第十八話 カーター男爵とブランデー
三月の下旬になった。花のつぼみの膨らみにも春色の深まりが感じられるようになった。日本に居た頃だと九州地方の桜の様子が気になり、仕事が手につかなくなる季節だ。
この世界に降り立ち一年が経過しようとしている。プロット通りに進んでいるのだろうか。予定調和が良いとは思わないが、まずは基盤を固めることが優先される。地味な作業だ。
迷宮再開後、冒険者ギルドの調査は少し進み、十五階層を調査中。そこまでには、階層主の部屋はなかった。現在十四階層まで解放中。まずは十一階層を、俺は部隊に先行して難易度を判定していく。お供に反発板を持ったアナベルを連れていく。アンジーの次に彼女の魔力操作が上手い。敏捷度はアンジーと同程度。将来有望な魔法使いになってくれることだろう。何系統の魔女になるかどうかだけが気掛かり。
十一階層は、森林地帯で、主な魔物はゴブリン分隊。分隊長はゴブリンキャプテンや、新たにゴブリンメイジやゴブリンアーチャーが分隊長のものも、出現する。単純な動作がなくなり、より狡猾な攻撃は厄介だ。動きそのものも俊敏性が増している。分隊長を中心に連携し、攻撃を仕掛けて来るのは、統率が取れていて、油断ならない相手となった。それに遠距離攻撃が厄介だ。
探索で分隊をチェックし、俺は三発のストーンブレッドを展開し、同時に打ち込む。探索で別分隊が近くにいないことを確認しつつ、アナベルに反発板を飛ばさせる。魔石を回収させるためだ。後方から安全を確保しつつ、俺も付いていく。アナベルが三個の魔石を麻袋にいれている際に、再度周囲を探索、次の分隊に狙いを付けていく。
――この階層では、ゴブリン分隊が共同戦線を張ることはなさそうだな。あくまでも分隊が単独で行動している。
アナベルのパワーレベリングを図りながら、時に、メイジの魔法やアーチャーの矢をシールドで受けて、威力を測っていく。
――カイトシールドなら魔法防御は四十%程度見込める。HP回復薬を多めに装備で対応できるか。そろそろ、十一階層へ部隊を侵攻させてみよう。
――熊狩りも飽きたころだろう。
浅い森林地帯を探索していた斥候役のレイが戻り、ゴブリンメイジ分隊発見を報告してくる。他の分隊は周囲には見当たらない。単独行動。
クロエが魔法杖を構え、慎重に前進し敵分隊と接触していく。前方でレイが合図、クロエも視認できたようだ。狙いはゴブリンメイジ分隊長。
「ファイアーバレット」
と、クロエが控え目に叫ぶ。
突如、目の前に炎の弾丸が現れ、直ぐにゴブリンメイジが吹き飛んだ。隣に控えたマイクは速攻で左のゴブリンにシールドバッシュをかまし、レイが首筋にマチェット双剣を当てる。右のゴブリンには、メリッサのウォーターカッターがさく裂し、転進したマイクが止めを刺している間、レイは周囲警戒に戻る。
先制できれば、魔法を発動させなければ、ゴブリンメイジはただの的だ。防御力は紙の如し。
今回は二部隊同時進行中で、こちらの隊はクロエ、マイク、レイとメリッサの部隊。部隊は固定せず、都度様々な連携を試しているところだ。メリッサの魔法攻撃力の向上が課題。
一方、アンジーさんの部隊は、彼女がガンガン敵分隊を見つけてくるので少し忙しい。斥候次いでに、分隊長の頭を狙撃してくるのだ。残った分隊員を釣ってきては、パウルの前に引きずり出す。パウルとオリバーががっちりと盾受けし、トミーとポーラが畳みかける。
こちらは、アンジー、パウル、オリバー、トミー、ポーラの部隊か。アンジーが先行しパウルが追いかけるが、奴の足では現場に到着したころには敵分隊は全滅しているか。頑張れ、パウル。
コザニの迷宮が再解放となり、難易度が一段上がったためか、冒険者向けにHP回復薬がよく売れる。プラスは増産しないが、通常版は二割増しで生成していく。コザニの初級迷宮では、今まで魔法使いが出没しなかったので、遠距離攻撃に対する備えがいまいちできていないようだ。迷宮街道でお隣の薬屋さんも忙しそうだ。
また、魔物たちの分隊内での連携も上手になり、対処が難しくなっているのも怪我の一因か。死亡事故にならなければよいのだが……。
中級冒険者は、サルート領の中級迷宮へ移動しているため、新階層の調査はあまり進んでいない。が、俺たちはじっくりと対策を検討しながら、一階層ずつ進めていくため支障はない。実戦重視、スパルタ型の育成方針だが、今のところは上手くいっているようだ。
熊の魔石は使い勝手が良く、拠点の冷蔵庫を一回り大型にすることができた。ララアさんも大層喜んでいる。よし、春になったら男爵も王都に出向くのだろうし、手土産を準備してやろう。貸しを一つ作ろう。こうして百リットル級中型の冷蔵庫を三台準備し、カーター男爵へのお目通りリベンジを図る。
早速三台の冷蔵庫を製造し、他に手土産を持って、商業ギルド経由で、カーター男爵の執務室を訪問する約束を取り付ける。今注目のクロネコ商会が挨拶に伺うのだ。それにスコットブラザーズ商会のライアンさんから、あるものを少し入手できていた。これも手土産用に加工して持参しよう。
――辺境伯と王家への献上品をお持ち致します――。
