日常風景1
亮一と玲子は、幼馴染である。
つまるところ、生まれた家はそれぞれ違う。だから、家も近いとはいえ、同居までは至っていない――そう思う諸兄諸姉も多いだろう。
しかし――二人は、生家が普通ではないため価値観も一般的なものとはかけ離れており、15歳という年頃の男と女であるにもかかわらず、同じ屋根のもと寝食を共にしていた。
普通ではない家の生まれ――すなわち、二人はお互いに良家の生まれだった。
亮一の家も、そして玲子の家も資産家で、多くの企業を傘下に収める日本有数の名家なのである。
仲のいい家同士の子供が仲良くなるのもおかしい話ではなく――家が近いこともあり、自然とお互いの家を行き来して遊ぶ間柄となっていた。
そして、いつしか互いの家公認の婚約者という関係となってしまっており。
さらには、高校への入学以降は、社会勉強という側面から、二人は親元を離れて生活することを命じられたのである。
ただ――二人は腐っても価値観が違う家に生まれた、箱入り息子&箱入り娘であるし、その親もまたしかりである。
つまり、一人暮らし――正確には両家の陰謀により、共同生活となってしまったが――のための生活空間も、マンションの一室というちゃちなものではない。
小笠家――亮一の実家が保有しているビルディングには、ワンフロア丸ごとプライベートスペースとして確保している物件がいくつかある。その一つ、高級マンションの最上階フロアに彼らを放り込んだのである。
さて。そんなわけで、親元を離れて自炊生活を送っている二人の朝は、朝食を作ることから始まる。
事前にそこそこ仕込まれているらしい二人は、しかしまだそれほど手際が良くないようで、作業を可能な限り分担することでそれをカバーしようとしていた。
そして、出来上がった食事を食卓に並べ、仲睦まじくそれを平らげるというのが、登校準備をする直前までのスケジュールである。
「今日はみそ汁の具材、どうしよっか?」
「う~ん、昨日はなめこだったし、一昨日はホウレンソウ、その前はキャベツやニンジン、ニラなんかの野菜だったから……今日は手堅く、豆腐とわかめ、それとネギでいいんじゃないか?」
冷蔵庫の中身とにらめっこをしていた玲子の問いかけに、鰹節で出汁を作っている亮一が答える。
一応、一人暮らしに先駆けた訓練として、一通りの料理は覚えさせられた身である。
このままいけば、亮一も将来は主夫を名乗れるくらいにはなっているだろう。
亮一が手際よく包丁を捌き、味噌汁に使用する具材をカットしていく。
玲子はその間、水を鍋にセットして沸騰させると同時に、味噌汁以外の総菜を見繕う。そして、少し考えたのちに市販の調理済みの肉団子を取り出した。
鍋の水がある程度高温になったのを確認したら具材と出汁を投入し、しばらく煮込んでから味噌を溶かし込む。
(うん、今日もいい味だ)
二すくい目でちょうどいい味に達したと判断した玲子は、そこで火を止めて、同時進行で湯せんにかけていた肉団子を子丼に盛り付ける。
「玲子、ご飯こんなものでよかったか?」
「えぇ、ばっちりよ。味噌汁も今盛るわね」
「おう、よろしく」
そして、ご飯、味噌汁、昨晩の煮物の残りを食卓に並べて、本日も朝食の準備が無事に完了した。
亮一はそのまま、玲子はテーブル付近に設置されたテレビの電源を入れてから、ダイニングテーブルに備え付けの椅子に着席した。
「「いただきます」」
二人は見計らったようにそう言うと、これも図ったかのように揃って始めに味噌汁に口を付ける。
「うん、うまい。やっぱりみそ汁は俺が作るより玲子が作った方がうまいな」
「い、いきなりなによ、もぅ……」
亮一の奇襲口撃。ふいに褒められた玲子は、照れざるを得なかった。
何気なく付けたテレビ番組は、今は朝ということもあって、放送の内容も天気予報や占い、そしてニュースなどが中心だ。
「ん~、また都内のビルで謎の襲撃事件か……あれ、うちの傘下のデパートじゃん。まったく、誰があんなことを……」
「その前は多くの企業のオフィスが入ってるオフィスビル。その前はうちの傘下のブランドショップが入ってる百貨店も被害に遭ったな……まったく、物騒な世の中だ」
とても穏やかではないニュースだったために、二人はちょっとだけ愚痴モードに入る。
特に、二人は将来そういったものの経営者を所有する側になる身だ。
こうした悪いニュースには、何かと敏感になってしまう。
やれやれ、早く誰か解決してほしいものだ、と思いながら、二人は手早く朝食を食べ進める。
なにしろ、朝は時間の経過が早い。ゆっくりしていれば、すぐに遅刻間際の時間になってしまうだろう。
そうして20分くらいかけて食べ終わると、そのまま食洗器に入れて、通学準備に入った。
通学準備を終えた二人は、戸締りを確認して、家を後にする。
外出前に戸締りをするのは当たり前だが、何かと事件のネタになるものを抱えている二人だ。そのあたりには特に慎重になる。
護衛などは付近の住宅にいるものの、やはり不安はぬぐい切れないし、留守中の住宅に侵入され、帰宅直後に誘拐される、などということがあっては泣くに泣けないだろう。
道中、亮一は玲子と世間話をしつつ、昨夜のことをいつ話そうかとタイミングを見計る。
なにしろ、亮一は玲子も同じ力を持ったとは思っているが、それが確かなことであるという確証はないのだ。あくまでも、持っているかもしれない、となんとなくそう思っている程度である。
しかし、歩きながらだと落ち着いて話せるわけもなく、話す機会に恵まれたのは学校に着いてからだった。
(……にしても、玲子……なんか、変わったか……昨日はなんもなかったよな……?)
ふと、亮一は今朝玲子を見た時から実は感じていたらしい、玲子の奇妙な変化について考えだす。
今朝起床して、自室から出て玲子と顔を合わせた時のこと。亮一は、玲子に機能とは違う、かすかな違和感のようなものを感じ取っていた。
それは本当になんであるのかわからない、けれども普段の玲子からは感じられないナニカがあるように思い。
その正体がずっと気にかかっていたのだ。
そして、もっと気になるのは、それが自分にも該当するということ、
より厳密には、その正体不明のナニカが、自分自身にも存在するように感じたのである。
それは、まるで玲子のそれを感じ取ったからこそ、逆に自分のそれにも気づくことができたかのような感じで。
亮一には、あのカードが自分に何かとてつもない悪影響を与えているのではないか、とすら思ってしまうくらいに疑わしいものであった。
カードのことといい正体不明のナニカといい、昨日転んでから碌なことになってないな、と思わずため息をつく亮一。
「?」
それを玲子が見ていたらしく、彼女は何でいきなりため息なんかついたのか、と怪訝そうな顔で亮一を見つめていた。
ただ、カードのこともある関係上、道端で話せるような内容でもなかったために、その場では言葉を濁すしかなかったが。
結局話をする機会に恵まれたのは、教室に到着して、しばらくたってからのことだった。
基本、二人は早めの登校を心掛けているため、教室に着いてからもしばらくは雑談をする時間が生じる。
タイミングは、その登校後のちょっとした時間内に、やってきたのだ。
教室で荷物を置いて、ある程度落ち着いてきたところで、ふと今なら話を振れるかもしれない、と思った亮一は、そのまま前を向いていた身体を反転。
玲子の座っている席がある、背後へと向いた。
――そこには、見覚えのあるカードの束をしげしげと眺める、玲子の姿があった。




