第四十八話 取り調べ
あのあと俺は、疲れが出たようで、ふたたび簡易ベッドの住人となった。まあそういうことだ。決して、アルフィが飲み物に何かを盛ったとは思いたくない。
翌日、朝一の鐘で起床。この辺りは同じなのだろう。アルフィが朝食を持ってきてくれた。固いパンと野菜スープの出涸らしか。
今日は十の月の五の日か。朝食のあと直ぐに、管理棟の取調室に招待された。待ち構えていたのは二人、この部隊の軍曹クラスだろう。あまり指揮官風には見えない。もう一人はその下の伍長か。
何故か、引率してくれたアルフィも、俺の背後にあった部屋の隅のイスに腰掛ける。
「おはようトールくん。」
軍曹が君付けで話し出す。俺の右腕に違和感が走る。なんだこいつ?
「おはようございます。ここまで運んでいただき、ありがとうございました。」
俺は警戒しながらも、丁寧に感謝の言葉を述べる。
「早速だが、君のことを正直に教えてもらいたいものだ。昨日は、頭痛が酷くて余り聞けなかったようだね。」
伍長が切り出す。
――そうか、あの衛生兵は、丸投げしたのか。
「名前はトール。テーベ大陸はサンズ王国の商人です。商業ギルドのドッグタグを調べてもらっています。」
「この地に落ちてきたのは、全くの偶然です。魔物と遭遇して、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされました。落ちて来た時に、皆さんにご迷惑を掛けなかったことは幸いでした。」
伍長が軍曹に耳打ちする。
「商業ギルドからは、問い合わせの回答が来ている。このドッグタグは、確かに商業ギルドのものだそうだが、きみの所属については、この大陸には心当たりがないそうだ。」
曹長が、俺のドッグタグを示してそう言葉を放つ。
――そうか、大陸を跨ぐネットワークなんてなさそうだな。
「どこでこのタグを拾ったのかね」
曹長が俺を睨みつける。
――敵兵に仕立て上げたいのか。
「そのドッグタグは私のものです。登録したもの以外は使えません。拾ったり、奪ったりしても使えるものではありませんよ。」
そう回答して、
「ひとつ伺っても良いですか。」
そう切り出した俺を、伍長が睨む。
「よかろう。ひとつだけ質問を許す。」
曹長が答える。
「ここは、システィ大陸と伺いました。俺のいたテーベ大陸とはどれくらい離れているのでしょうか。」
まずは、現在地を知りたい。
「きみの言うテーベ大陸は、ここシスティ大陸の東側に位置する。大海洋を挟んで一万数千キロは、離れているだろう。」
伍長が苦虫を嚙み潰したような顔で、教えてくれた。
「ありがとうございます。」
俺は答えた。そうか、帰れるのはいつになるだろうか。
「一万キロ以上を魔物に飛ばされたというのは、信頼できる回答ではないのだよ。」
曹長が畳み込んでくる。
「しかし、きみは嘘をつける状況ではない。魔力もまったく感じられない。筋力などはその程度では、魔物にも劣るだろう。」
曹長はそう言って、続ける。
「しかし、墜落して怪我ひとつないというのも不自然だ。」
「お前はいったい何者だ?」
曹長が突っ込んでくるが、返ってくる返事はわかっているのだろう。俺は嘘をつける状況ではないそうだ。さっきの右腕の違和感は、何か朝食に入っていたのだろう。
「俺は、商人です。荷物も資金も何もかも失った商人です。」
期待の返事を返す。
曹長が、俺の後ろにいるアルフィに視線を投げる。
「どうか、テーベ大陸に帰る方法を教えてください。」
頭を下げた。
ドッグタグは返してもらえた。
俺の身体に魔力がある程度貯まると、バックパックが回収しているようで、いまだに生活魔法が使えない。バックパック自身の修復に必要なのだろう。
生活魔法が使えないとなると、俺はここからの脱出方法はまだ見つけられない。バックパックの一日も早く復帰を願う。
