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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
姫ととりまきと幻の珍獣騒動

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姫ととりまきと幻の珍獣騒動 その2

「あら、今日はお姫様だけなんですかぁ?」

 昼食をとりにいつもの食堂にやって来たアビゲイルは珍しくお姫様達しかいないことを不思議に思った。

 自分が使い魔作成に夢中になっている間に、なにかまた面白い事でも起きているのかもしれない。

 アビゲイルはすぐにそんなことを思いつく。

「ええ」

 と、この領地の姫であるルイーズは返事をする。

 ルイーズはともかく、その後ろに立つ護衛の男は、相変わらずアビゲイルを警戒している。

 アビゲイルがルイーズに近づくにつれて目を細く鋭くしていく。

 この護衛は厄介だ、とアビゲイルの本能が告げている。

 いや、そもそも争う気はアビゲイルにはない。

 この領地のように無月の神の巫女を丁重に扱ってくれる領地など他にはほとんどないのだから。

 他の領地では殺さず生かさずで離隔された上で監禁され続ける、そんな扱いが普通だ。

 なので、アビゲイルとしては仲良くしたいとさえ思ってはいるのだが、向こうはアビゲイルのことを危険物としか思ってくれていないようだ。

「ミアちゃん達はどこへ行ったんですか? まさかここを出禁とか!?」

 それはないとも言い切れない。

 なにせ、このお姫様自体が家出していて、この食堂を乗っ取っているような事態なのだから。

 もちろんアビゲイルもそんなことは本気で考えているわけでもない。

 ただの冗談ではあるが、ないわけでもない。

「違います。裏山へツチノコを探しに行きました」

 それはルイーズも分かっているのでまともに取り合わないし、素直にミア達の行き先を教えてやる。

 ルイーズからすれば隠す意味もない。

「あー、なるほど。生徒たちがざわめきだってましたからねぇ」

 その答えにアビゲイルも納得する。

 ただアビゲイルとしては、ただの珍獣に用はない。

 ミア達が捕まえて来るのであれば、その後にちょこっと見せてもらえばいいだけのことだ。

 もし本当にツチノコという生物がいるのであれば、ミア達なら簡単に探し出せるだろう。

「あなたは探さないんですか?」

 ルイーズは意外という様な表情を見せる。

 こういう話には間違いなく首を突っ込むと思っていただけにルイーズは意外に思う。

「んー、今は使い魔作成に専念したいですねぇ。師匠の言う通りグランドン教授も扱いやすいですし」

 アビゲイルにしてみれば久しぶりの使い魔作成だ。

 さすがに東の沼地では、まともな使い魔を造る設備までは用意できなかったし、この学院の設備は非常に出来が良い。

 なので、使い魔作成に久しぶりにのめり込んでしまっている。

 グランドン教授という人物も師匠の言う通り扱いやすい。

 アビゲイルが独自に考えた魔術技術理論と交換にだが高価な素材を山のようにくれる。

 それに使魔魔術師としても、もちろん腕が良い。

 使い魔作成、と言うことだけに限ればだが中央の連中より腕が良いかもしれない、とアビゲイルが思うほどだ。

 いや、中央の使い魔は神から授かる物と考えている使魔魔術師達と、まじめに使い魔を一から製造をしている人物を比べるのはそもそもが失礼なのかもしれないが。

「まあ、良いですけど」

 と、ルイーズは興味なさそうにそう言った。

 アビゲイルもそれでここに来た本来の目的を思い出す。

 昼食を食べるとこだ。

「では、マルタちゃん、お料理を注文しても良いでしょうか? なにそんなに警戒しているんですかぁ、ミアちゃんと一緒に夜通し遊んだ仲じゃないですかぁ」

 厨房に立つマルタに向かいあからさまに作った笑顔でアビゲイルは声をかける。

 マルタはムッとした表情をしてアビゲイルを見つめる。

