新しい春の訪れと入学式と中央からお客様 その9
「オーケンさん……」
ミアは良からぬものを感じて、スティフィを守るようにその前に立った。
オーケンはその様子をニヤニヤと笑いながら見ている。
そして、そのしたり顔を見せながらゆっくりと口を開く。
「スティフィちゃん、ご苦労様。もう行っていいよ、というか席を外してくれ」
「で、でも、わ、私は……」
震えながらも意を決してスティフィが言い返すが、
「席をはずせ」
と、オーケンに素っ気なく言われてしまいスティフィは、もう言い返せなかった。
「はい……」
スティフィは力なく答えることしかできなかった。
力なく俯くスティフィにミアが声をかける。
「スティフィ、大丈夫です。私には……」
「荷物持ち君はちょっと野暮用で来なねぇよぉ」
だが、その言葉はオーケンによってさえぎられる。
「え?」
と、ミアが驚いた顔を見せる。
「まあ、まだミアちゃんには精霊がついてるんだっけか? あー、夜の間は荷物持ち君のほうについてるのか? それとも、もう戻って来てるのか?」
ニヤニヤしながらオーケンが続ける。
「一体なにを……」
と、再度スティフィがオーケンを見る。
そして、オーケンと眼が合いスティフィはゾッとする。
自分が意見していい相手ではないと、心の底から理解出来てしまう。
「スティフィ・マイヤー、いいからさっさと席をはずせ。次はねぇぞ」
オーケンに睨まれそう言われ、スティフィは震えだす。
ただ震えて言う通りにすることしかスティフィにはできない。
「はい、申し訳ありません」
スティフィはそれに従うしかない。スティフィの意志など関係はない。
スティフィはそう育てられたのだから。
「スティフィをいじめないでください!」
と、ミアがオーケンに抗議をする。
その言葉にオーケンが笑う、嘲笑うかのように笑みを浮かべる。
「ああ、大丈夫。今日、用があるのはミアちゃんのほうだから」
そして、今日の目的はスティフィではなくおまえだと告げる。
スティフィなど、オーケンからしたらイジメる価値もない。
ただの壊れかけの人形でしかない。
それでも利用価値はある。だから、ここで壊したくはない。
「ミア…… ごめん……」
そう言って、スティフィはその場からゆっくりと去っていく。
「良いです。大丈夫です。スティフィはもう行ってください」
その背中に向かい、ミアが声をかけるが返事は返ってこない。
振り返ることもない。
スティフィの姿が闇に消えていき完全に見えなくなる。
そして、その気配も完全になくなる。
オーケンは満足そうに頷く。
「さて、少し話そうか」
そうしてから、オーケンが楽しそうにミアに声をかける。
「何用ですか?」
ミアはオーケンを睨みそう聞き返すが、ミア自身はオーケン相手に何かできることはない。
古老樹の杖も荷物持ち君に預けたままだ。
抵抗も何もできた物ではない。
自分に今、精霊が憑いているのかどうか、それすらミアにはわからない。
「そう怒んなさんな。今日は、まあ、別に悪さしに来たわけじゃねぇからよぉ」
オーケンは顔を正し、にやけ笑うのをやめてそう言った。
なぜか、少しバツの悪そうな顔を見せている。
先ほどまでの嫌な表情が全くない。
「そうなんですか?」
ミアはオーケンの言葉をそのまま信じてしまう。
なんなら、安心までしてしまう。
「ああ、そうさ。んー、まあ、今日はなんていうか、俺には珍しい。本当に珍しくはあるんだが、忠告しに来たって奴だ。ハハッ。直接なんかするつもりはねぇよ。サリーちゃんの結婚式が控えているんだからな」
今日、オーケンはミアに忠告しに来ただけだと言う。
ミアと言う少女が、魔術師としての逸材が、神に、神なんかのために無駄に浪費されていくのが許せなかっただけだ。
だから、オーケンは自分の欲望に従い、今日は忠告だけをしに来た。
その為だけに、ディアナとハベルも利用してだ。
