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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
姫ととりまきと幻の珍獣騒動

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姫ととりまきと幻の珍獣騒動 その7

 物凄い音と振動が商館を揺らす。

 それだけではない、外壁を構成していたかなり大きな石材がまるで埃のように宙に舞い散っている。

 その石材が商館の壁にも当たり、商館の化粧された壁もあちらこちらで破壊し新たな破壊と衝撃、そして、土煙を生んでいる。

「なんだ?」

 竜の英雄の一人であるクリューグが訝しんだ顔を見せる。

 尋常な衝撃ではない。

 魔術、それも相当強力な魔術を外壁に打ち込まれたかのような衝撃だ。

「来ましたよ、ステッサ家が! 全てを抹殺しに!」

 まるで神の啓示でも受けたように、クリーネが眼をカッと見開きそう断言する。

 すべてを受け入れるかのように祈るような仕草をして、全てを受け入れるようにゆっくりと目を閉じる。

 その様子を見て、クリーネの元護衛達も冷や汗をかき始める。

 実際、あのディアナとか言う御使いが宿っていると言われている少女に、本当に御使いが宿っているならば、これらのことも不思議ではない話だ。

 仮にそうだったとしたら自分達は終わりだという事だけは確実だ。

「おいおい、こんな真昼間からか? あるわけねえだろ?」

 クリューグもそう思いつつも相手は貴族という話だ。

 大義名分さえ与えてしまえば相手は昼間だろうと夜だろうと構わず攻めてくる連中でもあるが、いきなり魔術をぶちかますのは考えられない。

 まずは話し合いからだ。それが貴族とはそう言う人種のやり方だ。

「わ、若!! 大変です! 襲撃です!! 外壁に大穴を開けてなにかが突っ込んできました!」

 クリューグの手下の一人が走り込んで知らせてくる。

「マジかよ。今いくから持たせろ。へへ、とんだ奴らのようだな。面白れぇな」

 と言いつつ、クリューグは冷や汗を流し始めた。

 手を出してはいけないものに手を出してしまったのではないかと、やっとそういった考えがでてくる。


 クリューグが商館からでると、手下どもがみんな地べたに這いつくばるように寝そべっていた。

「何だこりゃ……」

 そんな感想しか出てこない。

 全員意識はあるが、何かに無理やり押さえつけられているかのように、地べたに寝そべる、と言うよりは床に張り付けられている。

 なにかの魔術のようだが見当もつかない。

 これだけの人数に同時にかけたとすれば、これもかなりの規模な魔術だ。

 しかも、この商館には特定の神の魔術以外の効果を激減させる結界を張っているのにもかかわらずだ。

 この様子を見るだけで相当数の魔術師が乗り込んで来ているはずだ、とクリューグも警戒するが、完膚なきまでに破壊された外壁には一台の荷車が見えるだけだ。

 それ以外に敵らしい敵が見当たらない。

 そこから、まだ若い男女数名が降りてきている。

 その人数も六名と少ない。

 それしかいない。

 他に侵入者がいる気配もない。

 大勢の魔術師などどこにもいない。

 クリューグは嫌な予感を感じざる得ない。


「ミア様、あの男がクリューグ・ラングルワーズです」

 周囲を警戒していたマルタがクリューグを見つけミアに知らせる。

 ミアは荷車から飛び降りて一応杖を構える。

 ただし、最初に放ったふんじばりの術で先払いしている魔力を全て消費してしまっているため、この触媒ではもう使徒魔術は使えはしない。

 一応、杖をかざして見せているが、脅しと牽制以外の意味は余りない。

 それでもこの惨状ではその効果は十分にあるようだ。

 凄まじい突撃で人を呼び寄せて、集まってきたところをふんじばりの術で一網打尽にしたのだから、相手は警戒せざる得ない。

 仲間であるスティフィもこれほど強力な金縛りの魔術をこの大人数相手に同時にかけられるとは理解できてなかったため、驚きを隠せないほどだ。

 相手からすれば脅威に他ならない。

「あなたがクリューグさんですか?」

 ミアが遠くからクリューグに声をかける。

 声をかけられたクリューグは、その言葉に逆らうことができない。

 すぐにでも返事をしなければならない、そんな使命にも似たものを感じ出す。

「あ? ああ、そうだ」

 と、クリューグはそう答え、背筋から冷え込むような逆らい難い圧を感じる。

 ミアと呼ばれていた少女から、とてつもない存在感をひしひしと感じる。

 その存在を決して無視できないような、そんな圧倒的な存在感だ。

 それはとても強い強制力でクリューグの肉体を、精神を、魂をも縛る。

 竜に認められた猛者であるクリューグがだ。

