哀しき歌
「お待ちしておりましたお二方、お車へどうぞ。」
そう言ってお出迎えしてくれたのはタダカズの言っていたイケおじ、アルデバランだった。灰色の髪を後ろで束ね、胸にはきらめく黄色のループタイをしている。その佇まいはまさにザ・執事といった具合だ。
「ほ、本日はよろしくお願いします。こここの度は私のような者を採用していただき恐縮至極に…」
柄にもなくガチガチに緊張しているタダカズ。隣に座る赤毛の死神相手には軽口をたたく仲ではあるが、意外と緊張しいらしい。
「タダカズ殿、そんなお固くならなくても大丈夫ですよ。もっと楽になさってください。私は貴方を信用しております、クルックス殿のセコンドであり、射撃の名手であることは存じておりますゆえ。」
運転中ゆえ顔こそ向けないが、ミラーに映るアルデバランの顔は笑顔だった。人付き合いが苦手なクルックスが疑りもせずに仕事を引き受けたのは彼の人柄もある。そんな彼ですら癒せぬ歌姫ポラリスの心の傷、誰に癒せるであろうと一人思うクルックスであった。
「え、えへへぇ…知ってくれてたんだ。俺うれしい…。しっかし、ポーラちゃんの傍らにいるアルさんもかっこよかったけど近くで見るともうたまらんっっ!!」
「依頼主をあだ名で、その執事をもあだ名で呼ぶとはどういうことだコラ」
クルックスが軽くどつく。タダカズは基本良い奴だが少々軽薄でお調子者な面もあるのが玉に瑕。そういった面にクルックスも救われているため一概に短所とは言えないではあるが、時と場所は考えていただきたいものである。
「ははは!良いのですよ!ポラリス様も私のことはアル爺と呼びますから。お二人も呼びやすいように呼んでいただいて結構ですよ!」
愉快そうに笑う老紳士、その笑いにすらも気品を感じる。タダカズは少々申し訳なさそうにしていたが安堵したかのように微笑み返した。
「会場まで時間ありますし、お二人の馴れ初めを聞いても良いでしょうか?」
「俺とこのターミネーターとのですか!?もちろんいいですよ!!」
「おいこら。」
いつもの調子に戻った、忙しい男だ。クルックスは若干渋い顔をしているがタダカズは話す気満々といった面持ちである。そしてすぐに楽しそうに語りだした。
「俺って今はこの街で暮らしてますけど、もとは東の国出身なんですよ、当時の俺は人生に何の展望もない根無し草だったんです。やりたくもない仕事に就き、休日は射撃場で銃をぶっ放して、夜散歩して寝る。そんな毎日だったんです。」
クルックスは「そうだったな」と笑う。アルデバランは静かに耳を傾けている。タダカズは続けて話す。
「そんなある日、いつものように森を徘徊してたら大きいクマに出くわしたんです。思いましたね、あぁ俺の人生終わった、まぁこんな人生ならいいかってね。死を覚悟した時に森の暗がりから何かが走って向かってくる音がしたんです。その音は次第に近くなり、気付いた時にはソレはクマのどたまに跳躍しながら踵落としを食らわせてたんです。」
アルデバランは「ほう。」と一言反応する。まるで展開がわかっていたかのように驚きもせず聞いている。
「熊は面食らったのか逃げていきましたよ!そして蹴りを放ったソレはゆっくり起き上がって服の土埃を払うと『ダメか、威力が足らねえ』とかほざきだして…コイツは何を言ってんだ!?って思いましたよ!」
クルックスは恥ずかしそうに目を窓の外に向けた。タダカズは珍獣の説明でもするかのように笑いながら話し続ける。
アルデバランもそれにつられて静かに笑う。
「で俺は助けられたと思って礼を言ったんです。そしたらそのイカれ野郎なんて言ったと思います?『なんだお前?帰れ、俺は修行中なんだよ。』って!どんな修行だよって思わず突っ込みましたね。聞く話によると、東の国には己の拳を磨くために来たと…ついでに秘湯巡りとか。にしたってクマ相手に闘おうとするかね普通。」
