幼馴染の肩書きは
「ただいまー」
「だだいま……ふぅ、やっぱ新しい環境になると疲れるね~」
「そうだな。まぁ、直に慣れるだろ」
自宅に到着した二人は、まだ慣れない高校生活に今日も精神的な疲れを感じて、そろってリビングのソファーに後ろ向きでダイブしたくなった。
しかし、二人の腕には、帰ってくる途中にスーパーなどによって買ってきたのだろう、食材がトートバッグに詰められた状態でぶら下がっている。
二人はまず、その食材を冷蔵庫にしまうことから始めた。
そして、全ての食材を入れ終わると、亮一がソファーに直行し、後ろ向きでダイブした。
それを、苦笑交じりに眺めながら玲子もソファーに座る。
名家に生まれた者として、淑女としての嗜みが身に付きつつある玲子は、そのソファーに座る動作すら、その一挙一動が絵になるほど美しい。
「リョウ、いくら何でもはしたないわよ……」
「いいじゃんちょっとくらい……」
言いながら、亮一は玲子にたしなめられたことなど気にする様子も見せずに、学校の自販機で購入したのか、バッグに入っていたスポーツドリンクを口に含んでのどを潤す。
対面に座る玲子ものどは乾いているのだろうが、彼女は一旦席を立つと、わざわざキッチンからコップを持ってきて、それに亮一と同じく、自販機で購入したらしい緑茶を注いでちびちびと飲んだ。
実に対照的な二人である。
特に言葉を交わすこともなく、なんとなく静かな雰囲気のまま数分が経過したが、やがて下校の疲れが取れたのか、二人はおもむろに立ち上がると、それぞれの自室に向かって歩き始めた。
そして、自室の扉の前に亮一が立つと、彼は隣にのドアを開けようとしている玲子に顔を向けて、お部屋訪問のアポイントを入れた。
「あのカードの話の件だけどさ。着替えたら玲子の部屋に行って大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ。私も、あなたがあのカードの力を持っているって学校で知ってから、いろいろ話をしたいって思ってたから」
「そか。んじゃ、あとで行くから、準備よろしく」
「りょーかい」
玲子の返事を聞き届けた亮一はそのまま自室へ入り、制服から着心地のいいスウェットに着替えた。
共同生活ということもあり、外に出る必要もないためである。おそらく、玲子も部屋着の状態で彼を出迎えることだろう。
「あとは、カードとあの端末を出して、と……」
不思議なことに、あの端末やカードは、特に何もせずに放置しておくと消失してしまう。そして、自分の意思で消すことも可能である。
おそらくは、あれも本来は明確な形のない、力の一部だからなのだろう。
必要な時のみ、軽く念じることで端末機器やカードという形で亮一の前に具現化する。
まったくもって摩訶不思議な力である。
そのほか、特に持っていくべきものがあるかどうかと考えて、カードの力のことについて話すならこれ以外はもう必要ないだろうと、そのまま玲子の待つ隣室へと向かった。
玲子は予想通り部屋着に着替えた状態で、部屋に備え付けられたソファーに座っており、テーブルの上に彼女がスキルポイントで交換したらしいカードを広げていた。
ちなみに、彼女の今の服装はブラウスとゆったりとしたロングスカート。トレードマークのポニーテールは、部屋の中では料理中以外は基本的にほどいている。
「やっほ~、待ってたよ」
「おう。……って、もう広げてるのか。準備がいいことで」
「ん。まね~。そのあたりはやっぱり、カードの効果も見ておかないと、予想も何もできないからね」
「ふぅん……」
テーブルの上にカードを広げている玲子に近づき、その様子を見守る亮一だったが、やがて亮一も床に座り込み、持ち込んだ自分のデッキを床において玲子の真似をし始めた。
玲子は、それをちらり、と流し見るも、すぐに自分が持つカードの確認作業へと戻っていった。
やがて十分くらいたって、満足した様子で玲子はカードをまとめた。
「ん~、肩書きの名前からして可能性を考えてたけど、やっぱり賭け要素が大きいな~、こりゃ。補強用のカードのセレクト、考えないと……」
「精が出るな。何の肩書きを選んだかは知んないけど」
「あ、はは……まぁ、それは後で、ね……で、リョウはなにやってんのさ」
「ん、玲子のマネ。とりあえず、直感に任せて組んでみた。途中からはわけわかんなくなったけど」
「ふ~ん……どれどれ~?」
玲子が亮一の組み立て途中のデッキを取り上げて、そのデッキ構成をざっと確認してみる。
