猛追する死神
「お疲れ様です。素晴らしい歌でした、ポラリス様。」
クルックスが労いと称賛の声をかける。
「ポーラちゃんの声はいつ聴いても最高だよぉ!!」
感涙しながら声を大にして言うタダカズ
「それはどうも。」
心底興味なさそうにそう言い放つのは歌った当人であるポラリスだった。
温度差に寒気を覚えそうになる二人。顔を見合わせて苦笑いをしながらも任務を続行するためともに歩く。
「ついてこないでもらえるかしら、何も起こりはしないわ。落ち目の歌姫なんて価値ないもの。」
「落ち目なんてとんでもない!ポーラちゃんは自分が思っているより愛されてるよ!だから無価値なんかじゃないし、付け狙う悪い奴だっているはずさ。」
「タダカズの言う通り。それにアルデバラン氏も最近流れている人攫いの噂が気にかかっているようですし、俺たちがいて損はないでしょう。」
そう、クルックスたちが雇われた理由は市井に流れるきな臭い噂、人攫いの出現によるものである。
臓器目的、奴隷販売等の憶測が流れているが、どれも定かではない。確かなことは、街の人間が忽然と姿を消す事件が最近になって頻発しているということだ。それも若い少年、少女が多いらしい。
「アル爺の勘は大体当たるっていうし、信憑性はありそうね。でも正直どうでもいいのよね、私がどんな目に遭おうが。」
どこまでも投げやりなポラリス。どんなきれいごとも意味を成さないと理解したクルックスは現実的に返す。
「それは困っちゃいますね、貴女に何かあれば報酬は水泡に帰すわけですから。」
「おいクルックス!お前言うに事欠いて何てことを!」
「俺は雇われたボディガードAって立ち位置でしかない、お前と違って根っからのファンでもなければ、この小娘を好きでもない。こっちも命がけなんでね。冷淡に思われようが知ったことじゃない。」
「っ!…貴方また小娘って言ったわね!?失礼が過ぎると思わない!?たしかに背はちっこいかもしれないけど、これでも大人と変わらないわよ!貴方口調は丁寧に見えて結構荒々しい人なの?なんでこんなの拾ってきたのアル爺は…。」
クルックスの吐いた毒にポラリスが怒りと呆れの声を上げる。しかしそのさまを見たクルックスはどこか愉快そうに微笑んでいる。タダカズはよくわからないという面持ちだ。
「そうやってぷりぷりと怒れるならまだ心配なさそうですね。何もかもあきらめた人間は歌えもしなければそうやって不快なこと怒りを露わにすることもままならないものです。」
「…謀られたなポーラちゃん。」
「なっ!このおっさんほんと嫌い!!」
試すような口振りをされ、さらにご立腹のポラリス。思わず歌姫とは思えない荒い口調になるが、その言葉は意外にもクルックスに刺さったようだ。
「おっさ・・・俺はまだ25です!だ・ん・じ・ておっさんではありません!」
ポラリスは「おっさん」というワードが刺さったことを驚きながらも、やり返す術を見つけて口角が上がる。タダカズはショックを受けるクルックスに笑いを押さえきれないようだ。
「ぶふっ・・・っくくく・・・あっひゃひゃひゃひゃ!!塩試合マンとか、つまらん男とか、友達いなそうって言われた時より効いてんじゃん!!あーっひゃひゃひゃひゃ!!こりゃ傑作!」
「タダカズよ、この仕事の後に体動かしたい気分だから、あとでミット打ちに付き合ってもらおうか?」
「すみませんでした。」
クルックスは試合でも見せない眼光でタダカズを睨む。最強の男のミット打ち、それすなわち受ける側がタダでは済まない。それを身をもって知っていたタダカズは素直にかつ簡潔に謝意を述べる。手練れのファイターですら軽い後ろ蹴りを受けた瞬間5メートルは吹っ飛ぶらしい。だがそんな彼を続けて煽るのは恐れ知らずの歌姫であった。
