姫ととりまきと幻の珍獣騒動 その6
ミア達一行は馬車ではなく荷物持ち君が引く、いや、駆ける、と言った方が適切な荷車に乗り、かなりの速度で都、首都より首都ぽいと言われる港町リグレスへと向かっている。
恐らくクリーネたちはリグレスに、もうついているだろう。
だがリグレスには既にルイーズの手が回っているとのことだ。
逆にリグレスから出ることはできないよう手配されている。
車内での会話はない。
当たり前だ。
ものすごい勢いで荷物持ち君が荷車を引き駆けているのだから。
クリーネがどうのこうのと言う思惑があるなしなんて何の関係もない。
車内は揺れに揺れている。
車内で何とか引っ付いているので精一杯であり、こんな場所でしゃべりでもしたら間違いなく舌を噛むどころか、荷車から投げ出されかねない。
そのおかげか馬車で三、四時間かかる道のりを二時間かからない時間で一行はリグレスにつくことはできた。
が、リグレスにつく頃には逆に全員疲れ切っていた。
なにかにしがみついていなければ、投げ出されなないほど揺れが酷かったのだから仕方がない。
喋っている余裕など本当になかったのだ。
リグレスに着き、ミア、スティフィ、ジュリー、エリック、マーカス、そして、ルイーズの給仕兼護衛のマルタが荷車から一旦降りる。
ディアナはまだ起きてきていなかったので今回も連れてきていない。特に最近は朝に弱いらしいので仕方がない。
マルタがすぐにリグレス内でも荷車を走ることができるように手続きをしに行く。
ミアが荷車から降りると、地面に立っているのにまだ揺れている感じがした。
「まだ揺れてる気がします……」
と、ミアが顔を少し青ざめさせて感じたことをそのまま言った。
「たしかに酷かったけど、早かったわね」
逆にスティフィは顔色一つ変えていない。
昼過ぎになると思っていたのに、正午前にリグレスにつけたことにスティフィも驚いている。
日曜日と言うこともあり、リグレスの馬車駅も随分とにぎわっていて出店も多く出ている。
普段のミアなら色々とはしゃぎそうなものだが、流石に今は美味しそうな食べ物の出店の食べ物にも反応していない。
ミアの食欲も今は身をひそめている。
「あの、帰りは安全運転でお願いします……」
とジュリーが更に青い顔をしてそんなことを言ってぐったりとしている。
「けど、都のどこにいるんだ?」
エリックは余裕があるのか、まだ元気そうだ。
「とりあえず傭兵組合かしらね? というか荷物持ち君に頼るほうが早いけど」
まずはあの護衛達の足取りを追うのが良いだろうと、スティフィは考える。
そうなると傭兵組合で情報を得るのが早いはずだ。
ただリグレスほどの都市ともなると、その組合の数も一つではない。
今日一日で情報を得られるとは難しいかもしれない。
それらは荷物持ち君が居なければの話だ。
最初から荷物持ち君に頼れば、クリーネくらい簡単に探し出すことが出来るだろう。
「クリーネではなく護衛から当たるのですか?」
と、マーカスがそれに疑問に思い聞いてくる。
スティフィはクリーネには動機がなく護衛達主導で動いていると予想し、マーカスはクリーネが主導と考えているからだ。
だが、ルイーズの権限を利用し素早く手続きを終えたマルタが戻ってきて、
「いえ、行くべきはラングルワーズ商会です」
と、断言した。
「ん? それ聞いたことあるぞ。北の商会だよな?」
それにエリックが反応する。
「そう言えばあんたも北の商会のお坊ちゃんなのよね」
スティフィはそれに皮肉交じりにそう言うのだが、
「まーな!」
と、エリックには皮肉が通じずにエリックは少し照れくさそうに笑っただけだ。
「そことクリーネさんが関係しているんですか?」
ミアがそう聞き返すと、
「いえ、クリーネ嬢は…… 先ほど得た情報では被害者の一人と想定されているようです」
マルタは表情一つ変えずにミアに伝えた。
マルタは既に、スティフィ、デミアス教の情報以上に詳しい情報を得てきたようだ。