クルックスは「もうやめてくれ」と言わんばかりに長い溜息をつき、顔を押さえる。どうやら若いころの尖った行動と性格は本人にとって黒歴史らしい。
タダカズはそれを見て愉快そうにさらに話を進める。アルデバランもミラー越しの目線で続きを催促する。
「そんでまあ、いろいろと驚愕したんだけどコイツは面白いなと思って絡むようになったんですよ!泊っている旅館に押しかけて無理やり話しているうちに仲良くなって気が付いたら俺はこいつのトレーナー兼セコンドになってたってわけです。これ以上話すと会場でも話すことになるのでここまでで!」
「なるほど、面白い出会いをしたのですね…。常勝不敗の死神の強さの一端が解ったような気がします。」
「でしょでしょ!アルさんは試合の中でそこに気づいたってんですからすごいいい目をしてますよ!お気づきでしょうけど人間相手に闘うコイツはマジじゃないというか、冷めてるんですよね~。クマんときは狂気じみた笑いを浮かべてたのにねぇ~~クルックスさんよぉ!」
「やめい!もういいだろう!これ以上話したら今日がお前の命日だぞ!」
耐えられなくなったクルックスはタダカズにデコピンをかます。小気味良いパチンッという音とともにタダカズは呻きながらうずくまる。
「…親の教育方針で無理なトレーニングをしてたら強くなったってところです。母は親父の所業に耐えられなくなり俺や姉を捨てて消息不明。親父は病気であっけなく。両親を亡くしたという点ではポラリス様と似てるかもしれません。」
そういうクルックスの目には静かな悲しみと怒りが灯っているようだった。
タダカズは額を押さえながらも真面目に聞いている。事情を知るだけあっていつもの軽薄な態度は無く、気持ちを切り替えているようだ。
「凄絶な過去がおありのようですね、クルックス殿には。ですが、この老骨が言えることが一つあります。貴方には未来がある、きっと明るいものになりますよ。」
「ふむ、自身ありげに言いますけど、何を根拠に?」
「勘です。」
「勘…ね。」
「私の勘はよく当たるんですよ。さ、会場へ到着いたしましたよ。」
そうこうしているうちに、どうやら公演会場へ到着したようだ。
街でも有名な大型のホールらしい。クルックスにはあまり縁のない場所だが、タダカズは何度か来たことがあるようだ、理由は言うまでもない。
「ふへへ、また生のポーラちゃんを拝めるぞおぉ!やる気とかもろもろビンッビンになってき・・・」
言い終える前にクルックスが軽い鉤突きを食らわせる。
「ちょあ゜!?」
「楽しみなのは結構だが、品性を疑うぞ。あとコレ仕事な!」
「すいやせん・・・。」
会場内に入るとそこには青いドレスを身にまとった可憐な少女がいた。
「きたのね、アル爺…とクックドゥー」
「クルックスです。」
「ぶっふぉ!」
おかしな呼び間違いにタダカズが吹き出す。ポラリスは知らない声が聞こえてきて少々びっくりした様子である。
「何か増えてない?誰なの?この声は。」
「申し遅れました、俺はクルックスの相棒にして、貴女の大ファン!そして今日はボディガードとしてはせ参じましたタダカズと申します!以後お見知りおきを!!」
「いらない。」
「いらっ!?」
「…っ!!…くくっ!!」
今度はクルックスが吹き出す。陰鬱そうな少女に二人の男どもが翻弄される図をアルデバランは愉快そうに見ている。
「そう言わないでくださいお嬢様、タダカズ殿は射撃の名手。ボディガードにはうってつけの人材です。それに貴女の公演にも足繫く通ってくださっているのですよ!」
「それは嬉しいわね。とでも言っておこうかしら。」
「んんん素っ気ない態度!んでもかわいいから全然アリ!アリアリのモハメド・アリだわ!!ひへへへへへ!!」
「きもちわる。出禁にしてもらおうかな。」
「すいやせん・・・。」
いつにもましてテンションの高いタダカズをポラリスは冷たくあしらっている。ここまで塩対応されているのにタダカズは悦んでいるように見える。そういう趣味か?
