第十六話 地震
まだまだ寒い中でも日脚が伸び、春の植物が咲き始め、暖かな風が吹くなど、少しずつ訪れる春を感じる三月。生きとし生けるものたちが動き出す季節。コザニの町の迷宮も目が覚めたようだ。
もっとも、三月初日のこの日は、濃い灰色で厚い雲が垂れこめ、日差しを遮り、薄暗い夜明けを迎えていた。
朝方、まだ水汲みを手伝っている時間帯、コザニの町を地震が襲った。この世界にきて初めての有感地震だ。日本に居た頃は、地震は珍しくもなんともないものだったが、こちらでは皆が震えて座り込んでいる。足元が揺れるというのは、経験のないものにとっては恐怖以外の何物でもないだろう。
体感では震度四程度だろうか。二分間ほど揺れて地震はおさまった。――まあ、この程度なら日常生活に支障はないだろう。三十分ほど様子をみただろうか、
「さあ、もう大丈夫だ。行動しよう。」
皆の不安気な眼差しを払拭しながら、俺は声を掛けた。
余震はあるかなと心配をしながらも、今日も普段の日常行動が始まる。俺は朝ごはんの前に、魔の大森林の探索に出かけた。この時は、地震の原因なんて思いもしなかった。
迷宮が封鎖されたと聞いたのは、夕ご飯前に帰ってきた際、冒険者ギルドから帰ってきたクロエからだ。朝、迷宮に出かけて行ったが、入り口はギルドが封鎖していて入れなかったようだ。
「迷宮内の安全を確認するまでは、誰もが入れない」と、いつもの警備隊が説明していたそうだ。
クロエ達は一端拠点に戻り、露店も今日はお休みだ。クロエ隊とパウル隊は揃って魔の大森林の浅いところで、薬草採集となった。が、冒険者のみんなが同じ行動だったようで、魔の大森林も混雑し、適当に切り上げて来たらしい。採集ご苦労様です。
結局その日のうちには、安全は確認できなかったようで、終日立ち入り禁止となった。迷宮入り口に陣取っている冒険者ギルドの情報局から聞いた話だと、転移扉が出来たらしい。入口を潜ってすぐのところに新しく部屋が出来たとのこと。この変化が地震直後に確認されたので、直ぐに迷宮封鎖の措置となったようだ。地震は迷宮の再構築の影響だったか。
他の町の迷宮では、踏破した階層と入り口を繋ぐ扉があり、次に迷宮に入った際に続きからの攻略が可能であるとのこと。この扉のようなものが確認されている。
次の日、昨日とは打って変わって晴天のまだ寒い空がひろがっていた。早々に兵士団による迷宮調査団が編成され、早朝から迷宮に潜っていった。彼らの戻り次第で安全が確認できるのだろうが、転移扉が出来ていることを考えると階層主の部屋が誕生したかもしれない……。
――ボス部屋誕生は、十階層か。まずは兵士団の帰還を待とう。
兵士団の第一弾の帰還は、昼過ぎだった。五人一組で十組の兵士団が一階層から順次しらみつぶしに探索をかけ、変化や異常がないかどうか――断層が出来ていないか、罠などが追加されていないか――などを調べていった。
第一弾は、階層主の部屋誕生に当たりを付け、最短距離で十階層へ潜っていったようだ。階層主の部屋が出来ているのを確認し、転移魔法陣の存在を確かめ、それで入り口に帰還してきた。ボス部屋突入はまだらしい。戦闘用の備品などを揃え、転移魔法陣から再突入するようだ。大盾と槍の装備が多いか。
再突入後、一時間ほどして、第一弾が帰還。階層主の討伐、十一階層の存在を確認し帰還したようだ。
グリズリーのような熊の毛皮を大事そうに抱えている兵士が見える。
その後、低階層をしらみつぶしに探索した別部隊が続々と帰還。魔物が入り口から溢れて来るといった危険はなさそうか。が、今日も終日迷宮封鎖のようだ。
冒険者ギルドでは、多くの冒険者たちがギルド情報局の発表を待っていた。兵士団が続々帰還してから、その日の夕方、明日から迷宮を解放するとのギルドの発表があった。
・迷宮入り口に転移魔法陣が出現
・九階層までは変化なし
・十階層の入り口に転移魔法陣が出現
・十階層に階層主の部屋が発生、階層主は、フォレストベア単体
・十一階層の存在を確認。転移魔法陣を確認。詳細は未確認。森林タイプ
・明日から迷宮を解放する。十一階層入口まで
・兵士団の調査が進み次第、先の階層を順次解放していく
