第三十話 イルメハの迷宮サブマスター降臨
バッカスさまの来訪を受けた俺は、イルメハの迷宮にもサブマスターの降臨を授かる。
「俺はトール。この迷宮のダンジョンマスターだ。よろしく。」
バッカスさまが授けてくださった彼に挨拶をする。
「私は、ジーンと申します。アークエンジェルさまの元で、神と人間を結ぶ連絡係を務め、天使軍の兵士として戦いの任に就いておりました。この度は、トールさまのサブマスターを拝命いたしました。宜しくお願い致します。」
見目麗しい男性の魔族が柔らかい物腰で挨拶を返してくる。
「おぅ、それは素晴らしい経歴だ。その手腕、この迷宮でも発揮してくれることを期待する。」
おれは、彼の瞳を注視しながら、期待の言葉を掛ける。
「とんでもございません。私は此度の作戦では、十人小隊を率いて出撃したのですが、敵の反撃に会い部隊は全滅、自分もバッカス様のおちからのお陰で、九死に一生を得ました。」
「今後は、トールさまに私の全てを捧げる所存です。宜しくお願い致します。」
ジーンは、余り有能な指揮官ではなかったということか。まあ仕方ない。鋼製のショートソード、オーガ製皮鎧、グリーブ、籠手を手渡す。皮ヘルメットも一応渡しておく。もしかしたら、コンシェルジュのほうが向いているかもしれない。
ダンジョンコアにジーンをサブマスターとしての登録を行い、迷宮運営の基本的な考え方を説明。早々にサブマスターとして行動を求める。イルメハの迷宮は、周囲に人族の集落がなく、冒険者の侵入が見込まれるわけではない。DPを稼ぐために何か対策を打つ必要がある。が、ダンジョンコアを破壊されてしまっては、本末転倒。方針としては迷宮を成長させつつ、サンズ王国と接触して、商業クランも併せて成長させていきたい。
ともあれ、イルメハの迷宮の改造に着手しよう。がDPは残り少ない。どうしようかと思案したが、まずは、DPを確保しなくてはならない。この迷宮は洞窟型で、岩場の切り立った断崖に入り口がその内部を晒している。周囲の魔の大森林に生息する魔物の気配を探索し、獲物を探す。レッドバイソンが少し目立つ。よし、一体ずつ確保して迷宮内に引き込み、始末しよう。
入り口近くに居たレッドバイソンの脳天に感電を与え、失神させる。残念ながら、失神状態ではバックパックに格納できないので、一体ずつ迷宮内に運び込み、ジーンに止めを刺させ、DPを回収させる。
少し食肉用も確保しようか。今日は、ウシのすき焼きだな。
こうしてこの日の午前中は、地道にDPを稼ぎ、まずは迷宮の領域を半径一キロメートルに拡張することが出来た。
続いて、残り少なくなったDPを使って、ゴブリンを一体召喚し眷属化する。
「お前はマーチン。俺のために尽力せよ。」
おれは、ゴブリンの両手をとり、魔力を流しながら命名する。
「ウゥ。」
マーチンはまだ上手くしゃべれないようだ。
「マーチンの使命はこの迷宮領域内の敵殲滅。タイミングは都度指示する。必要なものは遠慮なく申し出よ。」
俺は、使命を与え、奮戦を促す。
「グゥ。」
了解したようだ。鋼製のショートソード、オーガ製の皮ヘルメット、皮鎧、グリーブ、籠手を手渡す。
ジーンに命じて、迷宮の領域内の比較的与しやすい魔物を釣り、誘導させ、マーチンに止めを刺させる。パワーレベリング開始。一角ラビット、コボルトなどの乱獲を二人で行わせる。
その間俺は、コアルームに戻り。ベンガルトラの様子を伺う。扉を開けると、こちらを一瞥したベンガルトラと目が合う。
次の瞬間、しなやかな身体を引き絞り、俺に飛び掛かってくる。
一瞬身構える。が、バックパックは危険シグナルを発せず、俺はその体躯を受け止める。体躯はまだ小さいままだが、ベンガルトラの迫力は持ち合わせている。格好いい。
ベロっと顔をなめられた。俺を主と認めてくれたらしい。先ほど弱った体躯に俺の魔力を流しておいたのが良かったのか、回復してくれたようだ。よかった。コアの前に敷いた毛皮にベンガルトラを戻し、
