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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
姫ととりまきと幻の珍獣騒動

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姫ととりまきと幻の珍獣騒動 その4

 ツチノコ探索隊は道なき道を進む。

 荷物持ち君の案内の元、ツチノコを目指して進む。


 裏山の頂上で一晩を明かし、一行は日が昇る前から準備を開始し出発した。

 この地方、この時期、朝早い時間は特有の濃い朝靄が発生する。

 そんな中をかなりの大人数で道なき道を進んでいる。

 ついでにディアナ一行は頂上で待機している。

 ディアナはどうも朝弱いらしい。

 無理もさせられないとのことで、まだ寝ているディアナを起こさずに、ツチノコ捜索に出てきている。

 起きたらミアがいないことに怒るかもしれないが、まあ、仕方がないことだ。

 朝靄も大分収まって来た頃、道中で一番口数の多いのはクリーネだ。

 ただひたすらに独りで文句を羅列だが。それを誰が聞いているわけでもないのに話し続けながら歩き続けている。

 脚が痛いなど、疲れたなど、服が汚れるなど、そのようなことを永遠と一人で話続けている。

 最初こそ、クリーネの護衛の者達がなだめてはいたが、今はもう誰からも相手にされていない。

 それでも慣れない身で道なき山中を、自分の足でついてきているのだがら、やる気と気力だけはあるようだ。

「後どれくらいですが?」

 あまりにもクリーネの愚痴が多いのも相成って、ミアは困ったように荷物持ち君に聞いてみた。

 荷物持ち君は両手を出して、これくらい、と手で示すが、それがどれ位ななのかミアにも理解できなかった。

 ミアは荷物持ち君の手を真似て、

「後これくらいだそうです。皆さん、がんばりましょう!」

 と言った。

「どれくらいかまるで分らないわよ」

 と、スティフィに突っ込まれ、ミアはとぼけた表情を見せた。

 ただそのおかげでクリーネの愚痴が止まったので、皆、特に護衛の連中はホッとした顔を見せた。

 あのままクリーネが愚痴を言い続けていたら、クリーネにその気がないのはわかってはいるが、喧嘩に発展していたかもしれない。

 護衛としたらそんなことになって欲しくはない。

 どう見てもヤバイ使い魔がいる。

 どう見てもヤバイ竜のような獣もいる。

 どう見てもヤバイデミアス教の人間もいる。

 護衛としては絶対に揉めて欲しくない。

 まあ、ミアがいる時点でクリーネには逆らう気など微塵もないのだが。

 それでも雰囲気が悪くなるのは護衛としても避けたかったところだ。

「荷物持ち君、ツチノコまではまだかかりそうですか?」

 ミアが改めてそう聞くと、荷物持ち君は首を横に振った。

 その反応に、ミアは顔を輝かせる。

「あれ? もう近くまで来ているんですか?」

 期待を込めてそう聞きなおすと、荷物持ち君は深く頷いた。

 それを見た者達も顔を明るくする。

 頂上からもう随分と歩いてきている。

 恐らくは学院側とは反対側の山間の付近だろうか。

 この辺りは岩や石も少ない土だけの地面で、この辺りの土は柔らかそうな場所だ。

 生えている木々も少ない。

 それだけに背の高い雑草も多く、先頭を行くのが荷物持ち君でなければ、雑草を踏み分けて進むだけで重労働になるよな場所だ。

 そんな道なき道を行くのも、もうすぐ終わりだと言う。