「忠告ですか?」
と、ミアはまだ警戒しながらも首をかしげる。
「昼間、ロロカカ神の魔力に触れて確信した。まあ、元々、俺なりに調べてはいたんだよぉ」
「ロロカカ様についてですか?」
ミアが目を輝かせて即座に聞き返す。
伝説の大神官とも言われるオーケンがロロカカ神について調べてくれたのなら、何かしらわかるだろうと、ミアは期待してしまう。
「いんや、門の巫女のほうさ」
オーケンはそれを鼻で笑い飛ばして訂正してやる。
自分が調べていたのは門の巫女のほうだと。
「門の巫女ですか」
少しだけ落胆するものの、そちらもミアとしては気になる話だ。
ロロカカ神の巫女は門の巫女と呼ばれる存在であるという話なのだから。
なら、その役割を全うするために、門の巫女の事前に知っておきたい。
「門の巫女、俺が調べた限りなら、ミアちゃん、その行き着く先は、間違いなく死だぜぇ?」
まっすぐにオーケンはミアの目を見ながらそう言った。
少しの表情の変化も見逃さない、そんな目だった。
「そうですか」
と、特に表情を変えることなくミアは返事を返す。
まるで世間話をするかのようにミアは答えた。そこに驚きも何もない。
「やっぱり驚きはしねぇんだな」
「どういうお役目かは知りませんが、ロロカカ様の命であるならば私は従うだけですよ」
ミアは当然とばかりにそう言った。
ロロカカ神がミアに死ねと言うのであれば、ミアは喜んでそれに従うだけだ。
ただそれだけのことでミアの意志が入り込む余地はない。
ロロカカ神が世界を滅ぼせと命じれば、ミアは躊躇なくそれに従う。
別れを惜しみながら、涙を流しながらも一切躊躇せず知人友人、その全てを滅ぼす。
ミアはそういった人間だ。
自分の命だからと言って、そこが例外になることは絶対にない。
むしろ、自分の命であるならば喜んで差し出すだろう。
「死んだあと、ロロカカ神の御許に行けなくてもか?」
と、オーケンが続ける。
それに対して、ミアの表情が初めて動いた。
ほんのわずかに頬がピクリと動いただけだが。
「そ、それは…… どういうことですか?」
ただミアはその動揺を隠したりはしない。
動揺しながらもオーケンに聞き返す。
「門の巫女、その役割は鍵だ。門を閉めるためのな。そして、それは巫女の命を使わなければならない。それだけじゃない。門を閉めた後、その鍵穴をふさぐために門の巫女の魂は鍵穴に永遠に残り封じ込められる。そんな話らしいぜ?」
オーケンは自分の伝で調べ、わかったことを包み隠さずミアに伝えてやる。
門の巫女とはそう言った存在、要は生贄のような物という話だ。
恐らく門と言うのは世界に十三門存在すると言われる別世界へと通じると言われている門のことだ。
今は開いていて、それを閉じるために必要な存在が、門の巫女だと言う話だ。
なぜ門を閉めなければいけないのか、オーケンにもそこまで調べはついていないが、とにかく神々はその門をすべて閉じるつもりでいるのだ。
ミアはその一人目、一本目の鍵の候補と言うことだ。
「そ、それは……」
流石にミアも思うところがあるのか、俯いて肩を震わしている。
ミアが神に従順なのは、死後に神の御許にけるからだとオーケンはそう考えている。
「まあ、門を閉め、その鍵穴まで埋めるための永遠の生贄だな。そういうものらしいぜ? ミアちゃん、お前は死んだ後も神の御許へは行くことはできないんだぜ?」
と、オーケンがさらにミアを揺さぶる。
門の巫女として死ねば、死後も門の鍵穴を埋める役目を負い、鍵穴の中に永遠と一人でいなければならない。
死してなお、神の御許にも行けず永遠と役割を全うしなければならない。
それに対してミアはどう答えるのか、オーケンは楽しみで仕方がない。
ミアの答え次第では、全力で力を貸してやってもいいとすら思っている。
それで神に一泡吹かせれるのであれば、それほど愉快なことはないと。
だが、