 ルイーズがいるときはだいたいマルタがこの食堂の厨房に立つ。

 料理の腕はその辺の料理人より良いように思える。

「いえ、特に。ご注文は何になされますか?」

 マルタは何か言いたげだが、特に言ってはこない。

 マルタもアビゲイルが敵意がないことは知っているが、敵意がなくても危険なのがアビゲイルであるとも知っている。

 警戒しておいて損はない。

「そうですねぇ、あんまり手持ちがないので」

 そう言ってアビゲイルは笑う。

 それに対してマルタはどうせ料金を払う気もないくせにと内心思いつつも顔には一切出さない。

 ただ、

「手持ちがない? ならアビゲイル様こそツチノコを探すべきなのでは?」

 手持ちがない、そう答えたアビゲイルに対しマルタはそう進言する。

 なにより、この規格外の魔術師はいるだけで危険なのだ。

 できればルイーズの傍にいて欲しくはない、アビゲイルは彼女の意志に関係なく災いを引き寄せる。

 それは偶然ではなく彼女が身にまとう様々な呪いの結界の副次的な効果であるとマルタは確証はないがそう考えている。

 だから、この魔女がいる限り何か起きることは必然であるとマルタは思っている。

「え?」

 と、アビゲイルは訳の分からないという表情をする。

「え?」

 あまりにもアビゲイルは素で反応を返したので、マルタもそう返してしまう。

 その様子を見て、少しだけ笑みをこぼしたルイーズが教えてやる。

「ツチノコを生きたまま捕まえれば金貨百枚という話ですよ」

「おお、それはすごいですねぇ…… ツチノコですか」

 と、アビゲイルは少しだけ興味をそそられる。

「探しに行かないんですか?」

 もう一度マルタはアビゲイルに声をかける。

「マルタちゃんは私を厄介払いしたいようですねぇ」

「いえ…… そんなことは」

 もちろん図星だ。

 アビゲイルを厄介払いしたい。

 アビゲイルという規格外の魔術師は、できればミアのそばにいて欲しいと考えている。

 マルタからすればミアも護衛対象なのだが、ミアに関しては人間が護衛する意味はない。

 彼女を守る護衛は人間の助けなど不要なほど強力なのだから。

 何が起きてもミアの護衛者が簡単に片を付けてくれる。

 アビゲイルが招き寄せる不運も護衛者の前では、なんら障害にはならないのだから。

 それにリズウィッド家のことを考えるなら、仮にミアがルイの子であったとしても、家を継ぐ気もなく巫女としての役割があるため継げないミアより、確実にリズウィッド家を継ぐこととなるルイーズを優先するのは当たり前だ。

 それはマルタの上司ともいえる存在であり、ミアの祖父であるベッキオも同意見だ。

「大丈夫ですよぉ。私も師匠の後を継いで巫女と教授になるつもりですから。お姫様ともめたりはしませんよぉ」

 ここまで警戒されるとさすがのアビゲイルもやるせない気持ちになるので、安心させるつもりでそう言うが、

「貴女の場合、その気がなくてもなにか面倒ごとを引き起こすので」

 と、マルタにそう断言されてしまう。

「それは…… まあ、そうなんですか」

 それはアビゲイル自身そう思っているので何も言い返せない。

 だから、マリユ教授も、その時の感情で間違って殺されないように、自分の下から離し追放したのだ。

 自分の代わりが必要になる、その時まで。

「その未来の教授候補さん的にはツチノコはどのような存在だと考えてますか?」

 ただ、ルイーズ個人としてはアビゲイルのことを、それほど嫌ったり警戒しているわけではない。

 優秀な魔術師の一人として捉えている。

 しかも、将来に印持ちの魔術師になることが確約されている相手だ。

 神の印持ちの魔術師ともなれば、自分の領地にできるだけ多くとどめて置きたい貴重な人材でもあることには違いはない。

「んー、まず私の外道寄せの陣でもそんなものは見なかったので、とりあえず外道種じゃないはずですねぇ。あと竜種でもないでしょう。成竜がこの辺りでは見られませんし。火を噴くって伝承自体、私は懐疑的ですぅ。まあ、珍獣の類ですよ」

