第四十話 魔の大森林の手入れ
バシュ! パシュ!
弓矢を放つ音が二発、わずかに響く。
聞き耳を立てたウサギが辺りの様子を伺う。
ザン! ザシュ!
すぐさま枝の上のリトルエイプが二体落ちて来る。慌ててウサギが身を隠す。
ザッザッザッ。その後方、下草を刈り取る音が響く。
コザニの迷宮で百体の魔物襲撃を受け、その原因、要因を探るべく北方面を探索する必要が出てきた。その前に、迷宮の領域内の手入れが必要と考え、北方面へ出向き魔の大森林の手入れを行う。斥候弓使いのポーラと、新人斥候弓使いのビヨルンを連れて、迷宮の領域ぎりぎり北方に下草刈りを広げている際に、リトルエイプと出くわした。
前の世界では、原生林といわれる人の手が全く入っていない自然はとても貴重で、そのままにしておくことが大切とされていた。経済対策との綱引きでどうしても自然破壊が進み、もうこれ以上は自然破壊というよりは地球そのものがダメになってしまうという水準まで進んでしまっていた。こちらの世界でも、人間の勝手で自然破壊はゆるされないだろう。
が、自然維持と不気味な森の放置は違う。伸びすぎた草は枯れ、成長しすぎた木は枝や葉が外からの光を遮る。それを繰り返すと、不気味な森ができてしまう。緑が少なく、枯れた草木や蔓がはびこる大森林は、自然豊かな森とは呼べない、呼びたくはない。さらに、魔物との戦闘で不利な環境はなるべく整備しておきたい。特に、迷宮の領域沿岸近隣は念入りに。
先日の戦闘で、倒れた木々を回収し、下草刈り、枝打ち――よい枝を残すために、枝を切る――や間伐――木や竹の間の距離をつくるために、木や竹を切る――などを行う。こうして、森に光や風を取り入れ、それによってよい土壌や森がつくられる。見通しもよくなった。まあ、良く見えるということは、相手からも良く見えるということではあるが。
刈った草や枝、倒木、間伐材を回収、腐葉土と一緒にして肥料を作ったり、薪として利用する。
コザニの迷宮の魔の大森林の東側と西側は、陸戦部隊に任せる。東側は重剣士となったマイクと斥候のレイを始め、軽剣士の新人が二人と槍使いの新人が一人の五人分隊。西側は、重戦士のオリバー、軽戦士のトミー、槍使いのエドワード、そしてタンクのパウルの四人分隊で、それぞれ下草刈り活動をする。
北側担当の部隊は、戦闘での倒木を回収しながら、北方に進み、前回百体の魔物との激闘を繰り広げた場所まで整備がすすむ。この地はちょっとした荒地となってしまい、そこを中心に、領域の中心から四キロの地点に塹壕を掘っていく。北からの魔物襲撃対策だ。
航空魔導部隊の本体は、イルメハの迷宮にて演習を重ねているが、コザニの迷宮側では、新人四人の魔法使いが練習をしている。その中に、土属性魔法使いのアマリア十一歳の女の子がいて、彼女を連れ立って、塹壕を掘り進めていく。イルメハの迷宮にいる先輩たちは、十数キロも石畳舗装をするわけだけど。魔力切れは辛かろうな。まあ、これも訓練だ、頑張ろう。
さらに、その塹壕からもう一キロ北方に下草刈りを広げて、迷宮の領域内を整備していく。その途中で、前述のとおり斥候弓使いのポーラと、新人斥候弓使いのビヨルンが、リトルエイプを仕留めていたわけだ。
さて、知能を感じさせる類人猿の魔物は、百体魔物の引率者となり得るのだろうか。ありそうな話だな。ただ、前回の集団にはリトルエイプの存在はなかった。あのピューマタイプに気を取られ過ぎて、見逃してしまったのか?
あるいは、ビッグエイプやブラッドエイプが更に北方に陣取っていて、前回は様子見だったのだろうか?
