第二十三話 覚悟
薫風さわやかな季節を迎えた。魔の大森林も命の息吹が大合唱だ。
五月の初日を迎えても、三十階層のボス部屋はまだ見つけられない。冒険者ギルドに確認したところでは、ダンジョンコアを破壊、あるいは奪取してくると迷宮は遅かれ早かれ消滅してしまうとのこと。コザニ迷宮が消滅してしまえば、カーター男爵領に与える影響は計り知れない。
毎日三十階層のボス部屋の探索に同行しているのは、最近はジェミニとエマだ。あるいは魔の大森林の中腹に素材や食糧採集にも連れていっている。パワーレベリング真っ盛りだ。
ジェミニは、土属性魔法使い、エマは雷属性魔法使いだ。二人とも魔法箒を上手く乗りこなす。もう七歳のおこちゃまにも促成栽培を施してしまうほど、俺は何かに追い立てられているのだろうか。
彼女たちの前にパワーレベリングし、覚醒したアナベルの様子を見ながら、考えていた。
――俺も、光の聖なる結界を使えないだろうか。
いや光属性でなくても、聖なるでなくても、良い。単なる結界でオッケーだ。まずは両手を前に突き出し、掌を前に向けて魔力を固めて障壁を張る。何度も繰り返し、消えない強い障壁をイメージしていく。
魔法はイメージが大事。頭の中で考えたイメージを大きく膨らませて、結界を発動する。繰り返し、失敗を踏まえて改良し繰り返し、発動を重ねていく。結界の形を細かく制御し、敵と接触する部分は念入りに強化を掛ける。場合によってはこの結界で魔物を殴りつける、蹴りつけることもあるだろう。更に硬く、もっと長時間維持できるように練習を積み重ねる。この辺りは異世界転移補正が激しく働いてくれているのだろう。神様に感謝。
すると、バックパックに魔力を大量に吸い込まれる感覚に包まれる。どうやら、結界を気に入ってくれたようだ。結界をイメージすると同時にバックパックが反応、シールド機能がオートディフェンス機能にバージョンアップ、メンテナンス機能がオートメンテナンス機能にバージョンアップしていた。
同時に、何かが俺の頭の中に降りて来る。結界を自動的に展開し、破損したら自動的にメンテナンスする魔道具が作れそうだ。これもバックパックの機能か。第一式バトルシールド生成魔道具、略して一式Bシールドと名付ける。このシールドが展開すれば、高度一万メートルでも戦えるだろうか。うちの子たちの標準装備としよう。とりあえず十六個製造。勿論意匠はクロネコだ。まあ、相当魔力量を必要とするので、装備できるメンバーは限られるが。
そういえば、神様に会いに行くと言っていて、行ってないわ。今日まで、思った通りのことが出来ているのは、きっといろんな面で神様から幸運、加護を授かっているのだろう。フィリーに教会があるらしい。まだ、行けないけど。コザニ以外に出かけるには準備がまだまだ足りない。まだまだいろんなことに手が回らない。
いろんな、物珍しいものを作ったものだから、横から槍を刺されるのが面倒くさい。魔法少女隊は、将来敵対する可能性が一ミリでもある組織に、絶対に見つかってはだめだ。どこを仮想敵国としている訳ではないのだが、なにせ情報が少ない。判断できないでいる。この王国に軍隊はあるのだろうか。航空戦闘機や爆撃機は運用されているのだろうか。いくら異世界転移補正があるとはいえ、俺にもバイク型の戦闘機が作れたのだ。そのくらいの軍があってもおかしくはないだろう。
いや、カーター男爵の兵士団をみていると、剣と魔法の世界のようだ。航空戦闘機は明らかにオーバースペックだろう。もっとも、カーター男爵の兵士団はそれなりの強さ、装備を持つ。辺境伯の寄り子は、魔物を撃退できる戦力をお持ちのようだ。
反発板やジュラルミン合金や羽毛掛布団なんていうのも、物品提供の呼び出しがくるレベルか。苛性ソーダなんて危険物もあるな。自動カートは、町のポーターたちが失業するからだめだし。ダイヤモンドネックレスは三本出してそれっきりだ。ブランデーやウィスキーは出しても大丈夫だった。
カーター男爵は朴訥な性格で――田舎者――、コザニの中なら何とか誤魔化すことができるだろうけど、辺境伯から何らかのアプローチがあったら、すぐ逃げよう。つかまって良い夢が見られる気がしない。王家に差し出され一生生産職奴隷か。もう少しこの王国の情報を入手しなくてはならないだろう。ライアンさんにくっついていってみようか。
あまりに三十階層に変化がないものだから、余計なことを考えてしまう。四月までのイケイケどんどんが、裏目に出てしまったようだ。少し自重しなくては。
