第二十四話 三十階層のボス戦 五体の鬼
日本に居た頃だと、衣替えという季節となるのだろう。この地域には梅雨の季節はない。五月の末日、初夏の爽やかな風が心地よい。
が、油断するとメイストームに襲われる。春は南から流れ込む暖かい空気と北から南下する寒気により寒暖差が大きくなることが多く、発達した低気圧が現れて、悪天候をもたらす。日本に居た頃の台風並みに急速に発達しながら東進する低気圧による暴風は春の嵐とも呼ばれ、気圧が大きく低下し、各地に風や雨による被害を及ぼす。爆弾低気圧。
三十階層のボス部屋はまだ見つけられない。引き続き、部隊のさまざまな課題を、現状維持という名の優柔不断で引き延ばしている。二十階層をクリアしてから一カ月半が経過している。その後部隊の習熟度は加速的に充実している。二十九階層を巡回しては、オーガ隊長にハイオーク、オークの編成相手に連携を深めている。何故か、三十二名の新人たちの仕上がり具合もいい。タレントが揃ったのだろうか。
その夜の真夜中。春の嵐が吹き荒れ、雨が屋根を激しく叩きつけるなか、再び地震が襲来。震度四程度か。寝ている真夜中の地震は、明かりがないせいもあり、巨大に感じる。二分程度揺れただろうか。収まってから、不安がっているであろう子供たちの様子をひと部屋ずつ確認して、俺はまっすぐ迷宮三十階層に向かう。
「トール、アナベルを連れて行って。」
ララアさんが、この暴風雨の中、とんでもないことを言い出す。アナベルも第一戦闘服装備でこちらを真っ直ぐ見つめてくる。
「だめだ、迷宮の安全を確認してからだ。」
一体どうしたというのだ。どこに向かうのかは知っているだろうに。
「連れて行って。」
俺の行く手を二人で塞ぎながら、ララアが頑として譲らない。
「聖女が一緒なら、迷宮入り口が封鎖されていても入れるでしょ?」
――なんだと?
一体どうしたというのだ。が、まずは急ごう。おれは押し切られてしまった。
迷宮入り口は冒険者ギルドの手によって、再度封鎖されていたが、迷宮の安全確認を実施するとして、真っ暗な暴風雨の中、俺たちは迷宮入り口から三十階層に転移していく。
三十階層にボス部屋がようやく出現したようだ。その控室に入り、俺はアナベルにここで待機するよう言いくるめ、深呼吸をひとつ、全身脱力して、ボス部屋の扉を開く。
ようやく出会えたのだ。アナベルから見たら、きっと今の俺は笑っているように見えるだろうな。
「ギ、ギ、ギィィ」
わずかな音を立てて、ボス部屋の扉がゆっくりとひらく。
三十階層のボスは五体の鬼。二十階層のボス鬼とは二メートル超と一回り大きさが違う。
赤鬼は、貪欲蓋――渇望・欲望――を表し、手には金棒を持っている。
青鬼は、瞋恚蓋――悪意・憎しみ・怒り――を表し、手には刺股を持っている。
黒鬼は、疑蓋――疑いの心・愚痴――を表し、手には斧を持っている。
黄鬼は、掉悔蓋――心の動揺・後悔・甘え――を表し、手には両刃のこぎりを持っている。
緑鬼は、睧眠蓋――倦怠・眠気・不健康――を表し、手には薙刀を持っている。
さあ、腕試しの時間だ。
ゆっくりと二歩近づきながら、全身に身体強化を掛け、両手、両足に魔力を流していく。同時に、バックパックがバトルシールドを展開する。三歩目を踏み出した瞬間、五体の鬼は一斉に散開、四方八方から襲い掛かってくる。
二十階層とは別魔物のような動きの良さだ。俺は、赤鬼の右手金棒を躱し、青鬼の刺股を下潜り、黒鬼の斧を左腕でパリィ、黄鬼の両刃ノコギリは、左右にダッキングで躱し、緑鬼の薙刀は、盾で受ける。五対一では防戦一方かと思われたが、案外動ける。
五体の鬼たちは、連携良く、技を繰り出してくる。赤鬼は、戦える喜びに満ち溢れた欲望の笑顔を向けて金棒を振るってくる。青鬼は、怒りで顔をどす黒く染め上げ、渾身の力で刺股を振り下ろす。黒鬼は、困惑の表情で、淡々とフェイントを入れては、斧を振るってくる。黄鬼は、泣き叫ぶような顔で両刃のこぎりを振り回す。緑鬼は、寝起きの不機嫌な様子で、薙刀を差し込んでくる。
が、俺のBシールドをぶち抜いてくる者は、まだいない。上手く攻められないことに焦れたのか、青鬼が咆哮。体躯が一回り更に大きくなり、体色も黒い刺しが入るような変化が現れてきた。戦闘第二形態か?
