第四十五話 留守番部隊の戦い
「そうなの。」
イルメハの迷宮サブマスターのジーンが、ララアの言葉をなぞる。
五分ほど沈黙が続く。
「アンジー、辛かったわね。」
ジーンが、淡々とララアの言葉を伝える。
その夜、ぼくはジーンに、イルメハの迷宮コアとコザニの迷宮コア間の通信を依頼する。ダンジョンサブマスターはコアと会話ができ、イルメハの迷宮コアとコザニの迷宮コアは、通信ができる。これで、コザニにいる家族と会話をすることが出来た。
向こうのコアルームには、マイクとララアがいる。今日の出来事を、衝撃の事実をララアに伝え、こちらの状況を説明することができた。
「クロエのことを頼むわ。」
ジーンが、ララアの言葉をなぞる。
「アンジー、よく決意してくれたわ。頼りになる私のアンジー。可愛い私のアンジー。トールの留守をしっかりとお願いね。」
「でもねアンジー、あなた一人に背負わせたりはしないわよ。私たちは家族、決してあなたをひとりぼっちにはしない。」
ララアの柔らかい言葉がぼくを包んでいく――。ぼくはふたたび、涙に暮れた。
翌日、朝一の鐘で起床した。皆、マスタールームに集合している。クロエはまだ眠っているが、少し顔色が良くなったようにも見える。呼吸も落ち着いている。
光属性使いのアナベルが魔力を流して、造血を促している。痛んだ血管や内臓などは補修できたとのこと。昨日、トールの指示でしっかりと治すことができたようだ。
傷口も綺麗に治療できたらしい。女の子だから気になるよね。
ぼくは、昨日のトールとヴァルキリーの激闘の一部始終を家族に話す。
今初めて知るトールの最後――決して最期ではない――の姿。皆、クロエの大破を目の当たりにして、そして今朝はトールがいないことに気づいていた様子だったが、改めて、
――トールが行方不明
と言われると、動揺が広がる。
ぼくは、昨日の決意、そしてララアとの会話を説明し、皆でトールの留守をしっかりと預かることを誓うのだった。
アナベルをマスタールームに残し、作戦指令室に移動する。
イルメハの迷宮の防衛を考えると、戦力ダウンは否めない。トールとクロエのリタイア。それに、四体のオーガ亜種のロスト。アナベルは当分、クロエの回復に専念する必要がある。
航空魔導部隊のみんな一人一人の成長が求められる。
ぼくも、今まで以上の働きが必要となるだろう。望むところ。まずは、各自モクバの整備と魔石の充填を行う。
「北方面、十一時の方向に、コボルトの集団。数は不明。」
ジーンがモニターの様子を伝える。
「メリッサ、エイマール、シェイラ、エマ。出撃準備を。」
まったく、こちらの具合を考えてもくれない。モクバの整備と魔石の充填の終了したメンバーから出撃編成を行う。ぼくは、まだ魔石の充填が不十分だった。
「ジーン、ゴブリンのマーチン中隊の具合はどう? 分隊をいくつか回せる? 」
「了解しました。」
ゴブリンの分隊がいくつか、北方面に出動するのがモニター越しに確認できた。
トールの戦力ダウンは計り知れない。どう頑張っても完全にキャッチアップするのは難しいだろう。
だけど、何か方法はあるはず。まずは、数量で補おう。ジーンがコントロールできる魔物で、より強力な個体。スピードがあって、誠実で忠誠心が高く、しっかりと迷宮を守護してくれるもの。
ダンジョンサブマスターのジーンがアドバイスしてくれる。
――ミノタウロス
牛の頭を持つ、人型の魔物。半牛半人の姿をしている。
身長は二メートルぐらい、体重は百八十キロ程度か。筋肉質の体躯。力が強く、巨大な斧を軽々と扱う。
――本当ならば、この斧もトールにカスタム品を準備してもらえれば良いのだけれど。
ジーンによれば、乱暴者に見られがちだが、意外と情け深く慎重な性格らしい。
――いいじゃない。
それでは、ミノタウロスも五体召喚し、実戦演習の中で育成していこう。中から第二形態に進化するものが出てくれればと願う。
北方面に出撃したメッリサ隊がコボルトの集団と接触した。
数は十数体の小隊。コボルト集団の武器はこん棒か。上からの一方的な殲滅となるところ。でも油断はしないで。
モニター越しに、順調に殲滅が進むのが確認できる。新人ではあるが、火属性使いのエイマールにしても、風属性使いのシェイラにしても、上手にモクバを乗りこなして、魔法を上手く当てている。
実戦六カ月の経験は伊達ではないぞ。
あっという間に、コボルト集団は散り散りとなり、追撃戦へと移行する。
「メッリサ隊は帰還せよ。ゴブリン隊、敵残数の殲滅と周囲の警戒を。」
