第六十ニ話 クロネコ商会再稼働
十二の月一の日は、まもなく朝一の鐘が鳴ろうとする時刻。俺は、ついさっきまでイルメハの迷宮で、胡椒の焙煎をして、ビールの醸造をしていた。北方停戦ラインで、部隊を率いているアマンダの表敬訪問と慰問を行う気で準備をしているのだった。
俺をコザニの拠点に帰らしてくれたアマンダ。無事に家族の元に帰ることが出来た。感謝しても、し過ぎることはないだろう。俺のことを商人というのは片腹痛いわ、と啖呵を切った割には、信用してくれた。妹のエイダを預けてくれた。俺の決心を歓迎してくれた。
共に前へ、未来へ。俺たちは家族じゃないか
――朝食のバイソンサンドを携えていきます。付け合わせはビールです。まあアルコール度数の低いビールだから許してください。
こんなことができるのも、迷宮の拠点間を転移魔法陣で移動できるお陰。何とも便利だ。
北方戦線での停戦協定ライン。そこに設けられた帝国陸軍駐屯地。そこにアマンダの部隊が駐留している。身体強化が使える今の俺なら、二、三時間といった移動時間だ。
「炭焼き村にいるトールと言います。皆さんに食糧補給物資を差し入れに来ました。」
警備兵にアマンダへの顔合わせを依頼する。
「あー、隊長の預かりになっている人だね。ようこそ北方戦線へ。それと、残念ながら、隊長は昨日から帝都に戻っているよ。」
なんとまあ、忙しい人だ。留守なら仕方ない。
「バイソンのサンドイッチの差し入れに来ました。それと飲み物も一緒です。配給の許可をお願いします。」
俺の差し入れは、担当官が毒見をしてから、その日の昼食として振る舞われたそうだ。アルコールは差し入れできず、持ち帰り。残念。
黒い森の迷宮に戻ると、ハリーに預けておいたスケルトン部隊の仕上がり具合を確認する。順調のようだ。まずはとろい動きは少し解消されたようだ。追加で更にスケルトンとリビングアーマー混成三十体小隊を召喚、訓練に投入していく。さらに、鋼のショートソードを配給、戦力向上を図る。
迷宮の入り口は、黒い森の比較的浅いエリアにある。想定している魔物は、リトルエイプやビッグマンティス、ジャイアントスパイダー、バーサクベア、オーガといったところか。ちょうど今、入って来た時に、始末した魔物たちだ。
訓練を積むに越したことはないだろうが、そろそろ入り口を開けて、侵入してくる魔物を殲滅しようではないか。主にDPを稼ぐために。
先に訓練の終えた三十体小隊を一階層に投入、迷宮の入り口を開く。あの三体のスケルトンランサーにも頑張ってもらおう。ランサー三十人小隊を三隊分召喚し、一人一隊ずつ持たせて、二階層から四階層まで配備する。訓練しながら、侵入してくる魔物たちを撃退するように。
五階層は、先ほど新規に召喚したスケルトンとリビングアーマー混成三十体小隊を配備。まずはハリーに稽古をつけてもらおう。
ハリーが五階層にいて稽古をつけている間に、俺は作戦指令室にスタンバイ。うーん、これは、別の眷属を召喚して、稽古に当たらせる必要があるか。
コアに右手を当てて、まとめ役の曹長クラスを一体召喚する。古参の風格を漂わせるリビングアーマー。鋼のショートソードを与え、早々に指示を与える。併せて、軍用犬代わりにと、スケルトンウルフを十体ほど預ける。
「混成三十体小隊を預ける。しっかりと育てあげるように。」
眼を赤く光らせて、五階層へ向かう後ろ姿を見送り、ハリーには訓練監督交替の引継ぎと作戦指令室での任務を命ずる。
作戦指令室に戻ってきたハリーと打ち合わせをし、一階層の損耗の具合を確認していく。まだまだ、強力な魔物が侵入してくるわけではなく、ゴブリンやコボルト、ホーンラビットなどが迷い込んで来ているといったところか。まあ、一度入り口周囲はスイープしてしまったのでそんな程度なのだろう、まずまず撃退できているようだ。
その内に、クマとか来るだろう。頑張って殲滅して欲しいものだ。
こうして黒い森の迷宮の迎撃布陣を整えていく。まずは、拠点を確保して、次は帝都での商業活動の取っ掛かりを築いていこう。
三か所の拠点を得た俺は、二カ月間留守にしていた際の、不足物資等の補充を行っていく。一の日は黒い森の迷宮立ち上げにかかりっきりになったが、二の日にはコザニの迷宮で、クロネコ商会本部の稼働状況、迷宮攻略の状況を確認していく。