「素晴らしいことですね!」
と、ミアは目を輝かせてミアはそう言った。
その表情に、オーケンが見る限り嘘はない。
ミアは心の底から本気でそう感じそう発言しているのだ。
鍵穴に一人残されることが、ミアは素晴らしいと、心の底から思っているのだ。
「あっ?」
「だって、永遠にロロカカ様のお役にたてるということですよね? 永遠に! 終わりなく! それは素晴らしいことじゃないですか!」
ミアはそう言い切った。
永遠の孤独、それがどのようなものか、わかってかわからずにか、それはオーケンにも判断できなかったが、ミアは本気でそう考えている。
ミアの言葉に何一つ嘘偽りはない。
オーケンは確かにそれを感じ取った。
そして、その答えに、あまりにものミアの純粋な希望に、欲望に、願望に、オーケンも毒気を抜かれる。
ミアの答えはあまりにも狂信的ではあるが、それでもミア本人が本気でそう思いそう願っていることだ。
デミアス教の大神官として、オーケンはそれを否定できない。
「あー、そうかい。ならいい。本心で良くそこまで思えるもんだ。なら、いいよぉ、俺から言うことは何もねぇよ」
そう言って、オーケンは笑った。呆れる様に笑った。
ミアは神からの見返りなど、求めていない。
ただ神に仕え役に立つことが至上の喜びだと感じているのだ。
盲信的と言えばそうなのだが、それが間違っているかどうかなど、オーケンとて判断はつかない。
「え? それを伝えに来てくれたんですか? ありがとうございます」
ミアはよくわからなかったが、自分が忠告を受けたことだけはわかった。
確かに死ぬと言うことは嫌な事ではあるが、ミアにとってそれが神の命ならば何ら問題はない。躊躇もない。
ただ、それがわかっていれば、親しい友人らに別れの言葉を言える時間があるかもしれない。
それはミアにとって嬉しいことだ。誠心誠意、礼を言うには十分な理由だ。
それも、それを伝えてくれたのは、恐らくはオーケンの善意からだ、しかも、現状をかんがえるなら、かなりの危険を冒してまでだ。
それらを考えれば、ミアが礼を述べるのは間違っていない。
「そうだぜ? 俺は本当はものすごく優しんだよぉ。あっ、そうそう、今の話はスティフィちゃんには内緒だぜ?」
「はい、わかりました」
それはミアも、理由はわからないが、確かにそう思った。
これはスティフィに伝えるべき話ではないと。
いや、違う。
スティフィにはなんだか話しづらい、確かにミアはそう思ったのだ。
「んじゃ、そろそろ、俺は帰るよぉ、ハベルのおっさんもそう長く持たんだろうしな」
「ハベル隊長?」
その名を聞いてミアは首を傾げた。
「ミア、無事だった? 何されたの?」
オーケンが去るとすぐにスティフィがおずおずときまりが悪そうに戻ってきた。
「んー、言えないんですけど忠告されました」
スティフィの顔を見てミアは笑い、そう言った。
そして、やっぱり自分が死ぬことはスティフィには伝えづらいと思った。
「忠告? 何に対して?」
スティフィがそれを聞いて険しい表情を見せる。
「門の巫女についてです。ただ本当に大したことではなかったので、すぐにお話も終わりましたよ」
と、ミアは本当に何もなかったかのようにそう言った。
スティフィの目から見てもそれは普段通り、何一つ変わりないミアだった。
オーケンに何か吹き込まれたり、精神支配を受けた様子もない。
本当に大したことがない、そんなことを忠告されただけのようにミアには変化がまるでない。
少なくともスティフィの見る限りいつも通りのミアだ。
「そうなの? 良かった…… で、どんな内容だったの?」
ミアには特になんの問題もないようにスティフィには感じる。
ただスティフィ的にはその内容を確認してダーウィック大神官に報告しなければならない。
「話すなって言われたので話しません。私もスティフィにはその事を伝えないほうが良いと思います」