 それにクリーネの愚痴を聞かなくて済むのも大きい。なんだかんだで愚痴を聞かされるのは心労が溜まるものだ。

 それが朗報にならない訳はない。


 それから少し歩き、平地でちょっとした広場のような場所に一行は出る。

 背の高い木がまったくなく草むらが広がっているような場所だ。

 それだけでなく草も生えていなく、土がそのまま露出しているようなところも、ちらほらと見える。

 人の手など一度も入ったこともないような、そんな場所だった。

 そこの一か所を荷物持ち君が指、というか腕で指し示す。

 そこには数か所にわたり小さく土が盛られている場所があった。

「ん? これはモグラの巣だよな」

 その盛られた土のところまで行き、その中央にある小さな穴を覗き込んでエリックはそう言った。

「モグラ? ですか?」

 マーカスが面食らったようにそう言った。

 連れて来ることをちょっと失敗だったと思っている白竜丸から降りて、マーカス自身もその穴を確認する。

 マーカスが確認すると、それはたしかにモグラの巣穴のように見えた。

 ただモグラ塚にある巣穴の穴は、普通閉じられているものなのだが、ここにある巣穴はどれも閉じられた様子がない。

「ツチノコの好物がモグラとかですかね? 蛇の亜種ならありそうな話ですが」

 と、マーカスも巣穴を覗き込みながらそう言った。

 巣穴が閉じられていない所を見ると、中のモグラはすべてやられた後で、モグラ自体はいないのかもしれない。

「この辺りを掘り返しますか?」

 と、クリーネがお供のほうを向いてそう言った。

 クリーネのお供はあからさまに嫌な顔をする。

 金で雇われた護衛とはいえ、こんなところで穴掘り作業などしたくはないだろう。

「荷物持ち君、このモグラの巣穴の中にいるんですか?」

 と、ミアが聞くと、荷物持ち君は大きくうなずいた。

「まじかー、どうすんだ、これ? 掘り返さないとダメか?」

 エリックもうんざりした顔でそう言った。

 この辺り一帯を掘り返すとなると、相当な作業となる。

 しかも、既に耕してある畑とは違う。岩や石まみれの大地を碌な道具なしでしないといけない。

 一応、エリックが堀棒といった道具も持ってきてはいるが、携帯用の物でそれほど本格的なものではない。

 どちらかと言うと排泄用の穴を掘るための物だ。

 モグラの巣穴を掘り返すような、広範囲を掘り返す目的で使うものは流石に持ってきていない。

「ちょっと黒次郎に様子を見させてきます」

 そう言って、マーカスは白竜丸に再び跨った。

 白竜丸にまたがったのは黒次郎と意識を同調させている間、マーカス自身は無防備になるからだ。

 ついでに、なぜマーカスが白竜丸を連れてきたことを失敗だったかと思っているかと言うと、白竜丸は段差に弱い。

 整備された山道を行くくらいなら問題はない。

 ただ手足がそれほど長くないので、どうしても段差に弱いのだ。

 そして、体が大きいので入り組んだ山中だと、どうしても小回りが利かない。

 特に今回は木々の間を縫い様に進んで来たので、どうしても邪魔になってしまっている。

 一面雪が降り積もっていた頃はまだマシだったが、雪がなくなってしまうと白竜丸は山中には向かない。

 まあ、当たり前の話だ。鰐は山に住む生物ではない。

 それでもミアが近くにいないと白竜丸は野生にかえってしまうので、頂上に置いておくこともできず、ここまで連れてきてしまっている。

 せっかく久しぶりに裏山に行くのだからと、連れて来たのだが学院の檻にでも入れてくればよかったと、マーカスも反省している。

