第四十二話 アンジーの戦い
女面鳥身が夜中に偵察に来ていて、本隊の襲撃に備えていたが、結局昨日はハルピュイアの襲来はなかった。日中、ぼくはクロエとともに冒険者ギルドに出向き、掲示板に張り出されていたクエスト内容を確認したり、冒険者の様子を観察したりしていた。
翌日、朝一の鐘で起床。第一戦闘服を着用し、作戦指令室でブリーフィングに備える。
西の空から、黒い雨雲が垂れ込めてきている。今日の飛行訓練は、かなり厳しい状況になりそうだ。首筋にチリチリと、嫌な感じがする。雨の訓練は苦手。
昨日からモクバの状態が気になっている。何ということはないのだが、なんか引っ掛かる。昨晩、就寝前にトールに確認を取ってはいるが、再度確認。
「おはようトール、ぼくのモクバは絶好調?」
モクバの整備状況が、仕上がりが、気になって仕方がない。どこか悪いところがみつかってはいないだろうか。
「やあアンジー、おはよう。問題なく整備は仕上がっているよ。魔力の充填も十分だ。」
トールが、モニターから視線を外し、こちらに笑顔を向けてくる。
「ありがとう。」
ほっと、安堵の胸をなでおろす。
「昨晩もハルピュイアの偵察部隊が飛来していました。今日も警戒しておきます。」
ジーンが昨晩の様子を説明する。
――そっか、ハルピュイアは諦めたわけじゃあないのね。
ぼくは、モニターを見ながら、領域侵入してくる魔物を確認する。
領域の南側には、フォレストベアが侵入していて、ゴブリンのマーチン中隊が対応中だった。ゴブリン隊は、夜間の巡回も担当している。
西の黒い雨雲は急速に拡大している。
「フィー、今日はお留守番ね。」
大鷹の幼生も大分大きくなったが、雨の中の訓練に付き合わせる必要はない。
「ピィ」
フィーも雨の中の飛行は嫌がるのだった。
「北東二時の方向からハルピュイア接近中。その数、百。」
ハルピュイア接近を見つけたジーンが淡々と話す。
西の空の黒い雨雲とは別に、北東の空から黒い物体が、多数近づいてくるのがわかる。
「ゴブリンのマーチン中隊は、引き続き南の魔物を殲滅せよ。」
――ゴブリン隊は南方面防衛に回っているので、ハルピュイアからは見つけられないだろう。今回は安泰だろう。
「航空魔導部隊は、北東へ展開。魔物を迎撃せよ。」
「オーガ亜種の四体は、北東に展開、落ちて来るハルピュイアを殲滅せよ。」
トールからの作戦司令が出る。今日こそハルピュイアと決着を付けよう。
「クロエは、アナベル、エマ、シェイラとエイマールを。」
「アンジーさんは、メリッサ、ジェミニ、クラリスとルーを。」
トールから今日の実践訓練の班編成の指示が出る。
「行っくよー。」
メリッサに声をかけ、ジェミニ、クラリス、ルーとアイコンタクトを取る。
ギュィィィィーン。
キィィィーーーーン。
屋上のドローンポートで、魔導エンジン始動。複数のエンジン音が響く。モクバがふわっと浮かび、全速前進。高度五千メートルに急ぐ。ジーンからの無線通信も良好だ。五機での編隊を組み、前方から迫るハルピュイアを見つめる。
「アンジー隊は高度維持して距離千まで詰めて、待機。」「トールも出ます。」
ジーンの指示が飛ぶ。
上空を見上げると、白い翼を背負ったトールが、更に上昇中。ぼくには、遠目にエンジェルに見える。
「クロエ隊は、高度三千を維持しつつ、北零時方向に展開急げ。」
ジーンも気合が入っているようだ。
「クロエ、初弾はエクスプロード、アンジーは、エアトルネード。いけるな」
ジーンから範囲の殲滅魔法使用の指示。
「了解」
「わかった」
エアトルネード、風属性の広範囲の殲滅魔法。集団相手には有効だ。
「距離千、ウテー」
ブワーー
ギュイーーン
炎の殲滅魔法と、風の殲滅魔法が、ハルピュイアの左右から接近。