「お前はベル。俺のために尽力せよ。」
おれは、ベンガルトラの両手をとり、魔力を流しながら命名する。
「ガルゥ。」
挨拶が帰ってくる。
「もう少し回復のため、休んでいてくれ。」
俺は、バックパックからビーフグリルを一キログラムほどのひと塊を、陶器製の皿に取り出し、デミグラスソースをたっぷりと掛けて差し出す。猫舌だろうから、よく冷ましてから食うんだぞ。
午後からも、ゴブリンのマーチンの促成栽培とDPの確保を図る。ソードの構え方、使い方などを指導しながら、マーチンの経験値を上げていく。
「ゴブリン小隊の隊長を命じる。今後は、己の鍛錬とともに、部隊の、部下の育成も併せて行え。」
大分格好がついたところで、部下ゴブリン九体を召喚し、十体小隊の隊長を任命する。
「ウィ」。
少し返事もまともになってきたようだ。九体分の鋼製のショートソード、オーガ製の皮ヘルメット、皮鎧、グリーブ、籠手を手渡す。
ジーンに部隊指導や運用の方法を教えるように命じ、俺は、再びDP確保に専念する。出来れば今日中にもう一体眷属化したいのだが、どうだろうか。
結局、午後一杯活動して得たDPは、迷宮の領域拡張に使った。半径二キロメートルとなった。目標は五キロメートル。ここを戦場として、DPを稼ぐのだ。
ゴブリンのマーチンは、小隊長として一段成長したようだ。小隊を上手く指揮し、魔物を狩り取っていく。それに合わせて、隊員との連携や隊員たちの成長も積み重ねていくことが出来た。
さあ今日はここまでだ。続きは明日。俺は、ベルに挨拶したあと、転移魔法陣に乗って、コザニ迷宮に戻った。
コザニ迷宮のコアルームに戻った俺は、コザニ迷宮のサブマスターであるストライクから今日一日の様子について報告を受け、山羊牧場の三人の様子を聞く。迷宮はまだ低階層、六階層のマッピングが行われている段階のようだ。
クロネコ商会本店に顔を出す。商会本店は、まだ稼働しておらず、迷宮入り口へのリフトが動いているだけだ。屋上のドローンポートも地味に稼働中。その後拠点に戻り、皆と一緒に晩御飯を取る。
食事のあと子供たち四十八人を前にして、俺は今後の話をする。
「みんな良く聞いて欲しい。」
四十八人の瞳が俺を見守るなか、話を切り出した。
「こんにち、俺たちはこうして生活する場所を得ることができた。」
「毎日、ご飯を食べられる。毎日、お風呂に入ることができる。毎日、清潔で温かいベッドで眠ることができる。毎日、小綺麗な服を着て安全に暮らすことができる。」
「俺たちの望む暮らしが出来ていると言っていいだろう。」
「そして、この生活を決して手放してはならない。」
「食べるものもままならない、あの日に戻ってはならない。」
「夜の闇に怯える、あの日に戻ってはならない。」
もう過去へは戻れない。戻らないと訴える。
「俺たちは、今まで、コザニの町の人々に大分助けられてきた。」
「これからは、俺たちがコザニの町に貢献していこうではないか。」
子供たちの顔を見回し、その目の輝きを確認していく。
「これからは、今まで経験したことのない危険な目や困難なことにもぶち当たるだろう。」
「危ない魔物に遭遇したり、見知らぬ大人から声を掛けられて、困ったりすることも増えるだろう。」
「しかし恐れることはない。必ずみんなで一緒に乗り越えていこう。力を合わせて乗り越えていこう。」
力強い眼差しを俺に返し、強くうなずく子供たち。
「まずは自分の仕事をしっかりとやろう。小さい子は読み書き計算をしっかりとやろう。」
こう締めくくり、子供たちとのつながりを再度確認して、強くしていくのだった。
数日、コザニ迷宮では、クロネコ商会本店での業務について、イルメハの迷宮では、ゴブリンのマーチン小隊の実地演習について、エージング、慣らし運転を重ねた。ベンガルトラのベルは、順調に回復し、今では、体長二メートル八十、体高九十、尾長九十、体重は二百キログラムとなっていた。威風堂々としたベルの体躯は、この迷宮の行先を暗示しているかのようだった。




