第十四話 舞い込んだトラブル
新しい年を迎えて、俺たちは一つずつ年をとった。町全体で新年をお祝いする風習はあるようだ。その日は町中で皆が遅くまで騒いでいたようだ。まあ壁外も盛り上げっていたが。――主に冒険者の酔っ払いが――。
皆が無事に新年を迎えられて、喜ばしい限りだ。
お正月三が日などあるわけもなく、冒険者は毎日勤勉に迷宮に出勤していく。クロネコ商会も新年初日から通常営業だ。日常が何の疑問もなく繰り返されていく。千客万来。
ライアンさんの所属している商会は、スコットブラザーズ商会というらしい。うちからは魔石とHP回復薬プラスを定期的に卸している。フィリーの町や王都フェニックスに運んで捌いてもらっている。スコット商会からは、お願いしてワイン樽や上質な綿シーツを仕入れてもらった。新年のお年玉は綿シーツ四枚。絹なんて望むべくもない。亜麻が精いっぱいのなか、綿シーツが四枚揃ったのは僥倖。ライアンさんはできる商人だ。
魔の大森林を巡回中、大きな水辺や沢を発見。ガチョウやその仲間のビッグ・ダッグを大量に狩ることができた。
上質な綿シーツを仕入れてもらった狙いは、この町の領主カーター男爵に取次をお願いすること。安全対策として少しでも保険をかけておきたい。兵士団や商業ギルドの職員がクロネコ商会の店舗を気にしてもらって、頻繁に見回りをお願いしたい。他に確認しておきたいこともある。その手土産に羽毛布団というわけだ。ワイン樽もスコットブラザーズ商会から仕入れた。
正月初日早速、売りものがなくなり閉店となった店舗の奥で、俺はシーツを縫い合わせ、ダウンの洗浄、乾燥を行っていた。ケイト、マーカス、ポーラとメリッサにも声をかけダウン詰めを頼む。一つ目の掛布団を完成させ、ケイトが嬉しそうに持ち上げている。軽いけどかさ張るから気を付けてね。マーカスは二つ目の詰め込みに取り掛かるどころか。
その時、
「ガタ、ガタン」と大きな物音を立てて、売り場屋台に人が倒れこんできた。
装備からみると貧乏冒険者らしい。左肩から出血、顔色が悪い。ううっ、と唸る。槍で刺されたような痕だね。ふむ。
「大丈夫か?」声を掛けながら体を起こすと、右手にしっかりと黒パンを掴んで離さない。
回復薬を左肩に一振り。まずは出血を止める、どれくらい血を流したのかな? と考える間もなく衛兵が駆けつけ、
「そいつは盗人です。先の食糧売り場でパンをいくつか盗んでいきました。」いつも巡回してくれる若手衛兵さんだ。仕事熱心だね、いいことだ。
「承知しました。」と俺は答えたが、左目の端でケイトが何か言いたげだ。四人は固まって震えていたが、
「その人知っています。小さな妹がいます。」と勇気を振り絞って俺に教えてくれる。そうかそうか、ケイトさんその妹が気になるのね……。
――よし。俺は傷口が塞がった盗人冒険者の耳元で、
「君の妹は、うちの子の知り合いらしい。預かっておくから心配しないで、きちんと説明してくるように」と諭す。
「……」盗人の若手冒険者は、目を見開き、俺に無言の返事をする。
衛兵に連行されていく冒険者。よくみると、ひょろひょろだな。よくあれで迷宮に潜るもんだ。きっと同じような冒険者もたくさんいるんだろうな……
「ケイトさん、詳しく話して欲しいかな。」と俺は四人のほうを振り返って声をかける。
「まずは、妹さんだっけ? 事情を話したいので連れて来てくれない?」
「私知っています」と、ポーラが返事をする。
「よしポーラ頼んだ。ここに呼んできてくれる? 俺たちは布団に戻ろう」と作業継続を促す。
冬空の午後、いつの間にか厚い雲が垂れこめてきて、日差しを遮っている。少し日が陰ってきた中を、ポーラが一目散に駆け出した。
妹さんの名前は、エマ七歳。ポーラに手を引かれて来たが、ずっとうつむいている。まあ、心配だろうな。盗人冒険者はパウル十三歳。例に漏れず、上に冒険者がいたらしい。今は何処?