ミアは笑顔でそう言った。
ただ、スティフィはその笑顔に何か恐怖にもにた物を感じた。
ミアの笑顔が何か恐ろしい物に、何か隠してわけではないことがわかりながらも、ただ、恐ろしく感じたのだ。
「え? な、なんなの?」
「良いんですよ。今のままで」
ミアはそう言って寮へ戻るために歩き出した。
「えぇ…… 本当になんかされた訳じゃないんですよね?」
スティフィは気にはなるものの、とりあえずミアが無事なことに安心し、どう報告するか迷う。
ただオーケン絡みなので、ダーウィック大神官もそう深くは聞いて来ないだろうが。
「大丈夫ですよ! 私にはロロカカ様の加護がありますので!」
「で、ライの奴は目を覚ましたのか?」
色々あった結果、娘のサリーから色々と小言を言われたオーケンはうんざりとした顔でウオールド教授に聞いた。
「うむ。多少人格に影響がありそうじゃがな。まあ、問題ないじゃろ。気になるなら本人のお見舞いに行けばいいじゃろうが?」
そう言ってウオールド教授はオーケンを横目で見る。
オーケンは何とも言えない顔をしている。
「人格に影響って大問題じゃねぇかよ」
その上でオーケンは自分に都合のいいところしか聞こえないように言い返した。
「それはほれ、仕方あるまい。魂に深く絡みついていた呪いを除去したのじゃ。影響が出ないほうがおかしいじゃろ。少々毒の抜けた性格になってしまったようじゃが、まあ、問題はないじゃろ。むしろ教えがいがあると言うものよ」
そう言って、ウオールド教授は笑った。
今回、ウオールド教授からすれば、海の精霊王の一部と言う秘宝を失うこととなったが、想像以上の成果を得ることが出来た。
ウオールド教授からすれば大成功で間違いがない。
「どんなふうになってんだ? 一応俺の子孫なんだぜ?」
オーケンが目を細めてウオールド教授を睨むが、ウオールド教授はそれを笑って受け流す。
「自分の目で見てくれば良いじゃろ?」
「チッ、ケチな爺さんだな。俺が動くときは適切な時期ってもんがあるんだよ。今はその時じゃないんだよ」
そう言ってオーケンは手に持っている酒瓶を直接、その場に立ったまま飲んだ。
そして、酒臭い息を盛大に吐き出した。
「子孫のお見舞いに行くのがそんなたいそうなもんなのかのぉ? それよりハベルには謝って来たのか?」
「酒でもおごってやろうとしたのに、断られちまったぜ。もう関わらないでくれだってよ」
そう言って、オーケンは振舞おうとした少し高い酒を瓶ごと再び飲み始める。
その様子に、この部屋の主がこめかみに青筋を立てだす。
「そりゃな。古老樹と単身で戦わされもしたらそうじゃろうよ」
むしろ良く軽傷で済んだという話だ。
無論、荷物持ち君が手加減してくれたのだろうが。
「んまぁ、確かに。俺が戻ったときボッコボコにされてたからなぁ。片足が動かねぇってのによくやるよぉ」
「オーケン殿なら、ハベルの足も治してやれるのでは?」
さすがにハベル隊長の足の怪我を治せば、ハベル隊長も許してくれるだろうと思いそう言ってみたが、
「あれは俺でも無理だよぉ、スティフィちゃんの腕と一緒で肝心の魂が欠けちまってる。あれは治すのは人間には無理だねぇ」
と答えが返って来た。
だが、それをオーケンが知っていると言うことは、オーケンもそれを試そうとしたのかもしれない。
どちらにせよ、人間の領分ではない。
「で、二人とも。それは学院長室で話すことかね?」
我慢できなくなった、この部屋の主、ポラリス学院長が、二人を睨みながら質問する。
つまりここは学院長室だ。
「まあ、報告はせんといかんと思ってのぉ」
ウオールド教授はとぼけた顔でそう言った。
「あ、もちろん、ミアちゃんには手を出してないぜぇ」
オーケンはそう言って見上げる。
そこには岩のような巨女が腕を組んでオーケンを見下ろしている。
「だろうな。もし何かしでかしてたら、お前は御使いにより処分されている」