領主が度々滞在する主要都市なので、独自の情報網でもあるのかもしれない。
「なによ。あいつは護衛達に拉致られただけ?」
マルタがそう言ったことで、スティフィも大体察しが付く。
「はい」
「適当な護衛を雇うから……」
と、スティフィは呆れるようにそう言いつつも、デミアス教の情報網よりも流石にルイーズ達が使っている情報網の方が数段上だと理解せざるを得ない。
デミアス教の情報網では精々クリーネ達がリグレスに向かったくらいしかわかっていなかった。
だが、マルタには既にかなりの情報を、それも核心に迫る様な情報をリグレスに着て得られたようだ。
「いえ、そんなこともなく、少なくともクリーネ嬢自身とも五年以上の付き合いとのことです。ディオネシス家としては契約自体はかなり昔からの馴染みだそうです」
マルタも今さっき得られた情報を惜しみなく開示していく。
「それに裏切られるとはどんな扱いしてたのよ」
スティフィは完全に飽きれてそう言った。
「それもあるのでしょうが、単純にそれだけでもなさそうです。今は時間が惜しいので馬車、いえ、荷車で移動しながら話しましょう」
とマルタが進言し、マルタ自身が御者席に座る。
「え…… また乗るんですか? あれに?」
と、既にやる気も尽きているようにジュリーが言った。
流石に町中ではそんなに速度は出さず緩やかに大した揺れもなく荷車は進んでいく。
「そのラングルワーズ商会っていうのはどんなところなの?」
と、スティフィが確認にする。
スティフィはマルタに聞いたつもりだったが、答えたのはエリックだ。
「ん? あんまりいい噂は聞かないどころだな。ただ凄い商会ってのは知ってるぜ。なんと噂では竜の英雄が居るんだよ」
と、エリックは凄みのある顔でそう言った。
「竜の英雄がいる商会? 私は聞いたことないわね」
一応同じ北の出身であるスティフィだがそんな話は聞いたことはない。
エリックの出身地とスティフィのいた場所では山脈を一つ隔てていて、同じ北の地であってもまるで違うし、そもそも領地が違う。
スティフィが聞いたことないのも当然と言えば当然だ。
「その話は事実です。現商会主はケビン・ラングルワーズですが、この商会を実質的に仕切っているのがケビンからは甥に当たるクリューグ・ラングルワーズという男です。その男が竜の英雄の一人と言う話で、今、このリグレスに訪れています」
「竜の英雄……」
と、ミアが一人で呟くように言った。
ミアが書いたお守りで散々な目に会わされたハベル隊長から小言を散々言われたばかりだ。
その後、ミアが免罪符ともいえるミアの言うことを聞かなくてもよいという内容の詩のお守りを作り、ハベル隊長に渡している。
これで多少はミアの命令を無効化できるそうだ。
竜の因子を持つ竜の英雄と呼ばれる存在は、竜王の卵の力でミアは強制力のある命令を下すことがその意志に関わらず出来てしまう。
そのことを思うとミアは何とも言えない微妙な表情を浮かべた。
「あー、それだけに始祖虫の一部を欲しがるとか?」
「どうしてですか?」
スティフィの言葉にミアが聞き返す。
「竜種にとって始祖虫は何物にも代えがたいご馳走って話らしいのよ。竜の英雄がその話を聞けば、是が非でも欲しがるでしょうね。自分と契約している竜にそれを捧げればさらに力を貸してくれるでしょうし」
「なるほど! 全貌が見えましたね! そのクリューグさんを懲らしめれば良いんですね」
と、ミアが笑顔でそう言った。
何がなるほどなのかはよくわからないが、ミアの中ではそうなったらしい。
「でも、相手が竜の英雄だぜ? 一筋縄で行くのかよ」
エリックが心配そうにそう言うが、それをスティフィは鼻で笑う。
「いや、竜の英雄だからこそ、ミアの敵じゃないのよ」
「ですね……」
と、ミアはなんとも言えない顔で、ハベル隊長を思い出しながらそう言った。
「何て言うか、相手がかわいそうなくらいね」
と、スティフィは楽しそうにそう言った。
