第198話 合流、そして散会
背後から飛んできた光線は私の遥か頭上を越え――そして目の前で今まさに襲いかかってこようとしていた巨大な水の腕のど真ん中を貫いた。
バシャアアァァッ!!
途端に魔法が解けたみたいに腕はその形を崩し、ただの海水へともどる。大きな水しぶきがあがり、近くにいた私にもバシャバシャとかかってしまった。うええ、しょっぱい。ぺっぺっ。
首をぷるぷる振って水しぶきをはらってから後ろを向く。10メートルほど離れた砂浜。そこにはフリフリのスカートと大きなリボンのついた純白の衣装を身にまとった少女がいた。
私が最も見たことのある、魔法少女だ。
「ホワイトリリー……」
思わず安堵する。よかった、乃亜さんはたしか民宿の方を探しにいってたけど、戦いの気配を察知してこっちの様子を見に来てくれたんだ。
って、いやいや、ちがうちがう。彼女は私に正体を知られていないことになってるんだから、この反応はマズい。今は同級生の友だち、西村千秋と夢崎乃亜じゃなくて、悪の組織の女幹部と魔法少女ホワイトリリーなんだから。
「どっ、どうしてあなたがここにっ?」
というわけで驚きのセリフに切りかえる。咄嗟に出したわりにはいいかんじのトーンになった。私もとうとう悪の組織の女幹部を演じるのも板についてきたらしい。うれしくはないけど。
「えっ? あっ、ああ! ……そ、そっか。そうよね……(ごにょごにょ)。わ、私は偶然この海に来ていただけよ! あなたこそなぜここに?」
「ふふふ、魔法少女に教える義理はないけど、あなたには特別に教えてあげるわ。私もたまたま、本当にたまたま来ていたのよ」
「な、なるほど……そんな偶然もあるものね」
「そう偶然! 偶然というのは恐ろしいわね! おほほほ」
「……えっとー」
小芝居みたいな会話をしていると、上空からなんとも言えない声がはさまれる。そんな彼女を見てホワイトリリーは「おほん」とせき払いをしてから、
「彼女、魔法少女……よね?」
「ええ。名前はアクアルル、見てのとおり水を操れるみたい」
ホワイトリリーの問いに答える。立場的には私が悪の組織だからこの紹介ルートはどうなのかなとは思うけど、「魔法少女同士仲良くしましょ」って雰囲気でもないからしょうがない。
というか、今まで仲良し同士の魔法少女に出会ったことないかも。現実はプリピュアみたいにはいかないんだなあ。
「それはわかるけど……いったいどうして戦闘になっているの? 怪人の気配も感じないし、あなたたち悪の組織が暴れていたからってわけではなさそうだけど」
追加で質問が飛んでくる。当然の疑問だ。魔法少女はなんの理由もなしに戦ったりはしない。
「私は、止めようとしているのよ」
「止める?」
「……アクアルルは人に暗示をかけることができるの。その力を使って強引にこの場所に人を呼んで、海と、ここにあるお店を盛り上げようとしている」
「……!!」
ここまで言ったら、さすがにホワイトリリーも気づいただろう。アクアルルが何者で、いったい何を目的としているのかを。
ホワイトリリーがアクアルルの方を見上げる。視線が交錯するけど、お互い仲間を見る目じゃあない。
「あなたも……悪い人ですか?」
「そうね。あなたにとってはそうなるかもしれないわ。たくさんの人を巻き込もうとしているそんな話を聞いちゃったら、私もだまってるわけにはいかないもの」
「……そうですか。じゃあ」
言葉を止めると、アクアルルは手を海の方に向かって突き出す。さっき見たのと同じ動き。
すると同じように、海水面が隆起して変形して――再び大きな腕の形となった。
「――悪い人は、魔法少女アクアルルがやっつけます!」
ドッ! と、それこそ波のように腕が私たちの方へと押しよせてくる。
「ホワイトスター!」
だけどすかさずホワイトリリーはステッキを構え、ビームを撃ちこむ。今度は手のひらに大きく風穴を開けると、水腕はまたしても形を失った。
「さすがホワイトリリーね」
「ふ、ふふん。悪の組織にほめられてもうれしくないけど、素直に受け取っておいてあげる」
得意げな顔を見せてくる。私も変身して悪の組織側だから魔法少女に称賛を送るのはおかしいのかもだけど、正直彼女が来てくれて助かった。攻撃手段の乏しい私には限界があるから。
とはいえ、喜んでばかりもいられない。
私の脳裏をよぎるのは、前の戦い――スカーレットシトロンとの戦いだ。
あのときも、こんな風に規模の大きい技が何回も激突した。だけどスカーレットシトロンがスタミナ切れに陥ることはなかったのだ。
だから、
「ホワイトリリー、この場はあなたに任せてもいいかしら?」
「えっ、どういうこと?」
「彼女が契約しているのはミケよ。近くにいることも確認してる」
「それって……」
そう。つまり前回と同じカラクリが存在する可能性が大きい。ミケが魔法少女のエネルギー源となるプラス感情エネルギーを供給し続けている、ということだ。
スカーレットシトロンとのときは彼女の『媒介』を破壊することでなんとかなったけど、ミケ本人が近くにいるとなったら、アクアルルと正面からぶつかり合うよりも戦闘能力のないミケを探してなんとかする方がよっぽど勝機はある。
「なるほどね。またなにか企んでるかもしれないものね」
ホワイトリリーも同じ考えに至ったのか、大きくうなずく。
「わかったわ。ここは私が相手をする。その間にあなたでミケをお願い。なにせ捕まえるのは、あなたの方が得意そうだもの」
私が手に持つムチを見て言う。これ、すっかり動物調教用になっちゃったなあ。
「話は終わりましたか?」
すると、アクアルルが再び海から腕を生み出していた。それも今度は2本も。
「それじゃあ、私がつかれないうちに早く捕まえてきてね」
「そっちこそ、あっという間にスタミナ切れにならないでよね」
魔法少女と悪の組織らしく挑発しあって、それから小さく笑いあうと、私たちは背中を向けて正反対の方向に走り出した。




