第六十四話 マルーン帝国の帝都ベルーナ
北方戦線の陸戦部隊駐屯地から、高速馬車を飛ばして一日の距離にある、マルーン帝国の帝都ベルーナ。ここは、黒い森にほど近い地域に作られた計画都市。ある特定の都市機能が、十分に発揮できるよう、あらかじめ立てられた都市計画によって建設された都市。
――自然発生的な都市に対して、人工都市ともいわれる。
政治の中心地で、近年皇帝の即位に合わせて遷都した模様で、街の作りは近代都市の景観を要している。
ちなみに、経済の中心地は南地区の旧帝都オースティンという大都市がある。
帝都ベルーナまで、俺の脚なら四時間、四の鐘――午後三時――の頃には到着する。まずは商業ギルドだ。この地には、知人が誰もいない俺にとって、頼みの綱は商業ギルドだ。
帝都の中央にそびえ立つのは、外観はどっしりと重量感に溢れているゴシック建築のような建築物。前の世界の記憶だと、教会などの建築様式だったはずだ。大都市に流入した大量の住民に対して、魂の安息をもたらす聖堂が必要になって生み出された聖母信仰。祀られているのは誰だろう。
それはさておき、商業ギルドはその帝都の中央にそびえ立つ大聖堂と同じメインストリートに並び建つ、外観は重厚なゴシック建築に、内装は近代ホテルの機能美を備えた、まさに計画され尽くして建築された街の代表のようなところだった。
「初めまして、こんにちは。」
俺は丁寧なあいさつを心掛けて、フロントのコンシェルジュに声を掛ける。
「ようこそ、商業ギルドへ。如何いたしましょうか。」
コンシェルジュの丁寧な応対を受ける。
「私は、テーベ大陸はサンズ王国の商人トールと申します。こちらの地域で取引を希望するものです。よろしくお願いいたします。こちらが商業ギルドのタグです。」
ドッグタグを首から外して提示する。
「それでは、こちらで受付をさせていただきます。ご案内いたします。」
あくまでも丁寧なコンシェルジュ。うちのクロネコ商会でも見習いたいものだ。
別の担当者――丸形のモノクル眼鏡を装着した妙齢のお姉さま――に案内され、受付カウンターへと着く。ドッグタグを奥に持っていったが、間もなく戻って来ては、
「こちらで、登録は完了いたしました。ようこそマルーン帝国帝都ベルーナへ。では、具体的な取引品目などについてお伺いいたします。」
どうやら、無事にこちらの商業ギルドでの登録は済んだようだ。商業ギルドのドッグタグは強力だった。取引品目について説明しながら、サンプル品を取り出し、一点ずつ説明、扱い量、価格帯などについて話しを進めていく。
俺は、年会費を払える帝国金貨を持ち合わせいない。四斗樽を二つ取り出し、これを担保にして年会費支払いの三日間猶予を依頼する。
「当商会は、小売りができる規模ではございません。実績を積み上げるまでは、卸取引のできる信用のできる商会を案内頂けると幸いです。」
「それでは、食料品や酒類などに取り扱いのあるショット商会への紹介状を準備いたしましょう。店舗、事務所はこの通り沿いにありますので、利便性もよろしいかと存じます。」
担当のお姉さんは、二つの四斗樽を交互に見ながら許可を下さる。ここでも、旨い酒は正義のようだ。
俺は、無事にショット商会との渡りをつけて、卸取引を開始する段取りをつけることができた。勿論、年会費は、三日間猶予してもらえた。
その足で、商業ギルドの紹介状を携えて、ショット商会の店舗へと向かう。無事に取引を開始することが出来た。商業ギルドの紹介状もさることながら、やはりここでも旨い酒は正義だ。何人ものテスターがテイスティングしては、扱い量の増量を要求されていく。相当量の酒樽を卸し、帝国金貨を入手する。
担当者を付けてもらえた。それが例え丁稚でも、破格の扱いなのだろう。名前は、クラウス。十四、五くらいの年齢に見える男の子。今後の日程などを打ちあわせ、今日のところはその場を後にする。もう日没の時刻だった。
