリーは少し羨ましそうにミアを見る。

 どうにも無駄な肉が多いように思える。

 なんだかんだで、ジュリーも苦学生ではあったが、ミアのおかげで懐事情も改善している。

 だから、余計に無駄な肉がついてしまっている。

「ジュリーは無駄な肉が多すぎるのよ」

 スティフィはジュリーが気にしているのを見抜き、それを指摘してからかう。

「そ、そんなに多いですか?」

 ジュリーはやはり気にしているのか、本気で反応している。

「このお弁当、豪華ですねぇ。流石姫様の使用人ちゃんですねぇ」

 そんな様子を見つつ、アビゲイルも弁当を食べ始める。

 流石に領主の娘の使用人が作った弁当だ。

 物凄く豪華だ。

「この人参、甘いですよ! なんですか、これ!」

 ミアが目を輝かせて人参を食べている。

「牛酪まで使ってるのか…… ほんとさすがね」

 スティフィも弁当を開けて確かめる。

 人参自体が神与権益でかなり割高な野菜なのだが、それを神与権益で値段が跳ね上がっている牛酪を使い炒めてある。

 スティフィも口に入れると、驚く様な甘さに舌鼓を打つ。

 とてもじゃないが人参の味とも思えない甘さだ。

 これはミアでなくとも驚く物だ。

「バターですかぁ、作るのは簡単ですけど、色々と権利でめんどくさいんですよねぇ」

 やれやれとばかりにアビゲイルも人参を口に入れて、その甘い味わいに驚く。

「簡単に作れるんですか?」

 と、ミアがアビゲイルに聞く。

「基本は牛乳を振ってればできますよぉ。乳製品は神与権益があれで市場に流通させると、すぐに怒られますが」

 牛乳に関わらず、乳製品は神与権益で雁字搦めにされており、市場に流通はしているもののかなり割高だ。

 乾酪、要はチーズなどはかなり高級な嗜好品とされている。

 逆に牛乳自体はそれほど高くはない。

「ミアなら怒られないんじゃない?」

 スティフィがそれを指摘する。

「そう言えば、そうですね。私もバター? 牛酪? の権利を持ってるはずですね」

 こんなにおいしく簡単に作れるなら、とミアも少し考えだす。

 ミアはパンの製法を破壊神より受け取る際、そこにバターの製法も記されている物を受け取っている。

 今はミアのみがその権利を所有している。

「羨ましいですねぇ。でも、乳製品関係の神与権益は色々とめんどくさいので参入しないほうが良いですよぉ」

 商人は神より金を優先する、なんて格言もある。

 実際、ミアがこの神与権益を得たときも襲われかけている。

「みたいですね、サンドラ教授が当時、頭抱えながら色々動いてくれました」

「また変なのに狙われるわよ」

「後ろ盾は必要ですねぇ。まあ、ミアちゃんなら後ろ盾いくらでもありそうですが」

 アビゲイルはそう言って面白そうな表情を浮かべる。

 この地方の貴族であるミアならば、商人たちも下手な手は打てないはずだ。

「そう言えば…… そうですね? 下手をすれば領主様が後ろ盾になってくれそうですし……」

 ジュリーがそう言って、ミアをじっと見だす。

「お金の臭いって奴ですね…… 今はそれほど困ってはいないんですけどね」

 ジュリーの視線を受け流してミアは答えた。

 ただ、安く美味しい物を提供されるのであれば、ミア的には嬉しい。

「って、ミア、もう全部食べちゃったの……」

 既に弁当を食べ終わっているミアを見てスティフィが驚く。

 それなりに量もあったはずだが、それがペロリとなくなっている。

 弁当を入れてあった籠の中が綺麗に空になっている。

「美味しかったです」

 と、ミアは弁当を包んでいた布と籠を丁寧にかたしながら答えた。

「一休みしたら、館へ突入しますよぉ!」

 その様子を見ていたアビゲイルが笑顔でそう言った。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!




 あれ?

 館に突入する前に、その4が終わっちゃった……

 少し配分間違えたかも……





補足説明


 その一

 人根草は、まあ、マンドラゴラみたいなものですね。

 ジュリーが言っている別名の恋茄子もマンドラゴラ(マンドレイク)の別名ですし。

 もちろん現実の物とは、また別ものですが……



 その二

 魔法陣の神与文字を正確に書き写す。→ 魔術の精度が上がる。

 魔法陣の神与文字の文法が綺麗でわかりやすい。→ 神への信仰心がわかる。


 作中の中の学会という組織では、神与文字を正確に書き写すことを大事としていて、文法はあまり重要視されていない。

 マリユ教授やダーウィック教授は、長い間、生きていて神を敬愛している人達なので文法にも拘ったりしています。


 そんな設定です。





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