第二十話 風属性魔法使いアンジー
三月末日の『年度末』の日、クロエとアンジーは並列処理が使えるようになった。その日、十二階層の丘陵地帯でゴブリン分隊とコボルト分隊の混成部隊相手に、クロエとアンジーは、実弾射撃訓練を繰り返していく。その二日後には、魔導士専用戦闘機モクバ・プロトタイプが完成し、その翌日にはそのテスト飛行で十三階層に侵攻、丘陵地帯でグリーンウルフとウォーグの集団相手に実弾射撃練習を重ねた。
その際、アンジーの表情に表れていたのは、うっとりとした没入感、恍惚感。
自分の思った通りに身体が動く。狙った通りに魔法が通る。練習すればするほどより高度な動きが出来るようになる、高火力の魔法が撃てるようになる、複数の弾丸を撃てるようになる、一種の高揚感。クロエとのチームワークが取れていて、思った通りの成果が得られる達成感とかだろうか。
そんな快感を理解はできるのだが、それは俺が五十九歳の精神だからであって、アンジーの精神状態には少し危険な香りがする。あるいは彼女は早熟なのだろうか。
アンジーは十歳の女の子。ホワイトベージュの髪色、以前はショートカットだったが、栄養が行き届くようになり、今では所謂、ゆるパーロング。風属性魔石付きのバレッタで、動きの邪魔にならないようシニヨンにまとめている。細面で瞳は薄いブルー。切れ長の目元。身長は百四十センチ強くらいの細身。この子も脚が長い。くっ。
出会ったころは例にもれず痩せっポッチだったが、食生活の改善から少しふっくらとしたかと思ったが、それ以上に身長が伸びて、恰好よいシルエットになった。
お気に入りの装備は、黒のパイロットスーツ。いつも空を飛んでいる印象だ。普段もパイロットスーツ着用が目立つ。流石に拠点内では、白色の長袖や半袖Tシャツ、濃紺のスキニーパンツに革のサンダルといった服装。将来クールビューティになるであろう涼しげな雰囲気をもつ顔立ち。
武器は、魔法杖とモクバ・プロトタイプ。
魔法職については、勤勉の一字。練習、努力、反省と考察を惜しまない。魔力操作が得意、魔力量も増加してきている。長時間戦闘もこなせるだろう。並列処理を覚えてから直ぐに手の内に入れる器用さ、能力の高さを見せる。そのうちニュータイプに覚醒するのか。高火力魔導銃を持たせた方が格好いいだろうか。
モクバ・プロトタイプのアクロバット飛行や背面飛行――小さい子が真似するから止めて欲しい――からのエアブレッドの並列射撃、エアバーストによる広域破壊へとつなげる連続攻撃は、見るものを惹きつけてしまう危うさとカッコよさが同居する。
味方に居れば、安心感を与えるエース格の雰囲気を漂わせるようにもなってきた。どんな作戦でも、彼女が一緒にいれば失敗なんてこれっポッチもないだろう。
――スピード狂、もしかして戦闘狂かもしれない。
その日から、俺はアンジーとの会話の時間を、意図的に設けるよう心掛けることとした。アナベルやジェミニと一緒に、なんということはない他愛のない会話からだが。
――心配の種は、実はもう一人いるんだよなぁ。
悩んでいても仕方ない。当たって砕けろ。俺は、ジェミニやエマに話すつもりで、身体の仕組みについて語りだす。実は、ジェミニが
「どうして私には妹がいないの?」
真剣なまなざしでララアさんに質問していたことがあったのだ。ララアさんがどう答えたかは知らないが。
これを契機にと、お風呂上りのスキマ時間にドライヤーで髪を乾かしながら、身体全体とそれぞれの部位の仕組み、役割について話す。脳と神経系、心臓と循環器系、骨格と筋肉、免疫と消化器系、心と身体のバランスなど思いつくままに話していく。
本当に聞いて欲しいのはアナベルとクロエ。とくにプライベートな部位である、口、胸、お腹、性器、お尻について、勝手に触ったり触らせたりしてはいけない、自分だけ触ってよい大切なところだと話していく。大切な臓器が痛んでしまっては命にかかわってしまう。ここの仕組みをしっかりと理解してくれることが、痛んだ際の治療にも役に立つ。
また、子供たちが自分自身を守ることができるよう、嫌だと言う、逃げる、信頼できる人に相談することができるよう、話していく。一度で出来るようにはならないだろうから、まずは、年長のクロエやララアさんから出来るようになってもらって、小さい子に普段から繰り返し話ができるようになればいいかな。
まあ、こういう機会は時々設けて、話しの理解を深めていくことが大切なのだろう。ララアさんなんかは、トールはどうしてそんな知識があるのだろうか、とか思っているんだろうなあ。
――俺の正体はバレバレか?
