第五十一話 捕虜交換から停戦
エンジ色のベルベットのような生地の魔法使いドレス上下、その下には、細かいレースのちりばめられた白いブラウス、同じ意匠で作られた膝下の白いフレアスカート、丁寧に嘗めされた革製のグローブとブーツ。ハイウエストの広めのベルト。つば広の帽子。大きな赤い魔石を抱く古木製の魔法杖。
ピンク系ブラウンの髪色、ストレートロングの髪型。戦闘の邪魔にならないようシニヨンにまとめている。細面で瞳は明るいブラウン。二重のアーモンドアイの目元。身長は百六十センチ強くらいの細身。この子も脚が長い。くっ。
恐らくは、帝国のお偉いさんの令嬢かと思われる召喚士。
捕縛した時はそんな装いだった召喚士だが、今は、筒型貫頭衣――布を二枚縫い合わせて頭と腕を出す穴のみ縫い残した身二幅の衣装――を着せられている。両手には、魔法陣を封印する手枷がはめられている。
下半身部分が縫い合わされておらず、横から白い足がのぞき見える。面積の極く少ない下着――Tバック――を着せられているようだ。
少し肉付きが足りない体躯、成熟前の女の子なのだろう。脚が震えている。十の月なのだ、あんな薄着では寒いに違いない。
――何か武器などを隠せないように、小さい下着を着用させられるのは、捕虜としては仕方のないことだが、あんな扱いで大丈夫なのか、俺ですら心配になる。
「そこまで抵抗するのか!」
「ようしそれなら、オークを召喚するまで、こうだ!」
オーク召喚に抵抗を続ける召喚士に、分隊長が業を煮やしてしまったようだ。
唐突に、分隊長が、目前に突き出された尻を覆う貫頭衣をめくり上げる。周囲の空気が一瞬凍り付く。
分隊長は、そんなことには構わず、丸出しとなった白く丸い双丘めがけ、平手を打つ。
バシッ、パシーン。
シーンと静まった空気のなか、乾いた平手打撃音だけが響く。
何度目かの平手打ちのあと、右手首をぶらぶらと振りながら分隊長が呟く。
「しぶといやつだ。」
「んーーーー。」
かすかに、召喚士の声にならない声が続く。顔を上げて俺のことを睨みつける。
あれ? これって、魔法か魔道具で口述封じられていませんか? 魔術師を捕縛した際には口述封じするよね。
周囲を取り囲む分隊員が顔を見合わせている。慌てて分隊員の一人が本部テントに確認に走る。
長い沈黙の後、
魔道具を持った分隊員が戻ってきて、口述封じを解除したようだ。
「ゥワーーーーーン」
召喚士が、寒さと痛みに耐えかねて腰を落とし、泣き出してしまった。泣きながら俺を睨みつける。
えぇぇ! 俺じゃないって。分隊長哀れ、責任を取るように。
それはさておき、再度分隊長が少し落ち着きを取り戻した召喚士に告げる。
「お前には、オークを召喚してもらう。拒否はない。」
まるで今までのことは、何もなかったかの如く、初めから尋問するようだ。分隊長の鋼の精神が羨ましい。
彼女の臀部は、寒さと痛みで真っ赤になっているだろう。なんとか条約という捕虜交換の条約に違反しておりませんように。
それでもオークを召喚できない事情が判明しました。彼女の魔力では一日一体のオーク召喚が限度のようでした。さきほど戦場で召喚したので今日は魔力不足の模様。残念だが仕方ない。
防寒コートを掛けてもらい、焚火で暖を取る彼女からようやく聞き出せました。
昨晩は、なんとなくざわざわした空気の中、分隊員の皆が寝つけなかったようだが、俺は朝一の鐘で起床。敵部隊の動きを確認に出向く。
夜間の哨戒部隊から情報を得る。敵帝国軍には動きはなかった。彼らの動きに注目に注目しながらも、今日も、敵召喚士の尋問が行われる。
昨日とは打って変わって、敵召喚士は協力的だ。昨日の尋問が効いたのだろうか。あるいは、今日は分隊長が不在なのが良かったのだろうか。あるいは、両方か。