いや、何を弱気になっているんだ。
ジェミニとエマ以外にも、四月に合流した三十二人の子供たちは順調に能力を伸ばしている。自重しないのなら、万が一この王国の軍隊と対戦しても勝負できる戦力が必要となるだろう。まずは、王国の軍隊を、現状を調べる必要がある。情報が欲しい。こちらの部隊を整備する時間が欲しい。
ならば、深く潜航して見つからないよう準備、育成をしなくてはならないだろう。現状二十五階層は、他の冒険者が見当たらない。部隊の習熟度を上げていくには打って付けだ。もう一段伸びれば、二十六階層以降も訓練場として侵攻してもかまわないだろう。強力なオーガが手ぐすねを引いて待っている。
さて、どうしようか。そうは考えるが、子供たちがケガをしたなんて聞くと居ても立っても居られない自分がいる。パウルは特に怪我が多かった。鬼畜に徹しきれない。覚悟が揺らぐ。
ボス部屋が見当たらないと、考えが堂々巡りしてしまう。仕方ない、見つかるまでは、現状継続か。流されているが、ここは辛抱一番か。
この日もモヤモヤした気分のまま帰宅時間となり、迷宮入り口で部隊の点呼をする。冒険者ギルドのカウンターで精算し、拠点に帰る。
「ただいま」
留守番のララアさんに声を掛ける。
「お帰り」
といつもの返事が、優しい微笑みと共に返ってきて、俺はほっとする。留守番部隊も一日無事だったか。
晩御飯、入浴後、身体と装備のメンテナンスを済ませ、食堂にいるララアさんに顔をだし子供たちの話、情報を交換する。四月以降の毎日のルーティーン。今日も何事もなく日常が進む。全く喜ばしいことではないか。
クロエやアンジーの成長度合いは全く好ましいものだが、彼女たちの様子に無理は感じないか。精神的な安定は得られているだろうか。マイクは大分頼もしくなった。リーダーシップが出てきた。このままこの部隊を任せられるように育てていきたい。タンクというよりは、重戦士の方向か。レイは、斥候がはまってきた。弓使いも双剣使いも板についてきた。何より陸戦型モクバを誰よりも上手く使いこなす。ケイトの商会は、安定して売り上げを伸ばしている。市場調査もできるようになってきた。他の町への進出も視野にいれたい。マーカスも良くサポートしてくれている。流通を勉強させてみたい。ジェミニとエマは現在パワーレベリング中。毎日疲れて眠りにつく。もう少し体力がついてくれれば。パウルも妹の心配がなくなり自分のことに集中できている。大型のシールドと槍を持たせたい。そう言えば以前はしょっちゅう怪我をしていたが、大分受け身も上手になってきたようだ。オリバーもタンクよりは重戦士として育成したいものだ。大剣が似合うだろう。トミーは剣士としてオールラウンダーに育ってきた。もしかしたら魔剣使いになるかもしれない。ポーラも大分斥候として動きができるようになった。もともと弓使いは上手かった。このまま伸びて欲しい。メリッサとアナベルは期待の航空魔導士部隊。順調にアンジーの後ろを追いかけている。エドは槍が使えるようだ。陸戦型モクバの乗りこなしもうまい。また機械にも興味があるようだ。通信士候補としたい。
四月から合流したメンバーも、十二歳の冒険者ギルドメンバーは、ようやくゴブリンの恐怖にも打ち勝ち、順調に魔石回収に従事できるようになってきた。十一歳のメンバーもギルド登録はできないものの、ゴブリン討伐に同行し、その恐怖を克服してきてきる。ポーターとして活動中だ。十歳、九歳のメンバーは、商会のお手伝いができるようになった。携帯ご飯の具材を準備したり、グリル、ソテーなどの焼き物もこなす。その後の肉汁を使ったグレービーソースやデミグラスソースの仕上げも十分にこなせる。うん、バターが欲しいところだ。回復薬の瓶回収などにも走りまわっている。
コーヒーカップを挟んで、ララアさんと二人、子供たちの様子を確認していく。他にもコザニの町の様子、迷宮街道の流行状況、ここ拠点周辺の治安や自警団の活動状況、カーター男爵の動向、クロネコ商会の評判、冒険者ギルドや商業ギルドから無茶な話はきていないか、他の商会から邪魔が入ってきてはいないか、新しい事業の芽、お風呂の消耗品に対する改善要望、ジェミニは柔らかい白パンが食べたいだの、今年の夏服の準備などなど、何の脈絡もなく思いついたことを話し合っていく。
――明日の晩御飯は何にしようか
何の心配も要らない穏やかな、贅沢な時間が過ぎていく。
俺は、これ以上の何を望むのか。