「ぷりぷりと怒ってるのはどっちかな?おっさん!ふふふ。私から見たら十分おっさんよ、ドンマイおっさん。」
「何度も言うんじゃない!確かに歳より上にみられることは多々あったが、そこまで老け顔じゃない!!…ないよなタダカズ?」
「うーん、例えるなら某世紀末漫画の主人公みたいなもんだと思うよ。老け顔ではないが凄味はあるよね。」
「ふぅん、つまり怖い顔?目が見えなくて残念だわぁ!」
助けを求めたタダカズにも刺され、それを見たポラリスにも刺され、クルックスは肩を落とす。
「いいよいいよ、どうせ俺は怖い顔の嫌われ者ですよ~」
柄にもなく、わざとらしく拗ねてみるクルックスを不憫に思ったのか、タダカズが肩をポンと叩く。ポラリスはやり返しができて満足そうだ。
「さてさて、もう更衣室だからついてこないでいいからね。覗いたらアル爺に頼んで首を飛ばしてもらうわ。」
女子更衣室と書かれている扉の前で立ち止まる。星を包み込む濃紺の空のような華やかな衣装ではあるが、動くには不便で重いらしい。歌うのは好きなポラリスだがこういう衣装には少々うんざりしているとのことである。
「…あの人からはただならぬオーラみたいなのを感じたから強ち嘘には聞こえないのが怖いな。」
「目が見えないのに一人で着替えられるの?俺が手伝ってあげようかポーラちゃん!ついでに汗も舐め・・・拭きましょう!」
「私の代わりにしばいといて。ええと、クルッテルだっけ?」
「狂ってません。クルックスです。」
淡々と返し、タダカズにチョップを入れると小気味良い音と短い悲鳴が廊下に響く。タダカズは基本良い奴だが、たまに危ないことを言うのが悩みどころ。
「あの子のファンだって自覚あんなら危ないことは言うなよ。さ、俺たちも着替えようか。」
「サーセン。」
隣にある男子更衣室に入る。格闘家として動きやすい軽装でいることの多いクルックスにとって黒いスーツというのはなかなかに窮屈であった。タダカズは「ジェームズ・ボンドみたいでかっこよくね!?」と大はしゃぎであったが。
クルックスは早々に全身黒のスーツを脱ぎ、着慣れた白いセーターと特注の赤いチェスターコートを羽織る。タダカズは…アニメ風に描かれたポラリスがプリントされたトレーナーに迷彩柄のズボンを履いている。なかなかに異様だが妙に様になっているコーデだ。
「盲目であの衣装は時間がかかりそうだし、しばらく待とうかクルックス。」
「そうしようか。」
更衣室を出てすぐにあるベンチに座る。自販機でクルックスはブラックコーヒーを、タダカズは緑茶を買った。
「ふぃ~、やはり緑茶よな。故郷で淹れてもらったものには遠く及ばないけどこういうのも悪くないや。」
「不思議なものだよなタダカズ、葉っぱは同じなのに紅茶とは全然違うんだから。東の国で初めて見たときは割と驚いたぞ。」
それなーと言いながらタダカズはペットボトルのお茶を美味そうにちびちびと飲む。対するクルックスは熱いコーヒーをまるで水でも飲むかのように喉に流し込む。
「お前はマジで美味そうに飲まないよなぁクルックスさんよぉ…。コーヒーってそんなガバガバ流し込むものだっけか?ちったあ味わえよ。」
「ううむ、特に好きな飲み物とかなくてなぁ…こいつを飲むと集中できる気がするからなんとなく飲み続けてるんだ。」
「ほんと格闘バカだねアンタ。そうだ!いっそ豆から淹れてみれば?最近できた自家焙煎のいい店があんだよ!メタコーヒーっていうとこなんだけど、世界から仕入れた色んな豆があるんだとさ!店主はお前と同じで顔こえーけど、嫁さんがこれまたかわいいんだぁ~。」
「鼻の下伸びてるぞ助平め…。でもまぁ、コーヒーミルは家にあるし、そろそろ自分で挽いて飲んでみたいと思ってたんだ。豆から淹れたコーヒーならきっと美味いと思えるはずだし。」