 と、アビゲイルは答える。

 せいぜい蛇の突然変異だと考えている。

 多少変わった呪術の触媒くらいにはなるだろうが、そこまで魔術的価値はないようにアビゲイルは考えている。

 ただ金貨百枚のほうはもちろん魅力的ではある。

「そうですか、夢も希望もないですね」

 ルイーズは詰まらなそうに答える。

 恐らく本当に詰まらないのだろう。

 本当はミア達と共にツチノコ探しに行きたかったのだろう。だが、それはこの領地の姫という立場がさせない。

「面白い方が良かったんですか? まあ、よく言われているのは蛇が獲物をまるごと飲み込んで未消化状態ってのがよく言われているんですが、それなら他の地域でも似たような伝承があってもいいような物ですが他の地域ですとあんまり聞かないんですよねぇ。となるとそう言う珍獣が本当に生息しているってことになるんじゃないんですか」

「それは…… そうですね」

 それはルイーズも同意見だ。

 恐らくツチノコの正体はこの地方特有の珍獣の一種で、突然変異の蛇かなにかが根付いた物だろう。

 後は噂に尾ひれについただけだろう。

「興味あるならお姫様も探しに行ったらどうなんですか?」

「冬山の王が……」

 と、ルイーズはそう言って黙った。

 冬山の王が山脈の奥に帰って行ったとはいえ、まだ完全に危険がないわけじゃない。

 もう蒸し暑くはなってはいるが冬が完全に去ったわけではない。

 まだ冬と夏が押し合っている時期ではあるのだ。

 しかも、ほんの数カ月前に冬山の王が付近に姿を見せている。

 姫であるルイーズに危険が及ぶかもしれない、それこそ人の力ではどうにもならない化け物がいるかもしれない場所に気軽に行く許可が出るはずはない。

 なら、この学院は、と疑問に思うかもしれない。

 カリナという存在がこの学院にいる限りこの学院は最も安全な地の一つなのだ。

 だからこそ領主のルイもルイーズが学院に滞在することを黙認しているのだ。

「まあ、お姫様なら安全第一ですよねぇ。それは仕方がないですよぉ。にしてもツチノコですか。気になりますが今は使い魔の方を優先ですかねぇ。久しぶりに使い魔造りも楽しいですし」

「どんな使い魔をお造りに?」

 山に入れない話を続けても仕方がないのでルイーズが反応する。

 実はルイーズも使魔魔術の講義を受けている。

 この天才的な魔術師が造る使い魔に少し興味がある。

「まだ材料を集めていて設計図を頭の中で描いている段階ですよぉ。迷っているんですよねぇ。相当な出力の使い魔が作れますし鉄人辺りいいかもしれませんが、大きいし重いのが難点ですねぇ。できれば肩に乗せられそうな大きさの物が使い勝手良いですし」