ドゴーーン
グシャーーン
「いくよー」
着弾と同時に、高度五千から上を取って、間合いを詰める。ハルピュイアもバカじゃない。正面から近づいてくる、大型魔法には当たらない程度には賢いが、それは囮だよ。
ヒュンヒュン、ヒュンヒュン
トールの八発のファンネルが高速で飛び交う。
バシュー、ビシュー
ハルピュイアの翼膜を打ち抜いていく。更に八発が、戻りのファンネルと入れ違いに接近していく。
「あのあとに続け―」
ハルピュイアがまとまっているところには、エアトルネードやウィンドストームを打ち込んでいく。
ぼくは、四発のエアブレットを展開し、ハルピュイアの頭を押さえつつ、迎撃を始めた。
今日のぼくの演習仲間は、水属性使いのメリッサ、土属性使いのジェミニ、火属性使いのクラリス、土属性使いのルーの五人編成。ジェミニ機には通信中継機を搭載している。新人のクラリスとルーも魔力量が大分増えてきて、スタミナがついてきたように感じる。
高速移動しながら、ブレットを展開し、狙いを定めていく。後ろを取られないように注意しながら、狙った魔物を見定めて、射撃。直ぐに離脱。魔物を見失わないように旋回しながら、再度狙っていく。
こうしてエアバレットをハルピュイアの背中に打ち付けていく。お互い高速で移動しながらの迎撃は、なかなか命中しない。が、繰り返していくうちに、狙い、照準が定まってきて撃墜数が増えていく。
ハルピュイアが魔法を発動するために、止まる瞬間を狙って、エアバレットを打ち込んでいく。致命傷ではなくても、翼膜にダメージを与えられれば、地上に落ちていく。地上では、四人のオーガ亜種が、待ち構えている。落ちたのは、お任せだ。
モクバ機は結界を張りながら飛んでいるので、ハルピュイアの風属性の魔法攻撃が当たってもどうと言うことはないけれど、衝撃は通るので避けている。あと注意するのは鉤爪での攻撃。急速接近してくる個体は要注意。
「アンジー、後ろを取られた。何とかしてぇぇぇっ。」
悲鳴のようなヘルプ要請が、メリッサから入る。見ると、すばしっこいハルピュイアに追い回されて、振り切れず困っているようだ。
メリッサ機のさらに上空から迫り、ハルピュイアに接近、後ろを取りバレットを二発打ち込む。翼膜を破られたハルピュイアは、ふらふらと落ちていく。
「アンジー、助かったよぉ。ありがとう。」
どういたしまして。でも次は上手く立ち回りなよ。
ダンジョンサブマスターのジーンから新人たちに対して、塔への帰還命令が出る。大分射撃精度が落ちたようだ。魔力切れも心配なのだろう。
ハルピュイアたちも、前回で主力級にダメージを負ったのだろう。今日の部隊は、前回よりも一枚も二枚も落ちる。新兵も混じっているのかもしれない。
分厚い黒い雨雲が空一面に広がってきた。夕暮れ時のように辺りが暗い。ハルピュイアがそわそわしている。雨風に強いと言われているハルピュイア。彼らの時間が近づいているのだろうか。ただ、その数を半数以上減らしてしまっては、反撃もままならない。エアブレッドを二発展開し、慌てるハルピュイアを狙う。
雨が落ちてきた。
ピー、キーと甲高い鳴き声がして、ハルピュイアが一斉に踵を返す。反転撤退していく。ぼくは展開した二発のブレッドを打ち込み、一体のハルピュイアの翼膜を打ち抜く。失速して墜落するハルピュイアを地上で待っているのは、レッドオーガ。一匹残らず殲滅だ。
と、その時。
別の甲高い声が聞こえる。
「キャー、アーーァァッ。」
光属性使いのアナベルの絶叫が、辺りに広がる。
叫び声の主を振り返ると、そこには、飛竜に乗ったヴァルキリーが槍を高々と右手に掲げ、辺りを睥睨していた。
穂先にはモクバごとクロエが貫かれていた。