 自分より強い人間など、生まれてこの方見たことがなかったクリューグが始めて、自分以上と感じざる得ない人間、ミアに出会う。

 クリューグは得体の知れない恐怖と逆らい難い圧を感じざるえなかった。

 とはいえ、それらはミアの持つ竜王の卵のおかげなだけだが。

「まずはクリーネさんを返してください」

 ミアはクリューグに向かい、そう言った。

 そう言われた瞬間、クリューグの中にそうしなければならない使命感が、逆らい難い感情が生まれる。

「わかった。おい、誰かあの嬢ちゃんを連れてこい」

 クリューグはミアの言葉に逆らうことはできない。

 ミアに言われたからなら、あのクリーネとかいう貴族の少女を無事に返さなけばならない。

 クリューグは青ざめた顔でその命令を受け入れるしかない。

 ミアという少女の隣にいるデミアス教徒の服をきた少女がそんなクリューグを見て笑い転げているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 クリューグ自身何も理解出来てはいないが、ただ事でないことだけは理解できている。

 ミアと言う少女の言葉に逆らうことができない。

 言葉を使う魔術のうちに言霊術と言う魔術があり、言葉に強制力を持たせる魔術は存在する。

 だが、そう言った魔術も竜の英雄であるクリューグは完全に無効化できないまでも抵抗くらいはできるはずだ。

 それが全くクリューグには感じられない。

 彼の中の竜の因子と言う存在が外部からの干渉を防いでくれるはずなのだ。

 だが、今回は相手が悪い。その竜の因子が彼に命令を実行するように促しているのだから。

「え? わ、若?」

 と、手下たちが訳も分からず困惑し聞き返して来る。

 傍若無人を体現するような人物のクリューグが今は借りて来た猫そのものだ。

「いいから早く連れてこい!」

 それをクリューグ自身が苛立つように急かす。

「へ、へい!!」

 訳も分からず手下たちも返事をするが、今、クリューグの近くにいるのはクリーネの元護衛達だ。

 よくわからないが、クリーネを無事に返すという話には賛成だ。

 そもそもが身代金と言っても、退職金代わりに多少多く報酬をもらう気でいただけだ。その交渉材料で一時的に監禁しているだけに過ぎない。

 平民落ちしてもう護衛も必要なくなるので最後に色を付けろと、難癖をつけるだけの話だ。

 元から計画はしていたが、クリーネのことはツチノコのついでの話でしかない。

 そんなこともあり、元護衛達もすぐに行動に移し始める。

「あと、ツチノコも返してください」

 ミアはさらに命令をくだす。

「わかった。あの蛇も持ってこい」

「へ? へい?」

 流石に手下達も理解できずにいるが、クリューグの顔は絶望の表情に染まっている。

 手下たちも戸惑いながらも、そんなクリューグを見れば言う通りにするしかない。

 ミアからの命令をひとまず実行することが出来たクリューグは安堵のため息を吐きだす。

 そして、疑問を口にする。

「お、おめえ、何者だ…… なんで俺様に、こんなでたらめな命令できる?」

 ミアを睨み、クリューグは何とかその言葉を吐き出す。

 が、ミアに一睨みされて、その気力もどこかへと霧散してしまう。

 クリューグにはミアが絶対的な上位の存在に見えてしまっている。

「いいから大人しくしててください」

 と、ミアに言われて、クリューグは反抗する気力も完全になくなった。

 当たり前だ。

 竜王の命令は、個人主義な竜達を群れとしてまとめるための力だ。

 卵とはいえ、その強制力に人間が逆らえるわけがない。

 それが竜の因子を持つ者の宿命だ。

「ああ、わかった…… 大人しくする」

 と、クリューグはそう言って項垂れるしかできない。

 そして、全身から力が抜けていく。

 理解はできない、できないが、クリューグにはもう逆らう気力すら残っていない。

 先ほどの質問だけで、精も魂も尽きてしまっている。

「ミ、ミア様!!」

 そう言ってクリーネが元護衛達に連れられてやってくる。

 クリーネは元護衛達の元を離れ、ミアの元まで走って来てすぐに跪く。

 元護衛達もそれを止めようとはしない。

「クリーネさん、無事だったんですね」

「は、はい。わかっています! 次は私の番ですね。私が処罰されるんですね。このクリーネ。こうなってはそれを受け入れます」

 ミアの前に跪いたクリーネは、祈るように手を組んでそう言った。

 そして、処罰されるその時を涙を流しながら待っている。

 クリーネがそんなことをしていたので、

「あれ? クリーネさんも共犯だったんですか?」

 と、ミアが質問する。

 クリーネの行動はそうミアに思わせても仕方のない行動だ。

「いえ、違います。私はツチノコと共に攫われただけです。でも、ステッサ家が動いているんですよね? なら、私もきっと処罰の対象になるのですよね…… それが定めなんですよね。なら私は受け入れます」

