第五話 火炎貫通弾
このパーティの主力格は、クロエの火属性魔法だ。が、今のファイアーボールだけではパワー不足。彼女に火器銃器のイメージを教えて、定着させなくてはならない。魔法はイメージが大事。火属性魔法の扱いにも慣れてきたころだ。次のステップに進もう。
賢いクロエには、火炎貫通弾のイメージも伝え易い。円錐形のイメージ、回転させるイメージ、温度の高い炎、青白い炎、速度という概念も理解できている。まあ粘土質の土で弾丸模型を作って、手取り足取り教えれば納得もいくものです。青白い炎はイメージできないようではあるが。
人事・教育の基本です。やって見せて、説明して、やらせてみせ、納得さす。時間を掛けて、出来るまで繰り返す。繰り返すのが大事だ。
日本海軍第二十六、二十七代連合艦隊司令長官山本五十六が残した「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」の言葉。彼の最も有名なこの言葉は、人材育成の全てを凝縮している。
自分の行動で「やってみせ」て納得させ、相手の理解できる言葉にして「言って聞かせて」、相手自身にそれを「させて」体験させ、少しでもうまくできれば「褒めてや」る。
五十六の言葉には続きがあり、「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」とある。これは立場や上下関係を越えた、現場で必要とされる話し合いの大切さとともに、部下に任せる委任が相手の成長を促すということを教えてくれる。
五十六は、さらに「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」と綴る。良い部隊をつくるためには「良い人材の育成」が欠かせません。それには、「コーチング力」「コミュニケーション力」「マネジメント力」が必要不可欠。
異世界に来る前に居た日本では、これが出来ずに、ただ怒鳴り散らすだけのマネジャの何と多いことか。名前だけの管理職。日本の若者を潰しているというのはあながち……。
さて、クロエの一生懸命な姿勢にこちらも熱が入る。ファイアーボールが爆発攻撃なら、火炎貫通弾は射撃攻撃だ。一対一ならこちらか。射出の早さも攻撃速度も段違いに向上している。繰り返し丁寧に練習を行う。カラカラに乾いたスポンジは、水を残さず吸い込んでいく。
「ファイアーブレット」
クロエが得意げに叫ぶ。
何度かクロエの叫び声が森の中に響き、練習の標的にされた樹木は、バキバキに貫通され、貫通内部から燃え出している。生活魔法のひとつである指先水鉄砲『放水』で消火作業をしながら、俺はその威力を確認してまわる。上々の成果だ。これならウォーグの素早さにも対応でき、リトルボアの分厚い毛皮も貫通できるのではないだろうか。クロエが出来る子でよかった。
一方、クロエに繰り返し火炎貫通弾のイメージを教えながら、俺は自分の可能性にも何か閃くようなものを感じていた。俺も貫通弾が撃てるのではないだろうか。何属性の魔法だろうか。あるいはバックパックの武器か。もしかしたら、ファンネル使いになれるのではないだろうか。ステータスを確認しても、何も生えてはいないが、いずれ俺も貫通弾が撃てるようになるであろう予感に打ち震えていた。
ツノ付きの赤い機体は、日本人男子の憧れである。赤い彗星に憧れ、物語の主人公に憧れ、強いカリスマ性に憧れ、散々RPGゲームをこなしてきた俺だが、年齢も五十九にもなり、そんな憧れはどこか遠くに置いてきた感じでいた。ガチ効率プレイより、マイペースに金策と攻略を楽しむ方が好きだった自分には、勇者よりその他大勢の方が性に合っていると自覚してはいたが、この時ばかりは、あの感動をあの興奮を思い出し、
――俺だって――
とその可能性に、奮い立たせるのだった。まあ、十五分で現実に戻りましたが。
今のパーティ構成は俺を含めて四人。三階層でクロエの火属性魔法を中心にスライムにアタックをかけ、魔力切れ次第でクロエを帰還させるため拠点に戻り、再度マイクとレイを引き連れて一階層、二階層を巡回して、二人の経験値を稼いでいく。金策の部分では、小さな魔石をコツコツと積み上げ、一角ラビットとゴブリンのドロップアイテムとあわせて売りさばく日々。
――何と地味な毎日なのだろうか。
でもここをしっかりと組み立てないと、年齢が低いだけに安全マージンが取れない。焦ってはいけない。
マイクとレイを同時に連れ出しているため、拠点の留守番は三人娘にお任せだ。しっかりと留守番をしてくれる。魔力切れ一歩手前のクロエが拠点に戻れば、それでも少し安心だ。
