第三十四話 部隊の拡張
航空魔導部隊は、イルメハの迷宮で戦闘実地訓練を四日間繰り返したあと、コザニの町へと帰還した。大鷹の幼体フィーもアンジーさんに抱えられて移動。翌日、陸戦部隊の七人小隊――新人三人は留守番――をイルメハの迷宮に移動させ、塔に迫りくる魔物たちの応対を指示する。サブマスターのジーンは大忙しだ。
迷宮の性質上、迎撃・ディフェンス型の布陣が中心となる。コザニの迷宮もイルメハの迷宮も例外ではない。
しかし、コザニの迷宮は俺の思い入れのせいで、詰めが甘い設定となっている。帰還用の転移魔法陣が設置されているとか。実は、ボス戦で死亡しても、死亡した冒険者は地下一階の大浴場に素っ裸で、死に戻りする仕組みだとか。内緒だし、まだボス戦で死んだ冒険者はいないので起動していないが。想定外のアタックを喰らう前に、こちらも迎撃布陣を厚くしておかなくてはならない。
また、イルメハの迷宮は、まだ迎撃布陣が薄く、不安が募る。DPがないのがその主な原因。そのため、現存部隊であるゴブリンのマーチン小隊の成長待ちとなっている。DP増加対策として、航空魔導部隊と陸戦部隊の交替による常駐、魔物殲滅を図りたい。
イルメハの迷宮でのゴブリンのマーチン小隊の育成状況に気を良くした俺は、コザニの迷宮でも育成しようと、まずはゴブリン一体を召喚する。
「お前の名前は、トーマスだ。俺のために尽力せよ。」
トーマスの両手を握り、魔力を流しながら、命名する。
「ガゥ」
やはり上手く話せないようだ。鋼製のショートソード、オーガ製皮鎧、グリーブ、籠手、皮ヘルメットを渡す。早々に、コザニの迷宮周辺の魔の大森林の探索部隊に同行させ、パワーレベリングを実施。頑張れトーマス。いずれ、四十階層のボスを任命しよう。
現有戦力である航空魔導部隊、陸戦部隊の育成を考えると、イルメハの塔迷宮ににじり寄ってくる魔物の殲滅が実践訓練として最適に思えてくる。迎撃しても、いくらでも湧いてくる。前回の航空魔導部隊の実践訓練は大成功だった。イルメハのサブマスターのジーンとの連携も上手くいった。今回の陸戦七人小隊の成果を見極め、基本的には、部隊を一カ月単位で交替常駐させようと考える。まれにトロールやワイバーンも侵入してくる迷宮だ。相手にとって不足はないだろう。
一方、別の課題が発覚。片道の移動に八時間かかってしまい、部隊の移動がままならない事実。まあ、航空魔導部隊を運んだ際に千六百キロを八時間かかったことで、ようやく理解したわけだ。この王国は広い。二つの迷宮間を移動するのに、時速二百キロで移動できる乗り物はこの世界にはまだないだろう。部隊を分散するか、他の部隊を育成していくか。大型の輸送機を準備するか。
しかし、まずはディフェンス陣をしっかりと育成したい。イルメハの迷宮では、ゴブリン隊が順調に育っている。この陣容を拡張していこう。十人小隊を四部隊。斥候を二人ずつで八人。中隊長にマーチン四十九人中隊だ。ベンガルトラのベルという切り札がいるのも心強い。
コザニの迷宮は、これからディフェンス陣ゴブリン隊の育成だ。まずはトーマス小隊を結成したい。
こうして、ゴブリン部隊は多少の損耗を繰り返して、六月を通して訓練を重ねていく。イルメハの迷宮では、ゴブリンキャプテンに進化したマーチン四十九人中隊長を頭に、ゴブリンファイターを小隊長とする十二人小隊が四隊で構成された。
また、イルメハの迷宮では、迷宮の領域の境界に建築物を設置。イルメハの町への窓口となるものを準備した。
イルメハの迷宮のコアによると、イルメハの町は、サンズ王国の北西に位置し、領主がマインアート男爵。領地自体は、アーレフ侯爵の領地となっており、マインアート男爵は寄り子だ。迷宮は、イルメハの町からは五十キロ離れており、途中に農村がひとつある。迷宮の中心とは十キロほど離れている。今回設置した建築物は中間の五キロの地点となる。名前は迷宮南門としよう。
この迷宮南門を窓口に、イルメハの町との交易を拡大していこう。スコットブラザーズ商会のライアンさんを窓口にしようか。早速呼んでみよう。交易相手はアーレフ侯爵領なので、辺境伯領よりは、さまざまな物資が交易されていることだろう。まずは、イルメハの町の調査からだな。
コザニの迷宮では、ゴブリンファイターに進化したトーマス十人小隊長を頭に、分隊が三隊の構成だ。まあ、弱いな。速やかに四十九人中隊に育てていこう。
