第五十八話 ヴァルキリーの困惑
十一の月の二十六の日。コザニの町から眺めたバスケスナ大山脈の紅葉は綺麗に色づいているだろうか。その色とりどりの紅葉の様子を、しみじみと思い出す。
文化、風習の違い、勘違い、思い込みいろいろとあるのだろう。だけど、あの子を、エイダを幸せにして見せるという俺の決意が色褪せることはない。
俺の背負うものが一つ増えたという気負いはない。むしろ家族が一人増えたという感覚。俺には、頼りになる家族が四十八人もいるのだ。そこに頼りになる家族が増えた。喜ばしいことではないか。皆で、知恵を出し合って、難局を乗り越えていこう。
さて、その難局のひとつが、今日の教会訪問だ。今は朝一の鐘が鳴った後の一刻。予定は二の鐘。まだ二刻ほど時間がある。帝都ベルーナにあるセントジョーダン教会は、ヴァルキリーを祀っている教会だ。
戦乙女ヴァルキリー。武具に身を固め、空駆ける天馬に乗ってやってくるのだが、あの二体は飛竜に乗っていた。オーディンさまを真似て槍を武器にしている。
ヴァルキリーは、特定の人物や一族に付いて家の安泰を見守る。主に夢の世界から現れ、啓示や予言を残す。今回はブラウン家に付いて、教会から啓示を残し、二人の娘の行く末を見守るのだろうか。
マルーン帝国陸軍参謀少将カール・フォン・ブラウン卿も、強大な後ろ盾を得たものだ。
帝都ベルーナの郊外、小高い丘陵に建築されたセントジョーダン教会。周囲は、大麦畑が取り巻く。石造りの分厚い壁、多数の小さな窓、半円形アーチ、豪華な柱頭を備えたセントジョーダン教会は、意外とこぢんまりとした造りだったが、文化、歴史を感じさせる様式美を備えていた。
半円形アーチ型の木製扉をノックする。壮年の神父が出迎えてくれる。身廊を通り、主祭壇へと向かう。
両側に設けられた半円形のアーチ部分には、ヴァルキリーの啓示を伝えるために、英雄の魂を選定し、神々へと導く戦乙女の姿が彫られている。
教会の礼拝堂中央に安置されたヴァルキリー像は、天馬に乗って戦場へ赴いた際の姿を表し、戦争での勝利を祈願するものたちからの信仰が厚い。戦争好きなマルーン帝国でも多くの帝国民から敬愛されているのだろう。
ヴァルキリー像に正対し、右手にエイダ、左手にアマンダを控えさせ、その前で跪き、祈りをささげる。
長い沈黙のあと、俺の祈りが届いたのだろうか、跪いて祈りを捧げる俺の前に、天上から差し込む明るい光と共に、ヴァルキリーさまが降臨なされる。
「トールよ。我にも貢物を捧げよ。蜜酒ばかりでは、余りおもてなしができないのだ。」
「トールよ。そなたと争ったあのものは我ではない。あれば、ゴーレムのようなものだ。」
「トールよ。そなたをここに呼ぶために、二人の娘の協力を乞うた。我の加護を与えた娘たちに、幸を与えよ。」
俺にだけ聞こえるように、三点の啓示を残し、ヴァルキリーさまは去られた。
頭を戻し、立ち上がって振り向くと、案内してくれた壮年の神父が、驚愕の表情を浮かべて、固まっていた。
俺は、礼拝堂のベンチに腰掛け、今の啓示をおさらいする。
半神の戦乙女ヴァルキリーさまは、神々の最終戦争ラグナロクに向けて、勇猛勇敢な人物を選んでは、毎日戦争の修練を与え、夜には蜜酒でおもてなしを施すと言われている。
そのお酒が密酒だけでは不足だとおっしゃいます。俺に、ブランデーとウィスキーを貢げとの啓示。しかし、今はできない。バックパックが痛んでいるので、取り出すことができない。もう少し回復に時間が必要。
――そのためにも、手ごろなダンジョンを入手したい
と願うと、
「北方紛争地帯の中に初級ダンジョンが生まれたばかりだ。そこを拠点にして帝国に根をのばせ。」
