第五十五話 初級ダンジョンへ、そして迷惑な奴ら
領都ハスランにある冒険者ギルドの受付の女神さま詣でも五日目。その女神さまからの依頼となるホーンラビットやリトルボアの食肉納品も、毎日大量に持ち込んだため今日でお役御免となる。
ポーターの雇用も終了となった。マジックバッグ、いやEランク冒険者となったレイラともお別れだ。
ちなみに、会話は全然弾まなかった。
初級ダンジョンは、領都ハスランから馬車で一日行程の距離だ。
翌日、十一の月の八の日、荷馬車に乗り、初級ダンジョンに向かう。乗客は俺一人。途中、小さな農村を経由、届け物をしていたようだ。ダンジョンの入り口には、衛兵が見張りをしている程度で、周りには何もない。さっき回った村の若者が衛兵もどきをしているようだ。
迷宮入り口から魔物が溢れないよう、常に見張りを立てているとのこと。いや、溢れそうになった時の連絡要員か。
初級ダンジョンは迷宮型の十階層構成。初級でもあり、他に中級や上級のダンジョンがあるため、全く人気がない。
一階層はゴブリン。このあたりは敵ではない。出会うもの皆切り刻む。魔石を砕きつつ魔力を吸い取る。魔石は心臓や鳩尾辺りにあるので、そこを狙って長ドスを突き刺す。
二階層は、ホーンラビット。うさぎは既に飽きていた。長ドスの餌食となれ。ひとつひとつ丁寧に魔石を突き刺す。肉、角は放置。
いつの間にか、後ろに野良ポーターを従えていた。
――村の若手か? まあ肉や角でお役に立てるのなら。
三階層はコボルト。小柄で犬に似た頭部を持つ人型の魔物。まあここも魔石回収だけ。牙や皮は放置して先に進む。
いつの間にか、後ろの野良ポーターは複数になっていた。
しかし黒い森や初級ダンジョンで、ここ五、六日で何百個か魔石を砕いたが、バックパックは全く反応しない。どれだけダメージを受けたのかという話だ。
四階層は、トレント。動く巨木の魔物。幹の部分に目らしい器官がある。ドロップ品は薪?
五階層は、ゴブリンファイターとゴブリン二体の班編成。ゴブリンの上位種。力強く、剣技に優れるが、所詮ゴブリン。
六階層は、ゴブリンリーダーとゴブリン二体の班編成。これもゴブリンの上位種。剣の扱いに進歩がみられ、統率力に優れた個体。でも、所詮ゴブリン。
七階層は、アウルベア。夜行性の熊。熊の身体にフクロウの頭部を合成したような魔物、案外移動速度は速い。
八階層は、オーク。体高三メートルでイノシシを二足歩行にしたような魔物。引き締まった体をしており、剣など武器を使いこなす。動きはさほど速くない。肉は食用で、美味しく、高く取引される。
九階層は、オークリーダーとオーク二体の班編成。オークの上位種。オークの一回り大きな体格。
十階層は、オーガ。体高三メートルほどの鬼。身体は引き締まり、頭にニ本の角が生えている。非常に俊敏で武器も使いこなす。真っ先に、弱い敵を狙う程度の知能を持ち併せている。
ここまでは順調だった。ボス部屋がすんなりと見つけられれば。
そう、ボス部屋がみつからない。十階層から先に進む階段が見つけられない。十階層を何度も往復し、探ってみる。何か仕掛けがあるのだろう。
一階層からここまで四、五日経過しただろうか。ずっと迷宮に潜りっぱなしだったし、初級ダンジョンでは、余り他の冒険者とすれ違うことはなかった。浅い階層で、村人が資源やドロップ品を回収しているのを見かける程度。トレント階層から下は、誰とも出会っていない。
俺は、十階層から先に進む階段が、その仕掛けが見つけられず絶望した。
――なんてことだ。ダンジョンマスターとの知恵比べで負けてしまうとは、情けない。
仕方ないと自分に言い聞かせ、一階層ずつ戻りながら、どんどん落ち込んでしまう俺……。
まあ、しっかりと魔物は魔石を貫きますが。
行きの倍以上時間がかかって地上に戻ってきた俺を待っていたのは!