クロエとパウルを従え、俺はコザニの町の中央にある男爵邸へと向かう。北門から中央へはメインストリートの石畳が続く。町の中央には公園、噴水が設置され町民の憩いの場となっていて、多くの町民たちで賑わっている。その南側に男爵邸がある。石門の前で長槍を装備した衛兵が出迎える。
「クロネコ商会のトールだ。カーター男爵へのお目通りを」
と、俺はワントーン低い声で名乗る。
「話は聞いています。こちらへどうぞ。」
と、丁寧な返事が返ってきた。
石門を通り、玄関前で執事とメイドの出迎えを受ける。男爵は既に待っている様子。
「ようこそいらっしゃいました。男爵様は来賓室でお待ちです。こちらへ」
恭しく、執事とメイドが頭を下げる。
貴族らしくない設え品。質素、清潔であり上品な印象だ。玄関ホールから来賓室までの廊下も飾り気のない、如何にも辺境の質素な生活を表す内装が続く。
――気に入った。町民優先の市政を貫いているのだろう。まったくもって好ましい屋敷だ。冷蔵庫だけでなく、別途手土産を用意したのが無駄にならなくて済みそうだ。
来賓室に通されると、館主用のソファに腰かけていた夫婦が立ち上がり挨拶をしてくる。先に待っているなんて、全くもって貴族らしくない。クロエとパウルを背に控え、俺は挨拶を返す。背の二人は武装したままだ。常在戦場。男爵もそういう育ちか。
「初めまして、クロネコ商会のトールと申します。本日は、当方の我がままを聞き入れてくださり、誠にありがとうございます。」
丁寧なあいさつを返す。
「実は、クロネコ商会の新しい魔道具を用意いたしました。冷蔵庫を三台揃えました。」来賓用のソファに腰かけ、俺は早速用件を切り出す。
「冷蔵庫とは、足の速い食糧を低温で備蓄保管し、その賞味期限を延ばす箱でございます。特に、エールやお飲み物を冷やすのに適しております。これから暑くなる夏に向けて部屋の片隅に必須のものでございます。」
王都では冷蔵庫は珍しくもない魔道具かも知れないが。
「まずは男爵様にお使いいただき、使い心地を試していただきたい。差し支えなければ、辺境伯さらに王家への献上品の末席に加えて頂ければ幸いに存じます。」
「間もなく辺境伯へのご挨拶の時期かと存じます。その後は王都での滞在が続くのかと。是非ご一緒にお持ちいただければ、必ずお役に立ちます。」
冷蔵庫を目の前に出し、使い方を説明していく……。
一通り説明が終わり、ソファに腰掛け、お茶を頂戴しながら、切り出す。
「奥様には、こちらの品を用意いたしました。王都での舞踏会で新しいお飾りものがお入り用かと。王都の話題を攫うには良い品かと自負しております。」
と俺は、奥様の前にベルベット貼りのネックレス箱を差し出す。
――中には、小粒のダイヤモンドのネックレス。面の多いローズ・カット仕立て。煌めきが増して見える、研磨面の多いカットだ。敢えて一粒の、一見質素に見えるネックレス。
長方形のネックレス箱を開けてみた奥様の印象もその通りだろう。横から男爵ものぞき込む。が、しかし、俺は目の前で指を鳴らし、ほのかな灯りをつけてみる。
「ライト」
「まあ……」
――奥様の目が次第に輝いていくのが、誰の目にも明らかだ。男爵も声が出ないようだ。何の説明も要るまい。
「こちらにあとお二つ用意いたしました。同じデザインでございます。それぞれ、ダイヤモンドの粒の大きさが違いますのはご容赦を」
と俺は畳みかける。
辺境伯夫人や王家の方と同じ大きさでは、男爵夫人が困ってしまうだろう。意図は十分に伝わった。
「なお、このデザインのものは、この世の中にたった三本だけでございます。このレベルでダイヤモンドを研磨するのは相当な技術と時間を要します。追加で要求なされましてもお応えできかねますので念のため。例え、それが王家のご所望でもです。」
右手を男爵の目の前に差し出し、人差し指、中指、薬指を順番に立てて、俺は世の中に三本しかない貴重なものだと念を押す。
この時代、ダイヤモンドをダイヤモンドで研磨するなんてことはできていない。ローズカットは当面普及しないだろう。いずれハートシェイプやブリリアントカットのスキルも出していこう。クロネコ商会のアドバンテージだ。
「男爵閣下には、こちらの品を用意いたしました。」
俺は、三本のブランデーのボトルを差し出す。
このブランデーは、スコットブラザーズ商会のライアンさんから仕入れたワイン樽を四十%超の高いアルコール度数まで蒸留し、樽で追加熟成させたお酒だ。芳醇な香りとまろやかな味わいが楽しめる。こちらの世界に既にブランデーがあるかどうかは知らないが、ワインとエールがあるのだ、問題はないだろう。
直ぐにでも試飲したかったのだろうが、我慢してくれたようだ。ますますこの男爵が気に入った。次の機会があれば、グラスを持ってこよう。
その後の話の中で、クロネコ商会店舗への兵士団の巡回と安全の確保を依頼する。その外にも、王都の様子や、南方地区での生産物や特産品の情報、男爵領の特産品の話、あればよいと思う魔道具など、短時間だったが有意義な時間を過ごせた。男爵夫人もニコニコ顔だ。そうだろう、そうだろう。
美人なメイドがお茶のお替りをサーブしてくれる。先ほどとは茶葉が違うのだろう、大層美味しくいただいた。こちらの世界の紅茶葉も悪くない。




