第六十一話 黒い森の迷宮
やはりここは黒い森の一画なのだろう。ソルジャービーが飛び回り、ビッグマンティスが鋭い鎌の双剣で魔物を切り刻んでいる。フォレストウルフやオーガが徘徊し、リザードマンやドラゴニュートが、レッドバイソンやタスクボアを狩り回っている。
黒い森の奥深くに侵入した俺は、出会う魔物を所かまわず、相手を選ばず討伐していく。ひとつずつ魔物を討伐するたびに、魔石を刺し潰すたびに、バックパック復活の胎動を感じる。
十一の月の最終日、北方戦線は既に冬の装い、周りを囲む大気も既に冬模様。大分前の時刻に日没を迎え、そろそろ迷宮へと戻る時間だ。再度、アンデッド・ダンジョンの最深部、三体のスケルトンランサーが待つダンジョンコアの元へと急いた。
コアに右手を当てて、祈る。ここのコアは青色だ。今度はコアが反応する。俺の魔力が吸い込まれ、ダンジョンコアが青く明滅して、反応する。
「ダンジョン所有に必要な魔力を確認。ダンジョンマスター登録フェイズを開始します。」
ダンジョンコアの無機質な声が響く。
「よろしく。」
俺は声を出して返事をする。これも三度目だな。
「新マスターの能力を更新し、個人情報を吸収、ダンジョンマスターとして登録いたします。」
コアに接触している右手を通して、俺の頭の中に、コアの魔力が注ぎ込まれる。続いて、このダンジョンの全ての情報が俺の頭の中に入ってくる。また、俺の個人情報も、ごっそりと俺の魔力とともに持っていく。
「ダンジョンマスターの登録を終了しました。」
ダンジョンコアの無機質な声が響く。
「ご命令をどうぞ……。」
やるべきことは、満載だった。一刻も早く、むき出しのコアを守護する必要がある。コアルームの設置から始まり、炭焼き村を外周の端に置いて、半径五キロの迷宮の領域の設定。迷宮入り口を移動して、領域中心地に塔型の設置。魔物の召喚・訓練の開始。そしてなにより、マスタールームの設置、神殿・神棚の設置、転移魔法陣の設置を行う。迷宮の入り口はまだ閉じたままだ。
――ヴァルキリーさまは見守っていてくれるかな?
日付が変わり、十二の月一の日になった。神殿に設置した神棚に、布袋さま像を安置、右手と左手に四斗樽を捧げ、祀りする。
「ヴゥゥーーーン。」
重低音がマスタールームに鳴り響き、ヴァルキリーさまが降臨なされる。
「トールよ、よくぞ約束を果たしてくれました。」
「この度の奉納の品は毎月一の日に、必ず奉納するように。」
「トールよ。しかと頼んだぞ。」
ヴァルキリーさまは、二つの樽をしっかりとお持ち帰りになったようだ。
続いては、転移魔法陣の稼働だ。既に、コアが二つの転移魔法陣を準備してくれていた。赤い縁取りと緑色に縁どられた転移魔法陣。まあ、転移する前にやることがあるのだが。
ヴァルキリーさまからは、ダンジョンサブマスターをご準備はいただけなかった。このダンジョンが産まれた経緯が、やはりこの大陸の戦争が切っ掛けなのだろう。このダンジョンの要員はここで準備する必要があるのだろう。俺は、自身の眷属を呼び出すため、コアに右手を当てて、祈願する。
このダンジョンに降臨できる魂の中で、このダンジョン、しいては俺の軍を引率できる能力を有する魔物。
スケルトンキャプテン。統率力に優れる進化系上位種。豪華な剣と盾を装備している。名前はハリー。まずは、ダンジョンサブマスターに登録し、スケルトン三十体小隊を召喚し、その訓練、育成を依頼する。迷宮の入り口はまだ開けてはいない。今は、迷宮の領域に居る魔物のDPだけが頼りだ。
ようやく、転移する準備が揃った。俺は、コアとサブマスターのハリーに、別の二か所の迷宮に祀ってある神さまに、玉串奉奠――玉串を祭壇に捧げる儀礼――を執り行いに行くと告げる。
