第35話 時は作戦会議にさかのぼる
「あんさんの作戦、なかなかええと思うで」
居酒屋で枝豆を頬張りながら、ベルは言った。
「たしかに今までは怪人1体だけで戦ってたからなあ。あんさんの言うとおり、戦闘員みんなで同時に攻撃したことはなかったわ。ええ着眼点や」
「いやあ、それほどでも」
プリピュアのアニメをそれこそ穴が開くほど見ていたのが、こんなところで活きるなんて。
それに、なんだかプリピュアが褒められているような気がしてうれしくなる。
「せやけど」
うれしさついでにだし巻き卵に箸をのばしていると、ベルはビールをなめながら、
「なーんか足りんというか、決め手に欠けるような気もするんや」
「それはまあ、わかるけど……」
プリピュアでも、悪の戦闘員だけでプリピュアを追い詰めたことはほとんどない。せいぜい魔法少女の体力を削ったり、時間稼ぎがいいところかもしれない。
「どーしたのさー、難しい顔しちゃってー」
「わっ」
いきなり肩を組まれて私の背筋はぴんとのびる。犯人は「むにゅう」というやわらかうらやましい感触のおかげで一発でわかった。
「ミ、ミカさん?」
変身を解いて、誰もがうらやむナイスバディな元の姿に戻ったハカセこと鶴崎美影さんは一層私の身体に密着して、
「えへへー、千秋ちゃんやっぱりいい匂いー」
「ちょ、飲みすぎじゃないですか」
「ふへへえ、すりすりー」
表情はとろんとしていて、顔も赤い。次につくる怪人の方針が決まってから、ミカさんはガバガバお酒を飲んでいた。
「おい、千秋の言うとおりや。あんさんもなんかええ作戦はないんか」
「んー、そーだなー」
ミカさんは酔っているのか考えているのか、頭をぐるぐる回して、
「やっぱり、千秋ちゃんに変身して戦ってもらうのはー?」
「ちょっ」
なに言い出すんですか!
「せやなあ」
「言っとくけど、私は戦わないからね」
あんな姿に変身して戦うとなれば、マントの下の黒ビキニをさらし続けることになる。いくら変身中は正体がバレないようになっているからって、それだけは断固拒否だ。
「あんさんも頑固やなあ」
「そーだよー。私はかわいいと思うよー? しかもえっちだしー」
「絶対、イヤです!」
えっちだから余計にイヤなんですって!
とは言ったものの、代わりにいい作戦が浮かんでるわけでもない。
「じゃあー、こういうのはどうっすかー?」
と、テーブルの反対側から、陽気な声でグラスを片手に会話に参加してくる。橋本さんだ。
「おう橋本。言うてみ」
「うーっす、っていうのはですね――」
ごにょごにょごにょ……。
「ちょっ」
「おお! それはええやん!」
「名案だね!」
「だから私は――」
「いやいや――」
――――。
――。
そうしてさらに作戦会議を重ねた後。
「ていうか、ベル」
「なんや?」
「変身って、どうやればいいの?」
話し合いの末、やむなく……本当にやむなく、私は変身だけはすることになった。
だけど、肝心のやり方がわからない。
思えば、これまでの変身は全部、ベルに強制的に発動させられたものだった。
「あー、せやったな」
「今まではベルの肉球を当てられたら変身してたけど、ほかに方法ってあるの?」
「もちろんや」
枝豆は飽きたのか、今度はきゅうりの漬け物をぽりぽり食べながら、
「これを使ったらできるで」
どこからともなく黒い棒を取り出した。
「ほれ、持っときい」
「はあ……」
よくわからないまま、受け取る。あれかな、ホワイトリリーのステッキみたいなものかな。
あ、よく見たら棒の部分になにか巻き付いてる。なんだろ、ほどいてみよう。
くるくる、くるくる。
「え、これって」
それの正体が明らかになると同時、思わず私の声は裏返ってしまう。
「ちょ、は……ええ!?」
ベルから渡されたそれは、
黒いムチだった。