 アビゲイルの想定では、あの神の呪いの核なら消耗の少ない使い魔なら恐らく魔力を注ぎ込まなくても永遠に動き続けれる使い魔が造れるはずだと考えている。

 ならば、普段肌身離さず自分を守れるような小型の物が良いかもと考えているが、大型の使い魔も捨てがたいとも考えている。

 大型の使い魔でも、少しの魔力を注ぎ込んでやれば相当長い間稼働できるはずなのだから、それもある意味浪漫のある話だ。

 それらを考えている時間がアビゲイルは楽しくて仕方がない。

 もう何度も頭の中で使い魔の設計図を描き、修正し、作り直している。

 それでもどうしようか、迷っている。

 それくらい良い核となる素材を得られたのだ。アビゲイルとしては楽しくて仕方がない。

「私も使魔魔術の講義は受けているんですが、なかなか難しいですね。ティンチルの使い魔がいかに高度なものだったか思い知らされてます」

 ルイーズはティンチルで様々な使い魔を見てきている。

 それで興味を少し持っていて講義を受けたのだが、思っているよりも難しい分野だと思い知らされた。

 ルイーズも聡明な人物ではあるが、ルイーズが得意とする頭脳とはまた別の頭脳を必要とする分野である。

「まあ、利便性で言ったら手頃な精霊魔術の方に軍配が上がりますからねぇ」

 精霊魔術は精霊王から精霊を貸し与えてもらいさえすれば、とりあえず使える魔術だ。

 精霊に魔力を渡し命令するだけで、後は精霊がやってくれるのだから。

 それだけで自然の力の一端を扱うことができる。

 とても便利で扱いやすく、もちろん奥も深い、そんな魔術だ。

「朽木の王のそばには朽木様がいらっしゃいますので、私はそこへも行けないんですよ」

 そう言ってため息をついた。

 この辺りで精霊を貸し与えてくれる精霊王と言ったら朽木の王くらいだ。

 だが、その王と共に朽木様という古老樹がいる。

 今こそ大人しい古老樹ではあるが、一昔前は冬山の王と並びこの地方で最も恐れられた存在の一つだ。

 今も人間から見れば恐れられ危険な対象であることは変わらない。

 ついでに冬山の王はそもそも天に属する精霊王で人間に精霊を貸し与えてはくれず、それどころか人間を敵視しているので論外だ。

 ルイーズが精霊を貸し与えてもらうには別の地域まで足を延ばさなくてはならない。

 さすがにそこまでする気はルイーズもない。

 なので、ルイーズからすると精霊魔術は学びたくても使えない魔術の位置づけになっている。

「あらま。お姫様も大変ですねぇ。まあ、朽木様も危険と言えば危険ですからねぇ。あ、マルタちゃん。鳥の香草焼きサァーナでお願いしますぅ。サァーナは太めで余り茹ですぎず硬め、で、お願いしますぅ」