 と、涙を流し懺悔するようにクリーネは言った。

「え? なんでです? あとうちは動いてませんよ?」

 言われたミアの方が理解できなくて聞き返す。

「え? ミア様達だけで乗り込んで来たんですか?」

 と、クリーネはそう言ってこの惨状をみた。

 数十人もの人間が床に張り付けられている。

 厚い石壁は完膚なきまでに破壊され、化粧の施された商館の壁はところどころ石の破片が突き刺さり、場所によっては半壊しているところすらある。

 まるで大きな戦闘の後のような惨状だ。

 ただ不思議なことに血が流れた跡だけがない。

「そーよ。まあ、ほぼほぼミアのふんじばりの術で片が付いたけど…… 想像以上に恐ろしい術ね。これ」

 スティフィは一応辺りを警戒して、まだ潜んでいるかもしれない敵を警戒だけはしておく。

 それと同時にミアの使徒魔術の効力の凄まじさに恐怖すらする。

 古老樹の杖と言う極上の触媒を使ってはいるが、それでも恐ろしい効果だ。

 魔術耐性が異様に高い白竜丸にも効いていたことを考えると、恐らく問答無用で効果を発動させるのだろう。

 しかも、ミアが呼び出した御使いの眼が自動で敵を識別し、敵が複数いても素早く正確に発動させてくれるのだ。

 少なくとも人間では防ぎようがない魔術だ。

「さ、流石ミア様! でも、竜の英雄がいると聞いてましたが……」

 クリーネは改めて、若と呼ばれていたクリューグに目をやるが、やはり既に戦意喪失しているようにしか見えない。

 その様子を見て、クリーネはそれも自分を脅すための嘘だったと思うことにした。

 いくらなんでも竜の英雄と呼ばれる様な人間が、あんなしょぼくれた表情を見せるわけがないと。

「あそこで大人しくしている人がそうみたいですね」

 ミアが少し得気にそう言った。

 そうしている間に、ツチノコの入った檻がミアの近くに運ばれてきた。

 運んできた人間達は、ミア達の近くにツチノコ入りの檻を置いて、そのまま逃げるようにミア達から離れていく。

「は、はあ? やはりこの方が?」

 と、クリーネはクリューグ、先ほどまで自分に話しかけてた男は完全に別人のように項垂れている男を見て理解する。

 その男が竜の英雄かどうか、そんなことはどうでもいいことだ。

 それさえも簡単に飲み込む圧倒的な力、これこそが、ステッサ家の力なのだとクリーネは理解してしまったのだから。

「まあ、ミア相手に竜の英雄は意味ないのよ」

 と、スティフィが笑顔でクリーネにそう言ったが、そのことをクリーネの耳にはもはや届かない。

「さ、流石!! 流石です!! こ、これがステッサ家のご威光なんですね!」

 クリーネ自身もよく理解はしてないが、小さいころからこの領地の裏の支配者はステッサ家だと教えられて、育てられてきたのだ。

 今までそれも信じてはいたが、それがより確かな確信へとかわっただけの話だ。

「あんまり家は関係ないですよ? じゃあ、もう帰りますか」

 ミアはなんでステッサ家がこんなにも持ち上げられているのか理解できない。

 ミアの言う通りステッサ家は今のところ何も関与してないのだから。

「どうせだし、こっちでお昼ご飯食べて行きましょうよ」

 と、スティフィが提案する。

 この様子ではここの連中ももうミアには手を出さないだろう。

 何より領主滞在中の町だ。

 もう憲兵が駆け付けてきている。

 その憲兵にマルタがリィズウッドの紋章を見せて何やら説明している。

 ミア達がどうこう言われることもないだろう。

「あっ、いいですね! お魚食べましょう! お魚! 近いのに学院じゃあんまりお魚食べれないんですよ!」

