第88話 普段は3着セットで1,100円
「うう……もうお嫁にいけない……」
乃亜さんとのお出かけの帰り道。私は両手で紙袋を抱きしめながら歩いていた。
袋の中には――黒の下着。変身時にいつも着ている衣装、なんてことはもちろんなくて、今日買ったばかりの新品だ。
『さっすがちーちゃん、似合うよ! ちーちゃんスタイルいいしぴったりだって!』
『あ、いやでも』
『じゃー私も色違いで同じやつ買うから! ね? それならいいでしょ?』
またしても一緒の試着室に入って(というより入れられて)、流れるように下着を渡されて試着して……
『やっぱ無理いい』
『もー、ちーちゃんてば往生際が悪いよ? ここまできたんだからあとはドーンとレジに持っていこう!』
『でも私なんか似合わないよ』
『そんなことないって。じゃー今度ちーちゃんの言うことひとつ聞いてあげるから。ほらほら』
『ううう……』
結局、乃亜さんの力強い勧めに負けた私は、レジへとたどりついて、お会計をしてしまった。
でも、乃亜さんと色違い、おそろいってのはちょっとうれしい、かな。
ちなみに「好きな色選んでよ」なんて言うから、ピンクを選んだ。白と迷ったけど、白は乃亜さん、たくさん持ってそうだし。ホワイトリリーだけに。
「それにしても、ちゃんとした下着ってけっこう高いんだね……」
下着屋さんで買ったのなんて初めてだから、値段を見てびっくりした。思わずゼロがひとつ大きくない? 間違えてない? なんて思っちゃった。
残金がこれだけで、おこづかいまではあと半月くらいだから……これは節約生活が続きそうだなあ。
家に帰って、夜。お風呂に入りながら収支を頭の中で計算する。どうしてもほしいプリピュアグッズは今のところないとしても、いつそんな商品が出てきてもいいように、ムダ遣いは控えないと。
「ん~っ」
のびをしながら湯船から出て、窓を少しだけ開ける。湯気にかすんでぼんやりと浮かぶ月をながめていると、もうひとつの悩み――帰りがけの乃亜さんとの会話が脳内で再生される。
『ちーちゃんはもっと自信持っていいよ。美人さんなんだから』
『び、美人なんて言いすぎだよ。乃亜さんの方がずっとかわいいし……』
『なにをー? 私よりおっぱい大きいくせにー』
『ひゃっ!?』
試着室ならともかく、公衆の面前でもむのはやめてぇ!
『で、でもやっぱりこういうの着けるのは恥ずかしいよ……』
そもそもいつ着けたらいいかわかんないし。買ったのはいいけど当分はタンスの中かなあ……。
『……ちーちゃん』
『なに?』
『もしかして……今日買った下着、着けないでおこうとか思ってない?』
ぎっくぅ!
『そ、そんなことないよー。 の、乃亜さんが選んでくれたやつだし』
『ほんとー?』
『う、うん。ほんとほんと』
ずずい、とのぞきこんでくる乃亜さんから視線をそらしながらも答える。
『よし、ちーちゃんの言うことを信じよう』
ほっ……。
なんて安心したのも束の間、
『じゃあ明日、学校に着けてきてよ。私も着けてくるから』
『え゛』
『約束ね?』
『え゛……』
えええええええ!?
「どうしよう……」
成り行きでとはいえ約束しちゃったからには着けていかないわけにはいかない。でもあんなセクシーな、しかもレースのついた黒下着で学校に行くなんて。ある意味変身したときにマントの下に隠れた黒ビキニ姿よりも恥ずかしく思えてくる。
約束したってことは……たしかめるのかな。
でもどうやって? もしかして……見せ合いっこ?
人気のない空き教室とかで、乃亜さんとふたりっきりで。それで制服の上からじゃあわからないからって話になって、それから――
「なんやあんさん、えらい悩んどるみたいやな」
「ひゃあっ!」
突然聞こえてきた声に意識を現実に戻される。足をすべらせて湯船にダイブしちゃうところだった。
窓枠のところに器用に座っていたのは、夜に溶けていきそうな黒猫。
「おつかれさん」
「って、なんだベルか」
びっくりさせないでよ、もう。
こっちはゆっくりお風呂に入ってるんだから、いきなり声かけてこないでよ……って、ん?
お風呂? お風呂……。
「え……」
「連絡したのに応答がないからわざわざ来てやったんや。感謝しいや……なんやあんさん。そないに震えt」
「えっち!!!!」
「ぶにゃあ!?」
気づけば私は反射的に、近くにあった洗面器で黒猫をぶったたいていた。