俺たちは、当面迷宮探索を休みとした。様子見。十階層のボスであるフォレストベア自体は中級程度の魔物で、他の迷宮等ではよく見聞きする魔物。特段目新しい情報はない。が、ここコザニの迷宮は初級迷宮であり、新型のため用心に越したことはない。
朝から柔軟体操とランニング、そして装備のメンテナンスに時間をかける。身体強化と魔法の練習。反発板を使っての移動練習、箒飛行練習など、自分の力量を見直す良い機会となった。
マーカスとエド、ジェミニ、アナベルにエマまでが反発板を上手に乗りこなす。勿論、ヘルメット、ニーパッド、エルボーパッドを装着しての全面防備だ。小さい子は怖いもの知らず。面倒くさいので、他の冒険者たちに見つからないようにね。
クロエとアンジーはクロネコ2021に乗って、模擬空中戦の最中。こちらは見つかっては困るので、魔の大森林の中腹上空で訓練中。クロエの方が魔力量が豊富で出力も高い。が、アンジーも魔力操作は上手、スピードはこちら。一長一短があり、緊迫した練習だ。二人とも本気だなこりゃ。先に敵機の後ろを取る立ち回りや、敵機の頭を抑える立ち回りを熟している。併せて、身体強化と魔力操作がぐんぐん伸びている。これに並列処理が加われば、バレットを複数射出ができるだろう。複数ターゲットの自動補足なども出来るようになるのだろうか。
クロエのフライトスーツは黒ベースにシルバーの流線型の入ったもの、ゴーグルの縁取りもシルバーだ。灰銀色の細くて真っ直ぐなショートカットとおそろいの色は、トータルカラーコーディネートが恰好良い。クロエは育ち盛りで、お年頃のせいか、身体のラインがしっかりと出ていて、しかも百六十超の身長の半分は脚。加えて薄ピンクの瞳に整った顔立ちの美人さん。――目のやり場に困る。
ブラック&シルバー、うーん渋いなぁ。
模擬空中戦も、他の冒険者たちに見つからないようにお願いしますね。
迷宮再解放がなされて三日が経過した。ボス戦を攻略した冒険者グループの話もちらほらと聞こえてくる。やはり普通のフォレストベアのようだ。俺は一人で迷宮の様子を見に出かけた。迷宮を快速で飛ばしていき、らせん状の緩い坂道を下って十階層に到着した。坂道を下りきったところには大きな魔法陣が描かれていて、そこを中心にセーフエリアが出来ている。
先日の地震のあと迷宮十階層の入り口にできたものだ。この魔法陣は転移装置の役割を果たしていて、ここから迷宮の入り口にある魔法陣へと一瞬で移動することができる。また、迷宮入り口の魔法陣から十階層へと移動もできる。使用するには一度、十階層に到着して、迷宮入り口へと転移する必要がある。その際に冒険者タグに何かが記録されるのだろう、その後はその冒険者は十階層への移動は自由自在だ。
以前は迷宮に入る時は一階層から始める必要があった。しかし、地震のあとでは、十階層には、迷宮の入り口から直接転移することが可能となった。そのおかげで迷宮の進行スピードが格段に上がった。九階層には一度十階層入り口に来て九階層に戻ればよい。
この魔法陣には魔よけの効果もある。半径二十メートル程度には魔物が入ってくることが無いため、冒険者の休憩場所になっているし、今のところは、兵士団が出入りをチェックしている。魔物が坂道を逆走して九階層に突進できない仕組みにもなっている。
俺は転移魔法陣を使って、入り口に一端戻る。そして、もう一度転移魔法陣を利用し、十階層をボス部屋へと向かう。十階層は、アウルベアが主に出現するが、ザクザクと切り刻み、ボス部屋に到達。控室に入る。ここでボス部屋が空くのを待つわけだが、今は先に入っているパーティもなく、直ぐにボス戦だ。兵士団の情報によれば、フォレストベア単体との対決。
扉を開け、中の様子を伺う。
フォレストベア。巨大な熊の魔獣がこちらを睨みつけている。二メートルは優にある体躯、分厚い胸板と豊満な腰回り。筋肉質な身体は硬く、生半可な攻撃は易々と跳ね返す。獰猛で何でも食う雑食。
でも、兵士団はこれを討伐したんだよね。筋肉が硬いのなら、関節や腱などの比較的柔らかい部分を斬りつける。
さあ、行ってみよう。
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