誰も待ってはいませんでした。衛兵もどきはどこに行った?
「おぉ、冒険者どの。ご無事で。」
ダンジョン近くの小さな農村にたどり着いたところで、その村長が、出迎えてくれる。前回この村を訪問したのは、もう二週間も前のことになるのに、覚えていてくれたようだ。
二つ、手に持って来たホーンラビットを手渡して、俺は村長と話しを続ける。
「これ、村のみんなで食べてください。あと、ダンジョンの入り口に衛兵がいなかったが、何かあったのか?」
村長は何か事情を知っているのか、探りをいれてみる。
「実は、マルーン帝国が停戦協定を無視して、再度王国に攻め入ってきましてな。領都ハスランは、落ちたとかどうとか。」
村長が、そう話してくれる。いやいや、結構大事じゃないの?
「さきほど、ハスランから戻ってきた村人がいますので、話を聞いてみますかな?」
手土産が効果を発揮しているのだろう。村長が、家に招き入れてくれる。
「三日前に突然、飛竜に乗ったヴァルキリーと召喚士が二体、城門の外に降り立ち、領主との対話を要求してきたそうです。」
そのまま、村長宅で小さな飲み会となる。農村に帰ってきた若者が、酒を飲みながら話してくれる。
「マルーンの激情を初めて見ましたよ。ドラゴニュートを召喚する召喚士という話でしたが、あの時はヴァルキリーと一緒でした。もう一人も若い召喚士だったそうです。」
「ヴァルキリーは、それはもう、圧倒的な威圧感で、衛兵なんか問題になりません。それが二体ですよ。領主が対応したそうですが、いわゆる無血開城です。全面降伏です。」
「もっとも、マルーンの激情が要求したのは、領都の全面開放ではなく、人探しだったそうです。」
「なんか、ローレル戦線北部で、妹の召喚士がお世話になった兵士を探しているとかなんとか。」
「まあ、お世話になったというのは、ものの例えでしょうけどねぇ。何か屈辱的な、到底耐えられない扱いでも受けたのでしょうかねぇ。」
「なんでも、現地徴用兵で黒目黒髪の十三、四の剣士を探しているのだそうです。」
「あれ? そう言えば、あなたも黒目黒髪ですね。」
大分、酔って来た若者が、俺を振り向いてそう叫ぶ。
「まあまあ、まだお酒が足りないようですね。ささっ、ぐっといきましょう。ぐっと!」
俺はお酌をしながら、二人の動向を聞き出す。
「で、その召喚士二人組は、今どこに?」
「ハスランでは探し人は見つからず、王都に向かったそうです。三日前の話ですね。」
飛竜に乗って移動なら、王都なんてあっという間だろう。それと、黒目黒髪を探しているって、完全に人違いだよな。さらに、普段はドラゴニュート召喚なのに、今回はヴァルキリーを召喚しているという点も気になる。成長しているということだろうか。二体のヴァルキリー相手では、危険度マックスではないだろうか。
二人目の召喚士は、あの美人の召喚士だろうか。あの時は、オークしか召喚できる魔力はなかったはず。それが、ヴァルキリーを召喚できるようになるとは、どれだけ能力を伸長させたのか?
魔力の回復していない今の俺は、相手してはいけない奴だ。
「あれっ? つまみが切れましたね。ちょっと、ホーンラビットを仕留めてきますね。」
そう言い残して、俺は村を後にした。
――相手にしてはいけない奴だ。ただ、王都方面は危険。どこに行こう。黒い森しかないな。少し時間を置いて、ほとぼりを冷まそう。人違いなのに、はた迷惑な奴らだ。
俺は、暗い夜道を黒い森へと向かう。十一の月の二十の日、霜の降りる予感を漂わせる、夜の帳を、一目散に駆け抜ける。