 と、アビゲイルは悩んで昼食を決める。

「はい、わかりました」

 と、少しめんどくさそうにマルタは返事をする。

 どうせアビゲイルはマルタが厨房に立っているときは金を払う気もないのだから。




 裏山の山道をゆっくりと観光でもするように登る奇妙な集団がいる。

 かなりの大人数だ。魔術学院の学生と思わしき数人と、貴人の女性、それの護衛が数名、更にその最後尾に白い法衣の集団がいる。

「で、そのツチノコって珍獣はどんな場所にいるんですか?」

 このよくわからない寄せ集め集団、ツチノコ捜索隊の一応は隊長と言うことになっているクリーネが誰に問うでもなく問いかける。

 それに答えたのはエリックだけだ。

「ん? ここ。裏山らしいぞ」

 と、とりあえず聞かれたから反射で答えただけのように答える。

 もちろんエリックも何も考えていない。

 それだけにその回答はクリーネが求めているものではない。

「そうじゃなくて、どんな場所を好んでいるとか、住処のような場所とか、そういうのを知らないかと聞いているんです!」

 エリックに向かいクリーネが怒りながらそう言うのだが、エリックもまともに相手していない。

「それがわかったらもう誰かが捕まえてるんじゃね?」

 と、そう言って笑って見せた。

「わからないなら最初から何も言わないでください!」

 と、クリーネは癇癪を起す。

 クリーネとはしてはツチノコをどうしても捕まえたい。

 それを手土産に現領主であるルイの弟であるリチャードの元に行き雇ってもらうつもりなのだ。

 ティンチルという職場は出会いの場所ととしても最適だ。

 あのような高級観光地に訪れる人間は限られているのだから。

 最早このツチノコ捜索はクリーネの人生がかかっていると言っても過言ではない。

 元々の性格もあるのだろうが、それでも今は怒りやすくなっているかもしれない。 

「余りあてにできないですが、坂道を尻尾を咥えて輪になって転がるなんて話もありますね、後、チーッ、チーッと鳴くとか、ですかね」

 マーカスがため息を吐きながら、知っている知識を話す。

 ただツチノコ発見につながるような知識はマーカスも持ち合わせていない。

 そもそも目撃例がないから珍獣などと呼ばれているのだ。

「というか、その白い生き物はなんですか? それは竜なのですか?」

 逆にクリーネはマーカスが乗っている竜のような白い生物の方が気になる。

 かなりの大きさでマーカスを乗せ山道をも平然と歩き、金属製の鎧まで身に着けている。

「これは鰐という生き物です。本来はとても凶暴な生物ですが、今はミアの支配下にあるので安全ですよ」

 そう言ってマーカスは白竜丸の頭を撫でてやる。

「さ、流石はミア様ですね! これもステッサ家の威光という奴ですね」

 白く大きな、そして竜のような生物に神々しさを感じてクリーネは感動すらしている。

 こんな生物ですら貴族の威光にひれ伏すのかと。

「鰐に効く威光ってなんですか? それより黒次郎さんの鼻で探せないんですか?」

 それをミアは否定しつつ、マーカスの幽霊犬を頼る。

 ミアとしても賞金は欲しいし、ツチノコという珍獣を見てみたいと思っている。

 それにこのところ座学続きで、ミアとしても少し羽を伸ばしたいと思っていたところだ。

「そもそもツチノコの匂いなんて知りませんからね。探しようがないですよ。何か痕跡を見つければ、そこから探せるかもしれないですが」

 とはいえ、その痕跡というものを見つけても、ツチノコの物かどうかの確証はない。

 当てがなさすぎる。

 今のところ結構な大人数で当てもなく山を散策しているだけだ。

 しかも、クリーネが嫌がるので山道付近を練り歩いているだけの状態だ。

 これでは見つかるものも見つからない。

「流石、平民落ちしたとはいえ元貴族ですね、優秀ですね。で、ですね、あちらの白い方々は?」

 クリーネはマーカスも元貴族の家系と聞いているので少しばかりの好感を持っている。

 ただ自分達の後とついてくる全身真っ白な少女と真っ白な法衣の集団が不気味で仕方がない。

「ディアナ様御一行です。魔術の神の凄い巫女様ですよ」

 と、ミアが答える。

「は、はあ?」

 と、クリーネはよくわかってないように生返事をするが、クリーネについてきている護衛の連中はディアナのヤバさをちゃんと理解しているのか、ディアナを含めた白い集団には一切かかわろうとしない。