迷宮攻略の部分では、マイクに小盾装備とクロエに魔法杖を準備できた。ショートソードは、マイクとレイにそれぞれ一振りずつ。小型ナイフは、ララア、ケイト、アンジーまで装備が叶った。俺は、パリィと右足シュートで経験値を稼いでいく。
そうそう、迷宮を歩くための冒険者のブーツは三人とも真っ先に装備を揃えている。俺の分はバックパックに入っていた。ただ、不安な点は依然解消されていない。メンバーに怪我らしい怪我はないが、回復薬の導入も始めたところだ。ヒールかキュアが欲しい。
俺がこの世界の大地に立ってから五か月、真夏の太陽がギラギラと照り付け肌に痛みを感じさせる季節となっていた。
まずは食が安定してくれば、次は衣か。生活魔法『ウォッシュ』がうなりをあげて稼働してはいるが、いつまでも着の身着のままでは、ジェミニに申し訳ない。三人娘もそれなりにおしゃれをしたい年頃だろう。日本にいたときは、俺は五十九歳、彼女たちは孫の世代だ。孫という認識も拭い切れないでいる。単純に可愛い。着替えすら準備できないのが本当に申し訳なく感じる。
この世界に来て、直ぐにクロエと迷宮に入り、稼ぎ方を身につけたのは幸運だったと感じている。冒険者デビューできても、一人では何もできなかったかもしれない。冒険者ギルドでテンプレに出くわし、トラブルから半身不随になっていたかもしれない。この子達との出会いは、俺の異世界冒険小説の設定で始まったものだが、きっと神様の仕業だろう。
――試練かもしれないが。
次の全休日には、ある程度の資金を渡して、みんなの着替えを準備してもらおう。俺が今着ている服は、旅用の丈夫なものだが町内で普通に売っているものだ。内ポケットの多いベスト、茶色の長袖シャツ、茶のズボン、丈夫な膝下までの冒険者ブーツ。そしてお気に入りの耳当て付き旅人の帽子。暑いので耳当ては上にあげている。迷宮に入るメンバーは大体そんな感じで揃えようか。女の子は、それらしい着替えも必要だろう。そのためにも今日も迷宮に潜って、魔石を回収しなくては。
迷宮四階層のウォーグはスピードがあり、三体で群れを組んでアタックしてくるので、対策が必要だった。クロエのファイアーブレットで相手のフォーメーションを崩し、タンク役として俺とマイクが前衛につき、パリィを使ってバランスを崩し、レイの前に蹴りだす。レイとクロエがアタッカー役につき、一体ずつ止めを刺していく。
三人とも大分レベルが上がり、攻撃力もそれなりになったようだ。クロエの魔力量も十分持つような水準に育っている。右手に持つ魔法杖とショートソードを器用に切り替え、ファイアーブレットで魔物に先制打を与えては、止めをショートソードでしっかりと差す。やはり筋力も体力もスタミナも四人の中では一歩抜きんでている。マイクとレイのショートソードの振り下ろしも大分ふらつかなくなった。
五階層のリトルボアは、単騎で攻めてくる。助走からスピードに乗る前に、クロエの爆発系のファイアーボールを当ててスピードを殺し、二人のタンクで出足を止め、二人のサーベルで突き刺す。まだ一度では絶命できないので、時間がかかるがこれを繰り返す。リトルボアは単調な攻撃しか持っていないからできる対処か。スピードがついてからの突進は対処できない。スピードに乗る前に始末する。
ウォーグもリトルボアもアイテムをドロップするので、俺のバックパックに放り込んでいく。ウォーグは毛皮と牙、リトルボアは毛皮と肉が高く売れる。以前とは状況が異なり、マイクとレイにポーターを任せるよりは、二人の経験値を稼ぎたいと考えたからだ。この四階層、五階層を周回できるようになり、俺たちはかなり資金繰りが安定してきた。
こうして、俺の異世界小説に設定していたクラン計画は、ようやく始まった。
まずは、クロエたちのパーティで人材を育成し、パーティで迷宮周回ができるようになる。クロエ、マイクとレイが中心だ。
次に、周囲のストリートチルドレンを吸収していき、メンバーのレベルアップを図りながら、複数のパーティを運用していく。マイクとレイが十二歳になる二年後には、冒険者クランの原型をつくっていく。中級迷宮に進出していくことも課題だ。
次に、非戦闘員で商会を作り、生成や製造を行っていく。狙いは魔道具の製造、販売。この辺りには、俺の日本での知識を活かして新型魔道具を導入していきたい。
次に、エネルギー業界でリードを握る。魔石のマナフュージョンがこの世界の中心的なエネルギーならば、冒険者クラン、商会の両方で、その供給の役割を大きく担っていく。
最後に、経済、エネルギー面で、この王国、この大陸を担っていける実力をつける。国や大陸を横断するギルドという組織の特性を活かし、貴族や特権階級に支配されることなく、俺のやりたいことをやりたい。そのためのバックボーンだ。
ふふっ、こっちの世界では、後方で楽をさせてもらおう……。