 とはいえ、数人程度なら人を乗せて苦も無く動けるので、荷物持ち君ほどではないにせよ、運搬には便利でもある。

 なにせ、ミアが、というか、ミアの持っている竜王の卵が近くにあれば驚くほど従順なのだから。

 それはさておき、マーカスは自分の影に潜んでいる黒次郎を呼び出す。

 マーカスの影から、狼のような真っ黒な幽霊犬が這い出て来て、白竜丸に並ぶ。

 それを見たクリーネとその護衛達は驚く。

「そ、それはなんですか? 使い魔ではないですよね?」

 と、怯えている護衛達の代わりにクリーネが驚きながら聞いて来た。

 クリーネの護衛達も剣に手をかけている者すらいる。

「これは…… まあ、神に与えられた…… 魔術上の分類だとなんになるんですかね?」

 と、マーカス自身がそう言って、何と言えない顔をした。

 神に与えられたと、聞いて、護衛達も一旦安心する。

 外道種として捉えられても仕方がない風貌をしているので、これは仕方がないことかもしれない。

「一応は使い魔ってことになるんじゃないの?」

 と、スティフィがそう言う。

「ええー? 使い魔とは違うんじゃないんですか? 造ったわけじゃないじゃないですか」

 と、ミアはそう言うが、使い魔は必ずしも人の手により造る物ではない。

「いや、動物なんかを調教して言う事を聞かすのも使い魔って言うこともあるのよ。それに王都の有名な使い魔なんて人間が造ったわけじゃないのよ」

 スティフィがそう言ってミアに対して優位に立とうする。

 ミアも学院で学び始めて一年が経つ。

 そろそろ、付け焼刃の知識が多いスティフィでは優位に立てることが少なくなってきているので隙あらばだ。

「そうなんですね。まだ習ってないですよ」

 と、ミアは素直にスティフィの言葉に感心する。

 そのあたりのことはグランドン教授が話すわけもない。

「グランドン教授の得意分野とはまた違った方向だからね」

 スティフィは得意げにそう言って見せる。

 最近の使魔魔術は大きく分けると二つに分けられる。

 使い魔を使役する操縦技術と使い魔を造る技術だ。

 近年は操縦技術の方が使魔魔術界隈では影響力を強く持っている。

 なぜなら最強の使い魔とされる使い魔が神から与えられた物だからだ。

 なので、どんなに使い魔を造る技術が優れていても、中央と呼ばれる地域ではあまり評価されない。

 人の造る使い魔など雑用にしかならないとすら考えられているほどだ。

 グランドン教授の使い魔を造る技術がどんなに優れていても、世界的に見ると辺境であるこの南の地で教授をやっている理由の一つでもある。

 そんなことをグランドン教授自らが生徒に教えるわけはない。

 ミアが知らないのは当たり前だ。

「ああ、たまにスティフィが黒い鳥に餌やっているのもそうなんですか?」

 ミアは思い出したようにそう言った。

 特にミアにとって気に留めることではなかったが、何度かスティフィが夜中に大きな黒い鳥を可愛がっているところを目撃している。

「見られてたか…… まあ、そうね。あれは私のじゃないけど。広義ではあれも使い魔になるのかしらね」

 デミアス教で使われている連絡手段の一つだ。

 飼いならし、品種改良を続けて来た夜鷹を元にした鳥だ。

 スティフィ自身が飼いならしたものではないが、なんだかんだで懐くと愛着がわいてくるのも事実だ。

「その辺は微妙なところですよ。動物の使役は自然魔術や呪術の領域でもありますし。まあ、黒次郎は動物の使役ですらないんですが。神の御使いの亜種的な? そんな感じなんですかね? それとも神器にあたるんですかね?」