 ディアナを先頭に山道を真っ白な法衣に身を包みついてきていて、その上誰も一言も発しないので異様な雰囲気を発している。

 ディアナも大きな手持ち飴をペロペロと舐めながらふらりふらりとミアについてきている。

 ついでにディアナは裏山の景色を楽しみ喜んでいるように思える。

 これでも旅慣れたディアナ一行からすれば、ただの散歩のつもりなのだろう。

 眠り気味だったディアナも飴などの甘いものを摂取しながらであれば長時間起きていられる事がわかった。

 偶然とはいえ、デュガンがディアナに飴で餌付けしてくれたおかげで分かったことだ。

「この中で一番強いから逆らっちゃダメよ」

 と、からかうようにスティフィが付け加える。

「ひぃ、は、はい、スティフィ様! ご忠告ありがとうございます!」

 と、元からクリーネも関わろうとは思ってはいなかったか、白い法衣の連中には関わらないと心に誓った。

 クリーネもディアナには何かしら感じるものがあるらしく、初めからまったく絡みに行こうとすらしない。

「スティフィ、あんまりからかわないでください」

 ミアが一応スティフィを注意する。

「ディアナが一番強いのは嘘じゃないでしょう?」

「確かにそうですが」

 神の先兵たる御使いをその身に宿すディアナは間違いなく強いのは事実だ。

 ただ関わったからと言って、いきなりそれをけしかけてくるような人物ではない。

 むしろ、今のディアナは何かしらの理由がなければ、その力を振るうことはない。

「あのぉ…… 今はどこへ向かっているんですか?」

 と、訳も分からずに同行させられたジュリーがクリーネに質問する。

 ジュリーは本当にただ巻き込まれただけだ。

 ちょうどツチノコ捜索に出発しようとしているところに出くわし、そのまま説明もなく同行させられている。

 話の流れでツチノコというものを探しに行くのは理解できてはいるが、それが何なのか、他の領地から来ているジュリーは知らないでいる。

 恐らく生きたまま捕まえたら金貨百枚ということも知らないだろう。

「そうです! クリーネ隊長! どこへ向かっているんですか!」

 それにミアも楽しそうに乗っかる。

 ただその方向性はジュリーとは違うようだ。

 ミア的には金貨百枚は気になりつつも、気晴らしとツチノコという珍獣を一目見たいというだけだ。

「へ? えーと…… だ、誰か意見は?」

 そうクリーネは自分の護衛に話しかけるが、クリーネの護衛達も視線を合わせない。

 ツチノコの当てなどあるはずもない。

「ん? そんなの荷物持ち君に聞けば一発じゃないのか?」

 そこでエリックが初めから期待していた案を述べる。

 エリック的には初めから荷物持ち君とマーカスだよりだ。だからマーカスと共に食堂に駆け込んで来たのだ。

 この二人がいればツチノコも簡単に見つかるんじゃないかと安易に考えている。

 逆にこの二人がダメなら諦めるしかないとも思っている。

「あー、なんかズルな気もしますが聞いてみますか。荷物持ち君、ツチノコって知ってますか? この辺りにいますか?」

 そうミアに問われた荷物持ち君は首を傾げた。

 それ以上の反応はない。

「ダメですね、これは」

 ミアは荷物持ち君の反応を見てそう言った。

「これはツチノコがこの辺りにいないのか、そもそもツチノコを認識してないのか。仕草を見る限りは認識していなさそうですね」

 マーカスが荷物持ち君の仕草を見ながらそう言った。

 その反応のどちらかで対応がまた違ってくる。

「ツチノコってわかりますか?」

 ミアが改めて聞くと、やはり荷物持ち君は首を傾げた。

 ツチノコのこと自体を知らないようだ。

「知らなさそうね、これはあれでしょう。そもそもツチノコなんて存在しなかったって話でしょう?」

 スティフィがすぐに結論づける。

 上位種でありこの地の古老樹である朽木様の子である荷物持ち君が知らないのだ。

 なら、ツチノコなど元から存在しない可能性の方が高い。

 もしくは荷物持ち君がツチノコを別のものと認識しているかだ。

「荷物持ち君が知らないのであれば、そうかもしれないですね」

 マーカスもスティフィと同意見だ。

「え? 何なんですか? ただの泥人形、使い魔の反応ですよね?」