その顔を見る限りこれっぽっちも、かわいそうだなんて思ってはいないのは明らかだ。
「勝負にもなりません」
と、マルタも付け加える。
「あー、ミアちゃんの力か……」
と、エリックも思い出し、やはり何とも言えないやりきれない顔を見せる。
竜に憧れるエリックからしてみれば、竜に命令を下せる竜王の卵など反則級の代物なのだ。
「ミアがそのグリューグに出会った瞬間、片が付きますね」
と、マーカスもそう言って出番もなさそうだと、のんびりと背伸びをしだす。
「なんか今からワクワクするんだけど? お相手さん、どんな顔を見せてくれるんでしょうね」
「スティフィ……」
すごく楽しそうないい顔をして、そう言っているスティフィにミアは呆れてその名を呼んだ。
「こんなことをしてただで済むと思っているんですか」
と、クリーネが馴染みの護衛達に文句を言う。
クリーネは特に拘束はされていない。
商会の一室の部屋で、護衛、いや、元護衛達と共にいる。
クリーネだけが部屋の真ん中にある椅子に座り、元護衛達は扉の前に陣取っている。
「お嬢、申し訳ないです。これも上からの命令なんで。うちらの母体となっている商会は、まあ、北が本拠地なんですが、そっちだと商会と言うより盗賊団みたいなところでして」
元護衛はそう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。
護衛達としてもクリーネを拉致したことは不本意のようだった。
付き合いもそこそこ長い。
少々鼻に着く雇い主であったが待遇が悪い訳ではなかったし、なによりも金払いは良い。
護衛達としては裏切るつもりはなかった。
だが、ディオネシス家が完全に平民落ちするという話を聞いて、ラングルワーズ商会の事実上の支配者クリューグ・ラングルワーズが、じゃあ、最後に大きく儲けようととばかりに、クリーネの誘拐を元々企ていた。
さらに始祖虫の一部があるとクリューグが知り、その企てを前倒しにして実行した、というのが真相だ。
「そ、そんなこと聞いたことありません!」
「言ってませんからね。長年のよしみで、どうにかお嬢だけは無事に返すように上には言いますんで、どうかおとなしくしててくれませんか」
護衛達もクリーネをどうこうするつもりはない。
それこそクリーネが十歳の頃から護衛として雇われているのだ。
情もわくと言うものだ。
「なら、はじめっから私を誘拐する意味ないじゃないですか」
「上からの命令、って奴です。身代金を要求するみたいなので」
護衛の男は言い難そうにそう言った。
「し、信じていたのに!」
そう言って、涙を流すクリーネに護衛達も顔を顰める。
だが、クリューグに逆らって迄、クリーネを助けるつもりは護衛達にもない。
「いやー、ほんとすいません。あっしらもね、南じゃまともに働いているんですよ。元盗賊団ではあるんですが」
「北では盗賊、南では商人…… ふざけているんですか」
そう言って、泣いている目でクリーネは護衛達を睨む。
「まあ、盗品を売りさばく場所も必要なんですよ。遠く離れたこの南の地なら、なんの因縁もないですからねぇ」
そう言って、護衛達はバツが悪そうに笑って見せる。
「せっかく…… せっかく……」
「無事に帰って弁明すれば機会くらい貰えるかも知れませんぜ。その為にもお嬢には申し訳ないですが大人しくしていてくだせえ」
護衛はそう言ってクリーネを落ち着かせる。
「無理ですよ…… ミア様が…… ステッサ家の人間がいたのですよ? 全員殺されます。私もあなた達もです」
だが、クリーネはそう言って身を震わせた。
流石に事実と異なる話だ。
ステッサ家は外道狩り衆の元締めのような貴族ではあったが、人間相手の始末屋ではない。
あくまで、外道種を狩るための集団だったのだ。
確かに目撃者、呪印を見られた場合は、口封じはするがそんなむやみやたらと人を殺すような集団と言うわけでもない。
だが、クリーネはそんなことは知らない。