午後から別の組の取り調べを受けたが、こちらも丁寧な対応だった。決して殴られたり蹴られたりはなかった。
こちらの質問も受けてもらえた。
冒険者ギルドや商業ギルドには、大陸間を跨ぐネットワークはなさそうだ。それでも、広大な大陸ネットワークを持っているだけでも優秀なのだが。
商業ギルド経由で、俺の生存情報をコザニの町に流すことはできない。返す返すも残念で仕方がない。
それと、この大陸の海を越えた西側にも大陸があり、そこは魔の大陸と呼ばれ、魔力が強く、瘴気が濃い大陸で、人族は入っていけないという話だった。
――魔王さまがいらっしゃるのだろうか。帰るなら東側だな。
今戦線は、帝国側が押していて、王国の苦戦が続いているらしい。それで、皆いらいらしているのか。
ここでの戦いは、長弓兵による一斉掃射のあと、騎兵隊の突撃、歩兵隊の進軍という具合らしい。対騎兵隊用に塹壕を掘って対策している。弓矢と歩兵隊の消耗が激しい。
歩兵隊先兵のほとんどは戦闘奴隷らしい。消耗が激しいわけだ。あの曹長なら進軍しかしないのだろう。まともな将校がいますように。
更に考える。魔力が戻るまでの時間が読めない今、この王国を敵に回すのは得策ではない。それに、魔法の監獄を突破する術は、今はない。
仕方ない。俺は、王国軍に志願することとした。歩兵隊先兵のほとんどは消耗が激しい戦闘奴隷だ。身分のあやふやな奴が一人紛れ込んで、いつの間にか戦死していても不思議ではないだろう。
まあ、もう少し情報が欲しいところだが。
夕方、三度目の別の組の取り調べを受けた際、俺は王国軍への志願を訴えた。上層部も俺に対するスパイ容疑は晴れていたようで、直ぐに認可となり、魔法の牢獄は、解放された。
どうやら、端から最前線に投入するつもりだったようだ。採寸、軍服、軍靴が与えられ、早めの夕飯のあとには手際よく、最前線に移動する荷馬車に乗せられていた。
最も、軍服、軍靴とも大きいサイズしかなく、仕方なく荷物として持っていくだけとなった。
荷馬車には、俺以外に五名の新兵が乗り込んでいた。二班分か。人族の奴隷が一人、獣人族の奴隷が四人。兎人族三人、猫人族一人。みんな戦闘奴隷。
お陰でこの大陸の生活の様子を伺うことができた。皆農村出身で、中世の農奴のような生活。生まれたところで育ち、麦を育てて暮らし、親の生活をなぞり、そしてそこで死んでいく。パンや粥が主食。飢えや飢饉はしょっちゅうだ。税が支払えず、親に奴隷商会に売られていくこともある。
この子達は、奴隷商会に売られる運命で生まれてきたのだろうか。そんな疑問が頭に浮かぶ。
――王国批判は、黙っておくが。
そんなことを話している間に、最前線に到着する。到着早々点呼を受け、配属されていく。分隊長は、人族の若手。現場経験はあまりなさそうに思える。まあ、こっちも現地徴用兵だ。何の訓練も受けていない身だし、下手なことは言えない。
仲間は一緒にやって来たあの猫人族。猫耳に猫しっぽだ。かわいい。性別は聞くのを忘れた。俊敏、夜目が効く。まさしく最前線向き。大事にしよう。顔や体は人族とそんなに違いが感じられない。
ショートソードが配られた。武器を握るのは久しぶり。刃なんてない。殴るための武器だな。
早々、夜間警備に着任する。現地徴用兵にも容赦はない。猫人族は夜目が効くので適任だろう。俺にも双眼鏡が手渡される。塹壕から敵陣地を覗く。
まあ、敵襲がいきなりあるわけではなかった。帝国軍が優勢なだけに、夜襲をする必要はないのだろう。むしろ、王国兵の脱走を見張っていたのだろうか。戦争奴隷兵は逃げられないだろうに。
ちなみに、俺も隷属魔法を掛けられたが、掛かった振りをして逃れた。状態異常魔法は、オートディフェンスが起動する。
こうして別大陸での二日目は過ぎていった。