 と、ミアが目を輝かせてそう言った。

 そんなミアにジュリーを抱きかかえたエリックが声をかける。

「ミアちゃん、ジュリー先輩、目を回してるぞ」

「大丈夫ですか?」

 それを聞いてミアはすぐ振り返る。

「外傷などはありませんし、問題はなさそうです。気を失っているだけです」

 一応、外壁の破片などが当たってないか、確認してマーカスが答えた。

 その後、マーカスがツチノコの檻を担ぎ荷車に積み込む作業を始める。

 それを聞いたミアは一安心し、思い出したかのように、

「あっ、もう私達に手を出さないでくださいよ、わかりました?」

 と、クリューグに向かい声をかけた。

「は、はい……」

 と、クリューグはうつむいたまま返事をした。

 だが更にミアは、

「あともう一つ、クリーネさんにも謝ってください」

 と、追い打ちのように声をかける。

 そう言われたクリューグは情けない目でクリーネを見て、ゆっくりと頭を下げた。

「誘拐して申し訳ありません……」

 泣きそうな声でそう言った。

「じゃあ、ご飯食べて帰りましょう。壊しちゃった壁は迷惑料だと思って諦めてください!」

 ミアはそう言って頷いた。

 どうやら何かを満足したようだ。

 ミアの顔は晴れ晴れしている。

「え? ミア、これ、このままにして帰る気なの?」

 スティフィとしては、ついでに金目の物でも奪っていくものだと思っていただけに、あっさり引くミアに驚いている。

「はい、なんか色々と面倒ですし? 後は…… 街の人に任せて私たちは帰りましょう!」

 と、ミアはクリーネとツチノコを無事に取り返せたので満足そうにそう言った。

 それに、このままここに残って、領主のルイでも来たら、なんか面倒そうだとも思っている。間違いなく今以上の面倒ごとになるのは間違いがないことだが。


「本当に日が暮れる前に帰ってきましたね」

 ルイーズが戻って来たミアたちを見てポツリと言葉を漏らした。

 日が暮れる前にミア達は、クリーネとツチノコを簡単に取り戻し学院に戻って着ていた。

 ただ一名、ジュリーだけがぐったりしている。

 帰りも荷車で酔ったらしい。

 それ以外は全員無事だ。

「ルイーズ様! 申し訳ございません…… この度はとんだご迷惑を」

 クリーネはルイーズを視界に入れると、走り寄り、跪いて涙ながらに詫びだした。

「いいです。だいたいの報告を受けてます。無事で何よりです」

 そんなクリーネにルイーズはいたわりの声をかける。

「いえ、とんでもございません」

 クリーネはそう言って完全にひれ伏しはじめているので、ルイーズは食堂内にまで運び込まれてしまったツチノコの入った檻に目をやる。

「ああ、ツチノコも持って帰って来てしまったんですか?」

 ルイーズの手はずでは、叔父の手の者に現地で手渡すはずであったが、ミアがあんまりのも簡単にすべてを終わらせて帰ってきてしまった為、そのことを伝える暇もなかった。

「あれ? ダメでした?」

 と、ミアが不思議そうな顔をした。

「いえ、リチャード叔父様がツチノコの話を聞いて、大層喜んでいたらしいので」

「あー、まあ、教授さんたちに見せてからでいいです?」

 ミアもせっかく都まで行ったのだから、渡しても良かったと今になって気づく。

 それなりに近いと言っても、行って帰るだけで半日はかかるので面倒と言えば面倒だ。

「ええ、それでかまいません。そのように伝えておきます。ティンチルが賑わう夏に間に合えば、叔父も何も言わないでしょうし。それと…… クリーネさん、リチャード叔父様が、雇ってくれることを約束してくれましたよ」