クリーネが知っているのは、ステッサ家はこのリズウィッド領の裏の支配者であり、リズウィッド領の理を乱すものを容赦なく討ち滅ぼす者と言うことだ。
こうなってしまった以上、自分も含めて討ち滅ぼされる、とクリーネは本気でそう思い込んでいる。
「そんな恐ろしんですか?」
と、護衛達はお互いの顔を交互に確認し合う。
そして、護衛達はミアと言う人物を思い出す。
一言で言うと得体が知れない。
まず使役している使い魔が異様すぎて気持ち悪い。
あんな普通の生物の様に動き回る使い魔など見たことがない。
普通、使い魔は操者と呼ばれる術者の命令で動くものなのだが、ミアが使い魔に命令を下すところなど見たことがない。
それどころか、ミアの質問に答えるような、自らの意志がある様な素振りさえ見せる。
それに周りにいる者も不気味だ。
恐ろしく腕が立つデミアス教徒がいて、訳の分からない竜のような動物や幽霊の犬を使役する様な者、本当かどうか不明だがその身に御使いを宿しているという巫女すらいる。
それらがクリーネの言っている事を、裏付けているようにさえ思える。
「このリズウィッド領の裏の支配者ですよ…… 盗賊団なんか潰すのわけないですよ」
と、クリーネは自虐的にそう言った。
そして、自分もここで終わるのだと、そう本気で思い込む。
「ですがね、お嬢、こちらにも化物が、本物の化け物がいるんですよ、竜の英雄って言うね。ステッサ家の力がどれほどのものかわかりませんが、太刀打ちできますかねぇ? 竜の英雄に」
そう言って護衛達は勝ち誇るわけではなく、大人しくしていてくれ、とそう思ってクリーネに伝えた。
その時だ、クリーネを監禁している部屋の扉が開く。
そして一人の男が入ってくる。
粗暴な男だった。
野性味あふれる大男だ。
鋭い目つきでクリーネを見る。
「これが例のお貴族様か?」
そう言って、部屋に入ってきた男、クリューグはクリーネを値踏みする。
見た目は悪くない。
育ちも良さそうだ。
このまま売っても良い金になるが、貴族は何かと面倒だ、そうクリューグは即座に判断する。
「へい、若」
「中々の代物じゃねーか。北へ連れていくか?」
これはクリューグの冗談だ。
元々そのつもりはない。
元々、領地とは国であり、神々の裁定でいったん今は領地と言うことになっているだけだ。
領主は言うならば王であり、神よりこの地を預かった代弁者でもある。
その血を引く貴族を下手に害するのは神の怒りを買う可能性がある。
限りなく少なくとも、その可能性がないわけではないので貴族相手にあまり無茶をする者はいない。
こうやって一時的に監禁するくらいなら問題ないが、領地外へ無理やり連れ出そうとすると話はまた変わってくる。
なんならこの場で殺すより、無理やり領地の外へ連れていくほうが神の怒りを買う可能性は高い。
神々の間で取り決められた領地ということが大きい。
「いえ、流石にそれは。貴族は貴族ですので」
と元護衛が腰を低くしてクリューグに進言する。
「ここの主神もよくわからない神だしな。危険は侵さないほうがいいか」
このリズウィッド領は主神が秘匿の神と言う少し変わった領地で、何かを隠したい者達が多く流れ着く地でもある。
外道狩り衆然り、無月の女神の巫女然り。
だからこそ、このリグレスと言う港町も、ここまで発展している。
また秘匿の神という事もあり、どのような神かも一般的にはまるで知られていない。
神々は人間の揉め事にそれほど口を出してくるわけではないが、知らない神を相手にするときは、まずかかわらないことが鉄則なのは変わりない。
クリューグもそのことはちゃんとわかっている。
「ありがとうござやす」
「けど、あんまり情に囚われんなよ。うちも西との取引の当てが出来たんだ。南は閉める予定なんだかんな。ここは便利なんだがどうにも北から遠すぎてな」
確かに南のこの地は便利だ。
秘匿の神の納める領地と言うこともあり、北で得た盗品でも問題なく捌くことが出来る。
が、北からだと遠すぎるのだ。
