第10話 契約でやらかすのは、もはやお約束
「それで、説明はしてもらえるのよね?」
ホワイトリリーが去り、ふたたび2人きり(ひとりと1匹?)になった駅前ビルの屋上。私は仁王立ちして、黒猫を見下ろしていた。
ちなみに黒マントに黒ビキニという恥ずかしすぎる格好、つまり変身は解いてもらった。というか解かせた。
「説明もなにもなあ……」
後ろ脚で器用に耳をかきながら、なにやらめんどくさそうな態度を前面に出している。
「そもそも、契約の時に言ってへんかったっけ?」
「ぜんぜん、まったく、これっぽちも聞いてないんだけど」
とぼけて誤魔化そうとしたって無駄だ。
「まーまー、そうカリカリせんと。せや、あんさんも疲れたやろうし家に帰ってゆっくり休んだら……」
「ベル」
「な、なんや?」
「……から」
「な、なんやて?」
「これ以上とぼけるなら保健所連れていくから」
「ちょっ、待ってや! それだけは堪忍してえな!」
急に慌て出した。保健所に嫌な思い出でもあるんだろうか。あといつの間にか呼び捨てになっていた。まあいいや、こんな詐欺猫、呼び捨てでじゅうぶんだ。
「……はあ」
ベルは観念したようで、わざとらしいため息をついて、
「さっきも言ったけど、オレは悪の組織の使い魔や。んでもってさっきの白いのが魔法少女ホワイトリリー、オレらの敵や」
私もずっと仁王立ちしているのは疲れてきたので、隣に腰かけることにした。
「さっきみたいに怪人をつくっては戦ってるんやけど、一度も勝てずにずっと負けっぱなしなんや。なかなかうまくいかんもんやで」
そりゃそうだろう。悪の組織は魔法少女にやられるのが世の常だ。
「んで、このままではあかんと思って、新しい戦力を探すことにしたんや」
魔法少女に対抗できる、強力な仲間をな、と言った。
「それで?」
「見つけたのがあんさんってことや」
ベルがこちらを向く。チリン、と首の鐘が鳴った。
「……」
話の流れはだいたいわかった。魔法少女と悪の組織の戦い。マンネリ化しつつある両者の戦いに、新キャラの投入。いわゆるテコ入れ。プリピュアシリーズを見まくっていたこともあって、状況はすんなり理解することができた。
けれど、わからないことがひとつある。
「なんで私なの?」
たしかに空腹で動けなかったところを助けた経緯はあるけど、あれは単なる偶然だ。まさか恩返し……それならもっと私の望むものにしてほしいところだ。猫の恩返しはどこの世界でも押しつけがましいのだろうか。
その疑問に、ベルはあっさりと答えてくる。
「なんでもなにも、あんさんが適任やと思たんや」
「適任って」
「好きなんやろ? オレらみたいな悪の組織ってやつ」
「はあ?」
何言っているんだろう、この猫。
「オレを助けてくれたとき、持ってたやん。オレらみたいな悪いやつらが描かれたものを」
「私そんなの持ってな――あ」
心当たりが、記憶にポンと浮かんだ。たしかあの日はアニメイトでプリピュアCDの特典のクリアファイルを持っていた。
そう、魔法少女と、敵の悪役が描かれたクリアファイルを。
「あ、あれは別に悪役が好きだから持ってたってわけじゃあないから! 私が好きなのは魔法少女の方だから!」
「またまたー。魔法少女は小さい子が好きなキャラやろ?」
「ぐっ」
「ともあれ、あれを持ってるあんさんを見たとき、これは運命的な出会いやと直感したんや」
「勝手に運命を感じないでよ!」
人の話を聞け!
「それに、実際のところ才能あると思うで?」
「才能?」
「ああ。オレから力を受け取った時も拒絶反応が一切なかったのがその証拠や。あんさんはできる人間なんや」
「そ、そうかな……」
そんな風に褒められると、悪い気はしない。才能かあ、えへへ……。
「って! その手には乗らないから!」
「ちっ」
コイツ今小さく舌打ちしたな?
「じゃあその力ってやつ返すから、他の人探してよ」
数は少ないだろうが、悪の組織に入りたいという酔狂な人間もきっといるはずだ。
「そうしたいのは山々なんやけどな……それは無理なんや」
「無理?」
「ああ、一度誰かに授けてしまった力は、返されへんのや」
「それって」
「せや。オレの力がすっからかんな今、あんさんにしか頼めへんねん」
「私、しか……」
ベルは身体をこちらに向ける。今まで見たことないようなマジメな顔だった。
「だから……頼むわ。オレらの仲間になってくれ」
「いやです」
「……」
「……」
「仲間に、なってくれ」
「いや、です」
「……」
「……」
「なんでや! 今のは首を縦に振る流れやろ!」
「そんなわけないでしょ!」
「今はあんさんにしか力がないんやで? オンリーユーなんやで?」
「それはベルがちゃんと説明せずに力を渡してきたからじゃない」
「それを言うならあんさんかて、やってくれるって言ったやんか!」
「たしかにそうだけど……」
ベルの言うとおり、確認せずに魔法少女の契約だって早とちりした私にまったく非がないとは言い切れない。けれどここで折れたら、相手の思うつぼだ。
私は自分にも言い聞かせるように、断固拒否の意を伝える。
「とにかく! 私は悪の組織の一員になるなんて絶対に嫌だから!」
魔法少女を愛してやまないこの私が、敵側に与するなんてありえない。
「じゃあ私、帰るから」
今までテレビ画面の中でしか見ることのできなかった世界が現実にあることには浮き足立ったけど、だからといって悪い奴らの仲間としてその世界に身を投じることはできない。
しがないオタクはただのオタクとして、画面の中の魔法少女を愛でる生活に戻るだけ、だ。
「……ちょい待ち」
小さく呼び止める声。ベルから発せられたものだとわかっているはずなのに、今まで聞いたどの声よりも低かったので一瞬わからなかった。
「な、なによ。何度頼まれても無駄だからね」
「……この手はあんまり使いたくなかったんやけどな」
私の言葉を無視して、近づいてくる。そして、しっぽをくるりと一振り。
と、しっぽの先が光り始めた。こういうのを目の当たりにすると、画面の向こうにしかないと思っていたファンタジーはこの世界にもあるんだと実感させられてしまう。
次第に、光はA4サイズくらいの四角形へと形を変えていく。かと思えば、光で白いそれが色をつけていく。
なにかの……写真?
映し出そうとしているのがなんなのか、私は気になって覗き込む。ぼやけていたものが、鮮明に、ある一場面を切り取ったのだとわかるほどに。
「って、これ……」
その全貌が明らかになったとき。
絶句した。
画面には、私がプリピュアのクリアファイルをカバンに入れようとしている姿が映っていたのだ。
「悪いとは思いつつも、撮らせてもらってたんや」
ニヤリ、とベルが笑う。その先に続くセリフは、嫌な予感は、的中した。
「オレらの仲間になってくれへんのやったら、この写真を町中にバラまくで」
「ま、町中!?」
もしそれが現実となれば、学校はおろか、町の人全員に私が魔法少女オタクだということがバレてしまう。そうなったら最後、私のもっとも恐れていた事態になってしまう。
町では後ろ指をさされ。
学校ではひそひそ噂され。
それだけは嫌だ!
「もう一度聞かしてもらってええか?」
ベルがこちらを見上げながら訊いてくる。しかし、精神的にははるか上から見下ろされている気分だった。
「オレら悪の組織の、仲間になってくれるか?」
「……はい」
うなだれながら、こう答えるしかなかった。