まあ、何でも魔法のお陰にしておけば、大抵の話しは上手くいく。
実は、身体強化のために、身体に魔力を纏った際、色が見えるようになった。魔力の色なのだろうか。クロエの赤とアンジーの緑は、はっきりと見える。自分の色はよくわからない。無色なのだろう。生活魔法は無属性扱いか。そう言えば、ララアさんも無色だ。アナベルが白色なのに気づいたときは、狂喜乱舞した。
治癒魔法の効果を高めるためにも、身体の仕組み、働きに対する理解度を深めて欲しい。アナベルだけでなく、子供たちみんなに。それと新しいメンバーには、どんな魔法適性があるのだろうか。まずは身体強化を身につけてもらおう。自分自身を守ることを覚えてもらうためにも。
魔導士専用戦闘機モクバ・プロトタイプを完成させた俺は、次の課題へと思いを巡らせていく。空撮用ドローン、撮影カメラ、通信技術、中継アンテナ、インカム、娯楽用品などなど、課題は山積みだな。
が、その前にララアさんの要望にお応えしなくてはならないだろう。拠点の外壁整備が終わったところで、今日からは運用面での細かなチェックだ。まずは食事面。四十八人分の二食または三食を賄う。人手はララアさんを中心にサポートが三人。まあ俺も手伝うが。設備や機材に不満がないか、一つずつ確かめていく。小麦粉を挽くための魔導石臼も設置済み。ここでもヘチマたわしが地味に活躍中。
小麦が豊富な地域なので主食は充分賄うことができるだろう。肉類もトリ、ブタ、ウシとバラエティーに富み、他にも山羊乳や川魚など困ることはないだろう。いずれパン焼き窯も必要となるだろうか。
大浴場は、十人程度が入れる浴槽が備えてあり、洗い場、脱衣場も併設。それが二つ。ポイントは、手作り石けん、シャンプー、リンス。使い方を根気よく教えていく。ヘチマたわしも目立たないながら、活躍中。シャンプーは手作り石けんとはちみつ、グリセリン、精油を使って合わせていく。そのあと酸性リンスで髪を整えていく。クエン酸、グリセリン と精油を使う。ヘアスタイリング剤にはシアバター。シアバターはフェイスケア、ボディケア、ヘアケアなど、全身どこでも使える。
まあ、女の子たちは喜んでいるだろうなぁ。
魔導飛行機と飛行箒のガレージを作る。早速改築だ。切妻の屋根の南側を持ち上げて、片流れの屋根にし、持ち上げた屋根裏にガレージを作る。南側の壁と一体となった跳ね上げ式カタパルトデッキを設置し、発着場とする。ガレージにはメンテナンス用の工具らしきもの。テーブルとイス、そしてドリップコーヒー用具一式。
でも、ここのカタパルトからは発進させないよ。冒険者から見つかったら何をされるかわかったものじゃない。最悪、王家から目を付けられて、魔道具を作る奴隷落ちしかねないし。
じゃあ、なんのためのカタパルトデッキ? もうね、自己満足でしかありません。モクバ・プロトタイプ二機、飛行箒三機を並べて、眺めながらコーヒーを飲む。最高ではありませんか!
ララアさんの強い要請で、長足綿の織物で積層材を作る。長足綿の魅力は、柔らかい肌触り。綿でありながら絹のようななめらかさと光沢を持っているところ。繊維が長い長足綿の糸は、強度がある。さらに、吸湿性や放湿性もよいので、装着していて苦しくなることを防いでくれるし、軽い素材なのも利点。肌触り、強度、吸湿性、放湿性、軽さなどなど、様々な点で長足綿は、ララアさんの要望に応える素材として優秀だ。
まあ、極少量しか入手できていないのが難点なのだが。スコットブラザーズ商会のライアンさんが定期的に仕入れてくれる。ライアンさんはできる商人だ。長足綿は、いつかは羽毛布団用に使いたいものだ。
使い方は、ララアさんとクロエを交えて実演してもらった。クロエはもうじきお年頃なのだろう。使い捨て。
――心配の種は、ララアさんが摘み取ってくれた。二人で困っていたのだろうか。
中繊維綿ならば、ライアンさんの商会でも通常入手できるようなので、市販用にも綿織物を作ることとした。品質は少し落ちるが、問題はないだろう。シャンプー、酸性リンス、ヘアスタイリング剤とともに、商会の中心商品としよう。




