第八十八話 税収の増加は、何故
王都とはいえ、少し離れた周囲には、まだまだ緑多き丘陵地帯が広がり、更には小麦大穀倉地帯へとつながっている。サンズ王国は、豊穣な農業国だ。四の月のある日、爽やかな風が春の訪れを感じさせるこの日、サンズ王国の王都フェニックスにある財務府の高層営造舎三階では、ある二枚の書類が、一人の財務担当官の目に留まる。昨年のアントニオ辺境伯の納税報告書【速報値】とアーレフ侯爵の納税報告書【速報値】だ。
アントニオ辺境伯領は王都の北東地域、アーレフ侯爵領は王都の北西地域。どちらかというと、豊かな土壌にはあまり恵まれていない地域だ。そのため全体から見れば小さな変化ではある。目に留まったのは、増収がその二か所だけだったからだ。他の報告書は前年並み。それと両地域とも北面で魔の大森林と接しているという共通点があった。
それでも、財務担当官の目にとまったのは偶然でしかない。何故、税収が増えたのか。昨年だけの特別な事情だったのか。今年の見通しはどうなのか。
一度気になり出すと、些細なことでもひっかかる。両地区とも比較的小麦には恵まれない北部地域だということ。アーレフ侯爵は、貴族偏重主義派の一員で、ここ最近王都での活動が目立っていること。昨年の全国小麦作柄平均は百と例年並みだったこと。大麦やライ麦の作柄平均情報はない。よかったのだろうか。確認しておこう。
小官を呼び、王立図書館から資料の取り寄せを依頼。一昨年までの三年間の両地域の財務報告書【確定値】だ。昨年の書類はまだ速報値だ。詳細な確定値が出揃うまでは、あと一か月ほどかかる。現地の様子を視察するかどうかは、詳細値を確認してからにしようか。
――とは言え、いち担当者が気にかかるからと言って、現地視察を行ってもよいものだろうか。
少し悩むところだ。それに、この件だけにこだわっている訳にもいかない。下級財務担当官とは言え、多忙な身だ。他の書類の処理に紛れて忘れてしまった。
思い出したのは、小官が翌日、一昨年までの三年間の両地域の財務報告書【確定値】を届けてくれたからだ。
六冊の厚い報告書を読み下す。アントニオ辺境伯領では、建築資材用材木の伐採、大麦、ライ麦の収穫、比較的ダンジョンが多く、ダンジョン産の魔石の売買も盛ん、といったところが目につく程度。三年間での目立った増収は見られない。むしろ、東側にバスケスナ大山脈を挟んで、ローカム帝国が支配する地域があり、現在は目立った紛争はないものの、万が一に備える必要がある。そのため、王室から辺境伯へ軍事準備費が支給されている。
――金は出すから、戦闘部隊は自分で準備しろ。か。
一方、アーレフ侯爵領では、小麦、大麦、ライ麦の収穫が中心。特に小麦の取扱高が突出している。領地が南北に広いせいもあるかも知れない。また、海洋地域に面しているため、海産物の取扱高もある。海岸線では塩田も多い。こちらも、三年間での目立った増収は見られない。
過去の財務報告書からは何もわからなかった。一昨年の税収も目立ったものはなし。だとしたら、一昨年は準備期間で昨年からようやく何かが本格的に稼働し出したということだろうか。疲れた頭で、ぼんやりとそんなことを考える。
とにかく、昨年の速報値だけでなく確定値を見て、辺境伯領のあるいは侯爵領の、どの地域の何の産業が伸びているのかを把握する必要があるのだろう。
お茶を飲みながら、作業に没頭している小官の横顔を眺めていると、ふと、
――王宮内や財務府内で、これらの地域の特産品が話題になったことはなかったか?
そんなことが頭に浮かぶ。早速、情報収集を小官に依頼。そして、他の書類の処理に紛れて、そんなことを小官に依頼したことすら、忘れてしまった。大分疲れているのだ。
思い出したのは、小官が翌日、興味深い情報を届けてくれたからだ。王妃の最近お気に入りのアクセサリーが、辺境伯からの献上品だとのことだ。
これは、是非見に行かなくてはなるまい。が、王妃に直接コンタクトを取るわけにはいかない。上司を使おう。宰相か財務大臣か。まあ使える上司たちで良かった。
また、財務府内の情報として、アントニオ辺境伯領あるいはアーレフ侯爵領から、高級酒が王都に入ってきているとのこと。貴族間での争奪戦まではいかなくても、かなりの人気品のため、高値で取引されている模様。王宮内にも、辺境伯やアーレフ侯爵から献上品が届いている。
さらに、辺境伯領の綿織物は質が良いとの情報もある。特に作業服に使う素材は厚手のものでしっかりとした縫製、損耗に十分耐えうる品質とのことで、流通量が少ないこともあり、こちらも都民の間で人気のようだ。
――なるほど。さて、だとすると商会はどこだ? その方面からも調べてみよう。
こうなってくると、昨年の確定値を待つまでもなく、両地域での実態を押さえておきたい。何か、金の匂いがするのだ。この金の匂いに敏感な貴族たちより先に立ち回りたい。どこかの貴族派閥に囲われて、隠蔽されては、王国の税収に影響を及ぼすかもしれない。また、犯罪がらみの有無も判定が必要だ。王都に悪影響を与えるものは排除しなくてはならない。
――財務官の発言は、色んな部署に影響を与える。
さて、二か所同時視察は無理だろうな。どちらに行こうか。距離的には同程度か。アーレフ侯爵の動きが気になる。貴族偏重主義派が、隠蔽工作に走らないとも限らない。こちらから行こう。
誰を行かせようか。今は皆多忙だが、数日掛けて、調査官と覆面調査官の二部隊を編成、予算確保のための稟議書を作成する。その稟議書を携えて、財務大臣室を窺がう。大臣には、先日王妃様のお気に入りのアクセサリー調査を依頼している。
「大臣、王妃様のアクセサリーは如何でしたでしょうか? 」
俺は、稟議書を後ろ手にして、大臣に王妃様のご様子を伺う。
「小粒のダイヤモンドを一粒あしらったものだったよ。面の多いローズ・カット仕立てというらしい。煌めきが増して見える、研磨面の多いカットだそうで、めったに見ないカットだとのことだ。」
王妃様が嬉々として話してくれたそうで、小一時間自慢されたらしい。
「ダイヤモンドが一粒だけのシンプルなデザインだが、パーティでは圧倒的な存在感を放つようだな。」
王妃様の自慢げなお顔が目に浮かぶ。
「どなたの作でしょうか」
俺は一歩今日の要件に、にじり寄る。
「それがなあ、王妃様も知らないようだ。アントニオ辺境伯の献上品のようだ。あの武人にそんな知恵が回るはずがない。誰かが裏で何か画策しているかも知れん。」
大臣自らパスを出してくれる。
「では、調査官を派遣致します。影に潜られると面倒なので、覆面も一緒に。」
俺はすかさず、稟議書を決めに入る。アントニオ辺境伯の献上品の話題をしながら、アーレフ侯爵領の視察稟議書を提出するのは、気にしない。気にしないよ。
「国家のために、新興産業を全体把握致します。」
こうして俺は。稟議書に決済を貰った。期間は、昨年の財務報告書【確定値】が出揃う一カ月後。元々の疑問は、「何故、税収が増えたのか? 」
しっかりとその答え合わせをしよう。
財務府:国家財政および財政に関する訴訟問題を司る官庁。徴税、王領の管理、王室の債務者に関する諸事務を取り扱う。




