第七十九話 聖女のパワーレベリング
我が商会に恵みをもたらす豊かな母なる山脈が、青葉で色づき、大いなる命を支えている。四の月の下旬のある日、クロエとイーサンは、イルメハの迷宮南門から、新型馬車と屈強な馬車馬たちを連れて、新居へと向かう。馬車にはクロエの嫁入り道具――主に魔導具――が満載されている。それでも、新型馬車とクロネコ商会の管理育成した馬車馬たちには、どうと言うことはない。
四の月の中旬、コザニの町から帰る際、航空魔導部隊に四人の新人も一緒にイルメハの拠点に移動した。土属性使いのアマリア、十二歳の女の子。水属性使いのローランド、十二歳の男の子。風属性使いのマルティン、十一歳の男の子。水属性使いのカルメロ、十一歳の男の子。四人ともモクバ使いだ。ようやくアンジーさんの要望を叶えることができた。
ちなみに、光属性使いのアナベルがコザニの拠点にいる間に、三人の怪我、欠損部分は治療してもらった。今は全く元の身体に戻っている。ニコレッタ、セレストそして今回移動したカルメロ。
それもアナベルの一段の成長のお陰だ。清浄の光リカバリー、癒しの光ヒーリングが使え、さらに欠損再生の光ハイヒーリングまで使えるようになった。攻撃面ではライトブレットにライトセーバー。正に光の聖女様だ。完全治癒の光パーフェクトヒーリングが使えるようになるのも間もなくだろうか。
あの日、昨年の十の月、クロエの惨劇を目の当たりにして、アナベルが自分自身を激しく責め立てた。自分がもっと上手く光属性魔法を使えればと。自分がもっと仲間をサポート出来ればと。
それは違うよ、と言いたかった。が、俺は二カ月間留守にしてしまった。アナベルのメンタル面をフォローできずに、昨年の十月、十一月と俺が留守にしていた際は、アンジーさんに大分しごかれたようだったが、歯を食いしばって耐え切った。それが大きな自信となったのだろう。
十二月に俺が戻ってからは、アナベルの精神状態を確認しながらも、時間を取っては二人でパワーレベリングに出向いた。彼女が自分自身を責めるのは否定しておいたが、パワーレベリングは必要だった。どうしてもハイヒーリングで、クロエの状態を再度確認したかった。三人の欠損個所を治癒したかった。
――まずは、魔力量、スタミナを積み増していこう。
イルメハの迷宮の地上部分では、引き続き、航空魔導部隊の本体が実弾射撃練習を兼ねて、迷宮周辺の魔物対策を行っていた。風属性使いのアンジーさん、水属性使いのメリッサ、光属性使いのアナベルは安定の主力級。火属性使いのエイマールとクラリス、風属性使いのシェイラ、土属性使いのルーも元気だ。
クロエが凶弾に倒れ、前線を離脱してから、アンジーさんを中心に結束が固くなった。通信中継機を背にしたジェミニとエマを含めて九人体制で、迷宮周辺の魔物対策を行っている。五体のミノタウロス、五体のオーガ、そしてゴブリンのマーチン小隊とのコンビネーションも上手く取れている。イルメハの迷宮外周からの侵入者に対応する形で、迎撃態勢としては大分余裕が出てきている。塔周辺に接近を許してしまう事態は、もうだいぶ経験がない。
とは言え、北方だけでなく、東方や南方からも魔物が侵入してくる場所なので、航空魔導部隊は、入れ替わり立ち代わり、出撃していく。昨年の十月、十一月とアンジーさんのもと、感情をむき出しにしながら能力を高めた日々。そして、十二月からは、自分自身を責めることなく、クランメンバーのためにと、更なる高みを目指して、研鑽を積み重ねる日々。魔力量、体力量を増やせば、一日の訓練量が自然と増えていく。好循環のスパイラルの中、待望の新魔法の取得が叶った。
――ハイヒーリング
三の月のある日、それは、皆が待ち望んだ瞬間だった。クロエの出発に間に合った。四の月の一の日、コザニの町に移動、クロエの体調の最終確認を行う。アナベルの見立ても完治という判断を行うことが出来た。
クロエたちを祝福したあと、航空魔導部隊には新メンバーが四人加わった。クロエの抜けた穴は大きいが、現存メンバーがその穴を埋めきってくれている。クロエは安心して、新生活をスタートできただろう。
四人の新メンバーは、皆アンジーさんよりも年上か同年齢。土属性使いのアマリア、十二歳の女の子。そして男の子が三人。水属性使いのローランド、十二歳の男の子。風属性使いのマルティン、十一歳の男の子。水属性使いのカルメロ、十一歳の男の子。航空魔導部隊に所属する男の子は今まで、エイマール一人だけだったので、エイマールが嬉しそうだ。