綿花農園が立ち上がってきており、手伝いのストリートチルドレンが収穫、紡績そして機織りを行っていた。
――手間賃はきちんと払っているんだろうな。
そんなことが頭をよぎったが、ケイトさんに任せていることを思い出す。それに働く彼らの表情をみていると、全く心配はいらなさそうだし。
紡糸と織布との能率の不均衡は、ここコザニの迷宮の木綿工場でも存在していた。紡糸車は手織機よりもはるかに生産性の低い装置であり、綿糸を織布工たちに迅速に供給することはできていない。
俺は紡糸工の手伝いを申し出て、綿花の大量在庫を木綿糸に加工しながら、そんなことを考えていく。今度は、木綿糸の大量在庫が出来上がったが、あとの機織り工程以降はお任せだ。木綿の反物で出来の良いのを、ちょちょいとバックパックに詰めさせてもらいました。
マルーン帝国の紡績技術を導入できないだろうか。課題の一つとしてピックアップしていく。
続いての在庫は、大麦、ライ麦とオーク樽の数々だな。ブドウワイン樽も結構ある。ブランデー、ビールやモルトウィスキー、ライウィスキー、バーボンウィスキーの蒸留。これは、今晩の作業にとっておこうか。この作業は好きだな。
大麦、ライ麦は、ちょっと考えがあって使い道が決まってきるので、使い切らないでバックパックに積み込んでおこう。
スコットブラザーズ商会のライアンさんから、主要街道の整備による物流の効率化を依頼されていたっけ。春になったら、石畳舗装から着手しようか。
ライアンさんともだいぶお会いしていない気がするのは気のせいではあるまい。
山羊農場とウシ農場のチーズを試食。まずまず良いのではないだろうか。ブランデーに良く合う、香りと味の負けないものができている。乳も使って、じゃがいもや穀類、キノコ類のクリームシチューのレシピを置いていく。肉はうさぎがいいかな?
上にあがって、クロネコ商会本部に顔を出す。見知らぬ顔が増えている。
以前こんなことを話したが、
――レストランの給仕、下膳、洗い物、厨房の手伝い、芋の皮むき、ガラス瓶の回収、売り子、品出し、ゲストルームの清掃、洗濯、廊下・便所の掃除、牧場の手伝い、チーズ加工の手伝い、干し肉・燻製・腸詰加工など食肉加工の手伝い、パン焼きの手伝い、綿花農場の手伝い、出荷の手伝い、資材の倉庫管理の手伝いなど作業は山積みだ。
ララアさんとケイトさんにお任せしたら、見事に切り盛りしてくれていた。特にお針子さんの手伝いは充実している。ストリートチルドレンの女の子で優秀な子がいたのかな?
型紙起こし、裁断、仮縫い、縫製、プレス、梱包など、てきぱきと工程をこなしている。
これなら特に問題なしだ。
再び、迷宮に潜り作戦指令室にてサブマスターのストライクから迷宮の状況を確認しておく。現状五十階層のボスまで攻略されている。ボスはゴブリンジェネラルと五十小隊を設定したところ。ここからは大型魔石がドロップする。そしてジェネラルのドロップする鋼のロングソード。
冒険者たちの狙いが、大型魔石に集中し、五十階層は大忙しだったようだ。まあ、そこから先へは侵入していないようだが。
六十階層のボスに、オークジェネラルと五十小隊、七十階層のボスに、ゴブリンキングと百体中隊、八十階層にオークキングと百体中隊を設定していく。九十階層には、オーガ亜種と百体中隊。百階層は、トロールとオーガ亜種が五体配置されている。まだまだ大丈夫かな?
俺は安心して、蒸留所に戻り、オーク樽の在庫がなくなるまで、ウィスキーとビールを仕込んでいく。いくつもの樽からテイスティング。ブレンドする組み合わせを決めていく。この香り、この味わい、この至福の時、おれはこの時のために生きているのではないだろうか。
この日、二の日の夜、俺は久しぶりに拠点に帰り、ケガをした三人の状態を確認しにそれぞれのベッドルームを回る。義手義足の作り直しが必要かどうかを吟味しながら、彼ら、ニコレッタ、セレスト、カルメロの話しに耳を傾ける。
――具合の悪いところはないか? もっとこうして欲しいというところはどうだ?
そんな話しをしながら、義手義足の塩梅を推し量っていく。
――エリクサーはどうしたら作れるようになるのだろうか。さて、これも課題の一つとしよう。
この夜、俺はララアさんに捕まって、こんこんと留守の話しを聞かされるのだった。