スピードとパワーが一段上がったようで、青鬼の刺股スイングを左腕に受けて、俺は、吹っ飛ばされる。左腕のBシールドが破壊され、打撃で痺れる。が、まだまだだ。
この隙に、赤鬼が間合いを詰めて金棒を振りかぶってくるが、俺は既にBシールドが回復した左腕で赤鬼の金棒を掴み、金棒ごと吹き飛ばす。
「ウォォオー」
今度は緑鬼の咆哮。メキメキと音がするような錯覚の中、体躯が一回り大きく変化。こいつも第二形態か。
「ザザザッ、ジジッ、ザッ、シ………ト……。」
俺の頭の中に、電波状況の悪いAMラジオの音が流れて来て、緑鬼が一気に間合いを詰めて薙刀を振るう。
――なんだ? 今の音は??
緑鬼の後方に、ウィルオウィスプ――青白い光を放ち浮遊する火の玉――の姿がちらっと見えた。敵の増援か? その音たっだのか。でも、何故ウィルオウィスプ?
一瞬気を取られてしまい、俺は、横から接近してきた黒鬼の斧を左手で受けたが、緑鬼の薙刀で左足を払われてしまう。
バシッ、バリン!
左足のBシールドが割られ、斬撃を感じる。強力な払いだ。俺は痺れたままの左足を軸に右回し蹴りを繰り出すが威力がなく、緑鬼はすぐさまバックステップでかわす。
回し蹴りをキャンセル、左腕で受けた黒鬼の斧を左後方に払いながら、右手に魔力を流し、黒鬼の頸椎を狙う。まだ強化していない個体を狙っていこう。黒鬼の後ろ首に打撃。
ガガッ、バリン
しかし、敵もさるもの引っ搔くもの。敵も結界使いか。結界が俺の拳を阻む。黒鬼の結界は割れたが、笑っていやがるように見えた。
何を企んでいる。俺は巻き込まれないよう間合いを開け、右に青鬼と緑鬼、正面に赤鬼を捉えながら、黄鬼を探る。後ろか?!
両刃のこぎりを振り回す黄鬼を、振り返りざま前転で回避して、立ち上がり直ぐに黒鬼への間合いをつめ、足払いを掛ける。黒鬼は両足で飛び上がり回避、その勢いのまま右腕の斧を振り下ろしてくる。
飛んだら逃げられないだろうが! 両拳へ魔力を流し、右腕を引き絞る。
飛んだ黒鬼の振り下ろす斧を左腕で払い、落ちて来る黒鬼に右ストレート、左ストレートの連打。
バ、バ、バ、バリン。グシャッ
掛けなおしたであろう結界を何発かの左右ストレートで粉砕、その勢いで、強化された右拳が顎を、脳髄を砕いた。まずは一体。
その隙に、青鬼が刺股突きで間合いを詰めてくる。更に右手からは黄鬼がノコギリを振り回してくる。青鬼の刺股の下をくぐり、左ひざに回し蹴りを決めるが、青鬼の結界に阻まれる。鳩尾に正拳付き、胸をぶち抜く。が、こちらも結界に阻止されてしまう。
――そうかい、そうかい。
右手の戻りが遅れ、黄鬼のノコギリを右肩に喰らってしまう。Bシールドは崩れないが、打撃が通ってくる。
体勢を黄鬼に正対し、再度振り上げたノコギリを左腕で払う。右回し蹴りを構えるが、黄鬼がバックステップで躱すのでそのまま正対し構える。正面に黄鬼、左手に青鬼と緑鬼、後ろに赤鬼か。
黄鬼がノコギリを両手で持ちあげ、咆哮。
――ばかか!