「すみませんねポラリス嬢。けどコイツは信用に足る人物なのでそこは安心してください。多分変態ですけど。」
「聞き捨てならないことを最後に言ってたけど…もうこの際いいわ。せいぜい働きなさいな。どうせ私みたいな陰気な女を狙うヤツなんていないだろうけど。」
反応に困ったクルックスは愛想笑いをしてごまかした。タダカズは必死にそんなことはないと弁明しているが、まあどうでもよい。
「さてお嬢様、そろそろ本番が近づいてまいりました、楽屋までまいりましょう。」
「ええ、そうするわ。二人も仕事がてら耳を傾けてて。楽しい歌ではないだろうけど。」
そういうと二人は従業員用の通用口から歩いて行った。
そしてポラリスに翻弄された野郎二人も舞台裏へと歩を進める。
タダカズは何やら一人でみなぎっているようだ。
「実質特等席でポーラちゃんの歌が聴ける!役得だ!」
「歌・・・ねぇ。そんなにいいものなのか?歌とか、曲とか。」
「あん?おまいはマァジで格闘技バカだよなあ!それ以外にも興味持ってみろって!世界が明るくなるぞ!音楽でもスポーツでも何でもいいからさ!」
「ふむ、そういうものか。検討しよう。」
「検討じゃなくて決定な!つうかこの公演が良いきっかけになるかもしれんぞ!」
タダカズが声を大にして言う、そこまでいうならとクルックスも少々の期待を抱き、定位置につく。
____さぁ、お待たせいたしました!本日のメインイベント、歌姫ポラリス嬢によるコンサートです!!この会場にいる方々のほとんどがご存じでありましょう!彼女の歌声は星の調べ!聴けば虜になること間違いなし!それではどうぞ!お楽しみください!
幕が上がり、ライトが点く。その中心に立つのはオーロラのような髪をした美少女。光をまぶしたかのような青きドレスを身にまとい、マイクの前に立っている。
悲しげなメロディのピアノから始まった。やや長めなイントロからついに彼女の口が開いた。
「_____♪______♪」
星の歌声とはよく言ったものである。煌びやかさの中に時に強く、時に儚げに、発せられる歌声には如何ともしがたい悲しい感情も乗せられている。
「まぁそうだよな、今日も悲劇的な歌・・・か。」
小声でタダカズがそう呟く。それを聞き逃さなかったクルックスが同じく小声で聞く。
「え?歌詞わかるのかいタダカズ。」
「おうとも。簡単に言うとこの歌、波止場で二度と帰らない旦那を奥さんが待ち続けるって歌だよ。孤独に耐えられなくなって最後には海に身を投げてしまうんだってさ。」
「悲劇的な歌だな、だけど…」
悲しい歌しか歌えないとは比喩かと思ったが、そのまんまの意味であった。
しかしそれを差し引いても彼女の歌声は美しい。音楽をロクに聴かないクルックスではあるが、気付いたころには聞き惚れていた。
「歌とは、音楽とはかくも美しいものか…。」
「良かったぜ、お前にも良さがわかったようで。」
闘いに生き、闘いの果てに果てていく運命にあると思っていた男は遠い昔に忘れた安らぎを覚えていた。
だが、歌っているポラリスの方はそうではなかった。
(私の両親はこの歌と同じ、待っても帰ることはない。私自身も耐え切れずにいつか…。)
完璧と言っても差し支えない歌唱とは裏腹に気持ちはそればかりである。
歌い終わるころには一筋の涙が頬を伝っていた。観客にはそれが真実の悲しみの涙であるとは知る由もない。
その涙の意味を知るは、高潔なる執事と、ボディガード二人だけだった。




