第五十話 対魔物戦
遠方の山脈の紅葉が美しく映える青空が、ここは戦場だということを忘れさせてくれる。冷えた空気が美しさを際立たせている。
激しい塹壕戦は、周囲に血の匂いを色濃く漂わせている。
翌日、朝一の鐘で俺はテント内で目を覚ます。抱き合って暖をとる仲間は四人に増えた。猫人族のルビーと兎人族の三人だ。もう十の月の七の日なのだ。寒くて仕方がない。
前の世界で、子猫たちが丸まって団子になって寝ている姿を思い出す。微笑ましい姿だったなぁ。
夜間の哨戒部隊から情報を得る。敵帝国軍には動きはなかった。早朝からの動きに注目が集まる。戦闘は、王国側からは動けない。部隊数が違うのだ。敵帝国軍の攻撃を凌いで凌いで、前線をキープするしかない。他の前線はどうなっているのだろうか。
そうこうして情報収集しているところだったが、敵帝国軍に動きはなく日没となってしまった。完全に肩透かしを食らった。恐らく昨日の左翼――王国側は右翼――全滅を警戒しているのだろう。まあ、夜間の動きに備えておこう。
と思ったが、俺たちの部隊は夜間哨戒任務は完全に免除となったようだ。戦闘に集中して、敵の殲滅に励めということか。
翌日、朝一の鐘で俺はテント内で目を覚ます。昨晩も敵帝国軍の夜間奇襲はなかった。哨戒部隊から情報を得る。敵帝国軍の前線には動きはなかった。将校が捕虜になったのは大分ショックだったのだろうか。今日も、早朝からの動きに注目が集まる。
一の鐘後一時間の頃、帝国軍陣地の動きが騒がしくなる。今日は動きが少し早い。早々に、俺たちは前線の中央に配備される。
「ルビー二等兵曹、敵の動きはどうか。」
十三人分隊長が叫ぶ。
「前列の塹壕に魔物部隊と歩兵部隊、後ろの塹壕には長弓兵が配置されています。魔物は、ゴブリン五、六体にオークが三体です。」
ルビーちゃん、頑張ってくれている。あと、可愛い。
「騎馬隊は、いる?」
俺が確認すると、
「騎馬隊は、見つけられません。」
早速、警戒されたか。
「近くに魔導士は?」
いないなら、次の目標を探そう。
「長弓兵隊の間に紛れ込んでいます。その数四」
ルビーちゃん即答だ。こちらの意図を先読みしてくれる。
「ただ、全員が召喚士かどうかはわかりません。火属性使いが居るかもしれません。」
まもなく、見つけられなかった敵隊長が右手にもつソードを高々と挙げる。塹壕に隠れてその姿を捉えることができない。大きな銅鑼が、打ち鳴らされる。いつもの戦いがいつものように始まる。
「長弓隊! 掃射準備!」
帝国兵長が叫ぶ。塹壕二列目の奥から長弓隊が立ち上がり、矢をつがい、弦を引き絞る。
「ゥテーーーーッ。」
ザァァァァー。ザシュッ、ザシュッ。
長弓から放たれた弓矢が、一斉にこちらの陣地に届く。火属性使いの魔法弾はなかった。四人とも召喚士か。
ザァァァァー。ザシュッ、ザシュッ。
第二陣の弓矢が、一斉にこちらの陣地に届く。俺たちは塹壕に隠れながら、敵の魔導士を観察していく。
続いて、魔物部隊が塹壕を出て、迫ってくる。
ウォォーーー。
ガゥガゥッ。
唸り声が耳に届く。オーク三体にゴブリンが六体だ。その後ろから歩兵部隊が迫ってくる。
俺は、塹壕を飛び出し、先頭のゴブリン兵を叩き切る。今日の俺は、一昨日の俺とはひと味違うぞ。一昨日の戦いとは違って、長ドスを装備している。
ザシュッ
長ドスのキレは抜群だ。ゴブリンの振り上げた右腕を切り離す。返す刀でオークの腹を切り上げ、後方のゴブリンの左眼球を貫く。ゴブリンを蹴り倒し、長ドスの血糊を振るう。
オーク二体と対峙するが、オークは反応が緩い。右側のオークの左脚に蹴りを入れ、裏に回る、左側のオークが、こちらを向く前に右手首を叩き切る。
右側のオークの背中から袈裟懸けに切り下ろし、頸椎に止めを刺す。
右手を失ったオークにも、首の動脈を切りつけ、首を刎ね飛ばす。激しい返り血を浴びる。
残りの四体のゴブリンも首を切りつけ始末していく。
