第六十八話 馬車の御者席でエイダとの二人旅
エイダの監禁されているであろう、旧帝都オースティンの軍用施設を目指すと、エイダは移動しているようだった。相手の手がかりを残してはいないだろうかと、先に監禁されていたであろう施設――ここも兵站貯蔵庫のようだ――に足を踏み入れると、一人のマチェット使いの剣士が待ち構えていたのだった。
マチェット使いの剣士の死体を収納し、建物内を探索する。どうやら単騎だったようだ。エイダの行き先の手がかりもない様子。俺は、思念波を飛ばし、エイダのもつ加護の軌跡を追う。東方山岳戦線方面へ向かったようだ。数刻追いかけると軍用の荷馬車隊を発見。
荷馬車に仮の支柱を立て、幌をかけただけの馬車が二台、縦列して進む。その直後をマラソンしながら、エイダへ念話を送る。隔離された二人の間で、ヴァルキリーの加護を媒介として、大脳活動が同期発生する。
「エイダ、聞こえるか? トールだ。聞こえたら、声には出さず、俺を思い浮べ返事をしてくれ。」
「トールさま? 良く聞こえます。」
「エイダ、良かった。それでは次だが、ヴァルキリーを召喚できない原因がわかるか? 」
「はい、お父さまとお姉さまが人質になっておいでですので、召喚できていません。魔力も使えませんので、お二人が現在どうなっているのかもわかりません。」
「了解した。お二人は既に解放され、南方海洋戦線に合流した。」
そうか、人質がいないのならば、召喚できるのだな。
「では、ヴァルキリーを召喚して脱出だけしてくれ。俺はこいつらを捕縛するので、殺さないでくれ。」
「わかりました。合図は如何致しましょうか。」
「召喚陣を見て、俺が塩梅良く動くよ。タイミングは任せた。」
「はい、では参ります。ヴァルキリー! 」
俺は、一歩遅らせて、弱い“電撃”を二発唱える。
前方の馬車の幌がまくれ上がり、ヴァルキリーがエイダを抱きかかえてジャンプするのが見える。即、電撃を二発、御者たちに飛ばす。驚いた馬が後ろ足立ちとなり、馬車が停車する。続いて、後方の幌馬車に飛び乗り、中に電撃を打ち込む。更に前の幌馬車に向けても電撃を飛ばしながら、後方の御者台に乗り込む。
馬が立ち上がって驚いているが、上手くなだめ制御する。直ぐに前方の御者台に移り、驚く馬をなだめていく。
「よしよし、良い子だ。驚かせてごめんな。」
痙攣して失神している兵士姿の御者を二人捕縛する。後ろの幌馬車にはほかに二人、エイダの乗っていた前方の幌馬車には一人の兵士が痙攣して失神している。都合五人の兵士姿の何物かを捕らえる。素早く後ろ手に手錠、足錠を掛け、猿ぐつわを噛ませる。五人を後ろの幌馬車に投げ込む。
エイダがヴァルキリーに抱えられて降りて来た。馬が飛竜に怯えている。ヴァルキリーありがとう。戻って良いよ。戻っていいってば。
屈強な馬が二頭手に入った。丁寧にブラッシングし、俺の魔力を流し驚かせて消耗した体力を回復させていく。よしよし、なかなかいい馬だ。先頭の荷馬車から馬を外し、後方を二頭引きに組み替える。先頭の荷馬車は俺のバックパックに収納。積み荷は主に食糧、飲料の類。それに炭と薪、毛布など結構な量が積んである。大分遠くへ行く予定だったのだろう。
錬金釜はないが、少し馬車に手を入れて行こう。エイダも興味津々で手伝いを申し出てくれる。
まずは車輪と車軸の強化。車輪のスポークも木製だ。一本ずつ、強度を確認していく。木製部分を圧縮硬化し、摩耗部分にチタンコーティングを施す。平滑性に優れており、適度に硬度もあり、耐磨耗性、耐蝕性に優れていて摩耗し辛く、錆び難い為、品質保持が長くでき、メンテナンスが容易となる。
タイヤ部分は、スライム樹脂製。うちの駅馬車でも使っている耐久性と振動吸収に優れたものに張り替える。