まずは、赤い転移魔法陣に乗り、魔力を流す。懐かしい心地よい感触を味わったあと、俺は気づけば、コザニの迷宮のマスタールームに転移していた。
ちょっと二か月ほど離れていただけなのに、懐かしい。コアに右手を当てて、留守番の労をねぎらう。迷宮内の情報を確認していく。
ストライクが、今にも泣きだしそうな顔を、隠しもせず、俺を見つめてくる。俺は、右手をとり彼女を引き寄せ、抱きしめる。
「留守にした。よく頑張ってくれた。」
彼女の頭を撫でていく。身体が震えている。
ガッと開けられた扉からマイクとララアが入ってくる。俺は、彼らも引き寄せて、二人を抱きしめながら、頭を撫でていく。
「長い間、留守にした。よく頑張ってくれた。」
「みんな、無事息災か?」
ララアさんに尋ねる。声は返っては来ないが、大きく頷いてくれる。
「マイク、部隊をありがとう。」
マイクは困ったような、はにかんだような笑顔を返してくる。
三人が落ち着きを取り戻し、作戦指令室に席を移して、ストライクやマイク、ララアさんから近況を確認していると、開けっ放しの扉から、ケイトさんが飛び込んでくる。
「ウワァーーーーン」
俺の顔を見るや否や、声を上げて泣き出すケイトさん。
俺の胸に顔をうずめて、その後は声にならない。ララアさんが困った顔をしてもらい泣き。ともに苦労した仲間だ。気持ちは同じだろう。
「長い間、留守にした。よく頑張ってくれた。」
「クロネコ商会は、順調に育っているか?」
ケイトさんの護衛のヤマネコのレオンが、顔をなめてくる。
――くすぐったい、懐かしい感触。
俺は、家族たちの元へと帰ってきた。
神棚の右手と左手に四斗樽を置き、オーディンさまに祈願する。
「無事に帰ってくることが、出来ました。十二の月もこうして神酒を奉納できます。どうか、俺の家族たちにご加護をお願い致します。」
脳裏に、オーディンさまの笑顔が映った気がした。御神酒は既になかった。
さて、段取りよく資材を補充して、商品を揃えていこう。HP回復薬、ブランデーとウィスキーそれにビール。バックパックに在庫してあった分から香辛料と胡椒を取り出す。
泣き止まないケイトさんをララアさんに託し、俺は、木綿の衣料品など沢山の物資とともに、イルメハの迷宮へと転移していく。今度は緑の転移魔法陣に乗り、魔力を流す。懐かしい心地よい感触を味わったあと、イルメハの迷宮のマスタールームに転移していた。
イルメハのマスタールームには、皆が待ってくれていた。クロエが直ぐに胸に飛び込んできては、大泣きを始める。みんな、つられて泣き出す。俺は、アンジーさんを呼び寄せ、右手に抱いて、頭を撫でていく。
「長い間、留守にした。よく頑張ってくれた。」
サブマスターのジーンが、泣くまいと我慢するが、顔がくしゃくしゃだ。
コアに右手を当てて、留守番の労をねぎらいながら、迷宮内の情報を確認していく。
作戦指令室に移動して、近況を確認していく。こっちのネコは、ベンガルトラのベルだ。ザラザラした舌触りが懐かしい。
光属性使いのアナベルの成長具合を確認する。どうやら、聖女まっしぐらに育ってくれている。アンジーさんに感謝だ。
神棚の右手と左手に四斗樽を置き、バッカスさまに祈願する。
「無事に帰ってくることが、出来ました。十二の月もこうして神酒を奉納できます。どうか、俺の家族たちにご加護をお願い致します。」
こちらでも脳裏に、バッカスさまの笑顔が映った気がした。御神酒は既になかった。
さて、段取りよく資材を補充して、商品を揃えていこう。HP回復薬、ブランデーとウィスキーそれにビール。バックパックに持ち込んだ分から木綿の衣服を取り出す。
クロエのモクバプロトタイプを応急修理しておく。改造はまた次の機会に。
十二の月一の日は、間もなく日の出を迎える時刻、朝一の鐘が鳴ろうとしていた。