「そうしろそうしろ!飲食は楽しんでなんぼだぞ~!腹に入りゃ同じなんて考えじゃ人生つまらんて!」
「違いない。」
談笑を楽しむ野郎二人。それなりの時が過ぎたが肝心のポラリスはなかなか出てこない。
「なぁクルックス、さすがに遅くないか?盲目の人の着替え事情なんてわからないんだけどさ、長すぎる気がするよ。」
「そうだな・・・ノックでもするか。」
クルックスが扉を叩こうとしたその時
パアアアン!!と窓が割れるような音がした。
「!?…おい今のって?」
タダカズが動揺する。アルデバランの勘が杞憂で終わらなかったようだ。格闘家として敵なしの男、クルックスもさすがに面食らうが冷静に努めようと努力する。
「タダカズ!アル爺さんに連絡だ!俺は中を見てみる!」
「気をつけろよ相棒!」
迅速に二人の男が動き出す。クルックスは扉を開けて更衣室のカーテンを開ける。割れた窓の破片がパラパラと下に落ちていく。もっと目を引いたのは、下に落ちていく鉤縄のようなものと、麻袋を抱え、すごい勢いで走り去ろうとする大男の姿だった。奴の抱える麻袋の中身こそポラリスに違いないとクルックスは確信した。
「クルックス!連絡は済んだ、俺も追うぞ!」
「お前は後から来いタダカズ。ここは俺が追跡する、ふっ!!」
返事を待たずクルックスが窓から飛び降りた。器用に柵や排水管、ベランダに飛び移り、さながら華の国のアクション映画のように。
「なっ!!馬鹿かおめえはァ!?ここは4階だぞ!!…あれ本当に人間?」
長い付き合いのタダカズも驚きを隠せないが推しているポラリスの危機にもたもたしていられないと階段を駆け下りる。
「お前は最強かもしれないが無敵で不死身なんかじゃない、無理だけはするなよ。」
本人は届くはずもないがタダカズはそう呟いた。
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「ふぅ、案外どうにかなるものだな。さて、奴はどこまで行く?」
4階から飛び降りたというのに息一つ切らさずに逃げる男を追いかけるクルックス。ポラリスからクルッテルと呼ばれたが、間違いでもないのかもしれない。
しばらく追跡すると、追っていた男が黒いバンに乗って逃走を図った。それも法定速度などクソくらえな速さで。
「チッ、車か。まあそうだよな、ちょっと疲れるけど久々に全力で走るか!」
お気に入りのコートとセーターを脱ぎ捨て、上は黒いランニング一枚になったクルックス。軽く何度かジャンプした後、暴走する車めがけ踏み込んだ。
道行く人々を持ち前の動体視力で避けながら、停車する車やトラックを飛び越えながら、車とも遜色ない速さでリングの死神は猛追する
「うわあ!?なんだあれ!?」
「はっや!あれ人だよね?…あの車追ってるの?」
「なんかの撮影?つかあの男どっかで見たような…。」
すれ違う人々が驚愕の声を上げる。それもそうだ、190cm近い男が車と変わらぬ速さで本物の車を追っているのだ、目を疑うのも無理はない。
「外は寒いが、やはり走るとあったまるねえ。」
体力も人間離れしてるようで、到底考えられない軽口まで叩くクルックス。
5度を下回る気温の中、上半身タンクトップの男が走るさまは異様としか言えない。ありていに言えば変態だろう。それを見て歩を止めぬ者はほとんどいなかった。
「追えてるな、俺って脚結構早かったんだな。奴が向かってるのは…廃工場か?何を企んでるのやら。」
バンを運転する男は知らなかった。うまく逃げおおせたと思ったら死神に張り付かれていることを。そうともしらず目的地へと到達した。
「へへっ、まんまと捕まえてやったぜ…緑髪で盲目の小娘、こいつだよな?」
麻袋を少し開けるとそこには気を失ったのかぐったりとするポラリスが入っている。大男はそれを抱えると廃工場内へ歩いていく。
