第九十話 新装イルメハの迷宮塔
その夜ぐっすりと睡眠を取った俺は、ケイトの猛烈な扱き――スプリングマットレスとベッドパットの製造――に堪えた疲労も十分に回復し、本店三階のプライベートルームで朝食を取る。一緒の相手は、ケイトとタンクのパウルだ。昨晩、妹エマの様子を話すと約束したからな。
パウルとエマは血のつながった兄妹だ。クロネコ商会のストリートチルドレンでは珍しい。唯一のケースかも知れない。初めて会った時は、パウルはヘタレ冒険者で、食糧を盗んで現行犯で取り押さえられたのだよ。妹エマが才能持ちで助かったな、パウルよ。
そんなパウルも、今や押しも押されもしないタンクだ。うちのエース格のマイクとも遜色ない活躍をしてくれる。そんなパウルは妹エマとは離れて暮らしている。エマは、雷属性使いのモクバ乗りだ。航空魔導部隊所属のため、イルメハの迷宮に居る。なので、時々エマの様子を、主に大活躍している様子を兄に焚き付けている訳だ。
――もっと、キビキビ働け!パウル!
さて、今日も妹エマの勇姿を聞き、美味しい朝食をたっぷり取り、出撃しろよな。パウル。期待しているぞ。俺のほうは、ケイトから昨日の備品製造の積み残しはないと確認がとれ、ホッとして紅茶を頂戴しているところ。既に、予約のお客様に前倒しが可能となった旨案内を取り、再予約を受け付けているらしい。
――ケイトの眼鏡がキラリと光り、奥の瞳が微笑んでいる。
ご機嫌のようで、何より。先の憂いが解消されたか。
俺はイルメハの迷宮へと向かう。迷宮の領域内中心に設置された迷宮の塔は、地上六階建て、地下百階建て。六階にはマスタールームとコアルーム、倉庫。五階には作戦指令室、サブマスターのジーンの控室、ベンガルトラのベルの居住区域など。四階から二階には、居住区域、キッチン、食堂、大浴場が二つ。一階にはトレーニングルームといくつかのシャワールーム、出撃準備室。そして、塔の屋上にはドローンポートとモクバポート。
人員が増えたので、再度塔の改築工事を行う。今回は四階層の追加。全て居住区。一階層の上に四階層分を増設する。その結果、地上十階建てとなった。地下部分は、地下一階の宿舎はそのまま活用し、ここにも大浴場を二か所、数か所のシャワールームを設置。地下二階層から地下四階層までは、胡椒農場や実験農場となった。地下五階層には、バックヤードを設ける。地下六階層から地下七階層までは、観光客向けの階層構成とした。特に地下七階層には、火山造山帯を模して、活火山と温泉街を設立。自然の風景を満喫した大自然の中の露天風呂が独り占めできるコテージハウスを建設、運営する。この六階層、七階層には魔物はでない。イルメハ大聖堂の観光客を呼び込みたい。地下八階層から地下十階層までは、初心者冒険者向けのトレーニング階層とした。魔法の泉も設置。他、百階層まではそのまま。ただ、迷宮南門からの出入りだけ、少し変更。
迷宮南門から入ってすぐの二十畳程度の広さの部屋に、扉が二つ。その先には転移魔法陣が設置してある。一つの部屋は、迷宮の入り口につながっている。もう一つは、迷宮からの出口。ここまでは同じなのだが、入り口のドアを開ける際に、パーティの一人に、階層転移の石が必要と変更した。
・階層転移の石が無ければ、転移魔法陣は起動しない。
・階層指定の石があれば、指定された階層のゼブラゾーンに転移する。
・階層指定は、六階層、七階層、八階層、十一階層、二十一階層、三十一階層、四十一階層、五十一階層の八種類。
・一度転移すると階層転移の石は、消滅する。
今までは、迷宮一階層にしか入れず、五十階層攻略までは何日も時間が、かかったが、今後は、十階層単位で転移先を選択できる。五十一階層以降の攻略が進むだろうか。階層転移の石は、八、十一、二十一、三十一、四十一、五十一階層向けの六種類は、迷宮南門で冒険者向けに販売。六階層と七階層向けは、クロネコホテル・イルメハのフロントで観光客向けに販売しているし、実は迷宮南門でも販売している。冒険者向けには販売しないが。