カリナはそれを教えてやる。
「あの御使いとあんた、どっちが強いんだ?」
オーケンにそう聞かれ、カリナも少しだけ考える。
考えるのだが、それは考えても無駄だと分かっている。
御使いは、天使と呼ばれる者も、悪魔と呼ばれる者も、結局は神の御使いなのだ。
神の意志の元、動いている事には変わりない。
それだけに、カリナと戦いになるようなことはない。
「はぁ、懲りない男だ。私が御使いと戦うことはない」
そう言ってカリナはため息をついた。
この男が今も生きているということは、本当にミアに何もしなかったのだろう。
していたら、あの御使いによって処分されているはずだ。
「そーかい。そいつは詰まんねぇなぁ」
「ウオールド老もあまり無茶なことはするな」
ポラリス学院長がウオールド教授を嗜めるように言う。
ポラリス学院長とてウオールド教授の真意はわかっている。
それでも話の全容を聞く限り、大事故につながりかねないことを色々と裏でやっていたようだ。
「じゃがな。今回は無理をする価値があったんじゃよ。ついにワシの後任を見つけれた」
ウオールド教授はそう満足そうにそう言った。
その顔にポラリス学院長は珍しく少し寂しい顔を見せる。
「そうですか…… しかし、本人の意向は? 学会の学者が地方の学院の教授になるとは思えないが」
学会と言う組織は、魔術学院の上位組織のようなものだ。
立場こそ、教授の方が上だが、中央の学会に勤めている学者が中央にある魔術学院ならわかる話だが、地方の魔術学院の教授になるなど通常はありはしない。
特にライは闇の人格という不利を抱えながらも、学会所属の学者になる様な優秀な人物だ。
「その点は、ほら、オーケン殿がおるじゃろ?」
ウオールド教授はそう言ってオーケンを横目で見る。
「あー、そういやそんな約束もしちまったなぁ…… まあ、話はしてやるが決めるのはあいつだぜ?」
そう言いつつも、オーケンはどこか嬉しそうだ。
神の呪いが解けたライなら中央の学会で更に昇進もできるだろうが、のんびりと地方の魔術学院で副学院長として生きるのも悪くないはずだ。
問題があるとしたら、憧れの女性の結婚式と新婚生活を身近で見なければならない事だろうが、オーケン的にはそれは面白い話の部類になるので何も問題はない。
「うむ。これで決定じゃな」
ウオールド教授はそう言って笑った。
「はぁ、また学会の連中にに文句を言われるな、これは……」
ポラリス学院長はため息をつきながら、額に手を当てた。
「へぇ、良い物手に入れたじゃない」
マリユが珍しく驚いて紫水晶の晶洞を見る。
晶洞の中には紛れもなく神の呪いが封じられている。
そうそう見れる物でもない。
「でしょう? あっ、師匠でもこれはあげませんからね?」
アビゲイルはそう言って、紫水晶の晶洞を自分の懐に隠した。
「普通は神の呪いなんて扱いにくいもの欲しがりはしないわよ? それで使い魔作るんでしょう? うちの学院の使魔学の教授は結構優秀よぉ」
「あー、この塔の門を作った人ですか? 凄いですねぇ、あれは良い職人さんですねぇ」
アビゲイルから見て魔術の術式的にはそう複雑なものではない。
だが、こだわりを感じる。
隅々にまで創意工夫が施されていて一切の手抜きが感じられない。
非常に手間暇かかった物だ。
そんな使い魔がこの塔の門を守っている。
「でしょう? 有能で扱いやすいから、あなたも利用してあげなさい。ちょっとめんどくさい奴だけどねぇ」
マリユはそう言って笑った。
何かとめんどくさい奴であったが、確かにマリユも嫌いではなかった。
何より分をわきまえていた。
自分は遠くから見ているだけでいいと、たまに食事でも付き合ってやるだけでそれで満足し、それに徹した男だった。
それだけに煩わしくもあったが。
「わっかりましたぁ! 会ってきますぅ」
アビゲイルは楽しそうにそう言った。