「親分もわりぃ奴だぜぇ、街で有名な歌姫をペット、もとい自分だけのカナリアにしてえなんて。気持ちはわかるけどな!にしてもガキとは思えねえ乳してんなコイツ。」
大男は下卑た笑みを浮かべ舌なめずりをする。手こそ触れないが舐めまわすようなその視線はもはや吐き気を催すレベルだ。
「へへ、ちょっと味見したいところだが、手を出せば俺が親分に殺される。たけえ報酬ももらえることだし我慢だ我慢!ハハハぁ!!」
クルックスは気付かれぬように後を追う、慎重に歩を進める姿はさながら東の国の忍びのように。
「…姉貴に教わった歩き方がこんなとこで生きるとは思わなんだ。」
クルックスの姉も超凄腕の拳法家で、才覚だけであれば弟をも凌ぐのだとか。現在は世界を旅して動画を撮ったり修行したりしている。
「俺がボディガード始めたって聞いたらどう反応するんだろうな。まぁ当分会うことも無いか。」
クルックスは唯一生きている身内に思いを馳せながらも目の前の仕事に集中する。しばらくすると広い作業場のような場所へたどり着いた。大男もそこで立ち止まる。
「おーい親分!例のメスガキとってきたぞ~!」
大男がそう叫ぶとぞろぞろと怪しい男たちが出てきた。用心しているのかその親分と呼ばれているであろう男はマントを羽織っている。
「ウーディか、ご苦労だったナ。頭の悪いてめえのことだからやらかすと思ったがナ。」
「そりゃあんまりですぜぇ親分~。ほらこの通り!」
麻袋から顔だけ覗かせるポラリス、いまだに目は覚めないようだ。
ウーディを労いつつも悪態をつく親分は品定めするように上からのぞき込む
「フム、そうそうこいつだナ!生で見ると可愛いナぁ!はやく味見がしたいナぁ!ナははははは!!」
ウーディと呼ばれる大男は麻袋を差し出す。そのウーディと同等くらいの体躯の親分と呼ばれる男がおもむろにダガーナイフを出した。
「へっ!!」
ナイフを振り下ろすと器用に麻袋だけ斬って見せた。どうやら手練れのナイフ使いのようで、使い終えたナイフを自慢げにくるくるとまわしながら鞘に戻した。
「おぉぉ…こりゃたまらんナ、実に美味そうな体だナ…これからボクだけに歌ってくれると思うとゾクゾクしちゃうナあ!」
「さぁ親分!約束の報酬を!」
ウーディがよだれを垂らした犬のようにおねだりする。親分はハァとため息をつきながらもそれに応える。
「慌てるなんとかはもらいが少ないっていうナぁ…でもお前よくやったナ!ほかのガキも素晴らしいがこいつは別格だ!色付けて口座に振り込んでおくナ!」
「おぉ、ありがとうごぜえやす!ゲヘヘヘ」
なんともテンプレじみた悪党のやり取りである。クルックスは打って出たいところだが、万が一ナイフでポラリスをやられたらと思うとうまく動けなかった。動きあぐねていると、クルックスの携帯の着信音が鳴ってしまった。
タダカズからだった。最悪のタイミングで鳴ってしまったが諦めて出る。
「無事か相棒?居場所はわかってる。手短に言うぞ、時間を稼げ。じゃまた。」
言うだけ言って切られてしまった。どんな状況かもわかったうえで着信したのだろう。クルックスはタダカズを信じて時間を稼ぐ事にした。
「…今そっから鳴ったナ?出てこい、いるんだろ盗み見てるネズミさんがナ」
「えぇ!?んなバカな…後ろには誰もいなかったし追ってくる車もいなかったですぜ!?ジャクの親分!」
「ボクを名で呼ぶな馬鹿者。もう一つ頼まれろウーディ、そこのネズミを手下どもと始末しろ。そうしたら2倍出してやるからナ」
「マジですかい!?やりますとも親分!さあ出てこいコラ!ひねりつぶしてやるからよぉ。」
薄暗い廃工場の中、コツコツと靴音だけが響く。およそ冬とは思えぬ服装の死神が悪党達の元へ歩み出る。
「望みとあらば、この死神が相手をしてやろう。」