 マーカスもそう言いつつ自信はなさそうだ。

 既存の枠組みに無理はめ込むのであれば、魔術的には神によって育てられた獣、聖獣と呼ばれる類の分類になるのかもしれない。

 ただ黒次郎はすでに死んでいる幽霊犬なので、また違った分類になるのかもしれないが他に例がないので何とも言えないのが現状だ。

 そもそも幽霊と言う存在自体が非情に珍しい。

 黒次郎自体がその筋の学者からすれば貴重な研究対象だ。

「どうなるのかしらね? 幽霊の犬だなんてもん、他にいるわけないだろうし」

 スティフィは興味なさげにそう言った。

「幽霊の犬なんですか……? しかも、神に与えられた…… さ、流石元貴族の家系ですね」

 クリーネは後ずさりながらも、元貴族の家系であるマーカスを敬う。

 もちろん、幽霊犬である黒次郎を見ようともしない。

 その犬を遣わしたのが冥界の神と知れば、もっと距離を取っていたことだろう。

「で、結局どうするんですか? 金貨百枚が埋まってるんですよ」

 そんな中、目を金貨に変えたジュリーが待ちきれずにそんなことを言った。

「ジュリー…… お金のことになると途端にはしたなくなるわね。贅沢を知ってしまったから?」

 そう言いつつ、スティフィは本当にジュリーにデミアス教徒としての資質があるのでは、と思えてしまう。

 出会った時からは考えられないほど、お金にどん欲になってしまっている。

「まあ、黒次郎さんに様子を見てもらって、無理そうなら荷物持ち君にお願いしてみましょう」

 ミアがそう聞くと、荷物持ち君は大きく頷いた。

 それを見てから、マーカスは黒次郎と意識を同調させる。

 幽霊犬である黒次郎の眼には暗い巣穴の中でも鮮明に見通すことができるし、少し変わった蛇の臭い、その他に生物の複数の臭いも嗅ぐこともできた。

 マーカスはそれらを不審に思いつつも、黒次郎を影に潜らせ、巣穴へと潜入させる。

 それほど広い巣穴ではない。

 ちょっと進むとすぐに行き止まりへと着く。他にも分かれ道はいくつかあったが、そちらには生き物の気配も臭いもない。

 それはその行き止まりにいた。

 だが、黒次郎と同調しているマーカスはその存在から違和感しか感じ得ない。

 複数の様々な臭いが入り混じった嫌な臭いだ。

 とりあえず、影の中から黒次郎の口だけを出し、それを咥える。

 それは暴れはするが逃がしはしない。

 黒次郎はそれを巣穴の外まで咥えて運び、持ってきていた鉄製の檻に放り込む。

 それからマーカスは黒次郎との同調を解除して、黒次郎を自分の影の中に戻す。


 それは伝承の通り、短い蛇のような生物で、腹の部分が妙に膨れた蛇のような姿をしていた。


「本当に伝承通りの姿ですね、あれ? でも足がありませんか」

 ミアが檻の近くから観察してそう言った。

 確かにツチノコと思われる生物の膨れた腹から小さな足が四本生えている。

 ただ、何というか凄い違和感がある。

 膨れた腹の中央にまとまって足が生えてはいるのだが、どうみても生物的におかしい。

 まともに動けるような構造をしていない。

「ん? ほんとだ、白竜丸みたいな短い手足があるじゃねーか? 手足だけ随分毛深いな。これが本当にツチノコなのか?」

 エリックもそう言って、その生物をいぶかしむ。

 どう見ても生物として違和感しかない。

「正確にはツチノコに似たなにかですよ。ツチノコ自体はいないと御使いが明言していますし」

 と、黒次郎と同調を解いたマーカスがそう言った。

 ただマーカスはそれ以上のことが既にわかっているが、ここで言うべきかどうか迷う。

 下手に言っても混乱させるだけだ。

 とりあえずマーカスは荷物持ち君の様子を確認するが、この生物を敵視や警戒しているようなことはなさそうだ。

 そのことにマーカスは一安心する。

 荷物持ち君が無反応なら、危険はないのか、と思うのだが、相手が相手だけにマーカスは判断に困る。

「これと似た生物は近くにまだいますか?」

 ミアが荷物持ち君に聞くと、荷物持ち君は横に首を振った。

「これ捕まえて良かったんでしょうか? 精霊憑きなのですよね?」

 役割がある。確かにディアナはそう言っていた。

 だが、ミアが問うと荷物持ち君は大きくうなずいた。

「捕まえても問題ないんですか?」

 再びミアが確認するように聞くと、荷物持ち君は再び大きくうなずいた。

「神に捧げなければ良いってことなのかしらね? ミア、あんた、精霊憑きの獣を今までにどれくらい捧げちゃったのよ」

「二匹、いえ、三匹です…… 大体は白い鹿を……」

 そう言って、ミアは渋い表情を見せる。

 ミアが学院に来る前、リッケルト村で巫女をしているとき何度か白い獣を当時は精霊憑きとは知らずに捧げていたことがある。

