第三十六話 コザニの町とイルメハの町の産業振興
コザニの迷宮に設置した農場、山羊農場とウシ農場は順調に稼働している。三人の山羊魔族が頑張ってくれている。俺に対する誤解も解けたようだ。
――いったい何を誤解していたのだろうか?
その直ぐ下階層に農場を追加、綿花農園を設置する。綿花の種子と栽培から、紡績、製糸、機織り、生地づくり、漂白、染色、デザイン、型紙、縫製など様々な工程を持つ綿花農園。天候をコントロールできる、害虫を除去できるという、迷宮内農園の強みがある。農薬ではなく、化学肥料ではなく、魔の大森林産の腐葉土を肥料に使うことができる。
水を大量に消費する綿花栽培。綿花農場の灌漑用水として大量の水が必要だ。他の農作物に水が行き渡らなくなる程度に。
薬剤を大量に使用する綿花栽培。デリケートで栽培が難しい綿花栽培は、殺虫剤が大量に必要だ。空気汚染、水質汚染による健康被害。大量の殺虫剤を含むほこりが綿花農園から空気中へ吹き飛ばされていく。そのため注意深く換気をする必要がある。作業員は、そのような空気を吸い込むことによって、肺やのどなどの疾病にかかりやすくなってしまう。
綿花栽培の土壌から溶け出た農薬は、土や川を汚染。その土地の生態系を破壊する原因にもなる。
生地加工段階での化学薬品の使用。収穫された綿を生地に加工する段階でも多くの漂白剤や染料などの薬品が必要になる。そのような染料や薬品を含む汚水を、適切に処理する施設がない。
この世界に農薬や化学肥料をまっすぐ持ち込んでしまえば、こういった弊害がすぐさま顕在化するのは明らかだ。
それを避けるための迷宮内農園だ。この世界に環境破壊を持ち込んではならないだろう。木綿製品が白くなくてもいいじゃない。染料は自然素材の味でお願いします。木綿製品が希少で、高価格となってしまうのは致し方ないが、少しずつでも浸透させていきたい。
大事なのは、大切に使うこと。使わないという選択ではなく、必要な分を大切に使うということ。この産業で生計を立てている人たちもいるのだから。
大事なのでもう一度言うが、木綿製品が白くなくてもいいじゃない。染料は自然素材の味でもいいじゃない。自分の知らないところで、かけがえのない惑星環境が破壊されている、知らない人の命が危険にさらされている、そのことを知っているべきだ。知っていれば、考えてくれれば行動が変わる。
幸い、この世界にも綿製品がある。そこを駆逐することなく、希少価値を維持しながら世の中に供給していこう。まずは、木綿反物で供給、縫製や服飾関係の産業育成を図ろう。
土木作業も大きな柱となるだろう。主要街道の整備による物流の効率化。魔の大森林沿いを東西に横断する高速街道の設置から始めようか。まあ、環境破壊とならない程度に抑えて。加えて、作付面積の拡大のための農地の新規開墾も手伝っていこう。もっとも土地は全て王国の持ち物なので、いくら新規開墾して土地所有権はかなわない。今のところは。土地を持ちたいのであれば、貴族になって国王から所領を賜る必要がある。
農業については、魔の大森林に堆積している、魔力を含む大量の腐葉土を活用できるだろう。カーター男爵領地の大麦畑とライ麦畑にも投入して、単位面積当たりの収穫量増加を目指したい。
それと並行して、大麦やライ麦も品種改良をして、単位面積当たりの収穫高増を目指したい。迷宮内農場での促成栽培によりさまざまな麦を育て、なかから優秀な種子を選別。促成栽培を重ねる中で、収穫量、病気、品質、育成のし易さなどの観点から絞りこんでいく。本来的には十数年かかる品種改良が、迷宮内農場では十数日で完成してしまう。
これはもちろん、大麦原料のビールやモルトウィスキー、ライ麦原料のライウィスキー、バーボンウィスキーのためだ。醸造所、酒蔵産業をこの町の産業のひとつとして育成していこう。この世界の酒飲みたちのために。なお、オーク樽は現地調達。既に産業として育ちつつある。
他に、じゃがいもやさつまいもといった穀類の栽培も必要となるだろう。何せ、食堂での下働きといったら芋の皮むきからである。この世界でもきっとそうであろう。
殺虫剤については、この世界の毒草から抽出した毒薬を希釈して使えないだろうかと考える。何故かというと、ベッドが麦藁束ベッドでのみダニの温床となるからだ。あるいは、獣や魔物の毛皮も同様。需要はあるだろう。あるいは、高濃度アルコールによる消毒によってのみ、ダニを退治できるだろうか。直ぐに揮発してしまってあまり効果的ではないかもしれない。いずれにしても人体に大いに害があるものはやはり環境破壊につながるので導入は難しい。この世界の毒草成分をアルコールに溶かし出してスプレーというのが落としどころか。