「ほ、本当ですか! あ、ありがとうございます!!」

 それを聞いて本当に嬉しそうにクリーネが喜ぶ。

 反対にルイーズは何がそんなに嬉しいのか、まったく理解できないでいる。

 言っては何だが、リチャードと言う人物は悪人ではないが、ろくでなしの類の人間だ。

 それはとても有名な話なのだが、リチャードの給仕の中には愛人関係にある者も少なくはない。

 リチャードとはそういう男だ。

 ただ、クリーネからしてみれば、それも望むところなのかもしれないが。

「一応、魔術学院を卒業してからということです。リチャード叔父様の専属給仕の一人という事で約束できています。詳しいことは後程リチャード叔父様の使いが来るでしょう」

「は、はい!!」

 こうして、あっさりとクリーネとツチノコ誘拐事件は決着する。




「これが…… 伝説の珍獣です…… か」

 サリー教授が食い入るようにツチノコを観察している。

 それといくつかの簡易魔法陣を同時に起動させている。

 ツチノコの中の始祖虫の抜け殻のことを調べているからだ。

「始祖虫の抜け殻を飲み込んだモグラでしたっけ? そんなものが存在するんですね」

 その隣にフーベルト教授がいるが、フーベルト教授自体はそれほどツチノコに興味はなさそうだ。

「興味深いですが、外から見るだけではよくわかりませんな。解剖は…… ダメですかね」

 少し離れたところからグランドン教授がツチノコを見て、ミアに話しかけた。

 グランドン教授からすれば、ツチノコよりも始祖虫の抜け殻の一片の方が興味がある。

「もう買い手がついてるんでダメですよ。リチャードさんって方です。都のお偉い人です」

 ミアが困った表情でそう言った。

「ああ、リチャード様ですか。なるほど。ならティンチルに行けばまた会えるということですかな?」

 自分の支援者と言うことでグランドン教授も手を出すことを諦める。

 グランドン教授が高価な素材をいくら買い込んでも金に困っていないのはこの支援者の影響が大きい。

「らしいです。そこで飼育するそうですよ」

「この蛇の皮を…… かぶったまま、なんですか?」

 サリー教授はそう言って心配そうな顔を見せる。

 現状ではなんでこの蛇の皮を被ったモグラが生きているのかも不明な状況だ。

 この状況では呼吸も餌を食べることもまともにできないはずだ。

「さ、さあ? それはどうでしょうか…… これだとろくに餌も食べれなさそうですし」

 ミアもそのあたりのことは知らないし、今更、勝手に蛇の皮を取ることもできない。

 ツチノコとは伝承上ではやはり蛇のような見た目なのだから。

「精霊憑きで変質し死ににくくと言う話でしたな。その原理だけでもわかれば色々応用が付きそうなものですな」

 グランドン教授がそう言ってツチノコを観察するが、見ただけでわかることは何もない。

「けど…… 本当に始祖虫の抜け殻…… なにも感じれないんですね…… いくつか探査の術を試しているのですが、まるで反応がありません……」

 サリー教授がそう言っていくつかの簡易魔法陣を崩した後、その陣をしまった。

 サリー教授の魔術でも始祖虫の抜け殻の存在を感知することはできないようだ。

 ただカリナの証言や荷物持ち君の反応から、この蛇の皮を被ったモグラの中に、始祖虫の抜け殻があることだけは間違いがない。

「神様でも探し出せないそうですからね。ほら、出ている足の毛を見てください。油みたいに不自然に七色に輝いてますよね。これが始祖虫を食べた証拠なんですって」

 そう言ってミアは蛇から出ているモグラの手足を指さした。

 確かに光が当たると不自然に七色の光を反射している。

 油のように見えなくもないが、見かた次第では毛そのものが光っているようにも見える。

「ふむ…… この抜け毛、少し貰っても?」

 それらが檻の中に数本抜け落ちているのをグランドン教授が目ざとく発見する。

「え? えー、ま、まあ、抜け毛なら?」

 と、ミアが答えるが、即座にスティフィが、

「ミア、ただで渡しちゃダメよ!」

 と、忠告する。

 グランドン教授はそんなスティフィを憎々しげに見てから、軽く咳をして、表情を整えてからミアに向き直る。

「ああ、はい、無論、それ相応の物はお渡しいたしますので」

 この抜け毛にどれほどの効果があるかわからないが、希少価値だけは間違いなくある事だけは事実だ。

 それなりの物をグランドン教授も差し出さなければならない。

 それに荷物持ち君が喜びそうな素材となるともう希少で高級なものしか残っていない。

 貴重な素材を渡すとなるとグランドン教授としても後ろ髪をひかれてしまう。

「それなら……」

 と、ミアも笑顔で頷く。

「でもその毛を見る限り…… 白子ではないのですね」

 サリー教授も物珍し気にその抜け毛を檻の外から見て言った。