「でも、私の時みたく拒否はされなかったんでしょう?」

「そうですね…… あれはなんで拒否されたんでしょうか……」

 ダーウィック教授の命でスティフィをロロカカ神に捧げようとしたとき、ロロカカ神はそれを拒否している。

 未だになぜ拒否されたのかわからないが、ミアはスティフィが拒否されて良かったとも心の片隅ではあるが思っている。

 それすらもロロカカ神の慈愛なのかもしれないと、流石に口には出さないが今はそう思っていたりもする。

「しかし、意外と簡単に捕まりましたね! これで金貨百枚ですよ! どう分けるんですか!」

 ジュリーがそう言ってツチノコのような生物を愛おしそうに見ている。

「ジュリー、あんたはついて来ただけじゃない……」

 スティフィが呆れてそう言った。

「そ、それはそうですが、ほとんどの人はそうじゃないですか!」

 と、スティフィにジュリーが反論する。

「すっかり守銭奴になっちゃって」

「とりあえず、野営地へ戻りましょうか」

 と、マーカスが未だに荷物持ち君を見ながらそう言った。

 荷物持ち君が反応してないのであれば、恐らく危険はないのだろうが、それでもカリナかディアナに宿る使徒辺りにも確認したいとマーカスは考えている。

 このツチノコノような存在はそれほどの危険な物だと、黒次郎を通してその臭いからマーカスは認識している。

「できれば、早くディアナさんかカリナさんのとこへ行きたいですね」

 マーカスは迷いながらもそのことを口に出した。

 隠していても良いことはないだろうと判断してだ。

「何でですが?」

 と、ミアがマーカスに聞き返す。

「それ、まず死んでます。そして、これは確証はないですが、始祖虫関連ですよ。この物体から始祖虫の臭いを嗅ぎ取れました」

 マーカスはこのツチノコのような存在から嗅ぎ取った、死臭と始祖虫の臭いのことを告げる。

 まず蛇のように見える部分は間違いなく死骸であり死臭がする。

 そして、この生物から始祖虫の臭いも漂っている。

「え?」

 と、一同が間抜けな顔をする。

「いや、動いているけど? って、始祖虫?」

 エリックがそう言って嫌な顔を見せた。

 エリックとて始祖虫相手には嫌な記憶しかない。

「黒次郎で咥えたとき、確かにその生物の死を感じました。それは蛇の部分ですね。あと始祖虫の臭いも漂っています」

 マーカスはツチノコの入った檻を白竜丸に括りつけた。

 始祖虫の臭いがした以上、ミアの近くや荷物持ち君に、これを持たせるわけにはいかない。

 何かあった時、被害に会うのは自分の方が良いとマーカスは考えている。

 マーカスも神よりそういった使命を授かった人間だ。

 それに白竜丸を巻き込むのは申し訳ないと思いつつも、持ってきた檻は頑丈なもので重さもかなりある。

「にしても始祖虫って…… 荷物持ち君は…… 特に反応してないわね。そもそも危険ならミアを連れてきたりはしないか」

 スティフィはミアを連れてツチノコの入った檻から距離を取ってから、色々と遠目で観察しだす。

「なので恐らく大丈夫ですが、対処できる人の近くにはいたいですね。それからゆっくりと観察したいですよ」

 と、いうのがマーカスの意見だ。

 如何に始祖虫と言えど神の使徒相手では手も足も出ないだろう。

 精霊王や古老樹は上位種とはいえ戦闘用の種族ではない。彼らは世界を管理するための種族だ。

 逆に神の御使いは戦いのために作られた種族だ。

 その役割が違う。

「始祖虫って、学院の騎士隊を全滅させたというあの始祖虫ですか?」

 ここで、茫然としていたクリーネがそう言葉を発した。

 その言葉にクリーネの護衛達が嫌な顔を見せざわつき始める。

 騎士隊が全滅させられるような相手では自分達では手が出ないことなど分かり切っているからだ。

「それです。私達もその時、その場に居たんですよ」

 ミアも当時のことを思い出してそう言った。

 凄い人数の人間がミアの目の前で血煙となって消えていった。

 あれほど理不尽な死をミアは体験したことがない。

「よくご無事で…… 流石ミア様ですね」

 と、クリーネはそう言っているがよくは理解していない。

 所詮は虫種だと、そう思っているかのようだ。

「いや、まあ、それはその通りでミアがいなかったら間違いなく全滅してたわね」

 スティフィも良く生き残れたものだと、ミアがいなければ間違いなく全滅してたのは事実だ。

 なにせミアがいなければ朽木様が助けに来ることもなかっただろう。

 荷物持ち君が始祖虫を直接知覚できたからこそ、朽木様がやって来てくれて助かったのだ。

「とにかく戻りましょうか。どちらにせよ、始祖虫関連なら学院の方に報告もしないといけないですし」

 ミアはそう言って深く息を吐いて気を引き締める。

