第三十一話 ゴブリンのマーチン小隊、成長する
夏の兆しが感じられる、清々しい季節を迎えた。こちらの世界では梅雨はないが、恵みの雨は降る。冬小麦――秋に種をまき、初夏に収穫する小麦――の収穫時期を迎えて、農民たちは大忙しだ。
イルメハの迷宮では、ゴブリンのマーチン小隊の実地演習を重ねている。DPも順調に積み重ねてきた。そのDPを使用して、迷宮の領域を半径五キロメートルに拡張。コザニ迷宮と同じ規模とした。その中心に半径十五メートルの五階建て塔を設置、地下は一階。五階にはマスタールームとコアルーム、倉庫。四階には作戦指令室、ジーンの控室など。三階には、農場。二階にはゲストルームと食堂。一階には出撃準備室。地下一階にはトレーニングルームを設置。
ここでも、手のひらサイズの小型ドローンに高性能ビデオカメラを搭載し、無線でつなぎ五十体ほど飛ばす。魔力が切れそうになったら、ポートに自動帰還する優れものだ。映像は作戦指令室のモニターに映しだす。ポートは塔の屋上に設置する。
サブマスターのジーンとベンガルトラのベルを伴って四階の作戦指令室へ向かう。この部屋には、中央に円卓、正面の壁にモニターが設置されており、その壁に向いてリクライニングチェアが三脚。どの方向にどの程度の強敵が侵入しているかがわかる仕組み。
イルメハの迷宮は、魔物がどんどん塔に寄ってくる感覚がある。
「マスターの魔力に魅かれて寄ってくるようです。」
コアが冷静に分析している。そうなのだ、周りを魔の大森林に囲まれているイルメハの迷宮では、塔に魔物がどんどん寄ってくるのだ。
――迷宮だから当たり前だったわ。
モニターを見ながら、ゴブリンのマーチン小隊に殲滅を指示する。
例えば、今は東側の境界からレッドバイソンが越境してきている。
「マーチン、あれ殲滅」
「ガゥ」
一階の出撃準備室にいたマーチン小隊が一斉に東へ駆ける。いい訓練になるだろう。
一方、ベルは西方向でフォレストウルフの越境を見つけ、四階層から転移魔法陣で一階へ、五キロメートルをあっという間に駆け抜けていく。うん、ベルは放置しておこう。
二十分後、五キロ先でレッドバイソンに接近したマーチン小隊は、レッドバイソンの風下に回り込み、まずはマーチンの一撃で奇襲をかける。寸前で気づかれ躱されてしまったが、それでもマーチンの一振りが背中の肉を切りつける。
頭を低くして突撃体勢を取るレッドバイソン。
「モゥゥー」
響き渡るバイソンの声、二本の勇壮な角を突き出してくるのをショートソードで受けるマーチンと隊員一体。
ガキューン。
迫力ある音とその圧力が伝わってくる。
止まったところを、他の隊員たちが間合いを詰め、四本の膝裏を狙ってショートソードを振るう。
振り上げた角に釣り上げられた隊員が空を飛んでいく。がら空きになった首にマーチンがショートソードで差し込む。四本の膝裏が斬撃で叩きおられていく。
迷宮に溶けていくレッドバイソン。魔石の回収はコアが自動的にやってくれる。マーチン小隊が凱旋のため整列をしている。
飛ばされた隊員は、木の枝にぶら下がっている。生きているようだ。
ベルは既に四階に戻っていた。が、獲物は持ち帰ってはこない。もう、俺の焼いたビーフグリルのデミグラスソース掛けしか口にしなくなってしまっていた。血抜きをしっかりとして、火を通した肉しか口にしないなんて、贅沢なことだ。まあ、焼いているのはちびっこたちだが。
さて、討伐部隊を確保しなくては。ベルは強力な眷属なのだが、一日十六時間は寝ている。ダメじゃん。かと言って、ゴブリンのマーチン小隊をどんどん増やすのもなぁ。よし、助っ人を呼んで来よう。あと、こちらの料理番も相談してみようか。
そんなことを考えている間に、マーチン小隊が帰還し一階の出撃準備室で休憩に入る。さて、次の標的は、……。
「マーチン、レッドバイソン殲滅作戦の完遂、ご苦労だった。」
「ウィ」
「部隊の損耗はどうか」
「ノン」
木にぶら下がっていた隊員も無事に回収したようだ。
「よし、引き続き指示を待て」
「ウィ」
先ほど見つけた、北側に侵入しているフォレストベア。この撃退指示を出す。
「マーチン、あれ殲滅」
「ガゥ」
北側に侵入しているフォレストベアの情報を共有し、マーチン小隊が再度一斉に北方面へ駆ける。
こうして毎日十~二十戦闘を繰り返し、経験を積み重ねていく中で、マーチンが、ゴブリンファイターとなった。剣技に優れる個体へと進化を遂げる。また、隊員のなかで、二体がホブゴブリン化、二体がゴブリンスカウトに進化した。
ゴブリンスカウトに進化した二体分、新人ゴブリンを追加し、マーチンの小隊は、十二体小隊となった。斥候が二体増えたことにより作戦遂行能力が向上した。ホブゴブリンも少し強力な魔物となった。なにより、隊長がゴブリンファイターとなったことで、各段に攻撃力が上昇した。作戦も安定するだろう。