と、ヴァルキリーさまの御魂が、頭の中に響く。心配で離れられないのだろうか、大変ありがたい下知を頂戴した。一刻も早く御恩に報いなければなるまい。
直ぐにでも、北方紛争地帯に出向きたい。
「アマンダ。北方紛争地帯というのは、どこのことだ? 」
まずは情報収集だ。長い時間の沈黙を破り、俺の声が教会内に響く。
ヴァルキリーさまの降臨のあとに続く話が、北方紛争地帯では、アマンダも何か不穏な動きを察知したのだろう。眉をしかめながらも、
「私の指揮していた部隊がいた戦場だ。今は、停戦中だ。」
と教えてくれる。
「そうか。どうやらヴァルキリーさまは俺にそこに出向いて、ダンジョン攻略をして欲しいようだ。」
ヴァルキリーさまの啓示を少し歪曲して、そう話す。
――トール、お酒が欲しい。我に貢げ。
と言われたとは、二人には、まして神父の前では言えまい。
いずれ、マルーン帝国陸軍参謀少将カール・フォン・ブラウン卿との面接の機会がある。アマンダが日程調整に骨折ってくれるだろう。
「北方紛争地帯に出向く前に、カール・フォン・ブラウン卿とお会いできるだろうか。」
アマンダに視線を流す。
「いや、父上は今、南方海洋戦線を視察中だ。当分帰都できないだろう。父上には手紙を書いておくよ。先に、ヴァルキリーさまの啓示を果たそう。」
神父に寄進を手渡し、俺たちは教会を後にする。この教会はこれからも何度もお世話になることだろう。
晩秋の澄み渡った空に、羽ばたく猛禽類の影。暖かな日差しが心地よい。
帝都ベルーナにある陸軍訓練施設へと戻った俺は、北方紛争地帯に出向く段取りを考える。アマンダの北方戦線帰還に同行して、彼女に道案内を頼むのが一番スムーズに話が進むのだろう。アマンダには、いずれの時に、ブラウン家の付き合いのある商人との面通しもお願いする。
その前に、エイダと、今後の方針をベクトル合わせしておく必要がある。彼女は、どう生きていきたいのか。軍人、商人、冒険者、あるいは新たな生き方か。ヴァルキリーを召喚できる能力は稀有だろう。
アマンダは多忙な様子で、昼過ぎ、訓練施設に顔を出したのはエイダだけだった。二人分のランチバッグを囲んで、彼女の話を聞き、俺の話しをする。
帝都ベルーナには、父母と三姉妹の五人家族で住んでいて、生まれは東方の領都シリザスタ。陸軍少将は大規模な領地もお持ちのようだ。
アマンダ、マチルダ、エイダの三姉妹。アマンダとエイダは召喚士、マチルダは火属性魔法使いで南方海洋戦線配属。長女、次女には婚約者がいる。
両親の愛情たっぷりに育まれ、田舎の農園地帯でのんびりと育ったエイダには、幼い頃から遊びに事欠くことなく、領地が大好きなようだ。
何をしたいということではなく、シリザスタの領民たちとのんびりと暮らしたいという希望だ。
――こんな子が、どうして戦線で杖を振るうのだろうか。
穏やかな時間の中、ランチを終え、お茶を頂戴し、俺はヴァルキリーさまからの依頼は、お酒だったことをエイダだけに話す。
――お困りのようだ。俺が力になりたいが、まだ傷が癒えない。エイダには、俺の力になってもらいたい。
そう話して、教えてほしいことについて話をすすめていく。銅金属加工ができる鍛冶師のこと。オーク樽を作れる木材加工のこと、おいしい水を確保できる地帯。美味しいブドウ、ワインを調達できる地域。今後必要になるさまざまな産業について話していく。
彼女の理解も早い。思い当たるシリザスタの風景や相談すべき領民の顔が具体的に浮かんでいるのだろう。
彼女の穏やかな笑顔を見つめながら、ヴァルキリーさまの要望に対する確かな手ごたえを感じていた。