亮一が目指しているデッキ構成は魔法中心だが武技系のスキルを使用しての攻撃も織り交ぜたハイブリット型。
ところどころに武器カードや武芸系スキルが入っていることを目ざとく見つけた玲子が、なるほど、とつぶやいてカードをきれいに整えた。
「まぁ、私と一緒でスターターパック交換したんだろうけど、それに手を加えただけにしても、そこそこバランスは取れてる感じね」
「ほんとうか!?」
「えぇ。それにしても、ずいぶんと魔法スキルに偏ってるのね……。この感じから行くと、リョウが選んだのは魔法使いか、学者か賢者か……そんなところじゃないかなって思うんだけど、どうかしら」
「おぉ、あたりだ。俺は魔法使い選んだんだ」
言いながら、亮一はカードを構えて、戦闘態勢に入る真似をしてみる。
すると端末がそれを感知して、亮一を昨夜と同じ、西洋の魔法使い風の格好へと変身させた。
「ほら、こんな感じで」
「おぉ~、かっこいい! いいなぁ、リョウのはそういう無難な格好で」
「ん? どういうことだ?」
デッキをトントン、と叩いて自動的に手札として初期配置されたカードをデッキに戻しながら、亮一は玲子を見る。
玲子はなぜか、羨望のまなざしで亮一の衣装を穴が開くほど凝視していた。
ちなみにカードを瞬時にデッキに戻した方法を知っている理由は、昨晩寝る前に端末を調べたため。少しだけ寝る時間を惜しんだ、その成果の一つである。
具体的には、念じながらデッキをたたけば、エルカディア・コア・システムによるバトルフィールドとやらを展開していない限り、念じたとおりにカードを出したりし待ったりできる。
それはさておき、亮一の問いかけに対して、玲子は少し答えづらそうにしながら自らが選んだ肩書きを答えた。
「私は、ディーラーっていうのを選んだんだけどね」
「ふんふん……ディーラー、ね……」
その言葉単体では、いろいろな意味合いがある。メーカーとの特約の元、特定のものを扱う販売業を示す場合や、証券などの取引を行う業者などがまず該当するだろう。
そして、それ以外では、テーブルゲームやカードゲームなどの進行役などもディーラーと呼ばれる。カジノゲームの進行役ももちろんそうだ。
カードゲーム好きの玲子が選ぶなら納得の肩書だな、と何度か頷く亮一。
しかし、玲子は自身が交換したであろうデッキを眺めると、ため息をついて、続きの言葉を紡いだ。
それも、いかにも屈辱そうな表情と声色で。
「衣装がね、その……とんでもないものだったの」
「ふんふん……ふん?」
とんでもないもの。
亮一ははて、と首を傾げた。
どことなく『かわいい系』の部類に入る亮一が首を傾げる様を見て、ちょっとだけほっこりしたようになる玲子だったが、しかしよほど屈辱的な衣装が当たったのか、すぐに元の表情に戻ってしまう。
普段から元気満々、明るさが一番の取り柄ですと言わんばかりの輝きを持っている彼女をして、そういう表情にさせてしまうほどの『ナニカ』とは一体……?
あれこれ考えるも、なかなかにそれらしいものが思い浮かばない亮一は、
「ちょっと予想できんな……そだ。玲子も変身してみたらどうよ。それなら模擬戦もできるしさ」
などと宣い、玲子を狼狽させてしまう。
「あ、う、うん。それは、うん。その……手っ取り早く説明するなら、それが一番、何だけどね……」
玲子の見たこともない恥じらい方を見て、これは相当だなと感じた亮一は、こりゃ間違ったかもな、と思いながら頬を掻き、前言を撤回しようと口を開こうとしたが。
しかし、玲子は玲子で、いくら恥じらっても同じ力を持った者同士、ここで隠してもいずればれるだろうと観念したのか、決心した表情でカードと端末を掴み、目を閉じた。
変化は、すぐに訪れる。
その変身の始まりは亮一と共通していた。
光の粒子に包まれ、姿が隠される。亮一が眩しくないのは、彼が変身中であるがために、なんらかの保護機能でも働いているのだろうか。
しかし、それ以外は違った。
亮一は、首のてっぺんまで光に包まれていたものの、あくまでも頭頂部より上には光の粒子は集まっていなかった。
それは、もしかしたら亮一の衣装に帽子などが含まれていなかったからかもしれない。
やがて光の粒子は細長く途中で手前に折れ曲がった、二本の耳の形に整っていき――
やがて光が収まり、中から玲子が現れると、亮一は変身を終えた彼女――であるだろう少女の姿を確認した。
――おいおい、と声を上げざるを得なかったのは、彼女の姿からして致し方ないことだろう。




