第六十六話 鳥かごの中
マルーン帝国の帝都ベルーナにある、カール・フォン・ブラウン邸にて夫人にお目通りが叶った。
「はじめまして。本日はお時間を頂戴しありがとうございます。わたくしは、商業ギルド登録の商人で、トールと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
ピンク系ブラウンの髪色、ストレートロングの髪を巻いている。細面で瞳は明るいブルー。大きめの丸型の目元。身長は百六十センチ前後。エイダの髪質や髪色は母方の遺伝子か。
白いケーブルニットにモスグリーンのプリーツスカートのコーディネートは、色を抑えた落ち着いた雰囲気に包まれている。シンプルなアクセサリーがたいそう清潔感のある着こなしを示している。
とても三人の子持ちのご婦人とは思えない。
ニ十分ほど、執事の方を交えて情報交換をさせて頂いただろうか。三人ともこの地、帝都にはいないとのこと。特にブラウン卿は南方のどこにいるのかも不明だ。手土産に持参した一斗樽を二つ。ブランデーとウィスキーをお渡しし、邸宅を後にする。二人のお嬢さんは、南方の街に一人、更に南方に一人いることを感じていて、そのことを説明すると、
――エイダが旧帝都オースティンに、アマンダはブラウン卿とともに南方海洋戦線付近にいるのではないか。
そんな推測に落ち着く。目指すは、アマンダのいる南方海洋戦線付近の街、そしてブラウン卿が一緒だといいな。
バックパックの高機動型の能力を復活できていない。俺は、身体強化を掛けて、昼夜通して走り続ける。一日約千キロの行程で、三日目に、南方海洋戦線の拠点が見えてきた。
監禁場所は直ぐに分かった。結界が張ってあるものの、余り丁寧なものではなかった。日没を待って、一部破壊しては内部に入れさせてもらう。建物は、以前は軍の何かの施設だったのだろう。今は、兵站貯蔵庫なのか。
建物内部を走査する。ヴァルキリーの加護に反応する。水平走査や垂直走査の走査線数を増やし、居場所を特定していく。
そう言えば、ヴァルキリーを召喚して、力尽くで脱出しないのは何か理由があるのだろうか。
まずはアマンダに念話で情報を送る。隔離された二人の間で、ヴァルキリーの加護を媒介として、大脳活動が同期発生する。
「アマンダ、聞こえるかい? トールだ。聞こえたら、声に出さず、俺をイメージして返事を思い浮かべて欲しい。」
「トール? 良く聞こえるわ。」
「アマンダ、良かった。それでは情報交換をしていこう。」
ヴァルキリーの加護を媒介とする念話の交換は、どれくらいの距離で可能なのかは分からないが、上手くいった。アマンダとの情報交換で得たものは、
・部屋に軟禁されてはいるが、拘束されてはいないこと
・建物自体が鳥かごの結界に包まれていて、召喚魔法が使えないこと
・カール少将が同じ建物に軟禁されているが、食事のたびに顔を合わせていること
・帝国内紛のあおりで、友好派の少将が好戦派にアマンダを人質に拉致されたこと
・アマンダが先に拉致されたこと
・エイダが、旧帝都オースティンで軟禁されていること
・南方海洋戦線では、停戦協定が結べていないため、戦闘が続行していること
・好戦派が、停戦協定を破棄して、戦闘開始の準備をしていること
・情報伝達に齟齬があり、皇帝の指示として、停戦協定の破棄が伝わっていること
・帝国内紛を利用しているものがいるらしいこと
など、情報を交換できた。
戦線が拡大、分散しすぎて、指揮命令が一様に伝わらず、悪意をもったものが、皇帝の指示を捻じ曲げているのが原因らしい。ブラウン少将が、いくら帝都で皇帝の御前で停戦協定を結ぶ決議を行っても、実行する部隊には、そうは伝わらず、少将自身で飛び回る必要があった。が、その隙を突かれてしまった。
