第48話 マイナス感情スパイラル
金曜日になっても、乃亜さんは学校へ来なかった。
けれど、なんてことはない。担任の先生は「風邪が長引いているみたいだ」と軽く流し、よく一緒にいる陽キャの人たちも「心配だねー」と感想を述べるだけ。
かくいう私もあれ以降、乃亜さんの家を訪れてない。あの日はたまたま日直という大義名分があったから。
そういう意味では、私も先生たちと一緒なのかもしれない。
違うとすれば――
『次回もお楽しみにっ!』
我に返ると、テレビ画面が元気いっぱいの魔法少女の姿からCMに切り替わったところだった。ほどなくして、9時から始まる戦隊もののオープニングが流れ出す。
「終わっちゃってた……」
1週間で一番の楽しみ。ニチアサのプリピュア放送。それを、この私がぼーっとして過ごしてしまうなんて。プリピュアファンとして情けない。
散歩でもしてこよう、かな……。
いつもなら録画を再生して2回目の視聴に突入するところだけど、今の私じゃまたぼんやりして見てしまうかもしれない。そんなことをしてしまったら、それこそファン失格だ。
Tシャツにハーフパンツというラフな格好の上にパーカーを羽織って、家を出る。
春のぽかぽか陽気の中、住宅に挟まれた細めの道をぷらぷら。時折、気を紛らわせるために深く息を吸い込んで。
行き先は、特に決めてない。
こんなのはただの時間つぶし。あてもなくさまようだけ。
なのに――
「……」
気づけば私は、乃亜さんの家の前までやって来ていた。
日曜だっていうのに、家からはあまり人の気配は感じない。乃亜さんの親は土日も仕事に行ってるんだろうか。
ってことは、
「乃亜さん、家にひとり……なのかな」
体調が悪いときほど、ひとりが心細いことはない。私も風邪をひいたときは、無性にさみしくなったりしちゃう。
だったらなおさら、お見舞いに行くべきなのかもしれない。きっとクラスの人は誰も来ていないだろうし。私も一応はクラスメイト、お見舞いに行く理由がまったくないわけじゃない。
そう思って、インターホンに指をのばして――直前で止めた。
やめとこう……。
私に、そんな資格はない。だって、この状況を生み出してしまったのは、乃亜さんを苦しめる原因は、私なんだ。
LINEだって、月曜のやりとりが最後。乃亜さんからのメッセージもない。もしかしたらエリーさんから私の正体を聞いて、恨んでるかもしれない。
「やっぱり、私みたいな日陰者が仲良くするのが間違ってたのかな」
ちょっと趣味が同じだからって、1回くらい一緒に出かけたからって、調子に乗ったバチが当たったんだ。
根暗な陰キャの私と、日なたを歩く乃亜さんが隣を歩くことは許されないんだ。それは、魔法少女と悪の組織みたいに。
私なんか、ひとりでひっそりとしているのがお似合いだ。
考えれば考えるほど、おなかのあたりに黒くてずっしりとしたものがたまっていく。これがマイナス感情ってやつなんだろう。
「……ベルがいたら、ごちそうだって喜ぶんだろうな」
そんな自嘲を地面にぽとりと落とした直後、背後から声が聞こえた。
「あら、数日ぶりね」
振り返ると、見知った白猫が見上げていた。
「エリーさん……」
朝日に照らされているからか、もふもふの毛は初めて会ったときよりも白く輝いて見える。まさに正義の魔法少女の使い魔にぴったりの姿。
「どうしたの? 敵情視察?」
「い、いえ。そんなつもりは」
「それとも、勝者の余裕ってやつかしら」
エリーさんの言葉には、初めて会ったときよりもどこかトゲがある。そりゃそうだろう、私たちは敵同士。仲間を傷つけた相手が様子を見に来ていたら、いい気分なんてするばずない。
「言っておくけど、ホワイトリリーが動けないからって、あなたたちの好きにはさせないわよ」
けん制するように、力強く言う。
「いざとなったら、私だけでも――」
と、エリーさんの言葉が止まった。
「……!!」
同時に、文字通り全身の毛が逆立つ。なにかを受信したアンテナみたいに。
「ど、どうしたんですか?」
「……まさか」
気づいたエリーさんが、射抜くような視線でこっちを見る。
「あなたたち……やってくれたわね」
「え、え?」
なんの話? ぜんぜんついていけない。
「あ、あのエリーさん」
「いえ、今はそんなことを言っている場合じゃないわ」
「ちょ、ちょっと待ってくだ」
私の言葉を最後まで待たずに、エリーさんは乃亜さんの家の敷地に入っていく。まさに猫にふさわしい機敏な動きで。
「なにか、あったのかな」
どことなく、焦っているようにも見えた。その理由は聞けずじまいだったけど……。
もしかして、乃亜さんの体調が悪化した……とかじゃないよね?
そんな考えが浮かんだ瞬間、いやな汗が背中をつたっていく。すると伝染するように、頭の中は悪い方の考えでどんどん埋め尽くされていく。
どうしよう。もしそうなら、私はどうしたら――
「ひゃ」
直後、スマホが震えた。LINE通話の着信。
発信者はおなじみ、お騒がせな黒猫だ。
もう、こんなときに。
「ベル? ちょっと立て込んでるから後でかけなおしても――」
『あんさん! 助けてくれ!』