敵召喚士には、魔力の回復量、召喚する魔物の関係から、一日にオーク一体を召喚させる予定とのことだ。召喚されて直ぐに首を刎ねられるのだが。
手枷を嵌めた敵召喚士が、俺を見つけて睨んでくる。今日は、防寒コートと防寒帽、ブーツで完全防寒スタイルです。
俺を恨むのはお門違いなのだが、口述封じを解除されると直ぐに近寄ってきては、
「拷問しなさいよ。」
敵召喚士が、ジト目で俺を睨みつけながら、捨て台詞を吐く。
「前線で私のことを蹴ったのは、あなたよねッ!」
「協力してくれるなら、尋問はないよ。」
誤解のないように訂正しておかなくては。拷問じゃないよ、尋問だよ。戦場で蹴りを入れるのは当たり前です。あと、お尻を叩いたのは俺じゃないってば。
それでも今日も無事に、魔石一個を確保できた。
そうこうして情報収集しているところだったが、敵帝国軍に動きはなく日没となってしまった。夜間の動きに備えておこう。こうして数日、前線でにらみ合いが続く。帝国軍には動きがみられない。
俺は、毎日敵召喚士の協力を得て、オークを一体召喚しては、魔石回収に励む。食糧班もオーク肉を相当量確保できて、ほくほくだ。君たち、分隊長と一蓮托生だよ。
敵召喚士の、形だけの尋問のなかでも、多少情報は得られた。
オークを召喚できるのは彼女だけで、他三人の召喚士はまだまだ若手新米で、一日にゴブリンを一体召喚するので精一杯とのこと。
オークが三体倒された時点で、他三人の召喚士を退避させたこと。それを見ていた長弓兵士たちも護衛と称して退避に同行したこと。
優秀な魔法使いや召喚士は東方や北方戦線に大量投入されていることなどを、聞き出すことが出来た。
東方や北方には、鉱物資源があり激戦地帯のようだ。
彼女自身は、皇帝の親戚関係の一人で、比較的安全な西方ローレル戦線に配属となったようだ。
こうして十日ほど睨みあいが続いただろうか。
ある日、夜明けと共に、穂先を外した槍に白旗を括り付けた、急ぎの使者が一人、慎重に王国の陣営に近寄ってくる。王国軍の出迎えと合流したあと、本部テントに招き入れられたようだ。
――捕虜交換か。あるいは停戦か。
その両方の申し入れだったようだ。停戦条件は、前線の後退と捕虜の交換。捕縛した捕虜は全員お返しすることとなった。
元々国境ラインは、ローレル川に設定されていた。そこを超えて帝国軍が侵入してきたのが今回の戦争。そのローレル川まで戦線を戻すというのだ。王国側にとっては、願ってもない好条件だ。
捕虜の数は、王国側が多いが、全てお返しするようだ。まあ、帝国軍に捉えられている捕虜は、あまり大事な人ではなかったようだが。
王国にとっては、前線の後退と併せて、行われたおまけですね。
逆に帝国側にとっては、今回の捕虜は大切な人が含まれているのだろう。あの召喚士ではないことを祈る。十三人分隊長、南無。
俺としては、あの召喚士の協力を得て、もう少し魔物の魔石を集めたかったが、まあ仕方ない。俺がどうこう言っても停戦は覆らない。
停戦、それに伴う捕虜交換は即時実施された。こうして、俺は分隊員の皆と一緒に、後方のあの管理棟に無事帰ることができた。
ああ、そう言えば、分隊長は前線維持軍として、残留部隊配置となりました。かなり出世したとのことです。あの件は不問ですね。わかります。
この管理棟は、前線の遥か後方だ。次の前線配属まで、待機となる。
マルーン帝国は、システィ大陸の中央に位置する大国で、その周囲をキャメリア王国を始めさまざまな国が取り囲む形となっている。抱えている戦線は、キャメリア王国だけでも、西方ローレル戦線を含め三か所。
他国との戦線では、東方山岳越え戦線、北方戦線、南方海洋戦線等複数の戦線を維持しており、帝国はここ西方ローレル戦線に、それほど人員や時間を割いてはいられないのだろう。
衛生班のリード班長もなかなかに情報通だ。