――前方百を見て
ポーラがハンドサインで教えてくる。
――了解
俺もハンドサインで返事をして、前方を注視する。
広葉樹の枝上にリトルエイプが三体見える。こちらを捉えてはいないようだ。三人で身体強化をかけ、斥候の二人は強弓を引く。俺は、ファンネルを一機飛ばす。一体のエイプに気づかれた。牙をむき出しにして敵意を示す。が、同じ枝に居続けたら単なる的だよ。
一斉射撃。
やはり北方面は、領域の外をもっと調べた方が良さそうだ。明日、隊を組んで探索に出かけよう。
産業振興の基本のひとつは、その町の治安維持だろう。
コザニの迷宮周辺の魔物対策は、前回百体の魔物の襲撃があったものの、その後は散発。今後の襲撃対策として、五体のオーガを召喚したり、いろいろと手を打ってきたところだ。前回重傷を負った三人を含め、陸戦部隊のメンバーも大分戻ってきている。育ってきている。
町中のほうは、迷宮街道沿いも含めて、ヤマネコたち自警団が目を光らせている。町が大きくなれば、いろんな人族が集まってくれば、トラブルは起こるもの。窃盗、スリ、酔っ払いの傷害ざたなど可愛いのが毎日のように起こるが、衛兵に突き出すまでが仕事だ。あとは、領主、衛兵にお任せだ。カーター男爵も武闘家なので、その辺の衛兵の教育はしっかりしているようだ。
冒険者の迷宮攻略は徐々には進んできてはいるが、四十階層のボスオーガ単体の部屋まではまだ侵攻してきてはいない。もっとも、地元ギルドでは中型魔石までの依頼であり、大型の魔石を落とすボスが五十階層にいるとは認知されていない。大型魔石が出るとわかったら、皆殺到するのだろうか。
コザニの町の経済が盛り上がっていることもあり、町の人たちの表情も明るい。町の成り立ちの林業や農業、付随して鍛冶屋、炭屋なども大きく興隆しているし、従事する人族も増えているようだ。町の収支も大きく改善されているだろう。好景気が続けば、多少のトラブルは軽々と乗り越えていく。
一方、イルメハの迷宮側では、航空魔導部隊の本体が実弾射撃練習を兼ねて、迷宮周辺の魔物対策を行っている。火属性使いのクロエと風属性使いのアンジーさんは安定の主力級に育ってきた。水属性使いのメリッサ、光属性使いのアナベルも元気だ。まだ七歳の土属性使いのジェミニ、雷属性使いのエマも通信中継機が主な任務だが、お姉さんたちに交じって、遅れないように飛行できている。
更に新人も大分訓練を重ねてきた。火属性使いのエイマールとクラリス、風属性使いのシェイラ、土属性使いのルー。四人とも汎用型モクバを乗りこなすまで成長している。まあ、まだまだ魔力量が不安定なので、スタミナ重視で訓練を重ねていく。
主に、北、東、西方面から迷宮塔を目指してくる魔物の殲滅が、航空魔導部隊の訓練場所。南側は、ゴブリンのマーチン中隊が主に担当している。冒険者に迷宮を解放したが、地下一階から下であり、地表は、魔の大森林の風景通り、うっそうとした森林だ。人族はだれも入っては来ないだろうけれど、人族の入ってくる可能性がある南側は、ゴブリンのマーチン中隊を担当とした。
まだ、モクバは見られたくない。
ゴブリンのマーチン中隊は、ハルピュイアの襲撃で半壊したが、その後新兵の訓練を重ね、四十九人中隊まで回復してきている。頭数は。
迷宮南門にほど近い農村フィッタ村は、急速に拡大しているが、いろんな整備が追い付いていない。絶対的に村人が足りない。いろんな問題点がこれから出て来るのだろうが、好景気が、それらを全て飲み込んで動いていく。
ここは、アーレフ侯爵の領内統治の手腕をじっくりと見てみたいものだ。単なる日和見の貴族野郎なのか、領民のために経済をしっかりと回せる施政者なのか。
こちらの冒険者の迷宮攻略はかなり進んできていて、五十階層のボス部屋攻略まで来ている。大型魔石が出る情報を持ち帰っており、また迷宮内のマッピングも丁寧にしていたことから、冒険者ギルド主体で迷宮攻略に来るだろう。こちらの冒険者対策が急務か。
ときどき、ダンジョンマスターになってしまったことを忘れている俺がいる。いろいろと異世界探索に出かけたいところなのだがねぇ。