なお、地下一階層に入るには、迷宮南門の従業員口から路線馬車に乗り、一階層から入場してそこから転移していく。地下一階層を利用するのは、従業員だけだね。
冒険者たちは、フィッタの町から迷宮南門に行き、転移魔法陣を通して迷宮の各入り口へと転移していく。帰りは、帰り石を使って迷宮の出口に転移、そのまま迷宮南門から出て、フィッタの町の宿屋へと向かう。日帰りでも迷宮内長期キャンプでも対応できる。
さあここでも、コアを撫でながら一日過ごす安息日を設けることにしよう。新装なった十階層でコアを撫でながら、ジーンと紅茶を頂く。今日は九階層の作戦指令室には、アナベルが陣取っている。
ティータイムのひと時を終え、俺たちも作戦指令室に入り、オーガ五体、ミノタウロス五体、ゴブリンのマーチン四十九体中隊の動きを注視しながら、ジーンから部隊の報告を受ける。オーガ五体、ミノタウロス五体は、それぞれ単独行動だ。編成を組んでいる訳ではない。
「迷宮の領域周辺からの魔物の越境は、数は大分落ち着いてきています。その分、戦闘回数も少なくなり、領域の境を中心とした巡回警備にも余裕が出来ています。」
最近の警備は順調のようで、待機できるメンバーも増えたようだ。
「もちろん、まったくなくなった訳ではなく、戦闘は毎日ありますが、部隊の損耗は、この春になってからは、めっきりと少なくなりました。怪我はありますが、帰還してからの回復薬での治療で間に合う程度となっています。」
ジーン自身の指揮命令も、大分余裕が出来てきているようだ。
「今日から、迷宮への入りを変更し、五十一階層への入り口も解放した。今後冒険者たちが、更に攻略を進めてくることだろう。最終防衛ラインは、百階層と考えてはいるが、まずは、その手前の九十階層までで食い止めること。」
俺は、ジーンに新しい指示を出していく。
「六十階層のオークジェネラル、七十階層のゴブリンキング、八十階層のオークキング、九十階層のオーガ亜種、百階層のトロール、各階層のボスキャラクターは、覚醒しても不思議ではない程、習熟を重ねております。」
ジーンは、嬉しそうに各階層のボスの成長を報告してくる。地表階の魔物殲滅に従事させた影響か。
「五十階層と六十階層の能力が違いすぎる場合は、階層ボスの再配置、見直しが必要となるかも知れません。」
ジーンが、あらたな課題を投げかけてくる。
ドローンのカメラがベルの様子を捉え、スクリーンに映し出す。ベルが、巨大鹿を仕留めて、持ち帰って来た。俺に見せる気らしい。
――調理しろ
そういうことか。俺は早速、二階層の厨房に向かい、二人の調理師とともに、ベルの帰還を待つ。
巨大鹿:大きな角を二本備えた雄の巨大な鹿。獰猛で攻撃的な性格。分厚い毛皮は剣を通さず、倒すのに苦労する。角と毛皮は一級品の素材。その巨大鹿を、喉仏へのひと噛みで倒したのか。これは、角も毛皮も無傷で確保できそうだ。俺は、ベルの頭を撫で、後頭部を揉んでやり、労をねぎらう。鹿はバックパックに格納し分別、十キロほどの生肉を取り出す。既に血抜きされているので、早速調理をする。
三人掛かりで、シンプルにステーキを焼いていく。グレービーソース掛け。赤ワイン、ビール、干魚の出汁で肉汁を溶かす。直前にバターで香りづけし、ステーキに掛ける。が、ベルは猫舌なんだよなぁ。そこだけが残念。それでもまあ、ペロッと十キロ分のステーキを平らげる。腹が落ち着くと、九階層の作戦指令室に向かう。俺は、ボーナスの鹿の肉を冷蔵庫へ格納し、今晩のメインに使ってくれと調理師たちに頼む。
ベルは、作戦指令室内でアナベルの横に陣取り、まどろむ。俺は更にその横にイスを置き、ベルの後頭部を撫でている。
――このもふもふ感は、至福のひとときだ。
あとで、もも肉はローストしておいてやろう。アナベルも、時々航空魔導部隊に戦闘指示を出しながら、ベルのもふもふを味わっている。
ベンガルトラのベル:イルメハの迷宮に住み着く魔獣。体長二メートル八十、体高九十、尾長九十、体重は二百キロ。威風堂々とした体躯を持つ。何故か、最早生肉は食べない贅沢なネコと化している。