ザン、ザン、ザン、ザン。
「魔物の回収を頼む。」
おれは分隊長に頼み、長ドスの血糊を払い、納刀しながら、歩兵部隊へと間合いを寄せていく。
足の甲を戦闘ブーツごと踏みつぶす。膝裏を蹴り込む。歩兵部隊を張り倒しながら、召喚士の動きに目を配る。
今日の捕縛回収班は、魔物の回収に手間取っているようだ。オーク三体が場所をとり、重くて運ぶ人数が必要だ。敵歩兵部隊は回収されることなく、戦場に野ざらしとなった。
敵歩兵部隊が残り少なくなると、帝国兵長が再度叫ぶ。
「長弓隊! 掃射準備!」
いいんですか? 歩兵部隊が、前線でのたうち回っていますが。一斉掃射が当たりますよ。
が、二列目の奥から長弓隊の姿は見えない。矢を構える動作に入るものがいない。敵前逃亡か? 重大な軍規違反、重刑だろうに。
帝国兵長が呆然と立ちすくむ中、素早く一列目の塹壕に飛び込み、魔導士の動きを探る。
ひとつの召喚陣が起動した。
――オークでありますように。
俺はそう願いながら、塹壕二列目に飛び込む。やはり長弓隊は我先にと逃げ出したようだ。召喚士も一人しか見当たらない。
彼女――兵装からそう判断した――が、召喚を終えるのを待つ。
――オークだ!
オークなら食肉が回収できる。
ブモッ
ザンッ
オークが雄たけびをあげている途中で、恐縮だが、首筋に長ドスを当てさせてもらった。続いて、召喚士の腹に蹴りを入れ、ぶっ飛ばす。気絶した召喚士を横目に、隠れている敵将校を追う。
でくの坊と化した帝国兵長に、素早く右手張り出し、沈黙。
追いついた数人の長弓兵の襟首を掴み、放り投げる。
分隊員がようやく追いついてきた。次々と敵兵装を解除して捕縛していく。オークも何人かで引きずっていく。長弓隊は半数以上を取り逃がした。残り三人の召喚士も姿が見えない。
戦闘前に敵将校の姿を確認できなかったこともあり、どいつが敵将校なのか、判断がつかなかった。俺は、敵兵装を回収しつつ速やかに味方陣地に戻り、今日の仕事は終わり。先日、食糧班との約束、オーク肉の回収が果たせてホッした。
――今日は、オーク焼肉だ。
併せて四体回収したオークを全部、食糧班に手渡す。目が合ったとたん、ギョッとされた。まあ、オークの返り血を頭からかぶったので、全身真っ赤、目だけがぎょろっとしている。驚かせてすまない。最前線で入浴を希望することはできるのだろうか。
本日の戦果は、撃破不明、捕縛四十数人。うち召喚士一人、長弓兵四人。他にオーク四体分の肉を確保。弓矢と剣を大量確保。良い成果ではなかっただろうか。
分隊員の回収した魔石は、全部入手した。オーク四体分、ゴブリン六体分。全ての魔石を順に砕き、魔力を回収、吸収する。少しでもバックパックの復旧が早まりますように。
入浴はかなわなかったが、水は使わせてもらえた。今日は、まだやることがある。召喚士の尋問だ。決して拷問ではない。
手枷のかけられた召喚士を部隊後方に連れだす。よく捕虜を連れ出す許可がでたな。まあ理由が理由だからな。
――オークを召喚させて、さらなるオーク肉を確保致します。
最も適切な理由だろう。部隊のド真ん中にオークを召喚したら大騒ぎになってしまう。
分隊長と分隊員全員を連れて、召喚士の尋問に挑む。
手枷を外し、召喚士を正座させ、膝立ちさせ、両手を前に付かせて四つん這いにする。俺は、頭側に立ち、目の前に抜刀した長ドスを突き付ける。後ろ側には十三人分隊長が位置した。
「お前には、オークを召喚してもらう。拒否はない。」
十三人分隊長が、召喚士の背後から冷たく言い放つ。
「……。」
召喚士の返事はない。
俺は、分隊長とアイコンタクトを取り、もう一度促す。
「オークを召喚しろ! その武器は脅しではないぞ。」
口調がいきなり厳しいものとなった分隊長。
「んーーーー!」
かすかに、召喚士の声にならない声が漏れる。顔が紅潮してくる。何かを訴えたいようだ。
あれれ? 何かがおかしいよ。




