第207話 暴走台風
海の上では空気が渦巻いたままだった。黒くよどんだ雨雲をまといながら。
アクアルルが生み出した台風――それはゴオオ、と獣が鳴くみたいに大きな音を立てながらゆっくりと、だけど確実にこちらへ向かってきていた。
「うそ……! そんな、なんで……!?」
さながら刻一刻とカウントダウンが進む時限爆弾のように見える台風を前に、私は声を出さずにはいられなかった。
どうして、どうしてまだ台風が存在し続けてるの?
「変身が解けたら、発動してた技も一緒に消えたりしないの……?」
つい今しがた、ミケはアクアルルとの契約を解除した。アクアルルは変身を解かれ、ただの女の子――凪咲ちゃんへともどった。台風を生み出した魔法少女はもうどこにもいないはずなのに。
「おそらく、アクアルルの技の性質が関係しているんじゃないかしら」
「どういう、こと?」
漏れ出た疑問に答えてくれるのはホワイトリリー。とはいえ、彼女も驚きを隠せないようだ。
「アクアルルの力は、水や風みたいなもとからそこにあるものを操作するものだと思うの。対して私やスカーレットシトロンはゼロからビームや炎を生み出して、それを技として放つ、ってところかしらね」
「そうか、メインで使っていた水の腕も」
「その場にある海水の形を変えることで作り出していたのでしょうね。ゼロからじゃない分、エネルギー効率がいいから連発できていたのもうなずけるわ」
つまり、彼女の力は物質の存在自体に関与しているんじゃなくて、物質の形に影響を与えるもの、ってところか。
そういえば、パリピをこらしめるのに使っていたミニ雨雲によるゲリラ豪雨。あれも空気中の水分を集めることで雨雲を作り出していたんだろう。
「だけどそれだとおかしくない? その話でいくと、あの台風もアクアルルが辺りの水や風を集めて形成した……だったらアクアルルの力が失われた今、台風だってもとの風や水の形にもどるはずじゃないの?」
だというのに、風と水はアクアルルが生み出したときと同様に渦となったままだ。むしろ海水を巻き上げてさらに成長しているようにも見える。
と、スカーレットシトロンが後ろから思いついたように言う。
「たぶんあれじゃないかなー、水の腕とちがって台風は自然現象だからじゃない?」
「自然現象?」
「そういうことね、水は私たち魔法少女の力でもない限りぜったいに腕の形になったりはしないけど、台風なら力があってもなくても自然に発生する現象……」
「じゃあ、あの台風はもうアクアルルの力によって発生してるんじゃなくて……自然界にふつうに存在するひとつの台風になったってこと?」
つぶやくように言うと「そうなるわね」とホワイトリリーが肯定する。
ってことは目の前に迫っているのは魔法少女うんぬん関係なく『間もなく上陸する台風』ってことになる。
いや……聞こえてる音の大きさと魔法少女が生み出したってことを考えると、ふつうの台風より性質が悪い。たぶん、サイズの割に勢力がすごく強い台風になってしまってる。
このまま放っておいたら私たちはともかく、周辺への被害も大きくなることは避けられない。
なら、今優先すべきは台風の対処。ミケの言うとおりなのは癪だけど、ミケの捕獲を二の次にせざるを得ない。
「ミケ、捕まえるのはあとにしてあげる。だからアレの対処方法を――」
そう思って岩場の頂上に目をやる。
だけど、すでに三毛猫の姿はなかった。
「しまった……」
台風に気を取られているうちに逃げられちゃったんだ。
それにしても自分が契約解除したせいで暴走してるっていうのに、それを囮にして逃げるなんて……なんて勝手な。ホント、自分がエネルギーを集めることしか考えてない。
おのれ、今度会ったとき覚えてろよお。
「って、今はそれよりも」
私は再び台風の方に向き直る。
砂浜に打ち寄せてる波が少し引いてる気がする……それだけ海水を巻きこんで勢力を強めてるってことだ。早くなんとかしないと。
「ホワイトスター!!」
すると、ホワイトリリーがステッキを構えてビームを放った。直後にドンッッ、と直撃した衝撃音が鳴って――台風のど真ん中に風穴が開く。
「あっ……」
だけどそれも一瞬の出来事。台風を形づくる風と雨雲はぐにゃりと動き、風穴は姿を消す。
「やっぱりダメね」
技がまったく効いてないことにもどかしそうにするホワイトリリー。
「きっと連射しても同じだわ」
「フェザーホールドで包み込んで圧縮するのは?」
私は彼女の背中にある白い翼を指して提案する。が、その表情は変わらない。
「難しいわね。あの風じゃあ吹き飛ばされてしまうわ。それにフェザーホールドは水分に弱いから台風に触れた時点で操作できなくなる」
「……ってことは」
「ええ。やるなら一撃で消し去らないと」
私とホワイトリリーは向かい合ってうなずき、そしてうしろに視線を送った。
「……え? 私?」
赤い魔法少女がぽかんとした顔でこっちを見る。
「スカーレットシトロン。もう一発くらい炎、撃てないの?」
「い、いやいやー! さっき言ったじゃん! 今の私は残りカスなんだってー! 変身してるのもやっとなんだってばー!」
「それはさっきも聞いたからわかってるわ。そのうえで言ってるのよ。今は微妙だけど、あなたも魔法少女として戦ってきたんでしょ? 少しくらいガッツ見せなさい」
「ちょ、ムチャ言わないでってばー!」
じりじりと後ずさるスカーレットシトロンに詰め寄る私たち。彼女の気持ちも尊重してあげたい気持ちもなくはないけど、今いるメンバーの中で最大の攻撃力を持っているんだ。彼女の協力なくしてこの場を切り抜けられるとは思えない。
ううん、しかたない。
「――スカーレットシトロン」
「な、なにさ。おねーさん」
「技を使うか……それとも私たちにまたくすぐられるか。好きな方を選んでいいわよ」
「ひっ……」
私が手をわきわきさせながら言うと、赤い魔法少女の顔が引きつった。いつかの『わからせ』の記憶がよみがえったんだろう。
「う、ううー……まあ、もう一回くらいなら、なんとかいけるかなー」
「よし」
「もー、あとがどうなっても知らないよー。そのときはおねーさんがセキニンとってよねー」
なんだか不穏にも聞こえる発言が耳を通り過ぎたけど、今は考えないことにしよう。
ひとまず火力の確保はできた。だけどただ放つだけじゃダメだ。台風のサイズを考えるとスカーレットフレイムを当てただけじゃ消し去れない可能性がある。
なにか。なにかもうひと工夫が必要なんだけど……、
「……逃げて……ください」
と、私たち3人の耳にかすかな声が届く。
「みなさんは……逃げてください」
もう一度彼女は――目を覚ました凪咲ちゃんは、私たちにそう言った。




