第五十三話 いざ! 領都ハスラン周辺 黒い森へ
――俺は、何故生まれてきたのだろう。
ホッチナー辺境伯の領都ハスラン行きの荷馬車に揺られながら、そんなことを思い出していた。
若かりし頃、やはりこの命題で悩んだ時期が、俺にもあった。俺にも思春期はあったんだよ。
――何のために、生きているのか
――どう、生きたらいいのか
母子家庭で育った俺には、人生の生き方の見本となる父や兄、近所のお兄ちゃんと呼べる人はいなかった。
内気な性格が災いしたか、友達と呼べるような仲間も作ることができなかった。
なんとなく進学し、なんとなく就職し、なんとなく仕事をして今に至る。
その中で、転機となる出会いはあった。人ではないが。
千九百八十年代。パソコン、プログラミング言語。ゲームソフト業界、八ビットFM音源……
これらとの出会いが、俺の人生に何かをもたらしてくれた。
――どれだけ、心の震える瞬間を得られたか。魂の揺さぶられる体験ができたのか。
誰が何と言おうと、これが俺の生きている理由だ。
領都ハスラン周辺にある黒い森を目前にして、再度俺は自問自答する。
――俺は、何故ここに来たのだろう。
勿論、答えは決まっている。
俺には守りたいものが出来たのだ。人生で初めて、失いたくないと思うものが出来たのだ。
必ず、帰ってみせる。必ず、守ってみせる。
仲間? いやそんなもんじゃねえ、大切な家族だ。
初級ダンジョンは、領都ハスランから馬車で一日行程の距離だ。迷宮型。
ここで迷ったのは、徒歩で行ける距離に黒い森という大森林があったことだ。ここにも亜人タイプの魔物が出現する。領都ハスランに到着したその日の午後、迷うことなく俺は黒い森に出かけていた。
街道から小一時間、森の中に入っていく。獣道が導いてくれる。低木の茂みには、ホーンラビットやスライムが潜んでいるが、手こずることはなかった。一体ずつ丁寧に、魔石ごと長ドスで突き刺す。差しそこなった魔石は、再度長ドスで砕き、魔力を回収していく。
一、二時間ほどそうしていただろうか。死骸はそのままにしていくわけにもいかず、街道そばで、まとめて穴埋めしようとしていた際、近づいてくる小さい人影が二つ。
――横取りか? まあ肉や角なら許すが、魔石なら成敗せねばなるまい。
十歳くらいの男の子が二人。目が合う。向こうも生きるために必死なのだろう。会釈をしてきたので、俺も目礼だけ返して、何も言わない。二人は、穴の中と俺の顔を交互に見ては何か言いたげにしている。
「肉や角なら好きにしていいよ。残りは、穴埋めしてくれるかな?」
俺はそう言い放って、二人の返事を待つ。
「わかった。解体は任せてくれ。穴埋めもしておく。」
二人は返事も早々に穴の中を覗き込む。穴の中にはニ十体ほどのホーンラビットの死骸が入っていた。彼らにとって、お宝の山を見つけたようだ。
そうこうしている間にも、野良狼が血の匂いを嗅ぎつけてやってくる。魔石はないが、二人に怪我でもされたら明日朝の目覚めが悪い。
――なんの恨みもございませんが、死んで頂きます。
哀れ、野良狼。
その日は、日没前に領都ハスランに戻ることが出来た。明日は冒険者ギルドに出向き、黒い森の出現魔物の情報を探ってみよう。
さて、今日だけは宿屋を取ろうか。露店市を冷やかしながら、人々の会話に耳を傾ける。
――この町でも肉食は、貴族階級が中心で、町人たちは野菜、小麦、大麦の食生活のようだ。綿織物の衣服はまだまだ高級品の部類か。麻、亜麻の古着が中心のようだ。
後ろに先ほどの野良ポーター二人が近寄ってくるのを感じる。
「さっきは、ありがとう。」
こっちがリーダーか、礼を伝えて来る。
「こちらこそ助かったよ。」
俺は少し距離を取りながら、再度近寄って来た真意をはかる。
「ホーンラビットの肉は助かった。妹たちにご飯を食べさせられる。」
再度、礼を重ねてくるリーダー。
「それで、明日はどうするのかなぁと思って」
と、要件を切り出してくる。
「明日も黒の森に出向く予定だ。ただ、朝一は冒険者ギルドに情報収集にいくけど。それでも良ければ、どこかで落ちあおう。」
俺は明日の同行を提案してみる。
「わかった。俺たちも用事があるので、朝二の鐘に冒険者ギルド集合でどうだろうか。」
――朝二の鐘か。午前九時だな。
「了解した。では、明日。」
時々忘れそうになるが、俺は、ダンジョンマスターでした。食事も睡眠も基本必要はないのだろう。人としての生活を忘れたくないので、今まで通りしているだけだが。
何故か、今日はいろいろと考えることが多くて、思い出すことが多くて、宿屋のベッドで横になって、自分の気持ちを整理しておきたかった。再度、自分の決意を新たにしておきたかった。
こうして、夜は更けていった。