殺虫剤は功罪入り混じる。場合によっては、害虫駆除サービスのような運用の方がよいのかも知れない。
一方、イルメハの迷宮の農場には、胡椒の挿し木栽培を行う。胡椒を主力商品に、しいては肉食を根付かせていきたい。子供たちにもっと美味い肉を食わせたい。
そして酒の醸造。その根本となるワイン酒のためのブドウ園はこの地では厳しい。現在仕入れているワイン樽のブドウ園を見学する必要があるだろう。
収穫高が増えれば、農家は売買できる額が大きくなり、貨幣経済が発展していく。町の暮らしももっと良いものになっていくことだろう。ある程度の量、金地金の放出も必要となるかな。金貨を鋳造するのに必要だ。
コザニの町やイルメハの町の産業振興を考えていくと、人手が足りない。圧倒的に足りない。充足するには、別のストリートチルドレンに声をかけるか、この王国にある奴隷制度を頼るか。あるいはその両方か。
一気に進めれば、迷宮再開後の魔の大森林での失策が頭をよぎる。一方では、いや大丈夫だ。慎重かつ大胆に進めようと言う俺がいる。
コザニの町は、ララアさんとケイトにお任せだ。二人なら他のストリートチルドレンと交流もあり、今年の四月に三十二人の新人たちも集めてくれた。今回は、クランへの合流という形ではなく、仕事を依頼するということで、ストリートチルドレンを集めてもらおう。通いの手間賃稼ぎだな。賄いつき。三人の山羊魔族カーマ、アーマ、ユーマの手伝いから始めよう。
レストランの給仕、下膳、洗い物、厨房の手伝い、芋の皮むき、ガラス瓶の回収、売り子、品出し、ゲストルームの清掃、洗濯、廊下・便所の掃除、牧場の手伝い、チーズ加工の手伝い、干し肉・燻製・腸詰加工など食肉加工の手伝い、パン焼きの手伝い、綿花農場の手伝い、出荷の手伝い、資材の倉庫管理の手伝いなど作業は山積みだ。
特に、綿花農場の手伝い、強いては、裁断、縫製のスキル持ちが切実に欲しい部門だ。お針子さんの募集だな。
イルメハの町では、胡椒栽培の手伝い、干し肉・燻製・腸詰加工など食肉加工の手伝い、そして、調理、厨房の手伝い、スコットブラザーズ商会との取引窓口業務などがある。
特に、調理スキル持ちが切実に欲しい部門だ。調理人の募集。ベンガルトラのベルの食事が、魔物の生肉では食べなくなっている。
スキル持ちはストリートチルドレンにはいないだろうから、奴隷商会からの奴隷の購入となるだろう。
ここサンズ王国にも奴隷制度がある。犯罪奴隷と借金奴隷、他に特殊な場合と複数の種類ある。全ての奴隷は、奴隷商会の仲介のもと商品と同じく売買される。ただ、お客はある程度限定されているようだ。奴隷商会の審査のようなものがあるのだろう――まあ、ざる審査だろうけど――。
奴隷たちは、武器や防具、道具と同じように売買されている。奴隷は、生前から死後まで、その生涯のあらゆる段階で価値が変わるものだ。
魔道具の隷属の首輪や契約魔法、隷属魔法で縛られた奴隷は、主人に逆らえないようになっており、秘密を漏らすことも、強制労働を避けることも、横領することも、脱走することもできない。逆に、教育さえできれば、理解ある主人に恵まれれば、実に優秀な従業員になるであろうことも奴隷制度が証明している。
主人の奴隷に対する考え方で扱いも異なる。道具に対する主人の考え方次第だ。理解ある主人に恵まれれば平和に暮らせるが、労働環境は総じて劣悪だった。過酷な扱いを受ける者も少なくない。
食事は主人と一緒にとれない、席に座ってはいけない、ベッドで寝られない、宿の部屋で寝泊まりができないなどの制約がある。
奴隷は、農耕作業、土木工事、炭鉱夫、傭兵などあらゆる現場で必要とされている。男の奴隷は、森林開拓、農耕作業、建設現場、鉱山での採掘、材木の伐採、材木の運搬、荷物の運搬などの重労働を課される。前の世界では重機が活躍したような現場に投入される。女の場合は、裁縫、子守、家事、料理、井戸水汲み、畑作業などに従事する。
奴隷達は、最小のやりかたで食べ物と着るものと住む場所を与えられた。家族は、奴隷制度の下でも社会的組織での基本単位であり、主人が奴隷家族の安定を奨励することは経済的利益にも繋がるので、多くの主人がそうしている。奴隷の大半は家族ごと売られるか、家族の元を離れても良いと思われる年齢に達した個人が売られる。
主人は、女の奴隷の受胎能力を調査し、将来的増加における価値を試算した。奴隷が成長するにつれ、主人は奴隷たちの仕事量を定量化した評価表を作り上げ、その価値を評価した。評価ラインに到達しないものは、下取りに出されたりする。本当にもの扱いだった。
俺は、スコットブラザーズ商会のライアンさん経由で、奴隷商会に接近し、型紙、裁断、裁縫スキルまたは調理スキルを持つ奴隷の手配を依頼した。取引場所は、王都西北、アーレフ侯爵の領都セオギン。