商業ギルドの受付カウンターに戻ると、先ほど相手してくださった、モノクル眼鏡のお姉さんと目があう。席に案内してもらえた。早速、年会費を帝国金貨で納める。
「確かに頂戴いたしました。こちらが、証書になります。それと、お預かりした酒樽二つですが、商業ギルドで引き取らせて頂けませんでしょうか。価格はこれほどで如何でしょうか……。」
やはり、旨い酒は正義だ。
「ありがとうございます、トール様。ところで、黒い森のお近くに店舗を構えていらっしゃるのは、どんな理由がおありになるのでしょうか。」
「黒い森には、素材が沢山あります。魔力を沢山含んだ薬草や、魔物の肉、皮、爪、それにハーブやベリーなど、自分には宝の山に見えます。」
「魔力を含んだ薬草ですか? もしかして、回復薬やポーションなども扱っていらっしゃいますか? 」
「はい、こちらの国では提供してはいませんが、在庫はございますよ。」
「もしかして、提供をお願いできますでしょうか。」
「商業ギルドでの扱いサンプル品はございますか? 」
品質の程度を見ながら、少し出してみようか。モノクル眼鏡のお姉さんが持って来たサンプル品と価格を見比べながら、どの程度の効果のあるHP回復薬、MP回復薬を提供していこうかと試算していく。
「薬師の方々がいらっしゃるでしょうに、回復薬は不足ですか? 」
おれは、回復薬のサンプルを見比べながら、お姉さんに尋ねてみる。
「ええ、帝国陸軍のからの要請量が多くて、在庫数が激減してしまいまして、回復薬は喉から手が出るほど、欲しいところです。等級問わず、量の確保が急務なンです。」
お姉さんは、思わず救世主を見つけて、藁にも縋るような思いで、眼差しを向けてくる。
「初級ポーションをある程度なら、持ち合わせがございます。一度、拠点に戻る必要がございますが。数日で帝都に戻れるとは存じます。量はそうですね、先程の四斗樽を二つ程度。」
「是非、当商業ギルドへ納品をお願いいたします。仮契約書を準備いたしますので、お待ち願いますね。」
お姉さんのモノクル眼鏡が、キラッと光る。俺の両サイドから、アシスタントだろうか、二人の丁稚たちが寄り添い、逃亡できないよう両腕を抑えこむ。
お姉さんが電光石火の早業で、仮契約書を携え戻ってくる。俺は、内容を確認しそれにサインをしながら、
「帝国は、周辺列強と停戦協定を相次いで結んでいると伺いましたが、何か動きがあるのでしょうか。」
と探りを入れてみる。
「ええ、停戦協定はいずれ破棄されますわ。」
回復薬、ポーションを納品してくれる相手に、少し情報サービスをしてくれたのだろう。あるいは、相当量を確保できて、安堵した心のスキマだったのだろうか。
いずれにしても、帝国の動向は再度開戦のようだ。俺は、更に情報を集めるべく、冒険者ギルド近隣の酒場や居酒屋へと繰り出し、晩御飯を取りながら、市民の会話に耳を傾けてみる。
どうやら、帝国内部は一枚岩ではなく、好戦派閥と友好派閥とでもいうのだろうか、二つの派閥が対立している様子が伺える。
今回、ヴァルキリーの加護を得た召喚士の突然の登場で、友好派閥がその後光を利用して交戦相手国を説得、次々と停戦協定を有利に結ぶことに成功したようだ。
――何せ、ヴァルキリーの加護を得た召喚士の二人は、友好派閥の有力者ブラウン卿の娘たち。
現皇帝の理解、許可も得て、スムーズに進められたようだ。
が、好戦派閥も黙ってはいない。直ぐに勢いを取り戻し、南方海洋戦線に出向いたブラウン卿の馬車を拉致して、どこぞに幽閉、友好派閥を牽制しているようだ。
若い皇帝を支えている宰相が、好戦派閥のようだ。もっと賠償金が欲しいのだろうか。
商業ギルドからは、ブラウン家のお屋敷の位置も確認できた。今日は一度戻って、明日朝、ノックしてみよう。どこかにブラウン卿が幽閉されているのでは、心配で仕方ないだろう。まあ、アポイントはないが。




