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こんな夢を見た  作者: 三露翔馬
1/7

第一夜

 こんな夢を見た。


 或る時、私は若い女性であった。そして私は心霊と言う奇怪で不条理な現象を信じていて、あまつさえそれに会いたいと考えていた。私は電車に乗り、バスに乗り、タクシーに乗って、事故物件を巡るということを趣味にしていた。それは不動産屋に渡りをつけてのこともあれば、家主に直接交渉してのこと、果ては不法侵入をしてまでも事故物件に入り浸っていた。或いは私そのものが怪奇に取り付かれたように。その理由も、今となっては定かではない。定かではないが、往々にして夢というものがそうであるように、私には一部分だけ、明瞭に思い浮かべられる感情がある。私はただ「会いたい」「会わねば」と考えていたのだ。誰に?誰かにだ。それは幽霊という曖昧な存在ではなかった気もするが、相手が幽霊であるからこそ、こんなにも記憶に残らないのだ。という考え方の方が納得できる気もする。要するに、何を考えていたかなど、ほとんど覚えていないのだ。夢のように。


 私はいくつかの廃墟へ行った(勿論、心霊現象に遭遇することはなかった)帰り道の交通手段にタクシーを選んだ。

 そして私は、タクシーの中で運転手の話を聞きながら、流れていく景色が、夕日で赤く染まっていく内に、一つの廃校を見つけたのである。私はタクシーを停めてもらい、金を払わずタクシーを降りた。何故かと問われても、夢だからとしか返せない。(こうして文章に起こしてみると夢というもののあやふやさがよくわかる)そして私は半ば予定調和のごとく、その廃校に足を踏み入れたのであった。



 当然のように鍵が掛かっていない昇降口から、私は学校へ入った。学校特有のやけに長く感じる廊下を歩くうちに、ふと「私は上履きに履き替えただろうか」という思いが沸き上がってくる。そんなものは自分の足を見れば一目瞭然であるから、私は自分の足を見る。しかし、そこ以外ははっきりと見えるのに、足首より先だけはどこかの影に入ったように真っ暗でわからない。わからないなら仕方がない、とわからないまましばらく歩くと、次に私は「私の名前はなんといっただろうか」と考え始める。しかしいくら考えても答えが見当たらない。名前がないのは困ると私は思ったが、それでいいのだという気持ちが、どこからともなく流れてくるものだから、仕方がないという結論を私は出した。名前を知らないのだから上履きを履き替えたはずはない。そう考えながら歩き続けると、不思議なもので、今までは聞こえなかった、外靴が板張りの床を叩く音が聞こえるようになった。静かな廊下にコツリ、コツリと靴の音だけが響く。

 廊下はまだまだ続いていて、そろそろ日が落ちるのではないかと私は心配になったが、「ここの時間は動かない」と、誰かに言われてあった気がしたので、そういうものだったなと思い直した。そして私はふと、ある教室の前で立ち止まる。それから「私の教室はここだったっけ?」と言った。勿論、私は偶然見かけた廃校に足を踏み入れただけであるので、ここが私の教室であるはずはない。その考えは間違いなく正しいはずなのに、やはりどこからともなく聞こえる声は、ここが私の教室だと言うのである。私は自分の頭がおかしくなったと考える。声はそうだよと言う。私はついに平静を保てなくなり、「お前は誰だ」と声に向かって怒鳴るように問いかけた。すると声はあなたは私のことを知っている筈だと言って笑った。その瞬間、私の怒りは静まり、どうも私は声の主のことを良く知っているようだと納得するように思ったのだ。


 私は教室の前の方の扉を開けて、中に入る。



 私の席は何処だったっけ?と、そんなことを考えながら、教壇に立って教室中を見渡す。すると声が言う。あなたの席はそこ。こっちの席は全部埋まってる。と。

 声がそう言うのなら、そうに違いないのだろうと思った時、私は私の名前と、するべきだったこと、出来なかったこと。声の主の正体を思い出したのである。






 私は教師だった。そして今は教師を名乗ることは出来ないのであった。

 何故なら私は数年前に、教師であることの重圧に耐えかねて、自殺をしたからだ。


 全て、全てを思い出した。はらはらと涙がこぼれてくる。


 とめどなく流れる涙を拭った私は、チョークを手に取って、しましがた思い出した自分の名前を書こうとしたが、まずチョークに触れもしないことに気がついて、苦笑する。そのまま振り返るとあの時の生徒たちが全員揃っていた。はっと目を見開いた私を余所に、あの声の主、有栖さんが号令をかける。


起立!○○先生に礼!着席!


 私は君たちに先生と呼んで貰えるような人間ではないのだと、私は言おうとした。しかし彼らの私を見る目が、あの頃と全く同じであることに気づいて、声にはならなかった。せめて、最後ぐらいは彼らに恥じない自分でありたいと思いながら、私は彼らに礼を返し、最後の授業を始めた。

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