 始祖虫と言う存在は人間相手ではどうにもならない相手だとミアもちゃんと理解できている。

「師匠は見ているでしょうが…… 今回は多分動いてくれませんね。となると危険はやはりないんですかね?」

 マーカスは額の眼の刺青が何の反応も示していないのでそう解釈した。

「どうします? 直接学院に向かった方が良いですかね?」

 ミアがマーカスに相談する。

「いや、裏山の頂上の方が近いはずです。こちらからだと谷を避けなければ学院側にはいけないでしょうし。まずはディアナさんを頼りましょうか」

「そうですね。じゃあ、荷物持ち君。頂上まで案内よろしくお願いします」

 ミアがそう言うと、荷物持ち君は頷いた。

「え? 今から戻るんですか? 頂上に?」

 と、クリーネが心底驚いた顔をしている。

 クリーネ的にはここで一休み、いや、一晩くらい明かして帰るものとばかり思っていたようだ。

 まだ時刻的には午前中なのだが。

 ただ貴族で山などになれていないクリーネはどうも限界が近そうだ。

「良ければ乗りますか? 白竜丸に」

 また愚痴を言われても困ると思ったマーカスはそう提案する。

 恐らくはツチノコのような存在も危険はないだろう。

「良いんですか!」

 何も理解していないクリーネはとりあえず歩かなくて良い事に喜んでいるようだ。

「まあ、あんまり乗り心地は良くないですけどね」

 マーカスはそう言って微笑んだ。




「巫女様! 巫女様! 置いていく! 酷い! 酷い!」

 裏山の頂上にミア達が帰ると、頬を膨らませたディアナが迎えてくれた。

 駄々をこねるように言いながらもミアに抱き着いてくるディアナをミアは受け止めて宥める。

「す、すいません。でも、ツチノコ? ツチノコモドキ? は、捕まえてきましたよ」

 と、そう報告すると、ディアナは顔を明るくさせて、

「流石! 流石! 巫女様! 巫女様!」

 と、褒めだした。

 そうしたところで、マーカスがミアに無言の視線を送る。

 マーカスがディアナに聞いても、その言葉はディアナには届かない。

 ミアから伝えなければならない。

「ディアナ様、これ危険はないんですか? 始祖虫関連らしんですが」

 マーカスの代わりにミアが問うと、

「危険ない! 死んでる! ただの欠片! 元から生きてない! それ飲み込んでいるだけ!」

 とディアナから答えが返って来た。

「やっぱり死んでんのか? でも、この胴についている足はもぞもぞ今も動いているぞ」

 と、エリックが白竜丸から檻を降ろしてそう言った。

 それと同時に白竜丸に乗っていたクリーネもへばりつくように白竜丸から降りる。

「これ…… この足、蛇の皮を突き破って出て来てませんか? 気になっていたんです」

 そして、頂上へと帰る道中ずっとツチノコを観察していたクリーネがそう言った。

「え? あっ、ほんとだ。毛で見えませんでしたが、穴が空いてるんですね」

 そう言われた後、ミアが注意深く観察すると、確かに蛇のお腹に穴が開いており、そこから足が出ている。

「これ、蛇に飲み込まれた生物が蛇の腹の中で生きているだけなんじゃね?」

 エリックもそれを見てそう言った。

 そう言われると確かにそう見えて来る。

「そんな生物…… いるんですか?」

 蛇に丸呑みにされて生きている生物など聞いたことはない。

「そこで精霊憑きってこと?」

 スティフィがそんなことを言った。

 確かに普通の生物なら死んでしまうだろうが、精霊憑きとなり何らかの変化がその生物に起きているのならあり得なくもない話だ。

「どうしますか? ミア。この蛇の皮をはぎますか?」

 マーカスがまっすぐにミアを見てそう聞いて、いや、確認してきた。

「ままま、待ってください! そんなことをしたら金貨百枚が!!」

 それに反応したのはミアではなくジュリーだ。

「ジュリー、あんたは少し黙ってて。始祖虫の恐ろしさも実感したことないんだから」

 スティフィがジュリーを抑え込んでそう言った。

「えぇ…… そ、そんな金貨百枚ですよ!」

 スティフィに抑え込みられながらジュリーは悲壮な声でそう言った。

「これもミアが決めなさいよ」

 と、スティフィもミアに決断を迫る。

 このツチノコのような存在を捕まえられたのも、結局はミアというか荷物持ち君のおかげにほからなない。

 ならば、ミアが決めるべきだと、ほとんどの人間は言っている。

 クリーネもミアが決めるのならば、とそう言った表情でまっすぐに見ている。

「とりあえず危険がないと言うのであれば、このまま学院に持って帰りましょう。下手に触るよりはいいでしょうし。それでカリナさんにでも見せて判断を仰ぎましょう。始祖虫となると人の手には余ります」