「精霊憑きって必ず白子になるわけじゃないらしいですね。特にツチノコは白子にならないってカリナさんが言ってました」

 ミアがそう答えると同時に部屋の扉が開き新しい見学者が入ってくる。

 ウォールド教授とライ助教授だ。

「ほほう、これが噂のツチノコか、ワシも初めて見るぞ」

 ウオールド教授はずけずけと部屋に入って来て、ツチノコをまじまじと見る。

「こんにちは、ミアさん。それとサリー教授」

 そんなウオールド教授の代わりとばかりに、ライが挨拶をする。

 ただし、ミアからはどうしてか距離をとっている。

「我もフーベルト教授もいますぞ?」

 と、からかうようにグランドン教授が声をかける。

「す、すいみません……」

 と、ライは大人しくフーベルト教授とグランドン教授に頭を下げた。

 呪いが抜け落ちたせいで、性格が少し変わってしまったとのことだ。

 今はフーベルト教授にもそれほど敵意を持っているようには見えない。

 少なくとも表向きはではあるが。

「これ、外見の蛇は死んでいるんじゃろう? なぜ腐りもせず虫もわかん?」

 ウオールド教授は鼻を鳴らしてそう言った。

 蛇からは特に腐臭もしない。

「不思議ですよね。始祖虫の影響なのか、もしくは精霊憑きのおかげかもしれません」

 ミアがそう答えたが、その明確な回答を知っているわけでもない。

 余り自信もなさそうだ。

「色々と研究したいところですな。生命活動が停止しても壊死しないとなると色々と応用が利きそうですな。ふむ」

 と、グランドン教授は物欲しそうにツチノコを見る。

 改めてそれを考えると、使い魔の素材としても使い道が多いのかもしれない。

 死して腐らない生態素材ともなれば使い道は使魔魔術はもちろんのことそれ以外でも多いはずだ。

「グランドン教授! いい話があるぜ?」

 そこへエリックが寄って来て話しかけ、ヒソヒソと耳打ちして何かをグランドン教授に告げる。

「ふむ…… エリック君、後で我の研究室に後で来てください」

 わかりやすい笑顔を浮かべ、グランドン教授はそう言った。

 エリックは荷物持ち君に地図にツチノコの居所の印を付けてもらって、それをグランドン教授に売るつもりだ。

 グランドン教授も直接ミアに頼むとなると金ではなく貴重な素材で支払わなければならなくなる。

 なら、エリックに金を支払った方が良いと考えている。

 グランドン教授からすれば、金などいくらでも都合がつくものだ。

「もちろん! そっちの方がこっちも都合がいいですよ!」

 と、エリックもいい笑顔を見せる。

「またなんか企んで…… どうせミアの力を借りる癖に」

 と、それを見たスティフィがそう言った。

「まあ、いいですよ。なんだかんだでお世話になってますし。天幕とかスティフィの弓とか」

 ミアは半分諦めたようにそう言ったが、実際、ミアの言うことも事実だ。

 エリックはなんだかんだで毎回自腹で様々なものを提供してくれているので、これくらいのことは大目に見たい気持ちもミアにはある。

「あ、そうだ、あの連弩、故障しちゃったんだけど?」

 それで、と言うわけでもないがスティフィが思い出したかのように、エリックから借り受けていた連弩が故障していることを思い出した。

 片手が使えないスティフィにとっては非情に便利な品物だ。

 いつのころからか調子が悪くなっていたのだが最近とうとう完全に動かなくなってしまっている。

「ん? はいはい! あれな、正式に騎士隊の装備品になったから、もう少し待ってくれよ。複雑すぎて俺じゃ直せんし、新しいのが大量に届くはずだから」

 と、エリックは自慢げに言った。

 スティフィが使っても使いやすく、何より片手で連射が可能な上で命中精度も高い、大変優れた物だ。

 始祖虫の件でスティフィが使っているのをハベルも見ており、それで正式採用が決まったという事だ。

 エリックにその気がないのかもしれないが、そういったある種の商才はあるのかもしれない。

「おいおい、騎士隊の装備の横流しの話を堂々としないでくれんかのぉ?」

 ウォールド教授がため息交じりに注意する。

「納品前にちょろまかすから平気ですよ!」

 と、エリックが言い出す。

「それ、平気なの……」

 と、スティフィが心配そうな顔を見せるが、エリックは笑顔でスティフィに向け、親指を立てるだけだ。

「ほら、なんだかんだでお世話になっているじゃないですか」

 と、ミアが言った。

「これ、お世話になってるって、言っていいのかしらね。片棒を担がされているだけじゃない?」

 スティフィがそれに反応する。


 ミア達が関わる珍獣騒動は一旦ここまでだ。

 だが、裏では終わらず後始末がある。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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