特に中央から南へ行くのも、巨大な山脈があるため、大きく西側に迂回しないといけない。
北の地に拠点を置くラングルワーズ商会としては利便性が悪すぎるのだ。
「へい」
「しかし、ただ帰すのは勿体ねぇよな?」
そう言ってクリューグはもう一度クリーネを頭の先から足先まで嘗め回すように見る。
「若……」
と、困ったように元護衛達がクリューグに声をかける。
「冗談だよ。ま、そんなわけで大人しくしてたら無事に帰してやっからさ」
クリューグはそうクリーネに声をかけた。
始祖虫を一部とはいえ、自分の竜に捧げることが出来るのだ。
クリューグ的にはそっちの方が主な目的で、クリーネの身代金など、この南側の支部を引き払う際のおまけのようなものだ。
「無駄ですよ。あなた達は討ち滅ぼされますよ。私も含めて……」
クリーネは自虐的にそう言って、すっと一筋の涙を、全てを諦めたように流した。
「ハハッ、何言ってんだ? コイツ?」
頭でもおかしくなったのかとクリューグは思い、元護衛に聞くが、
「いえ、若、ちょっとお耳を……」
と元護衛達は顔を真顔にしてクリューグに、ステッサ家とミアのことを伝える。
やはりルイーズは暇そうにいつもの食堂に居る。
今回ルイーズが同行しなかったのは危険がと言うよりは、未だ父が滞在しているリグレスに行きたくなかっただけの話だ。
ただ暇は暇なのでつまらなそうにしている。
そうしていると昼過ぎにディアナが食堂にやって来た。
ディアナはルイーズに気が付かないように食堂のいつもの机に上半身を投げだして椅子に座る。
ルイーズはどうせ、この巫女には言葉は届かない、そうわかりながらも一応は話しかけ、ミア達のことを伝える。
「ディアナ様。ミア様達は今日は戻って着ませんよ。もしかしたらお戻りは明日以降かも知れません」
それを伝えたルイーズに対し、ディアナは特に反応を示さない。
無視しているわけではなく、声が届いていないのだ。
だが、ルイーズが声をかけてからしばらくの間があったと、不意にディアナは体を起こし、ルイーズの方を向き、その赤い瞳でルイーズを見つめる。
「戻ってくる、戻ってくる。今日、夕方、日が暮れる前、巫女様、戻ってくる」
と、そう言った。
「そ、そうなのですか、ありがとうございます」
ディアナから返事が返ってきたことにルイーズは驚く。
ディアナが反応したため、念のためか護衛役のブノアがルイーズの一歩前に出る。
相手は上位種族である御使いをその身に宿した巫女なのだ。何があるかわからない。
だが、ディアナは再び机に身を投げ出し、そのまま眠りに着く。
それを見てブノアもルイーズも一安心する。
「今日中に片が付きそうなんですね。御使い様がそう仰られるのでは間違いないですよね? では、後始末のほう、現地の方々にお願いしても良いでしょうか?」
ミア達のことだ。
誰が相手でも命を奪おうとすることはないだろう。
だが、この件にはルイーズが多少なりとも関わっているのだ。
特に、ルイーズはリチャードに向けて一筆書くとまで言っている。
それを無下にされる様な事をされては、未来の領主としての面目と言うものもあるので、それなりに落とし前はつける気でいる。
「はい。伝えておきます。ミア様を巻き込んだそうで、ベッキオ様もご立腹とのことですので……」
ブノアが冷や汗を垂らしながらそう言った。
それをルイーズが聞いて、これは血が流れると確信する。
「あー、ご愁傷様ですね。結果はどうあれ、クリーネさんは生きて連れてきてくださいね。私が直接話を聞きますので」
そこだけは譲れないとルイーズはブノアにそう言った。
まだルイーズにはクリーネも被害者の一人だという情報は伝わっていない。
「はい、そのように」
と、ブノアは返事をする。
今回、自分が動くことはないが、恐らく呪印が、外道狩り衆の呪印の力が再び解放されることだろう、とブノアは確信する。
ブノアに出来るのは余り大事にはしないでくれと願う事くらいだ。