すかさず間合いを詰め、右正拳付きを繰り出す。が、左手から薙刀が飛び出す。正拳をキャンセルし右手にサイドステップして回り込む。黄鬼の咆哮が終わり、第二形態化したようだ。くっ。
左腕と左脚がまだ痺れている。動けはするし、Bシールドはオートメンテナンスされたが、次の攻撃に耐えられるのだろうか。そんなことを思いながらも、左手奥から赤鬼が金棒を振りかぶり、間合いを詰めてくる。助走をつけた振り下ろしは、左側に避け、右足で相手の右ひじを狙う。が、赤鬼は、空振りした金棒を右手一本で払いだし、俺の蹴りを金棒で受ける。
ガイィン。バリバリ
何が壊れたか。俺の右足のBシールドか。痺れはないが。右足で金棒をそのまま踏みつけ左正拳付きを構える。赤鬼は金棒を手放し、バックステップで逃げる構え。逃がすか。
赤鬼は、一瞬金棒を手放す手が遅れた。左正拳が赤鬼の右顔面を捉える。
ガガガッ、バリン。
顔の結界を砕き、すぐさま、右ストレートを放つ。
バギバギッ。
これで二体目。あとは全部第二形態か。
右手から黄鬼のノコギリが迫る。大上段にかぶっているのを見て俺は右手に回り込み、右足に魔力を流す。黄鬼の裏から青鬼が刺股を刺してくる。その下を潜って、青鬼に間合いを詰める。が、その右手から薙刀が俺の右肩をかすめる。
ガイィン、バリン。
右肩のBシールドが破壊され、打撃を喰らい痺れる。緑鬼の後ろにウィルオウィスプが揺れている。ウィルオウィスプの強さが計り知れない。
すかさず、バックステップで間合いを空け、右肩に魔力を流す。体制を立て直した青鬼が、刺股を上段に構え、駆け込んでくる。袈裟懸けに切り下ろしてきたそれを俺は左に躱し、右拳で青鬼の右ひじを砕く。
ガッ、パリン。
結界が砕けた。すぐさま左腕を引き絞り、魔力を流し正拳突きを右ひじに追い打つ。
バギッ。
返す姿勢で右脚を振り下ろし、刺股を押さえつける。あわせて右拳から強化したストレート、左からアッパーを打つ、そして打つ。
右腕を失くし、後方に飛んでいく青鬼。三体目。
右手に黄鬼。その後ろに緑鬼が薙刀を構えるのが見える。緑鬼の頭上にウィルオウィスプも見える。
黄鬼が、ノコギリの両端を両手でもち、間合いを詰めて来る。その後ろに緑鬼がウィルオウィスプを伴って続く。〇ェット〇トリーム〇タックなのか?! ウィルオウィスプの力強さがわからない。
両刃ノコギリを両手持ちし、上下に激しく動かしながら、身体を大きく見せて黄鬼が迫ってくる。緑鬼とウィルオウィスプはその後ろに隠れて見えない。
左半身に構え、黄鬼の両腕が上がった瞬間に、両肘を掴みに詰める。が、黄鬼は構わず力ずくで両腕ごとノコギリを振り下ろし、おれの頭蓋骨を打撃。
ガガガッ。
体格差から何度も上から押さえつけられ、打撃を受ける。
「ウォォォオー」燃え滾る魔力を両手に込め、俺は思わず吠えまくる。頭で両刃ノコギリ受けながらも、黄鬼の両肘を握りつぶす。
バギバギッ、ベギッ
黄鬼の肘を結界ごと握り潰していく。が黄鬼も再度ノコギリを両手で振り上げ、俺の脳天に落とそうと構える。両肘を掴んだ俺との体格差を無視した力比べだ。
ウィルオウィスプが、緑鬼を乗っ取っていたようだ。巧妙に緑鬼を黄鬼の背中に隠しながら俺に迫る。黄鬼の背後から、黄鬼の身体ごと薙刀で突き刺してきた。黄鬼の両肘を掴んでいた俺は、黄鬼の心臓から飛び出してきた薙刀を躱すタイミングが遅れた。黄鬼の驚愕の顔の向こうに緑鬼の勝ち誇った顔が見える。いや、さらにその奥に燃え盛る青火の意志が透けて見える。
――ちぃっ!
右半身を引きながら、右腕で薙刀を受けようと右腕だけを下げる。が、痛めた右肩が引っ掛かる。
――間に合え!!
が、その間に白い光が割り込んできた。
――アナベル!!!