 ミアは少し考えた後、そう判断した。

 その案にほとんどの人が納得する。

 なんとも言えない顔をしているのはジュリーとクリーネの護衛くらいのものだ。

 クリーネにはカリナなる人物がよくわかっていない。

「そう…… ね。あの女に会いに行くしかないか」

 スティフィもそれが良いと判断する。

 スティフィには既に今年中に恐らくは始祖虫関連でまた何かが起きる、と情報が降りてきている。

 ならば、学院側、とくに始祖虫に対抗できる存在に話しておいて損はない。

 ミアの言う通り、始祖虫と言う存在は人間には手に余る存在だ。

「その方は誰なんです?」

 と、クリーネが不思議そうに聞いた。

「おっきくて強い方です!」

 と、ミアが答える。

 クリーネは訳も分かっていないが、ミアがそう言うのなら、と納得する。

「しかし、なるほど。始祖虫関連の何かだからこそ、この地方の伝承にしかツチノコってなかったわけですね」

 マーカスはそう言って納得する。

 始祖虫が存在するのは遥北、最北端の氷に覆われた大地と、そこから大昔に運び込まれたこの地のみだ。

 ツチノコが始祖虫の何かが関係しているのなら、この地方にしか逸話がないのも納得いく話だ。

「恐らくの蛇に飲み込まれているのは…… これ、モグラか鼠ですよね?」

 ミアは、これがいた場所や手足の様子からそう言った。

「飛び出した足から見て間違いないですね。これは恐らくモグラの物だと俺も思います」

 それをマーカスがモグラの物だと判断する。

「けれど、こんな状態で良く生きていますね」

 クリーネがそう言って微妙な表情を見せる。

 今、彼女の頭の中では、これでティンチルでリチャードへの手土産になるかどうかと判断が付かないところだ。

「それこそ、あれでしょう? ディアナが言っていた役目があるって話になるんじゃない? だからこんな状態でも役目を果たせるように生かされているんじゃないの?」

 スティフィが無責任にそう言い放った。

「外側の蛇は逆に完全に死んでいますよね、これ」

 外部の蛇の部分はわかりずらいが既に干からびて、はく製のような状態になっている。

 死臭はするものの、そこまで酷い臭いではないし、腐っている様子もない。

「そうね。あと、その蛇にまったく虫が湧いてないのは始祖虫のなんかの影響かしらね」

 さらにスティフィがそんなこと言った。

 蛇自体は死んでいるはずなのに虫一つたかっていない。

 何らかの理由で腐っていなくとも虫位は湧いていておかしくないはずだが、コバエ一つ湧いている様子がない。

「その辺もそれはありそうですね。とりあえず始祖虫関連であるならば、あまり刺激を与えないほうがやはり賢明ですよね」

 ミアはそう言って観察するのをやめて、ツチノコのような存在から距離を取った。

「ん? でも、ディアナちゃんは安全って言ってんだろ?」

 エリックは観察するどころか、指で突いて反応を確かめている。

「エリック。そもそもこれはツチノコじゃないの。それの容姿に似た何かでしかないのよ。賞金の金貨が出るかどうかもわからないわよ」

 スティフィがエリックをツチノコのような物が入っている檻から引きはがしてそう言った。

 ただそれに反応したのはまた別の人間だ。

「え? 嘘…… ですよね?」

 その言葉を聞いたジュリーが絶望してその場にへたり込んだ。

 それを見たスティフィは少しだけ面白そうに笑った。

「とりあえず、一泊しかしてませんが天幕をもうかたしますか……」

 ミアが少し物寂しそうにそう言った。

 予定では明日の日暮れギリギリまでツチノコを捜索するつもりでいたのにあっけない捕獲で終わってしまった。





あとがき

 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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