クロエの体調の最終確認を無事におこなえた後、アナベルの魔力量を見ながら、三人の欠損個所の再生治療に着手する。二日に一人ずつ治療を行い、三人の欠損個所の再生を行う。当初は違和感があるだろうが、いずれ馴染むだろう。三人の笑顔がほころぶ。
四の月の中旬、アナベルの落ち着きを確認して、大所帯でイルメハの拠点へと帰る。クロエとイーサンも一緒だ。イルメハの拠点で花嫁道具を満載して新型馬車ごと送り出そう。
その四の月の中旬、イルメハの拠点へと帰った夜、夢を見た。いや、夢の中にお告げがあった。オーディンさまだっただろうか。
――イルメハの迷宮南門に教会を設け、天にも届く尖塔と神棚を設置するように。
――白き者を使わすように。
オーディンさまのお告げを無視はできない。翌日から三日間、ゴシック様式のきらびやかな教会をイメージしながらも、荘厳な様式を保ちつつ、教会を組み上げていく。天井の高さと光を追求し、色鮮やかなステンドグラスの入った窓が特徴的。光は神の化身と考えられ、光の属性魔法使いが有用される。
女神像はまだない。どなたが降臨されるかで、その後に設置する予定だ。ブランデー四斗樽とウィスキー四斗樽を取り出し、神前にお供えする。神棚を設け、布袋様をお祀りする。
と、すぐさま神棚が光りに包まれ、俺の頭の中に聞き覚えのない声が入ってくる。
「私は女神エイル。オーディンさまの命のもと、この教会に降臨しました。」
涼やかな声が頭に響く。
「これは、お初にお目にかかります。トールと申します。」
取り急ぎ俺は頭を下げて、挨拶をする。降臨なされた女神さまは、エイルさまと頭に刻みつける。
「よろしい。この度は、この世界に回復魔法と治癒魔法を伝授するために参りました。」
医療を司るアース神族の女神エイルさまが降臨なされた。柔らかい翠色の髪と金眼を持ち、その眼差しは、温厚かつ慈愛に満ちている。
すぐさま、お祀りした布袋様像を作り直し、等身大のエイルさま像をお祀りする。エイルさまはその様子を温かな眼差しでご覧になりながら、
「この大聖堂を運営する司教を連れて参りました。今後のことはかの者と面談してすすめるように。」
「はい、しかと賜りました。」
俺は、深々と頭を下げる。
「それと、いずれ光属性使いのものを呼び寄せるように頼みましたよ。」
「はい、そちらも抜かりなく進めて参ります。」
俺は、頭を下げながら、そう返答をした。
慈愛に満ちた雰囲気を崩すことなく、エイルさまは、パチンと右手の指を鳴らすと、下手が光り輝き、
「この度の奉納の品は毎月一の日に、必ず奉納するように。」
「トールよ。しかと頼みましたよ。」
「そしてトール。其方にも、この責務の一端を担っていただきます。」
打って変わって、非常に重々しい声になり、パチンと再度右手の指を鳴らすと、俺の身体が光り輝き、何かが頭の中に入ってくる。
回復と治癒の女神エイルさまは、二つの樽をしっかりとお持ち帰りになったようだ。光が落ち着いた後には、見目麗しい男性の魔族が一人、俺を見て柔らかい会釈をする。
「俺はトール。この迷宮のダンジョンマスターだ。よろしく。」
エイルさまが授けてくださった彼に挨拶をする。
「私は、スィと申します。ラファエルさまの元で、人々への癒しと正義の美徳を司るお手伝いを致しました。この度は、女神エイルさまの元、イルメハ大聖堂の司教を拝命いたしました。宜しくお願い致します。」
見目麗しい男性の魔族が柔らかい物腰で挨拶を返してくる。
「おぅ、それは素晴らしい経歴だ。その手腕、この教会でも発揮してくれることを期待する。」
おれは、彼の瞳を注視しながら、期待の言葉を掛ける。
「それとサブマスターのジーンとも、よろしくお願いする。」
「また、これだけの大聖堂となると多くの執務者やシスターなどの人員が必要となるだろう。それらについては、つつがなく進めて欲しい。」
俺は、この日、迷宮南門を正面に左手にイルメハ大聖堂を、右手にはそのイルメハ大聖堂の外観を模したネオ・ゴシック様式の大ホテルを建築したのだった。そして、四柱目の神さま、回復と治癒の女神エイルさまの加護を得たのだった。
クロエ:十四歳の女の子。クロネコ商会クラン初期メンバーの一人。獄炎の魔導士。航空魔導部隊の中核を担ったが、ヴァルキリーとの闘いで大怪我を負い、その治療養生中に、イーサンと出会う。
イーサン:二十歳の男性商人。スコットブラザーズ商会に所属し、アーレフ侯爵の領都セオギンを中心に商いを展開。クロネコ商会の担当となり、イルメハの迷宮南門に出入りした際に、クロエと出会う。