夕方、本日の作戦を終了する。引き続きマーチン小隊へは、休憩をしながら塔へ侵入してくる魔物の殲滅命令を出す。フォレストベアの毛皮敷き物に寝そべっているベルをなでで、夜間に塔へ侵入してくる魔物の殲滅を依頼。夜はベンガルトラのベルの時間帯だ。ゴブリンのマーチン小隊の出番はそうないだろう。俺は転移魔法陣でコザニ迷宮へと移動する。
コザニの町に戻った俺は。クロエに会いにいく。夕食後、集合したのは航空魔導部隊の六人。七歳になったジェミニとエマも通信中継機の担い手として演習につれていくこととした。空を飛んでいるだけなら大丈夫だろう。
「第一航空魔導部隊は、明日から五日間の実地訓練に入る。明日朝一の鐘、商会本部会議室に集合。以上解散。」
拠点の厨房に回り、明日から六人を五日間実地訓練につれていくこと、六人の五日間の食事を用意してほしい旨をララアさんに話しておく。直ぐには準備できないとのことで、明日夕方取りに戻ることとした。
そうだった。マイクたちにも指示を出しておかなくては。
次の日、商会本部会議室に集合した部隊を連れて、魔の大森林の草原地帯に向かう。モクバを乗りこなす部隊は移動も速い。集合して、俺のバックパックから取り出したのは、ヘリコプター。あるいはドローンが近いか。
――強襲揚陸ヘリコプター母艦を手に入れた。
俺のバックパックの能力だ。レベル七に到達したら生えたマザーシップという能力だ。その名の通り、母艦だ。これでどこまでも空を移動することができる。静音、軽量化がなされていて、内部はヘリコプターに比べたら静かだ。いやそれでも結構うるさいな。
パイロットを含めて八人乗り。早速乗り込み、イルメハの迷宮を目指す。直線距離で千六百キロメートル。時速二百キロメートルで八時間の移動だ。初日は何もできずに、移動だけだな。
途中、中間地点あたりで北へ連なる山脈と一部、高台を発見。高度千メートル程度か。岩場が目立つが、平面が確保できて、ヘリポート中継地点として使えるかもしれない。
夕方、イルメハの迷宮にヘリを着地させた俺は、六人をゲストルームに案内。ジーンに塔内の案内とメンバーの紹介を指示し、俺はコザニ迷宮の拠点に、この部隊の五日間の食事を取りに戻る。流石に昨日の今日の指示では、五日分の食事は直ぐには準備できなかった。もう用意できているころだろう。俺一人だと転移魔法陣が使える。
夕食を抱えて戻ってみると、コアルームで六人ともベンガルトラのベルに目を真ん丸にして魅入っていた。ベル、迫力ある体躯をしているからね。毛繕いしてもらってご機嫌。
この日もマーチン十二体小隊はジーンの誘導のもと、実地訓練をこなした。
翌日訓練初日、朝一の鐘で起床、作戦指令室でブリーフィング。ゴブリンのマーチン小隊が東に向かえば、航空魔導部隊は西へ、マーチン小隊が北に向かえば、航空魔導部隊は南へと、実地訓練を重ねていく。
ジェミニとエマも通信中継機の担い手として、出撃機会を交互に出張る。塔に居る俺と部隊との中継で無線をつなぐ。
マーチン小隊が東側にレッドバイソンを討伐に向かっている頃、西側に野生のゴブリンの四体分隊が出現。アンジーさん、メッリサとジェミニに出撃指示を出す。一分後、アンジーさんが部隊を発見し、無線で報告があった。無事無線は稼働しているようだ。
「殲滅して。」
アンジーさんに向けて指示をする。間もなく討伐完了の連絡があり、その一分後には、塔に帰還する三人。その後、マーチン小隊からは念話で連絡が入る。
「ガゥ、ガゥ」
レッドバイソンは二頭いたようだ。
「殲滅して。」
マーチンに向けて指示をする。その十分後には、塔に帰還するマーチン小隊。今度は北西側に野生のゴブリンの四体分隊が出現。先ほどの仲間か? クロエ、アナベルとエマに出撃指示を出す。
エマも無事に通信機中継を稼働させられた。初日はこんな感じが続いただろうか。通信機中継のテストは上々だ。しかし、西側にゴブリンの集落でもできたのか? 分隊の動きが続いたな。アンジー、メッリサとジェミニに迷宮の領域内偵察任務を依頼する。
「偵察だからね。発砲したらダメだよ。」
「はーい」
ニコニコ顔で出撃するアンジーさん。偵察任務は向かなかったかもしれない。
結局、迷宮の領域内にゴブリン集落は見つけられなかった。モニター内にも反応はなかった。日没により打ち切り。明日日の出より再開予定。夜には、航空魔導部隊の母艦発艦、着艦訓練を繰り返していく。夜間の無線連絡も訓練していく。
澄み切った夜空に輝く星々のもと、飛行訓練を繰り返す六人の魔法使いたち。彼女たちに、オーディンさまのご加護を賜りますように。