 クリーネが訳が分からないというように聞いてくる。

 クリーネもこの泥人形が上位種である古老樹とは知らないので当然の反応だ。

「この中じゃディアナの次に全知全能な存在よ」

 スティフィがまたからかうようにそう言った。

 あながち嘘じゃないだけに誰もスティフィを咎められない。

「ぜ、全知全能?」

 と、クリーネは驚く。

 その表情にスティフィが満足そうな顔を見せる。

「スティフィ、流石に全知全能は言い過ぎじゃないですか? せいぜいティンチルの使い魔大会で出禁にされたくらいですよ」

 全知全能と言えば、間接的にではあるが神を指し示す言葉でもある。

 古老樹とはいえ、それはどうかと思い、ミアが訂正するが、ミアの荷物持ち君に対する評価がそれしかないのは意外ではある。

 たしかにクリーネには伝わりやすい表現だったかもしれないが。

「ティンチルを出禁にされた泥人形…… き、聞いたことがあります! 悪魔の如き強さの泥人形が乱入し、他の使い魔を残さず食べたと!」

 クリーネはそう言って荷物持ち君から離れた。

 改めてみると確かに奇妙な使い魔だ。

 こんなに違和感なく自然に動く使い魔など見たことないし、荷物持ち君はミアが操るというよりは自分の意志で動いているようにすら思える。

 自分の意志を持つ使い魔など確かに聞いたことはない。

「ちょっと尾ひれがついてるけどあながち間違ってないのがなんとも」

 と、スティフィも半笑いでそう言った。

「こ、この泥人形が噂の魔女の使い魔…… ってことは、ミア様がティンチルで噂の魔女なんですか!?」

 と、驚いたようにクリーネが反応する。

 ティンチルで出禁になった使い魔は今のところ荷物持ち君だけで、実は今も様々な噂が飛び交っている。

 あの事件の後、ティンチルで常勝として知られていた使い魔の操者であるライアンが引退しているのも噂が根強く広がっている要因になっている。

「魔女? 魔女と言ったらマリユ教授かアビィちゃんですよ。私じゃないですよ」

 と、ミアが、なんで私が、という顔をしてそう言った。

 ミアからしてみれば、そんな謂れはないとばかりなのだが。

「ん? 知らないのか? ミアちゃんも学院でも魔女って言われてるぞ」

 エリックが事実を教えてやる。

「え? わ、私がですが? なんで!?」

 と、ミアは本気で驚いた表情を見せる。

「そりゃ、学院に起きた事件のほとんどに関わってるし……」

 と、スティフィが続けるが、スティフィはミアから少し距離を取る。

 ミアが怒りだすかどうか微妙なところだからだ。

「え? えぇ…… わ、私は魔女じゃなくて巫女です! 魔女科の生徒ですが巫女ですよ! ロロカカ様の巫女ですよ!!」

 そう言いだしたミアにジュリーが少し困り顔で、

「ま、まあ、魔女は優れた女魔術師の呼び名でもありますから」

 ミアを擁護するように声をかける。

「そ、そうですか…… 私、優れてるんですか?」

 と、ミアは自問自答する。

 ミアは成績を気にしても成績の順位は全く気にしない。

 それはミアにとって意味のないことだからだ。

 ロロカカ神の命は魔術を学べであり、一位の成績を取ることではない。

 ミアは己のできる限り魔術を学ぶ、ただそれだけのことだからだ。

「それは、まあ、そうよね。後期の講義でも試験ほとんど上位だったじゃない。間違いなく同学年では主席よ」

 スティフィもかなり上位の成績ではあるが、ミアが間違いなく一位の成績であることは揺るぎようがない。

 間違いなく優秀な生徒である。

「私、魔女なんですか? 巫女なのに」

 と、ミアは何とも言えない表情を見せる。

 魔術師として優秀なことは嬉しいのだが、自分は魔女ではなく巫女なんだという自負があるのだ。

 だから入学当初は、なぜ自分は巫女科ではなく魔女科なのかと、散々抗議をしたものだ。

「まあ、ミアの場合は微妙なところよね、誉め言葉なのか畏怖からなのか……」

 スティフィがミアから離れ終わったところで本心を言う。

 そもそも周りには祟り神の巫女と思われているのだから、恐れられない訳がない。

「え? 畏怖? わ、私、恐れられているんですか」

 と、ミアが驚愕の表情で固まっていると、ゆっくり歩いていたディアナ達が追いついてくる。