続いて多少剛性のあるスプリングとショックアブソーバー。頑張ってツインチューブ式にする。メインチューブの外周にもう一つのオイル室を設けたのがツインチューブ式。これがないと座席が大変になる。操縦の安定にも役立っている。
御者席に革シートを張り、スライム樹脂のクッションを設ける。ソファーベンチのような様相。背もたれにもクッションを設ける。荷馬車部分には結界を張り、五人の捕虜が逃げ出せないように手配する。五人積んだだけで目いっぱいだ。
馬の蹄も鋼鉄製に張り替え、爪の手入れをする。エイダにはブラッシングを手伝ってもらう。馬たちも新しいスバイクを履いて、気持ちよさそうだ。魔力を含んだ飼葉と水を与え、さあ準備はできた。エイダと二人御者席に揺られながら、お互いの話しをしながらの旅を始めようか。
ピンク系ブラウンの髪色、ストレートロングの髪型。今日は後ろでフィッシュボーンにまとめているだけ。髪先に結ばれた小さなリボンがアクセント。細面で瞳は明るいブラウン。二重まぶたのアーモンドアイの目元。とにかくじっと見つめて来る。何かを見定めるかのような眼差し。
――値踏みされているのかな
身長は百六十センチ強くらいの細身。とにかく脚が長い。今日はタイトなひざ下までの編み上げブーツをお召しになっているので尚更だな。丁寧に仕上げられた革が上品な出来を示している。
今日は、上質な木綿のシャツの上に革製の黒ベストと黒いグローブ。前垂れにはワンポイントの赤い革が使われている戦闘服か。鎖帷子は装備していないようだ。移動のための軽装か。杖はどうしたのだろう。
Uターンしてまずはオースティンへと戻るが、その手前から様子を伺う。兵站貯蔵庫がちょっと騒ぎになっているが、話しぶりから大したことにはならないだろう。エイダが軟禁されていたことも気づいていない様子だ。
ならば、ここは素通りして帝都ベルーナを目指す。三人の様子をお母さまに状況報告といこう。当面ブラウン卿も帝都には戻るまい。エイダと二人の馬車の旅は、まだまだ続く。
十二の月の下旬、俺は帝都ベルーナのブラウン卿の邸宅を訪問する。まずは、エイダを幌の中に隠し、門前で馬車を降り、衛兵に挨拶をする。
「こんにちは。先日お邪魔した商人のトールと申します。」
俺が顔を出し挨拶すると、二人の衛兵が笑顔で迎えてくれる。
「ようこそブラウン卿の邸宅へ。早馬が来て吉報をもたらしてくれています。どうぞ、ご案内いたします。」
若い方が挨拶を返してくる。今日は招かれざる客はいないようだ。年長さんは屋敷内に走っていく。
エイダとコンタクトをとり、御者席に戻って馬車を誘導してもらう。エイダの姿を御者席に見つけた若い衛兵が驚いている。年長の衛兵が戻ってきたが、馬車に目が釘付けだ。
――そうだろう、そうだろう。帝国陸軍高速馬車よりも性能いいぞ。
「後ろに捕虜五人積んであります。エイダさまを拉致した、許せない奴らです。取り扱いは、軍にお任せします。よろしくお願いいたします。」
年長の衛兵と会話をし、五つの荷物取り扱いを一任する。若手の方が、外へ駆けだしていく。
御者席のエイダの手をとり、出迎えの執事さんに誘導。馬車から馬を二頭外し、馬丁さんに手入れをお任せする。警備隊が到着するまでの間、荷馬車のそばで結界を張りながら、年長の門番さんと多分俺の案内を申しつけられたメイドさんと三人で立ち話。ブラウン卿とアマンダの様子、エイダの状態を話す。皆ほっとしている。俺は、早馬でもたらされた吉報を確認する。どうやら南方海洋戦線も停戦協定が結ばれたようだ。
到着した警備隊に挨拶し五人の捕虜を引き渡し、俺はブラウン夫人への謁見へと向かう。一度お会いしただけなのに、懐かしい顔が玄関ホールまで俺を出迎えてくれていた。