コザニの方でいい意味で想定外だったのは、新人三十二人の活躍だ。粒ぞろいと言っても過言ではないだろう。クロネコ・クランに入りたくって来たメンバーは良く働く。俺の意図を理解して良く動く。良く食べて良く寝る。予定していた山羊乳やチーズの生産も順調に進めることができた。
それと自警団。ヤマネコのレオンが仲間を引き連れてきて現在四頭体制とでもいうのだろうか。とにかく睨みを効かせてくれる。壁外の人口も二千人を軽く超えているようだ。
六月末日に、コザニの商会本店でスコットブラザーズ商会のライアンさんと話す機会を得た。
「アーレフ侯爵の領地にも交易網はありますか?」
ライアンさんにブランデーを進めながら、早速ライアンさんに探りを入れる。
「はい、担当は別の者になりますが、領都セオギンには、スコットブラザーズ商会の店舗もございます。」
うれしそうに、香りを嗅いで答えるライアンさん。
「定期的に、荷馬車がマインアート男爵のイルメハの町にも交易しております。」
グラスを持ち上げ、色味を確かめる。
「何をご用立ていたしましょうか。」
口に少しブランデーを含み、出来栄えを確かめる。
「このブランデーも素晴らしい仕上がりです。幾つ頂けますでしょうか。」
残りのブランデーを飲み干す。今回の出来にも満足してくれたようだ。
「ブランデーを四百八十リットルワイン樽で十、ウィスキーを同じく十樽でどうですか? 品質はどちらも市販級です。それと、二斗樽ブランデーを十樽、二斗樽ウィスキーを同じく十樽。こちらは貴族向け級。さらに、二斗樽ブランデーを二樽、二斗樽ウィスキーを同じく二樽。こちらは最上級。」
商会本店勤めのマーカスが、新しいグラスと最上級ウィスキーのガラス瓶を持ってくる。あわせて、新人の女の子ベナサールが、チーズを盛った皿を給仕する。
「そのウィスキーというのは?」
初めて聞くライアンさんの疑問は当然だ。
「実は、イルメハの町から北に五十キロの地点にクロネコ商会の支店を造りました。」
俺は、グラスを取り上げ、琥珀色のウィスキーを注いで、ライアンさんに差し出す。
「これが……。」
ベナサールが空になったブランデーグラスを下げ、チーズ皿を置く。
「ウィスキーと言います。大麦やライ麦が原料のお酒です。どうぞ。」
ライアンさんは、新しいグラスを受け取り、鼻に近づけ、香りを確認していく。
「また違う香りですね。」
グラスを持ち上げ色味を確かめる。
「お品物は何になりますか。」
口に少しウィスキーを含み、味、のど越しを確かめる。
「支店ではスコットブラザーズ商会さん向けの卸だけです。欲しいのは、大麦とライ麦。それと奴隷。出すのはウィスキーでどうでしょう。」
俺は自信たっぷりにウシのチーズを勧める。
「このお酒、ウィスキーは、こちらでもお取引をお願いできるのですね。ありがたいことです。」
残りのウィスキーも飲み干したライアンさんは、チーズをつまむ。
「それと、このチーズは……。」
チーズをまじまじと眺めながらライアンさんは思案している様子。
「山羊とは違いますね。」
「ええ、ウシの乳から作ったチーズです。」
「これも是非お願いしたいものです。」
「ウシのチーズはコザニだけです。イルメハでは、食肉を出したいです。ウサギ、ボア、オーク、ウシなどを予定しています。侯爵領は一大消費地でしょうから。それと。」
「それと?」
「胡椒を出します。」
ベナサールが、ワイバーンのサイコロステーキ肉が盛られた皿を置く。
「胡椒ですか?」
両目を大きく見開き、驚きを隠せないライアンさん。竹串の先端に刺さったサイコロステーキ肉を口に含み、味、鼻に抜ける香り、のど越しを楽しむ。
「こちらでもお取り扱い頂けないでしょうか。」
コザニ担当のライアンさんらしい返事だな。
「承知しました。が、この肉はワイバーンですが、これは無理ですよ。今回狩ることができたのは偶然です。」
苦笑いをかえす。
「聞きましたよ。ワイバーンの薄切り肉サンドバーグを出血大サービスしたそうですね。」
思いがけず、胡椒の味見ができて、うれしそうだ。
「ところで、話は変わりますが、この王国では奴隷制度というのはどんな感じなのですか?」
おれはライアンさんに、この国での奴隷の扱いについて尋ねていく……。
「ではまず、領都セオギンの店舗に顔を出しますよ。」
ライアンさんとの別れ際、がっちりと握手を交わし、俺は、イルメハでの交易拡大に一歩踏み出した。