特にいらない御者なのだが、マルタが御者代わりに御者席に座っていたため、一番最初にその建物を見つける。
結構大きな建物だ。
大きな石造りの建物。このリグレスでもかなり大きな商館で、やはり石造りの壁で周囲を囲っている。
商館自体は化粧された外壁だが、周囲を取り囲む壁は石がむき出しになっている。
どちらかと言えば、商館と言うより砦か何かを彷彿とさせる外見をしている。
他の商人を招き入れる気は限りなくないようにすら思える。
知らない者が見ても、そこを商館とは普通思わない事だろう。
既にマルタより大体の事情はミア達に伝えられている。
それを聞いたミアはかなりやる気のようだ。
「見えてきました。あそこがラングルワーズ商会です」
そんな建物をマルタは指さして、ミアに知らせる。
ミアは、要塞や砦と言ったそんなものを思い浮かばせる建物を見て、
「いきなり使徒魔術とか叩き込んでも良いんですか!?」
と、言い放った。
ミアとしては一戦交えると言うか、そうしてでもクリーネを救い出すつもりでいる。
そんな使命感に燃えてしまっている。
「ミア…… クリーネが居るってわかってて言ってる?」
と、スティフィはそうは言ったが、ミアの使徒魔術は対象を指定できる。
クリーネ以外の人間を選択して焼き殺すことも可能なのだ。
クリーネの安全を第一に考えればありなのかもしれないが、流石に乱暴が過ぎる。
「ああ、そうですよね。でも、ふんじばりの術なら死傷者はでないですよ!」
とはいえ、ミアは最初から死傷者を出すつもりはない。
ミアは複数の相手でも強制的に金縛りにし、地面に縫い付け動けなくさせると言う使徒魔術も使える。
それを使えば確かに死傷者なく解決するだろう。
「あのえげつない魔術、ふんじばりの術っていうの?」
スティフィがその名前に呆れながらそう言った。
「名前は特に決めてないので。あっ、荷物持ち君、杖を渡してください! それとあの建物にクリーネさんがいるのは間違いないんですよね?」
と、荷車を引いている荷物持ち君にミアが声をかけると、荷物持ち君はまず大きくうなずく。
間違いなくあの建物にクリーネはいるようだ。
そして、器用に片手だけで荷車の持ち手を持ち、背中の籠から古老樹の杖を取り出して、それをミアに手渡した。
「ミアもそろそろ杖を手放すのやめなさいよ」
その様子を見てスティフィはそう言った。
即座に発動できるのが使徒魔術の強みなのに、その触媒を自分で持っていなく、即座に発動できないミアはどうかと思っている。
スティフィの言葉にミアは難しい顔をして見せた。
ミア的にはこの杖が高価すぎるし、下手に他人が触るだけでも危険な代物なので、自分が持つより荷物持ち君に保管しておいてほしいのだ。
「で、結局どうするんですか? 黒次郎に様子見でも出しますか?」
と、マーカスが提案する。
「いや、頭を押さえちゃうのが最善でしょう? そういう意味ではミアの案もありなのよね」
確かにミアのふんじばりの術とやらを建物の外から仕掛けてしまうのが手っ取り早い。
恐らくこれほどの建物だ。
なんらかの対魔術用の結界が張られているだろうが、ミアの使徒魔術ならそれも撃ち抜けれる事もできるかもしれない。
スティフィが判断に迷っていると、建物が近づいてくる。
「なるほど! 聞きましたか! 荷物持ち君! 突撃です!!」
何を聞いたのか、ミアがそんなことを言った。
流石のスティフィも慌てる。
だが、既にもう遅い。
荷物持ち君がラングルワーズ商会の外壁めがけて突撃しだす。
「ちょっ、それは聞いてない! ま、待ちなさい! 何考えて!! 衝撃に供えて!」
スティフィの叫び声を上げるが、それは石壁を破壊する音にかき消される。
あとがき
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
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