第四夜
《グロテスク》《閲覧注意》《自己責任》
こんな夢を見た。
頭の中でオーケストラが絶え間なく演奏し続けている。のかと思うほどの頭痛が、始終私を苛んでいた。
頭を抱えて、しゃがみこんでいた私は、血の味をまとう自らの肺にも構わず、息を大きく吸い込んで、立ち上がり、再び走り出した。
そうすることだけが、この頭痛を和らげる唯一の方法であると知っていたからだ。
だから私は、走る。走る、走る、走る。
私は、いま、目的も大義もなく、ただこの頭痛を和らげる為だけに走っている。ここはどこか。私は、それすら知らない。知らない町の、知らない景色を、置き去りにするように私は走っている。
最初は、気のせいだと思っていた。しかしこの頭痛は、数日も立たない内に、日常生活に支障をきたすほどになった。そして走り始めた今も、頭痛は日ごとに強くなっている。まるで『立ち止まるな』と私をせき立てるように。
走りながら、少し楽になった頭で、私は思考する。まだ頭痛は私の頭の中で主張を続けているし、体の至るところが悲鳴をあげている。それでも私は、私の頭は、痛みの空白を先んじて埋めるように、自分の話をし続けた。自分の名前について、好きな食べ物について、嫌いな人間について。
そうしなければ、私は私を見失って、二度と会うことは叶わないと思ったからだ。ともすると私は、この時、私であるために、走っていたのかもしれない。
どれくらい、走り続けただろうか。なお全力で走りながら、ふと、私は、これだけ走っているのに、どうしてまだ足が動くのかと不思議に思った。
とたんに私の足はただの棒切れになり、もつれて、私はなす術もなく、地面を転がった。痛い。痛い痛い痛い。痛い!
私の右足はあり得ない方向に曲がっていた。骨が折れている。そう理解するのにはしばしの時間が必要だった。だけど、理解したから何だと言うのだろう。もう、動けない。そう私は考える。考えている。それは間違いない筈なのに、私の体は這いずって、どこかを目指している。
ふと、地面に転がる私の耳に、川の流れる音が聞こえた。瞬間、私は折れた足のまま、ゆらりと立ち上がり、ふらふらと前に進んだ。痛みは既に感じない。これが最後の正念場。例え、この体が壊れようと、あそこまで行けば……。
数十メートルほど離れた場所に小川が流れていた。私は水辺に、くずおれるように、再び膝をついた。水が澄んでいる。私の、目的地は、ここだった。そう、理解した。水面に映った顔は、記憶よりずいぶんと痩せこけていた。
今までの道を思えば、それも仕方のないことだろう。だが、それはもう終わる。もう、走らなくていい。私は手で水を掬って、からからに渇いた喉を潤した。
潤そうと、した。しかし、喉に水が触れた瞬間、私は極度の吐き気を感じた。そして、
ごそ
っと、ナニ
カが
喉の奥から
せりあが
って
くる
のを、
止める
力は残っていない。
私の中から、のたうちながら、うぞうぞと、這い出てきた『それ』らは、黒いハリガネのような生き物。
聞いたことは、あった。宿主の、行動を操る、おぞましい寄生虫が、いる、という、話は。
主張できる自己など、守るべき私など、もう、とっくに居なくなっていたのだ。けれどそんな事実も、すでにどうでも良くなっていて。残ったのは。
ああ、やっと、頭痛が、なくなった。
そんな安堵と、私の頭が水を叩く音が、最後に、私の意識を、掠めた。