俺は、アマンダと念話で情報交換をしながら、少しずつ移動し距離を取り、どの程度まで離れることができるか試験していったが、五百メートルは離れても念話は可能だった。結界の外からでも可能だった。どんな仕組みなのだろうか。
次のカール少将との顔合わせの際に、どこから手を付けて良いか許可を得ることを依頼。帝国陸軍の内紛とはいえ、味方を始末してしまうのは問題もあるだろう。俺の独断で良ければ、この鳥かごを破壊してしまうのだが。まあそれまでの間、この軍事施設を偵察して回ろう。
周囲の施設を見回って分かったが、不思議なことに、鳥かごの中の兵站貯蔵庫以外は、正常稼働中だ。マルーン帝国の圧倒的勝利を信じてやまない兵士の集団が突撃中だ。正常に戦闘指揮下にあるということだ。南方海洋戦線は、現在も戦時下。毎日ブリーフィングが行われ、歩兵大隊が港湾都市を占拠すべく、進行中だった。
最前線では、今日も血で血を洗う戦闘が繰り返されている。五十キロほど先方だが。
再度、鳥かごの中の兵站貯蔵庫に接近、アマンダとのコンタクトを図る。
「どうも、この建物だけが、敵対勢力に支配されているようだ。戦線は、命令に従って戦闘を続行中。皇帝の停戦命令があれば、停まると思われる。」
俺は、周囲の観察状況をまとめて伝える。
「父もそのように考えています。」
アマンダたちも同様の考えのようだ。
「では、まず鳥かごの外に出て、ヴァルキリーで外から鳥かごを破壊してくれ。その後は、少将とともに戦線へ。俺は、鳥かごの持ち主を追う。」
そう言って、俺は、鳥かごの中に侵入し、見張りや警戒兵を無力化していく。
早々に、アマンダが軟禁されている部屋を無力化、彼女を解放する。彼女の手引きで少将が軟禁されている部屋も襲撃、解放する。
おかしい、何か手ごたえがない。簡単すぎる。
――こちらは、はずれだ。本命はエイダか!
兵站貯蔵庫の外に出て、エイダの様子を確認する。エイダの信号はグリーンだ。まだ危機が迫っているわけではないようだが、急ごう。
「お待たせしたかしら? 私の小鳥ちゃんを逃がしはしないわよ。」
遥か上空からハイ・ハルピュイアが急速接近中。
同時に、歌声が空から降ってくる。俺はすかさず結界を張る。
「アマンダ! 走れ! 」
既に、ブラウン卿とアマンダが駆け出していた。
俺は、長ドスを抜刀しながら、ハイ・ハルピュイアの襲撃を待ったが、襲ってこない。俺の攻撃範囲には侵入してこない。
「あれ? わたしの歌声が届かない? 」
ハイ・ハルピュイアは、ハイ・ハルピュイアで、催眠作用のある歌声が効果を発揮しないことに戸惑っている。
睨みあうこと一瞬、上空でホバリングしているハイ・ハルピュイアを右横から貫く一筋の光。アマンダの呼んだヴァルキリーが鳥かごごと一閃。ハイ・ハルピュイアは、雲散霧消していった。
俺は、無事にブラウン少将が戦線に向かったことを確信し、ハイ・ハルピュイアを傀儡としていた本体を探す。
兵站貯蔵庫の外苑近くの森林の中で、魔力が大きく膨らむのを感知する。ハイ・ハルピュイアをコントロールしていた魔力が、本来の持ち主のところに戻ったか。俺は身体強化をかけ、すかさず距離を詰めていく。
森林の浅い地帯、着いた場所には、兵士姿の召喚士がまさに次の魔物を召喚しているところだった。俺は長ドスを抜刀して迫る。
――間に合え!
ザシュツ!
召喚士を一刀両断にするも、光り輝く召喚陣は、次の魔物を召喚したあとだった。