まずは何で連れてこられたか話をしよう。
「おにいさんが怪我をしてしまってね、今は兵士団の詰め所で治療していると思うよ。」と、一部を隠しながら話す。
「……」ぱっと顔を上げて、心配そうな表情で俺をにらみつけるが、声はでない。
「怪我はもう治ったよ、心配いらないけど……」と俺はまっすぐ見つめ返し、
「事情を聞かれたりするので当分帰れないそうだから、君をうちで預かるとお兄さんと話しをしたんだよ。お兄さんとは冒険者仲間さ。」
「さあ、帰ろうか」俺は、ケイトさんにみんなをまとめて、拠点に帰るように促す。
「俺は、ちょっと回るところがあるので、ララアさんにそう話しておいて」と声をかける。
ジェミニは、エマと同い年、話し相手になってもらおう。少し落ちついて馴染んでくれればいいけど。まずは、被害にあった露店に顔を出して話をまとめてくるか。詰め所はそのあとでいいかな。
結局、兄のパウルを引き取ってきたのは、その日の晩になってからだ。被害にあった店にはお見舞いを出しておいた。詰め所には、差し入れをもって顔を出し、既に和解したこと、話の落としどころを説明しておく。差し入れは、小型だがワイン樽をひとつ。効果は抜群だ。そう、効果は抜群だ。それでも、解放には夕方までかかってしまったが、犯罪者、奴隷落ち寸前で引き上げることができた。
今は二人して端っこで野菜スープと牛ハンバーガーをかじっている。仮テントは拠点の横に移設させた。俺がこの二人の身元引受人になるにあたって、詰め所で衛兵に言わせたのは、
「お前は、罪を犯したのだ。奴隷落ちしてもおかしくなかったのだ。」
「今回は、相手が大げさにしないと温情をくださったからで、次はないと思え。」と厳しく指導してもらった。
「お前が奴隷落ちしたら、妹は今頃ゴブリンの餌食になっていたかもな。」心の傷口に塩を刷り込む。
ララアさんの野菜スープは、身も心にも染み渡るだろう。まずは、そのやせっポッチの身体に筋肉をつけてやろう。飢餓の記憶は鮮烈だ。三つ子の魂百まで。
彼らが戦う理由は、祖国の理想や軍規ではない。ましてやレベル上げではない。――飢餓だ。下の子に食わせるために最前線で戦うのだ。
パウルは、ヘタレだ。クロエと同じ時期に初心者冒険者訓練を三カ月受けたが、何一つ身につかなかったようだ。その後も結局ポーターもどきとして日々の糧を稼いでいたらしい。二人の飢餓感は想像を絶する。よく生き残っていたものだ。
腹が満ちれば、瞳に生気が戻る。いや、彼にとっては気が狂っていた方が幸せだったかも知れない。地獄の訓練の始まりだ。初心者冒険者訓練を三カ月受けた十三歳に何の遠慮が必要か。オリバー、トミーと同じメニューで迷宮へと突っ込んでいく。
昨年十二月と同様、クロエ達三人組は順調に迷宮四階層、五階層を巡回していく。オリバーとトミーは、パウルを引き連れ、一階層から二階層へと巡回していく。パウルが冒険者ギルドのFランクタグを所持していたのは幸いだった。これで大手を振って迷宮入りができるってもんだ。パウルもオリバーと同じ装備、カイトシールドとショートソードを持たせ、前衛で構える。実戦を積ませて促成栽培だ。ゴブリンなんて当たらなければ怖くない。一角ラビットは食糧だ。どうだ、怖くないだろう。絶望も動揺も全くない。腹に刺さった一角ラビットの角を引き抜け。怪我したって直ぐに治してやる。
それにしても、その身のこなしはアンジーの半分だな。
そのアンジーは俺と飛行訓練の真っ最中だ。空中操作や編隊飛行、空気の基本的性質、安定性と操縦性、飛行性能等について、風の妖精シルフィードの申し子は身体で覚えていく。そして最も大事なのが原動力となる魔力。自分の魔力量の把握、魔力の効率的な使い方。航行と砲撃への分配などなど覚えることは沢山ある。
アンジーさんはそう魔力量が多い方ではない。スタミナ維持が課題だ。まずは魔力量増加だ。この一月はアンジーさんも寝る前に身体強化に魔力を使い、毎日毎日気を失うように眠りにつくのだった。
そうみんな、身体強化が使えるようになってほしいのだよ。ジェミニもエマも頑張ろうね。
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