「巫女様! 巫女様は恐れ多い! 多い!」

 そして、ディアナがはしゃぎだす。

「恐れ多いんですか? ま、まあ、ロロカカ様の巫女ですからね……」

 と、ミアは少し機嫌よくそう頷く。

 その様子を見てスティフィやマーカスが、ホッと胸を撫でおろす。

「巫女様! 巫女様は凄い、すごい、すごい!」

 と、ディアナがミアを手放しで褒めるので、ミアも自然と笑顔になる。

 そして、そこで思い出す。今はツチノコを探しに来ていたのだと。

「あ、ありがとうございます。ディアナ様。ところでディアナ様はツチノコって知ってますか?」

 と、ミアが訪ねると、ディアナは一瞬だけ動きを止める。

 だがすぐに再びはしゃぎだす。

「いない。ツチノコいない、使徒様言ってる。そんなものはいない、いない!」

 ミアの問いに、ディアナが答える。

 しかも、火曜種でもある神の御使いがそう言っているとディアナは言っているのだ。

「これは決定的ですね……」

 マーカスが残念そうにそう言った。

 上位種である御使いがツチノコなどいないと言っているのだ。

 荷物持ち君もツチノコの存在自体を認識していなさそうだった。

 これはツチノコなど元からいなかったと言うことが真相のようだ。

「え? どういうことです?」

 クリーネからすれば、なんのことだかまるで分らない。

 けれど、ツチノコなどは存在しない、と言うことだけはなんとなく理解できていた。

「上位種の二人がこの反応だと、そもそもがただの噂だったということですね」

 と、ミアも諦めた様子だ。

「上位種!?」

 と、一人クリーネが驚いている。

「んー、帰るか……」

 と、エリックがポツリと言う。

 その言葉を聞いて、全員が残念そうに頷く。

 それを見ていたディアナが口を開く。

「それに似た生物ならいる、いる、いると、言っておられます、おられるのです!」

「え? まって、御使いがそう言ってるの?」

 と、スティフィが驚いた表情で反応する。

 そうなってくると話は違う。

 ディアナからしっかりと聞き出せるどうかはわからないが、話を聞かなければならない。

「言ってる、いってる、くださってる」

 そう言って、ディアナはクルクルとその場で回る。

「ど、どういうこと?」

 と、スティフィが言うと、ディアナはマーカスの乗っている白竜丸を指さす。

「そこの、竜の眷属と一緒! 一緒! 一緒! 精霊宿る。動物に宿る、融合する、変異する! する! する!」

 白竜丸の眼は水晶眼と言われる眼で、それは生まれたばかりの時の眼に精霊が宿るとそうなると言われている。

 精霊は様々なものに宿り変異させることがある。

 銀に宿れば銀を精霊銀へと変化させ、生物の眼に宿ればそれを精霊が見える水晶眼へと変化させる。

 確かに珍しい事ではあるが、それほど稀有な事ではない。

 能力を変化させないような、例えば見た目だけを少し変えるようなことであれば、それなりにあることだ。

 例えば、山などで稀に見る白子の鹿などもそうだと言われている。

 精霊と親和性の高い生物や物であれば精霊が宿り融合し変化することは少なからずある。

「なるほど! ツチノコはベビに精霊が宿った姿というわけですか!」

 と、マーカスがそう言って、ツチノコの存在を確信する。

 伝説の珍獣よりもそっちの方が存在している可能性は高いし、ツチノコのが様々な生態をしているのは、様々な蛇に様々な精霊が宿った結果なのだろう。

「んん? ツチノコって精霊憑きの獣のことなのか?」

 と、エリックは驚きながらも、少し残念そうな表情を見せる。

 精霊憑きの獣は確かに珍しくはあるが、金貨百枚の価値はない。

 縁起物として扱われることはあるが、元の獣の五倍から十倍程度価値が精々といったところだろう。

 とてもじゃないが、金貨百枚の価値はない。

「精霊憑きの獣……」

 だが、ミアはそう言って目を輝かせた。

 ロロカカ神に捧げる獲物としては最高級の物になると。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。

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