ジーンが的確に指示を出していく。
メリッサ隊の帰還に合わせるように、新規の魔物による越境が確認される。
「西方面、十時の方向に、ワーウルフの集団。数は不明。」
「ぼくが出る。ジェミニ、ルー、クラリス準備はいいかな。メリッサ隊は次に備えて。」
ワーウルフは人型の狼の魔物。狼人間とでも言えばよいのか。
強い膂力を誇り、それにより爆発的な加速を得るワーウルフは、スピードタイプの魔物。また、ワーウルフの一番の武器は、その顎であり牙だ。相手の顔に喰らいつき、喉に血を逃しこみながら敵をくらう。
なので、上空からの狙撃が一番だ。ゴブリン隊では、そのスピードとあの顎の力には対抗できないだろう。
航空魔導部隊単独での出撃を覚悟する。
屋上の、ドローンポートからモクバが四機、次々と飛び立っていく。
スピードタイプには初撃が肝心。高度から一気の急降下と滑空、ブレットを展開させ、敵魔物の眉間を狙う。
「ゥテー」
ジェミニを上空に待機させ、三機が急降下射撃を行う。ワーウルフ隊は八体編成、まだこちらの急襲には気づいていない。ブレットが四発貫通、通り抜けざまに、ブレッドを二発展開し、残りの生存部隊に打ち込む。一瞬の六体撃破。残存の二体は戸惑っている。ぼくは右旋回し、二体の注意を引く。
「ルー、クラリス 上からよろしく。」
二体のヘイト管理は出来ている。上空から迫る恐怖には気づかない。しかも足が止まっている。スピードを誇るワーウルフが立ち止まっていては、的にどうぞと言っているようなものだ。
バシュー
二発の射撃音が響き、二体のワーウルフは倒れていく。
「敵勢力の沈黙を確認。アンジー隊は、帰還を。」
「オーガ五体、ミノタウロス五体には、引き続き周囲警戒に当たらせます。」
作戦指令室からの指示が届く。
――さあ、帰ろう。
北方面に出現したコボルト集団の残存勢力の殲滅に残っていたゴブリン小隊が引き上げてきていた。
「南方面に、フォレストベア単騎。ゴブリンのマーチン中隊長に殲滅を委任する。」
単騎ならマーチンでも大丈夫とジーンは判断したようだ。
「アンジー隊は、補給と休息を」
「了解。」
ぼくは、ジーンの指示にそう答えて、補給にあたる。
「現在、北西方面にオーガ五体。北東方面にミノタウロス五体が巡回中。」
迷宮の領域ぎりぎりの地域を彼らが巡回している。ゴブリンのマーチン中隊は南側を警戒巡回中。今は熊退治中かな。
「東南東方面、三時の方向に、オーク小隊が侵攻。その数ニ十。」
ジーンの声が響く。
「メッリサ隊は準備を。」
「了解。」
メリッサ、エイマール、シェイラ、エマの四人がドローンポートへと消えていく。
「ミノタウロス隊も向かわせます。」
ジーンが付け加える。
メッリサ隊が次々と飛び立っていく。オークの的は大きいけれど、数が多い。二十、初撃が肝心だよ。
「北西、十時方向にトロールを感知、数不明。」
大物だ。ジーンに緊張が走る。
「アンジー、準備を」
指令室からの出撃命令だ。
「ジェミニ、ルー、クラリス準備はいいかな。」
本日何度目の出撃だろうか。ジェミニの体力はまだ大丈夫だ。ルーとクラリスの魔力もまだ半分以上はある。
屋上のポートからモクバを発進させていく。
「北西方面でトロールとオーガ四体の接触を確認、戦闘に入ります。」
ジーンが追加情報をくれる。
「わかった。」
さあ、急ごう。
前方にトロールの上体を確認、オーガが一体吹き飛ばされた。
「トロールを確認。オーガ隊は離脱を」
「オーガは一時離脱、航空魔導部隊が砲撃開始する。」
ジーンが叫ぶ。
右旋回から降下体勢に入り、バレットを四発展開していく。ルー機、クラリス機が後ろに続く。それぞれ迎撃態勢だ。
キュィィィィーーン
魔導エンジンが唸りを上げて、トロールに向かっていく。
的は大きく、動かない。四発当てて見せる。
バシューーー、バーン、バーン。
後続も含めて六発のバレットを打ち込む。自己修復能力がある個体だ。油断しないで火属性使いのエイマールがファイアエクスプロージョンを打ち込む。トロールが炎上して溶けていく。
「アンジー、帰還を。」
「オーガ隊は引き続き北西方面の警戒巡回を。」
十代の女の子のやる仕事ではないのだろう。それでも、今までこの道を歩んできたのなら、これからもこの道を進んでいくのなら、行く手をさえぎる者たちを殲滅していく覚悟はある。
どんな魔物にも、邪魔などさせない。
アンジーは、この日新しい魔法――ウインドビースト――を取得した。