「でも、ちゃんと講義には出なさいよ? 私をあんまり待たすんじゃないわよぉ?」
マリユは少し目を細めてそう言った。
アビゲイルはその視線に肝を冷やしながら、
「は、はい! それはもちろんですよぉ、師匠……」
と、返事をした。
「ライ君…… 大丈夫…… ですか?」
病室に寝かされている、自分より若い少し遠い先祖にサリー教授は声をかける。
「は、はい! サリー様! 大丈夫です! 神の呪いがなくなったことで、頭の中がすっきりしています!」
ライは元気そうだ。ただ身体の方は機能回復訓練をしばらくしなければならないが。
魂に根深く巣くっていた呪いを人の手で引き剥がしたのだから、それは仕方がないことだ。
むしろ良くこれだけで済んだという話だ。
下手をすれば廃人になっていてもおかしくないし、魂ごと引き抜かれていてもおかしくない状況だったはずだ。
「そう…… ですか、よかった…… ですね」
それを知ってるサリー教授は何とも言えない顔を浮かべる。
本来ならロロカカ神の魔力によりライの魂にも何らかの影響が出ているはずなのに、そちらのほうは目立った影響は出ていない。
せいぜい魔力酔いの初期症状が出ているくらいの物だ。
「サリーがライさんを苦手だったのは、神の呪いが要因だったんですか?」
そこへ花瓶に水を入れて帰って来たフーベルト教授が声をかける。
「そ、そんなこと…… 本人の前で聞かないでください」
サリー教授は困った表情を浮かべる。
「いえ、良いんです。ぜひ聞かせてください!」
ライは、呪いが祓われた今であるならば、もしかしたら自分にも機会があるのでは、と無駄だとわかっていてもそう考えてしまっている。
「あー…… 笑ったところが…… 父に似ているので…… どうも苦手なんです……」
サリー教授は思っていることを正直に話す。
確かに神の呪いはサリー教授としても苦手な所ではあったが、それはそれだ。
一番の理由はやはり、父の笑った顔にライの笑顔が似ているところだ。
サリー教授からすれば、神の呪いよりもそちらの方が無理な話なのだ。
「そ、そうですか……」
「ライ殿。ウオールド殿からの話はどうするか決めましたか?」
意気消沈しているライに、同じく医療用の寝台に寝かされているデュガンがそう聞いた。
「正直迷っています…… ただ呪いを解いていただいた恩もあるので」
「ふむ。そうですか。我は回復次第中央に戻りますぞ」
とはいえ、デュガンはただの魔力酔いの症状なだけだが。
後遺症や祟りのような症状も今は何も出ていない。
今日にも回復し、中央へ帰るための準備を始めれることだろう。
「デュガンにも迷惑をかけました」
ライは、もうしばらくここにいるつもりだ。
ウオールド教授の申し出はかなり迷う話だ。
実家であるライデン家が何を言ってくるのかもわらない。
ただ、呪いが解けたと言うことを伝えれば、喜びはするだろう。
しかも、ライデン家が信じている神も何も言ってこないと言う話なのだ。
ライにとって信じられる話ではないが、オーケンがそう言っているのであれば、そうなのかもしれないとライも考えている。
もし、本当にそうであるならば、ライデン家としても嬉しい話だ。
長年の呪いから解放されたことになる。
そうであるならば、ライデン家も何か言って来ることもないだろう。
結局のところはしばらくは様子を見ないと何とも言えない。
「うむ。またなにかあれば頼ってくれて問題ないですぞ」
デュガンはまだ迷っているライにそう声をかける。
「ありがとう、デュガン」
ライはそう言って心の底から嬉しそうに笑った。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
本当にゆっくりとですが話が動きだしています。
ですが、次は恐らくあんまり関係のはない話です。
いや、あるか? あるかもしれない。




